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前菜 開店準備に大車輪!
第9話 火事と喧嘩は悪党の華
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「ロクなやつがいねえ」
おれとクレアの名義で借りている宿の部屋で、ゼルーグは吐き捨てた。二人部屋に五人もいるとさすがに狭苦しいが仕方がない。
「そこそこ使えそうなやつはみんな悪党で、悪党じゃないやつはみんな目が死んでやがる」
ゼルーグは主にこの町の武力関係の情報を集めていて、真っ先に冒険者ギルドに顔を出したそうだが、その感想がこれだ。
「冒険者ギルドはほとんど機能してねえ。それどころか実際に牛耳ってるのは商工会で、だいたいのワルはそっちのお抱え私兵集団って感じだ」
商工会というのはこの町の各ギルドを束ねる上位組織のことで、他の国だとギルド連合会だとかギルド協議会だとか呼ばれているものに相当する。
「商業ギルドもかなり腐敗している様子だったが、やはり大本は商工会か」
「はい」
と頷いたのは経済方面を探らせていたヒューレ。
こいつが頷くと後頭部で結ってある黒髪が馬の尻尾のように揺れるのが、なにげにおれは気に入っていたりする。こいつがそれを知っているとは思えないが、思えばずっと髪型を変えないな。
「もちろんあくまでこの町の中だけの勢力なのでパラディオンのギルド連合などと比べるわけにはいきませんが、ギルドに限らずこの町のほぼすべてが商工会の手に握られているといっていい状態です」
「民生に関しても同様です。市長や市議会はただのお飾りで、商工会から完全に無視されているために教会すらまともに活動できていないようです。嘆かわしい」
と憤るのは市民の生活について任せていたリエル。
金髪碧眼の美男子とおれよりよほど貴公子然としたやつで、顔のいい武人ってのは同業からは嫌われ一般人からは好かれるもんだからこういう割り振りになっているんだが、顔や名前について触れられるのを嫌うからそれをいちいち口にするほどおれも野暮じゃない。本人も薄々気づいてるだろうしな。
「貴族会はあるのか?」
「何十年も前に消滅したそうです」
まあ、領主からも見捨てられた町だからなあ、当然か。
「それどころかこの町に貴族は一人も住んでいないとのことです。わけありの元貴族ならいくらかはいるようですが……」
「おれたちもその仲間入りしちまうわけだ」
ゼルーグの明るい声に明るく応えられるのはおれ以外いなかった。ヒューレはもともと庶民だからいいとして、リエルは、身分にこだわっているわけじゃないが笑いごとにできるような心境にはまだなれないんだろうな。馬鹿がつくほどクソ真面目な男だからなあ。
「ところでルシエドさまのほうはどのようにゃいっ!?」
ヒューレの奇声は、クレアに首筋を噛まれたことによる。
「暇なのはわかるが……」
もうちょっと我慢しろ、といいかけたおれの声は、
「なにをするか化け物め!」
とダガーを突き出すリエルの怒声にかき消されてしまった。
すげえな、こいつ。この状況になってもまだ躊躇いなくあの顔を破壊しにいけるのか。おれにはもう無理そうだ。
リエルの一突きを軽くかわしたクレアは、まるで飛んでいるかのように宙を舞っておれの膝に乗った。
「夫婦のふりもいいけど、どうせなら本当に結婚しちゃいましょうよ。そのほうがやり甲斐があるわ」
そういってキスをする。
すると、ヒューレとリエルが無言でクレアの背中を刺しにかかるからちょっと怖い。親しい人間の殺気に満ちた顔を正面から見る機会って、案外ないからな。
「雑魚に殺されるのだけは死んでもゴメンよ」
二人を魔力で押し潰すクレアの顔は……もっと怖かった。
「モテる男はツラいねェ~」
ゼルーグのこの台詞で幕となるのが、この一ヶ月でできあがったおれたちのお決まりパターンだった。
二人もいい加減、慣れんもんかねえ? 忠誠心豊かなのはけっこうだがどう足掻いたってクレアに敵うわけもなし、そもそも忠誠心だけでついてこられても今後は面倒になるだけなんだが……
「で、おまえさんのほうはどうだったんだ?」
「とりあえず好条件の店舗を購入しておいた」
「もうかよ!?」
「多少値は張ったが、他にいいところがなくてな」
どうせ取り戻せるものだし、この時点での出費はまったく問題ない。
「っつうか、そんなもん即日購入できるもんなのか?」
「そんなわけないだろう、この町だからこそだ。こっちはできるだけ早くことを進めたい、向こうはいちゃもんをつけやすそうな物件を押しつけたい。利害の一致だ」
「改めて思うが、おまえは国でももっとあくどくやるべきだったぜ」
「ゼルーグ」
「すまん、忘れてくれ」
おれだってやれるもんならやっていたさ。
だが、それでいったいどれだけの人間が不幸になるか、おれの頭では計りきれなかった。あのときのおれには、この手に余るほど多くの命や人生に対する責任があったんだ。
それが今はせいぜいがこの三人。手の届く範囲に大事なものがすべてあるなら、これくらい乱暴な手段を取ることになんの躊躇いもありはしない。
起き上がった二人もなにかいいたそうな顔をしていたが目で諭しておいて、おれたちの情報交換は深夜まで続く。
部屋の外がにわかに騒がしくなったのは、情報交換を終え、明日以降の軽い確認をしていたときだった。
時間でいうと午後十一時少し前。普通なら宿泊客もみんな寝ている時間だ。だというのに騒がしくなるのは、よくないことが起こったからに決まっている。
「見てくる」
ゼルーグが部屋を出て、おれたちはすぐさま動けるよう準備を整える。といってもクレアをお嬢さま衣装に着替えさせるだけだが。
すぐに戻ってきたゼルーグが、
「火事だとよ」
といったので、おれはピンときた。
「もしかするかもしれないな」
「え、まさか」
「おれの予想より手際のいい悪党であることを祈ろう」
ゼルーグを先行させ、次におれとクレア、最後にヒューレとリエルの順番で現場に向かった。
おれとクレアの名義で借りている宿の部屋で、ゼルーグは吐き捨てた。二人部屋に五人もいるとさすがに狭苦しいが仕方がない。
「そこそこ使えそうなやつはみんな悪党で、悪党じゃないやつはみんな目が死んでやがる」
ゼルーグは主にこの町の武力関係の情報を集めていて、真っ先に冒険者ギルドに顔を出したそうだが、その感想がこれだ。
「冒険者ギルドはほとんど機能してねえ。それどころか実際に牛耳ってるのは商工会で、だいたいのワルはそっちのお抱え私兵集団って感じだ」
商工会というのはこの町の各ギルドを束ねる上位組織のことで、他の国だとギルド連合会だとかギルド協議会だとか呼ばれているものに相当する。
「商業ギルドもかなり腐敗している様子だったが、やはり大本は商工会か」
「はい」
と頷いたのは経済方面を探らせていたヒューレ。
こいつが頷くと後頭部で結ってある黒髪が馬の尻尾のように揺れるのが、なにげにおれは気に入っていたりする。こいつがそれを知っているとは思えないが、思えばずっと髪型を変えないな。
「もちろんあくまでこの町の中だけの勢力なのでパラディオンのギルド連合などと比べるわけにはいきませんが、ギルドに限らずこの町のほぼすべてが商工会の手に握られているといっていい状態です」
「民生に関しても同様です。市長や市議会はただのお飾りで、商工会から完全に無視されているために教会すらまともに活動できていないようです。嘆かわしい」
と憤るのは市民の生活について任せていたリエル。
金髪碧眼の美男子とおれよりよほど貴公子然としたやつで、顔のいい武人ってのは同業からは嫌われ一般人からは好かれるもんだからこういう割り振りになっているんだが、顔や名前について触れられるのを嫌うからそれをいちいち口にするほどおれも野暮じゃない。本人も薄々気づいてるだろうしな。
「貴族会はあるのか?」
「何十年も前に消滅したそうです」
まあ、領主からも見捨てられた町だからなあ、当然か。
「それどころかこの町に貴族は一人も住んでいないとのことです。わけありの元貴族ならいくらかはいるようですが……」
「おれたちもその仲間入りしちまうわけだ」
ゼルーグの明るい声に明るく応えられるのはおれ以外いなかった。ヒューレはもともと庶民だからいいとして、リエルは、身分にこだわっているわけじゃないが笑いごとにできるような心境にはまだなれないんだろうな。馬鹿がつくほどクソ真面目な男だからなあ。
「ところでルシエドさまのほうはどのようにゃいっ!?」
ヒューレの奇声は、クレアに首筋を噛まれたことによる。
「暇なのはわかるが……」
もうちょっと我慢しろ、といいかけたおれの声は、
「なにをするか化け物め!」
とダガーを突き出すリエルの怒声にかき消されてしまった。
すげえな、こいつ。この状況になってもまだ躊躇いなくあの顔を破壊しにいけるのか。おれにはもう無理そうだ。
リエルの一突きを軽くかわしたクレアは、まるで飛んでいるかのように宙を舞っておれの膝に乗った。
「夫婦のふりもいいけど、どうせなら本当に結婚しちゃいましょうよ。そのほうがやり甲斐があるわ」
そういってキスをする。
すると、ヒューレとリエルが無言でクレアの背中を刺しにかかるからちょっと怖い。親しい人間の殺気に満ちた顔を正面から見る機会って、案外ないからな。
「雑魚に殺されるのだけは死んでもゴメンよ」
二人を魔力で押し潰すクレアの顔は……もっと怖かった。
「モテる男はツラいねェ~」
ゼルーグのこの台詞で幕となるのが、この一ヶ月でできあがったおれたちのお決まりパターンだった。
二人もいい加減、慣れんもんかねえ? 忠誠心豊かなのはけっこうだがどう足掻いたってクレアに敵うわけもなし、そもそも忠誠心だけでついてこられても今後は面倒になるだけなんだが……
「で、おまえさんのほうはどうだったんだ?」
「とりあえず好条件の店舗を購入しておいた」
「もうかよ!?」
「多少値は張ったが、他にいいところがなくてな」
どうせ取り戻せるものだし、この時点での出費はまったく問題ない。
「っつうか、そんなもん即日購入できるもんなのか?」
「そんなわけないだろう、この町だからこそだ。こっちはできるだけ早くことを進めたい、向こうはいちゃもんをつけやすそうな物件を押しつけたい。利害の一致だ」
「改めて思うが、おまえは国でももっとあくどくやるべきだったぜ」
「ゼルーグ」
「すまん、忘れてくれ」
おれだってやれるもんならやっていたさ。
だが、それでいったいどれだけの人間が不幸になるか、おれの頭では計りきれなかった。あのときのおれには、この手に余るほど多くの命や人生に対する責任があったんだ。
それが今はせいぜいがこの三人。手の届く範囲に大事なものがすべてあるなら、これくらい乱暴な手段を取ることになんの躊躇いもありはしない。
起き上がった二人もなにかいいたそうな顔をしていたが目で諭しておいて、おれたちの情報交換は深夜まで続く。
部屋の外がにわかに騒がしくなったのは、情報交換を終え、明日以降の軽い確認をしていたときだった。
時間でいうと午後十一時少し前。普通なら宿泊客もみんな寝ている時間だ。だというのに騒がしくなるのは、よくないことが起こったからに決まっている。
「見てくる」
ゼルーグが部屋を出て、おれたちはすぐさま動けるよう準備を整える。といってもクレアをお嬢さま衣装に着替えさせるだけだが。
すぐに戻ってきたゼルーグが、
「火事だとよ」
といったので、おれはピンときた。
「もしかするかもしれないな」
「え、まさか」
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