ここは血塗れ乙女亭!

景丸義一

文字の大きさ
4 / 108
前菜 開店準備に大車輪!

第4話 そうして私は希望に出逢った

しおりを挟む
 なんて、私にはなんの意味もない。
 ただひとつはっきりしているのは、のだ。
 だからだろう。そしていつからだっただろう、『退屈』に人生を侵され始めたのは。

 いいえ、思い出す意味もないわ。いつだったかもわからない過去を振り返るなんてそれこそただの退屈、欠片ほども私の心を満たしてはくれないもの。
 だけど、昔は楽しかった。
 見る者すべてが美味しそうな血のにおいを漂わせ、片っ端から満足するまで命という命を吸い尽くした。
 あの充足感、あの快感は忘れられない。だってヴァンパイアですもの、当然よね。
 そうやって自由に生きているうちに私は人類の敵と見なされ、幾度も討伐の戦力を差し向けられた。それらの相手をするのもけっこう楽しかったわ。だって、みんな私を見ると怯えて命乞いをするか、必死に逃げようともがくんだもの。
 それらをひとつひとつ木の実のように摘み取っていくのがあの頃の私の趣味。
 たまに強いやつもいたから戦闘という意味でもなかなか楽しめたわね。人間、獣人、魔族、同族、ドラゴン……
 どれもその種の中では英雄とされていた戦士だったり、私を支配したいと考える業突く張りだったりして、幾人かは今も記憶に残ってる。
 それでも私は負けなかった。
 いいえ、勝ち続けた。
 私に刃を向けた者は例外なく殺し、その命の源を奪い取って私の命とした。
 そうやっていい気分のまま国を乗っ取って死者の軍勢を作って大戦争をやったのもいい思い出。
 でも……
 いつからかしら……
 満足できなくなったのは……

 満足感を求めれば求めるほどつまらなくて、なんでも簡単に手に入って、誰でも簡単に命を奪えて……
 気がつけば眠っている時間が多くなった。
 最初は十年ほどだったかしら。それくらい眠れば世界もなにかしら変わるだろうと期待してたっぷり眠りこけたわ。
 だけど目を覚ましてもなにも変わっていなかったから、どんどん睡眠時間が増えていった。
 五十年、百年、百五十年、二百年……
 さすがにそれだけ時間を飛ばせばびっくりするくらい世界は変わる。だけど、それでも、私の人生はなにも変わりはしなかった。
 変わらなかったのよ、なにも。
 私を満たせるものは、いつまで経っても現れなかった。
 だけど、私はいったいなにを求めているの?
 私が望む満足って、どんなもの?
 今度は、それを探さなければならなかった。

 そうしてそれが退屈になり、さらに眠る時間が増えた。
 だから私は思ったの。
 こんなにつまらないなら生きている意味ってないんじゃない?
 だけど残念なことに、私はそう簡単には死ねない。
 ヴァンパイアが死ぬにはだいたい三種類しか方法がないみたい。
 血の供給を断つか、ヴァンパイアと他種族のハーフであるダンピールに殺されるか、再生ができないくらいまで痛めつけるか。
 血の供給を断つのは無理。だってそれだけが唯一存在する本能ですもの。血が足りなくなったら血を求めて凶暴化してしまう。一度試してみたけど気がつけばたっぷり補給しちゃってたから理性が飛ぶこの方法は効果なし。
 ダンピールに関しては、実は何度か戦ったことがある。だけどまだ死ぬ方法を探す前だったし、その親ともどもみんな返り討ちにしちゃったものだからやがてぱったりこなくなった。
 自分でこさえようともしたのだけど、さっぱり孕む気配なし。長生きする種族はそのぶん繁殖力が低いって聞くから、きっと奇跡的な確率なのね。だとすると今までやってきたダンピールたちの親って、いったいどれだけ励んだのかしら。性欲なんてないのに無駄な苦労恐れ入るわね。

 そういうわけで、私は最後の方法を取ることにした。
 つまり、実力で私を殺せる者を見つけること。
 強いなら誰でもいいわ。だけど無抵抗で殺されてやるのも癪だからそれなりに遊びはするけど……
 それがいけなかったのかしら。
 いいえ、それ以前にこの世界には私の強さが伝説として語り継がれているから私だとわかった途端みんな戦意を失ってしまうのよね。そのせいでなかなかいい相手を見つけることができなくて、私はまた不貞寝していたの。

 そんなときよ、彼が現れたのは。
 低俗な魔獣どもを追い払って汚い廃城の一室で眠っていたら、ピンときたの。
 強いやつがきた、って。
 雑魚を三人連れていたけどそんなものはどうでもいいわ。私の直感は彼こそ私の求めていた強者だと告げていた。
 見た目は……そうね、今の時代ではイケメンって表現するのがいいのかしら? 私と同じ銀髪で、端正だけど意志の強そうな男らしい顔立ちに深い青の瞳。そして魔力と生命力漲る若い肉体。
 一番貧弱な種族だったことが少し気がかりだけど、きっとすごい魔法でも使うんでしょう。
 私は期待を込めてダンスに誘ったわ。
 驚いたことに、彼はとても美しい狼に姿を変えて乗ってきた。銀色に輝く蒼い毛並みの、美しい狼。
 それが彼の魔法みたいね。
 だけどそれ以上にぞくぞくしたのは、彼の殺気!
 久しく忘れていた、あの純然たる敵意! 凶暴性!
 干からびた私の心を潤すのに、彼は充分な役割を果たしてくれた。まるで殺意それ自体が意志をもって私を蹂躙しにかかってきてるような、殺意という名の手に握り潰されてしまうかのような、えもいわれぬ緊迫感と危機感と充足感……
 これよ、これなのよ!
 私が求めていた生き甲斐は、これなのよ!
 さあ、私を殺してちょうだい!
 この幸せな時間が続いているうちに、二度と元に戻らないように、私をぐちゃぐちゃに破壊して!

 ……その願いは、残念なことに叶わなかった。
 怪我を負わされたのも久しぶりだからよかったんだけど、やっぱり人間よね。彼は私ほど丈夫ではなかった。腕がもげて腰から真っ二つになっても生きてるのはたいしたものだけど、どうしようかしら。
 見逃してあげたらもっと強くなってまた殺しにきてくれるかしら。
 それとももう二度と現れてはくれないかしら。
 どうしようか迷ったから、
「殺すのは惜しいわね」
 と思わずこぼしてしまった。上半身だけになっても殺気はまるで衰えていなかったからみっともなく命乞いすることはないと思ったんだけど……
「一思いにやってくれ。無為に長生きしたくはないんだ」
 彼はそういって、目を閉じた。
 そのとき、私の中のなにかが軋みを上げたような気が、した。

――無為に長生きしたくはない――

 それは、私のことをいっているの?
 私が、無為に長生きしていると?

 ……ええ、そうよね。確かにそうよ。
 だから私は満足な死を求めた。

 だけど、彼はなぜ?
 私ほど長生きしているわけもないのに。

 なぜ、私と同じものを求めるの?

 わからない。
 これはなに?
 今私の中から湧き上がってくるこの感情のようなものは、なんなの?

 狼の姿でもはっきりわかるくらい怪訝そうな顔をして、彼が戸惑う私を見上げている。
 わからないのはこっちなのよ。
 感情の処理に手間取っていると、不意にお腹に熱が走った。
 刺されたのだ。蹴散らしたはずの小バエに。
 次の瞬間には別の虫ケラが剣を振りかぶっていたから咄嗟にかわし、今度こそ息の根をとめてやろうとしたところへ矢が刺さる。
 頭にきて虫ケラどもを振り払ったのが、失敗だった。

 ……いいえ?
 これで正解だったのかしら。
 その隙をついて彼が、炎をまとって片方しか残っていない腕で飛び上がり、私の首を見事に噛み千切ってくれたのだから。

 紅い炎に包まれ、死にゆく狼を抱きながら、このとき確かに私は、求めていた『死』を手に入れたのだ――
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

唯一平民の悪役令嬢は吸血鬼な従者がお気に入りなのである。

彩世幻夜
ファンタジー
※ 2019年ファンタジー小説大賞 148 位! 読者の皆様、ありがとうございました! 裕福な商家の生まれながら身分は平民の悪役令嬢に転生したアンリが、ユニークスキル「クリエイト」を駆使してシナリオ改変に挑む、恋と冒険から始まる成り上がりの物語。 ※2019年10月23日 完結 新作 【あやかしたちのとまり木の日常】 連載開始しました

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...