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第28話 楽しかった時間
しおりを挟む「いや~。楽しんだ楽しんだ」
満足そうに、無邪気な笑みを浮かべる遥希。颯の自宅の玄関で、靴を履く。
「本当だよ。あそこまで白熱すると思わなかったよ。八雲さん、久しぶりに、プレイしたって言ってたけど、ブランクを感じさせなかったね。何度も負けたし」
興奮気味に捲し立てるように、颯は流暢に語る。
「正直、私もプレイングに不安を感じていたが、杞憂だったな。身体が覚えてた」
颯と遥希は、先ほどのミリオカートでのエピソードを共有する。
対戦成績としては、ほぼ互角だった。日々暇つぶしにプレイしていることから、わずかに颯が勝ち数で優った。
「今日は楽しかった! ありがとな天音! 遊びに誘ってくれて!! 」
顔を左側に少し傾け、にこ~っと、遥希は女性らしい笑みを作る。
その際、銀髪のロングヘアが、わずかに風に吹かれたように、揺れる。
普段の男性に似た言動も相まって、大きなギャップが生まれる。
当然、颯もそのギャップに惹かれ、遥希の芸術的な笑顔に見惚れる。
「う、うん。大したことしてないから。俺こそ、楽しませてくれて、ありがとう」
我に返り、颯はぎこちない返事になる。目の前の遥希が、以前よりも魅力的な女性に見えた。
決して錯覚ではない。
「そろそろ帰るな。お邪魔したな」
颯の自宅のドアノブに、遥希は、手を掛ける。右手でドアノブをしっかり掴む。
「待って。自宅の前まで見送るよ」
素早く、靴箱から普段靴を取り出し、颯は雑に玄関に置く。急いで靴を履こうとする。
「いい。いい。ここまでで構わないから」
胸の前で右手を広げ、遥希は颯の制止を試みる。
狙い通り、遥希の言動に反応し、反射的に、颯は靴に向かう足を止める。右足が、空中で浮いた形を取る。
「でも…」
颯は納得いかない表情を作る。自宅の前まで見送るのが、最低限のマナーである。颯はそう堅く信じる。
「いいから。気持ちだけ受け取っておくな。それじゃあ、またな! 」
顔の近く辺りで、ひらひらと手を振り、遥希は颯の自宅のドアを開放する。
時刻は19時を過ぎており、外は暗く、光は存在しない。
閉める直前に、チラッと颯の方を目視し、遥希は彼の自宅を後にする。
ガチャッと、自宅の鍵の閉まる音が、廊下に拡がる。当然、颯の鼓膜も刺激する。
その音が、遥希との別れの合図だと、勝手に、颯は感じた。
遥希が名残惜しい。もっと同じ時間を過ごしたいと強く抱く。それほど、今日の遥希とのゲームの時間は、有意義だった。
何10年ぶりに、同級生の他者に対して、自然体で接した気がする。
幼稚園以来かもしれない。あの頃は、まだ子供だったため、他者に気を遣うことは皆無であった。
「楽しい時間だったな~」
ため息を吐くように、独り言を呟き、颯は準備した靴を靴箱に仕舞う。
靴箱のドアを閉め、玄関からリビングに移動する。
リビングのソファに腰を下ろし、電源がオフのテレビを見つめる。
鮮明に脳内に刻み込まれている。遥希と熱中したミリオカートを。
テレビを視界に収めるだけで、脳にその時のシーンが、フラッシュバックする。
思い出すだけで、気分が良好になる。それほど、画期的な時間だった。
「時間潰しにテレビでも見るか」
目を細め、暇つぶしの手段として利用するために、テレビのリモコンに手を掛ける。
右手でリモコンを掴み、電源ボタンを押そうとした。
「な!? 何をする!? 」
颯の指が電源ボタンに触れたと同時に、颯の自宅の外から、遥希らしき人物の声が、突然に生じた。まるで悲鳴に似たような。
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