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前菜 開店準備に大車輪!
第8話 剥ぎ取る狸の皮算用
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シュデッタ王国トヴァイアス伯爵領ギリア地方バリザード市――
聞いていた内容よりはかなり普通の町だ。少なくとも道端に死体が転がっていることも白昼堂々殺人や誘拐が行われていることもない。
シュデッタを含む三国の境界線にあるこの町は人口五〇〇〇人ほどで、およそ四分の三が人間で残りは獣人や魔族などの少数人種が占め、係争地としての長い歴史から土地も人も荒れ果て、そのせいで裏社会やわけありの輩が多く住みくようになったもののそいつらのお陰で一応の商業地としてそれなりには安定するようになったらしい。
だがもちろんまっとうな商業地ではない。三国に繋がる国境都市など普通なら強固な防衛線が張られ厳しく出入りが取り締まられるか、交通が整備され商売が活発になり人も物も出入りが数えられないほど多くなるはずだが、そのどちらでもなく、この周辺の街道は寂れていてほとんど他の通行人に出会わなかった。
つまりまともな人間はどの国に用があってもバリザードを避けて移動しているということだ。まともな商売をしていればさぞ栄えた町になったろうに、もったいない。
前の町で得た情報によると、統治しているはずのトヴァイアス伯爵も先代のころからまるで寄りつかず、うちの領地じゃありませんとでもいうような態度だったから余計に悪党どもにとって居心地のいい場所になってしまったらしい。
だからこそ、おれたちにとっては好都合な場所なんだ。
到着した今は真っ昼間だが適当に宿を取って馬車を置き、おれたちは早速行動を開始した。
クレア?
もちろん一緒だ。
おれの生活に合わせようと頑張って昼夜を逆転させている。貴族服にしては多少質素だがドレスにシルクの上着を羽織って日傘を差す姿はちょっとしたお嬢さまだな。
さて、初めての土地にやってきて最初にやるべきことといったら情報収集と決まっている。が、それは先行して町に入っている三人に任せているので、今夜落ち合うまでにおれがやるべきことの最優先事項は、商業ギルドに探りを入れることだ。
どんな町でも人がいれば職業があり、職業があれば同種・他種に関わらず職業同士の不和や衝突を回避し潤滑に生活と社会を営むための職業組合が存在する。これらがまず同業種の数の制限や振り分けを行い、他業種の組合と折り合いをつけることで社会秩序が保たれるわけだ。他にも教会や住民会、貴族会といった勢力があるが、そんなものは後回しでいい。特にこの町においてはな。
おれたちは飲食店を開きたいのだから、まずは商業ギルドに顔を出すのが筋ってもんだ。だからおれはちょっとしたお嬢さま風の猫をかぶせたクレアを連れて、おれ自身も金持ちのふりをして夫婦という設定のもとなかなかにでかい建物に入っていった。
入る前からわかっていたことではあるが、かなりガラが悪い。入り口にも用心棒らしき男が二人いたし、中にもどう見たって商人には見えない連中が数人机を囲んで話している。酒まで飲んでいるらしい。
そいつらを横目に通り過ぎて、おれは受付にいった。
「この町で店を開きたいんだが、どこか空いている店舗か土地はあるか?」
受付の初老男性は少し驚いたようにおれとクレアを見て、問い返した。
「どういったお店で?」
「飲食店だ」
「はあ、少々お待ちを」
そういうと資料をしまっているのであろううしろの棚を漁りに行った。おれもクレアもこの町には不釣り合いな金持ち風の装いをしているというのに素性も訊かないとは、さすがだな。
だが、おれの狙いはそれでは達成されない。おれから金のにおいを敏感にか嗅ぎ取れるやつが出てきてくれないと話が進まないんだ。
と思っていたら、受付の奥から一人の中年男がわざとらしい笑みを貼りつけて寄ってきた。
「わざわざこんな町までやってきて商売とは、どこからお越しですかな?」
「トランゼ王国だ」
「おやおや、南方ではなく北方の国外から。これはまた珍しい。この町のことはご存じで?」
「ある程度は聞いている」
「それでしたらどうでしょう、この町はなにかと厄介ですから私が選りすぐりの物件を紹介しますよ。申し遅れましたが私、このギルドの長を任されておりますムルク・シャバンと申します」
「ほう、ギルド長がわざわざ。それはありがたい」
おれが笑みで応えたのは、かかった、と思ったからだ。どうせこいつはおれのことを世間知らずの金だけあるボンボンと見てぼったくってくるのだろう。そうしてほしいゆえにあえてそう見えるように振る舞っているんだから、ひとまずはこれで成功の足掛かりを得たわけだ。
おれたちは応接室にとおされて資料片手のシャバンからお勧め物件とそれについての説明を受けた。その合間にやつはおれたちの素性を探ろうとさり気なく質問してきたが、それも想定済み。ここにくるまでに練っておいた嘘のプロフィールを並べて納得させる。
要約すれば、おれは北のトランゼ王国のある商家の次男として生まれ商売について学んでいたが、クレアを娶ることに両親が反対して駆け落ち、実家の影響力が及ばない土地で独立しようとここまでやってきた、という内容だ。
嘘というのはところどころに事実を混ぜておくことで真実味が増すというが、それが確認しようのない情報だった場合は嘘をつく側の心理を安定させることに効果が出る。だから喋った内容もそれなりに本当だったりするわけだ。
「それは大変ですなあ。それにしてもこんな美人との結婚に反対とは」
「商売に詳しくない人間を家には入れないというのが家訓だったからな、仕方ないさ」
「なるほど。しかしお二人だけでやってこられたということは、従業員はここで募集するわけですね?」
「そのつもりだ。いい人材がいればそちらも紹介してもらえると助かる」
「お任せください。では、この物件はどうでしょう? 数ヶ月前までは営業していたのですが、そこの一家が借金に耐えかねて夜逃げしてしまいましてね、ギルドのほうで管理しているんですよ」
夜逃げねえ……?
「資金に余裕があるようでしたら土地と建物の権利書も一緒にお売りできますが」
「ふむ、それくらいならばすぐに出せるな。マレット商会の為替手形で構わないか?」
「構いませんが、店舗を見なくてよいのですか?」
「地図と間取り図を見れば充分だ。とにかくすぐにでも店を開きたくてね」
「わかりました、では書類を用意しましょう」
こうして、やや疲れ気味の笑みを湛えたまま一言も喋らず終いだったクレアをよそに、商談はあっという間に完了した。
明日以降どうなるか楽しみだ。
聞いていた内容よりはかなり普通の町だ。少なくとも道端に死体が転がっていることも白昼堂々殺人や誘拐が行われていることもない。
シュデッタを含む三国の境界線にあるこの町は人口五〇〇〇人ほどで、およそ四分の三が人間で残りは獣人や魔族などの少数人種が占め、係争地としての長い歴史から土地も人も荒れ果て、そのせいで裏社会やわけありの輩が多く住みくようになったもののそいつらのお陰で一応の商業地としてそれなりには安定するようになったらしい。
だがもちろんまっとうな商業地ではない。三国に繋がる国境都市など普通なら強固な防衛線が張られ厳しく出入りが取り締まられるか、交通が整備され商売が活発になり人も物も出入りが数えられないほど多くなるはずだが、そのどちらでもなく、この周辺の街道は寂れていてほとんど他の通行人に出会わなかった。
つまりまともな人間はどの国に用があってもバリザードを避けて移動しているということだ。まともな商売をしていればさぞ栄えた町になったろうに、もったいない。
前の町で得た情報によると、統治しているはずのトヴァイアス伯爵も先代のころからまるで寄りつかず、うちの領地じゃありませんとでもいうような態度だったから余計に悪党どもにとって居心地のいい場所になってしまったらしい。
だからこそ、おれたちにとっては好都合な場所なんだ。
到着した今は真っ昼間だが適当に宿を取って馬車を置き、おれたちは早速行動を開始した。
クレア?
もちろん一緒だ。
おれの生活に合わせようと頑張って昼夜を逆転させている。貴族服にしては多少質素だがドレスにシルクの上着を羽織って日傘を差す姿はちょっとしたお嬢さまだな。
さて、初めての土地にやってきて最初にやるべきことといったら情報収集と決まっている。が、それは先行して町に入っている三人に任せているので、今夜落ち合うまでにおれがやるべきことの最優先事項は、商業ギルドに探りを入れることだ。
どんな町でも人がいれば職業があり、職業があれば同種・他種に関わらず職業同士の不和や衝突を回避し潤滑に生活と社会を営むための職業組合が存在する。これらがまず同業種の数の制限や振り分けを行い、他業種の組合と折り合いをつけることで社会秩序が保たれるわけだ。他にも教会や住民会、貴族会といった勢力があるが、そんなものは後回しでいい。特にこの町においてはな。
おれたちは飲食店を開きたいのだから、まずは商業ギルドに顔を出すのが筋ってもんだ。だからおれはちょっとしたお嬢さま風の猫をかぶせたクレアを連れて、おれ自身も金持ちのふりをして夫婦という設定のもとなかなかにでかい建物に入っていった。
入る前からわかっていたことではあるが、かなりガラが悪い。入り口にも用心棒らしき男が二人いたし、中にもどう見たって商人には見えない連中が数人机を囲んで話している。酒まで飲んでいるらしい。
そいつらを横目に通り過ぎて、おれは受付にいった。
「この町で店を開きたいんだが、どこか空いている店舗か土地はあるか?」
受付の初老男性は少し驚いたようにおれとクレアを見て、問い返した。
「どういったお店で?」
「飲食店だ」
「はあ、少々お待ちを」
そういうと資料をしまっているのであろううしろの棚を漁りに行った。おれもクレアもこの町には不釣り合いな金持ち風の装いをしているというのに素性も訊かないとは、さすがだな。
だが、おれの狙いはそれでは達成されない。おれから金のにおいを敏感にか嗅ぎ取れるやつが出てきてくれないと話が進まないんだ。
と思っていたら、受付の奥から一人の中年男がわざとらしい笑みを貼りつけて寄ってきた。
「わざわざこんな町までやってきて商売とは、どこからお越しですかな?」
「トランゼ王国だ」
「おやおや、南方ではなく北方の国外から。これはまた珍しい。この町のことはご存じで?」
「ある程度は聞いている」
「それでしたらどうでしょう、この町はなにかと厄介ですから私が選りすぐりの物件を紹介しますよ。申し遅れましたが私、このギルドの長を任されておりますムルク・シャバンと申します」
「ほう、ギルド長がわざわざ。それはありがたい」
おれが笑みで応えたのは、かかった、と思ったからだ。どうせこいつはおれのことを世間知らずの金だけあるボンボンと見てぼったくってくるのだろう。そうしてほしいゆえにあえてそう見えるように振る舞っているんだから、ひとまずはこれで成功の足掛かりを得たわけだ。
おれたちは応接室にとおされて資料片手のシャバンからお勧め物件とそれについての説明を受けた。その合間にやつはおれたちの素性を探ろうとさり気なく質問してきたが、それも想定済み。ここにくるまでに練っておいた嘘のプロフィールを並べて納得させる。
要約すれば、おれは北のトランゼ王国のある商家の次男として生まれ商売について学んでいたが、クレアを娶ることに両親が反対して駆け落ち、実家の影響力が及ばない土地で独立しようとここまでやってきた、という内容だ。
嘘というのはところどころに事実を混ぜておくことで真実味が増すというが、それが確認しようのない情報だった場合は嘘をつく側の心理を安定させることに効果が出る。だから喋った内容もそれなりに本当だったりするわけだ。
「それは大変ですなあ。それにしてもこんな美人との結婚に反対とは」
「商売に詳しくない人間を家には入れないというのが家訓だったからな、仕方ないさ」
「なるほど。しかしお二人だけでやってこられたということは、従業員はここで募集するわけですね?」
「そのつもりだ。いい人材がいればそちらも紹介してもらえると助かる」
「お任せください。では、この物件はどうでしょう? 数ヶ月前までは営業していたのですが、そこの一家が借金に耐えかねて夜逃げしてしまいましてね、ギルドのほうで管理しているんですよ」
夜逃げねえ……?
「資金に余裕があるようでしたら土地と建物の権利書も一緒にお売りできますが」
「ふむ、それくらいならばすぐに出せるな。マレット商会の為替手形で構わないか?」
「構いませんが、店舗を見なくてよいのですか?」
「地図と間取り図を見れば充分だ。とにかくすぐにでも店を開きたくてね」
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こうして、やや疲れ気味の笑みを湛えたまま一言も喋らず終いだったクレアをよそに、商談はあっという間に完了した。
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