ここは血塗れ乙女亭!

景丸義一

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主菜 ただいま営業中!

第11話 嫉妬の炎で鍋は沸く?

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 これでも元騎士だ、自分の状態は冷静に把握できている。
 私は今、悲しいのだ。
 そしてそれ以上に、怒っているのだ。
 悲しさより怒りが強かったことがより私を苛立たせている。
 私はこんなにも嫉妬深い女だったのかと……

 ルシエドさまが娼館の長と親しい仲だということを、あの日初めて知った。
 別にそれはいい。パラディオンにいたころからときどき娼館で息抜きしていることは知っていたし、ここでも女遊びをすることはなにもおかしいことじゃない。もともとそういうご身分だし、あれほどのおかたなら妾を何人抱えていても不思議に思うどころか至極当然だ。そのうえお相手が元王族とくれば、なにもいうことはない。
 私がショックを受けたのは、お二人がそうなるに至った事情をなにも知らされていなかったことだ。
 しかも、ゼルーグどのに確認してみたらお二人はルシエドさまから直接打ち明けられ既に承知していたとのことだから、私はとにかく悲しかった。
 どうせ私はまだ二十歳にもならない未熟な生娘で、女らしさよりも戦士らしさを求めたくせにあのお二人と肩を並べられるほどでもない中途半端な存在なんだ……
 と一人しょぼくれていたら、悲しみを怒りで塗り替えるモノが目に入ってしまったのだ。
「えへへ……にへへへへ~……うふっ」
 あれから三日。
 クレアの機嫌が気色悪いほどいい。
 怒り狂って店を滅茶苦茶にしたくせに、その翌日から殺したくなるほどご機嫌だ。
 それを見てなにがあったかわからないほど、私は子供じゃない。
 子供でいたら、どれほど楽だったか。

 ……殺意が湧いた。

 私の殺意を刺激して余りあるモノが、私のそばを離れない。
 店は今修繕工事中で休みだが、従業員たちの食事を作るため、毎日厨房担当者は無傷のここで使命に励んでいる。
 私も励んでいる。
 クレアも私のそばで自分の世界にどっぷり浸かりながら作業をしている。
 果物ではなく自分の指を切り落としてはぐちゅぐちゅ音を立ててくっつき、を繰り返して作業台はとっくに血染めだ。もう絶対こいつがヴァンパイアだということは知れ渡っているだろう。
 ……今なられるか?
「おい、ヒューレ」
 名前を呼ばれてはっとした。
 いかんいかん、こいつを殺せばルシエドさまも死んでしまうのだった。
 だからこそ、この女が殺したいほど憎い……あのかたと一蓮托生などと……!
「ヒューレ」
「あ、はい」
 グストーどのに肩を叩かれ、ようやく私の思考は停止した。
「料理中にぼうっとするな、怪我するぞ。客用じゃないとはいえ、料理をするときは料理に集中しろ」
「はい、すみません」
「どうも表情に覇気がないな。いつものキリッとしたおまえはどこへ行った。悩みごとか?」
 思い出させないでいただきたい……
「おまえ、わかりやすいな」
 そんなに顔に出ていただろうか……? 昔はよく同僚から、いつも仏頂面でよくわからんやつだ、といわれていたものだが……
「その顔は、恋だな!」
「えッ」
「え、マジなのか?」
 しまった……はめられた……
「そうかそうか、おまえにもそういう相手はいたか」
 いやいや、待て待て、早まるな料理長と私!
 これは、そう、恋心とかではなくあくまであのかたの忠実なる部下としての気持ちであって、なにもあのかたを独占したいとか厚かましいことを考えているわけではなく、ただ横でにやにやしっ放しのクレアをついうっかりぶち殺したいと思っているだけというかなんというか……
「にへへっ……今日も……うふふっ」
 握り締めた包丁が軋みという名の悲鳴を上げた。
 今日も?
 今日も、だと?
 なにが……
 今日も……なんだ……?
「あっ……」
「なんでしょう」
 私は今、いったいどんな顔をしているのだろうか。
「そ、そうだったか……それは、なんというか、気づかなくてすまん」
「なにを謝られるのですか?」
 私が振り向くと、戦士より戦士らしい顔をした料理長はその厳つい顔をひきつらせてあとずさりした。
「まあほら、アレだ、せっかく店は休みなんだし、たまには町に出て気分転換でもしてきたらどうだ? なっ?」
「今日もたっぷりどっぷり……にゅふふっ」
「奥方ちょっとお話があああああッ!!」
 私の包丁が閃くより早く、料理長はクソ女を抱えて走り去ってしまった。
 ああ、ヴァンパイアの煮込み鍋をあのかたにお出ししたかったのにナァ……
「サロどのも美味しそうだと思うでしょう?」
「え、なにが?」
「鍋」
「ああ、うん、美味しいよね。ちょっと季節外れだけど」
「そうか、ステーキのほうがよかったか……」
「うん?」
「いえ。しばし出かけますので、あとを頼みます」
「あ、うん……」
 私は行く当てもないまま町を繰り出すのだった。
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