ここは血塗れ乙女亭!

景丸義一

文字の大きさ
39 / 108
主菜 ただいま営業中!

第12話 剣かドレスか、恋心

しおりを挟む
 役目をサボり、行く当てもないまま町を彷徨った結果、なぜか私は教会へきていた。キナフィーという司祭が管理するこの町唯一の教会だ。
 ゼレス教どころか国でもリエルどのほど熱心な信徒だったわけではないが、やはり幼少期を過ごした環境に近いからなのか、そのボロさに惹かれて戸を押してしまった。
 この町では商工会のせいで教会勢力は無力に等しく、そんな無力な宗教に救いを求める者もいなかったようで、いまだに信徒は少ないと聞く。中には誰もいなかった。
 司祭すら不在とは……
 しかし好都合だ。人に話せるようなことじゃないし、ここで心を落ち着けてから戻ろう。
 そう思って近くの長椅子に座り、大きく息を吐いた。
 それとほぼ同時だった、奥の部屋から司祭が現れたのは。
「ようこそ」
 目が見えていないというのに正確に私のほうを向いてそういった。
「おや……?」
 意外そうな声を上げ、近づいてきた。
 なるほど、確かにこの足取り、戦士のものだ。それもお飾りの貴族騎士ではなく、血に汚れ泥をすすることもいとわない、本当の意味での戦闘の専門家と見える。
 ……私より強いかな?
「あなたは、血塗れ乙女亭ブラッディー・メイデンのかたですか? 最初にルシエド卿とともに町へやってきた……」
「わかるのですか?」
「ええ。目が見えなくともあなたがたほど強烈な人は気配でだいたいわかるのです。きっとお気づきのことでしょうが、私ももとはそちら側の人間でしたので……」
「なるほど……」
「確か、ヒューレさんでしたね。今日はどうなさいましたか?」
「ああ、いや……」
 なんと答えたらいいのだろう。
 まさかヴァンパイアを殺したくてイライラしてしてました、とはいえないし。
 そもそも部外者に話せるようなことでもないし……
「お気になさらなくてけっこうですよ。宗派は違えどリエルさんもときどきお祈りに参られますし、教会内でのことを俗世に持ち込むようなことはしません。それに聖職者など、壁の一部のようなものですから」
 なるほど、壁に向かって話すならなんの気兼ねもいらないと。
 子供のころにいた教会のシスターたちとは随分と雰囲気の違う人だ。これは宗派ではなく人間としての違いなんだろうな。
 私は、本当に伏せるべきことだけ伏せて、話してみることにした。

 思えば国にいたころから、胸の内を誰かに打ち明けたことなどなかった。
 そうできると思える相手などいなかったし、ゼルーグどのやリエルどのなどごく一部の人は多くを語らなくても理解してくれていた。
 今にして思えば、女友達は一人もいなかった。
 一人でもそういう相手がいれば、もう少しなにか違っただろうか?
 でも、友達というのはどうすればできるものなんだろうか?
 教会でともに育った孤児たちは友達というより家族だったし、私ってもしかして、今まで一人も友達を作ったことがない……?
 うーん、でも必要と思ったこともないし、今も昔もあのかたたちがいれば充分だし……
 話しながら、私は少しだけ自分を見つめなおすことができた。
 そして話し終えると、司祭に笑われた。
「失礼」
 そういいながらもまだ笑ってる。
「なにか可笑しかったでしょうか」
「ええ、意外と」
 この人も意外と容赦のない人だな……
「あなたは本当にルシエド卿を慕っているのですね」
「あう、それは、まあ、その……」
「ええ、わかっています、単純な恋心でないことは。それゆえにどう接していいか、自分の気持ちをどう表現していいかもわからない……」
「ええ……」
「あなたは今、ズボンを穿かれていますね?」
「えっ?」
「音です。話している間のあなたの仕種が発する音。ズボンにはズボンの、ローブにはローブの、それぞれ独特な衣擦れの音があるのですよ」
「はあ……」
 たいした耳だとは思うが、それがどうしたというのだろう?
「ズボンということはつまり男装……いえ、もしかすると兵装でしょうか? 剣もおもちですね」
「外ではなにが起こるかわかりませんので」
「私服でドレスはおもちでない?」
「ええ」
 ドレス……
 私が、ドレス……?
 いかん、笑ってしまう。
 仕事中は給仕服だからローブだが、いくらなんでもドレスはないな、ドレスは。
 あれほど私に似合わない服装はないだろう。
「ご自分が女性であるという自覚が弱いようですね」
「いやしかし、私がドレスなど……!」
「私は見えないので似合う似合わないはわかりません」
 ぐむっ。
「ですが、あなたが女性であることをもう少しわかりやすく表現すれば、ルシエド卿の見る目も変わるのではありませんか?」
「うっ、しかし……」
「きっとルシエド卿にとって今のあなたは、家族のようなものなのです」
「家族……」
「詳しい事情はわかりませんが、これまでの身分を捨て、主従関係も解消となり、一応は対等になった。しかしあなたはそう捉えることができず、見た目も言動も昔のまま……となれば、彼にとってはただ単に上下関係がなくなっただけの昔どおりのつき合いをする相手、となるのでしょう」
 た、確かに、そういわれれば国を出る以前からとなにも関係が変わっていないような……
「言葉ではっきり気持ちを伝えることができないのなら、まずは見た目から変えてみてはどうでしょう? そうすれば彼はもちろん、きっとあなたの心のもちようにも変化があると思うのですが」
「しかし、ドレスとは……」
「なにも貴族のような派手な物をとはいいません。庶民服でも裕福なかたが着る物は上品で女性らしいですし」
 それすら私には高い壁だ……
 頷けずにいたら、また笑われた。
「戦場よりドレスを恐れる女性がいるとは」
 むっ!
「恐れてなどいません! あのかたのお目汚しになるのではないかと思っただけです!」
「では汚さない物を選べばよろしい」
「そうします!」

 あれ?
 なんで私、教会を出た?
 なんで、ドレスを買いに行こうなどと考えた?
 どうしよう。
 このまま帰るのは負けた気がする。
 というより、完全に乗せられた。

 どうしよう……

 私がドレスなんて着て帰ったら、絶対に笑われる……
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・ 何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

出来損ないと追放された俺、神様から貰った『絶対農域』スキルで農業始めたら、奇跡の作物が育ちすぎて聖女様や女騎士、王族まで押しかけてきた

黒崎隼人
ファンタジー
★☆★完結保証★☆☆ 毎日朝7時更新! 「お前のような魔力無しの出来損ないは、もはや我が家の者ではない!」 過労死した俺が転生したのは、魔力が全ての貴族社会で『出来損ない』と蔑まれる三男、カイ。実家から追放され、与えられたのは魔物も寄り付かない不毛の荒れ地だった。 絶望の淵で手にしたのは、神様からの贈り物『絶対農域(ゴッド・フィールド)』というチートスキル! どんな作物も一瞬で育ち、その実は奇跡の効果を発揮する!? 伝説のもふもふ聖獣を相棒に、気ままな農業スローライフを始めようとしただけなのに…「このトマト、聖水以上の治癒効果が!?」「彼の作る小麦を食べたらレベルが上がった!」なんて噂が広まって、聖女様や女騎士、果ては王族までが俺の畑に押しかけてきて――!? 追放した実家が手のひらを返してきても、もう遅い! 最強農業スキルで辺境から世界を救う!? 爽快成り上がりファンタジー、ここに開幕!

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて

ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記  大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。 それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。  生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、 まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。  しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。 無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。 これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?  依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、 いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。 誰かこの悪循環、何とかして! まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

【完結】異世界へ五人の落ち人~聖女候補とされてしまいます~

かずきりり
ファンタジー
望んで異世界へと来たわけではない。 望んで召喚などしたわけでもない。 ただ、落ちただけ。 異世界から落ちて来た落ち人。 それは人知を超えた神力を体内に宿し、神からの「贈り人」とされる。 望まれていないけれど、偶々手に入る力を国は欲する。 だからこそ、より強い力を持つ者に聖女という称号を渡すわけだけれど…… 中に男が混じっている!? 帰りたいと、それだけを望む者も居る。 護衛騎士という名の監視もつけられて……  でも、私はもう大切な人は作らない。  どうせ、無くしてしまうのだから。 異世界に落ちた五人。 五人が五人共、色々な思わくもあり…… だけれど、私はただ流れに流され…… ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

処理中です...