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第30話 距離感
しおりを挟む颯と遥希は、夜道の住宅地に接した道を歩く。
石井の逃げる背中を追って、颯達の前から、聖羅が去った後、流石に危険な目に遭遇した遥希を1人で帰すまでに行かず、颯は彼女の自宅まで送り届ける。周囲を警戒し、怪しい人間が居ないか、神経質に注意を向ける。
無言で、颯と遥希は並んで歩く。もう数分も会話を交わしていない。
(それにしても…)
胸中で呟き、颯は、真横に並ぶ遥希に視線を移す。
なぜか颯と遥希の距離は10センチも離れていない。両者の片方が、数センチ横に移動すれば、手と手が触れ合うレベルの近さだ。
(流石に近いな)
無意識に眉をひそめ、颯は遥希と距離を取る。遥希から離れるように、右横に両足を動かす。
その結果、数10センチの空間が、颯と遥希の間に生じる。
「むっ」
不満、寂しさ、恐怖の混じった複雑な顔を浮かべ、遥希は、そそくさと開いた距離を詰める。再び、先ほどと同様の距離感を保つ。
「…」
心が落ち着かず、逃げるように、意図的に並んで歩く状態を崩し、颯は早歩きで前に出る。今度は、横では無く、前後に距離の隙間が生まれる。
「むっ」
この程度の仕打ちで諦めるわけもなく、遥希も早歩きで颯に追い付く。そのまま、以前と同じ距離をキープする。どうやら、遥希は颯の真近くに身を置きたいらしい。
それは、颯も容易に推量できた。
「ちょっと距離が近くないかな? 」
黙ってる訳にもいかず、颯は率直に疑問を投げる。
「っ…」
恥ずかしそうに俯き、遥希は、さらっと颯のブレザーの裾を摘まむ。
当然、遥希の指に掴まれた感覚は、ブレザーを介して颯に伝わる。
「ど、どうしたの? 」
突然の遥希の行動に動揺し、颯は思わず歩を止める。
遥希も俯いた状態で、颯に合わせて、足を止める。
「い…」
何か言葉を紡ごうとしたところで、遥希は強く口を噤む。
遥希が何を言いたいか、情報不足で、颯は予測すら立てられない。
意を決したように、顔を上げ、遥希は深呼吸する。深い息が、遥希の口から漏れる。
「い、色々あったから。あの、その。怖くて落ち着かないんだ。だから…。その…。このままの状態で、私の自宅まで歩いていい? 」
羞恥に耐え、頬を赤く染め、潤んだ瞳を逸らし、決して颯と目を合わさずに、遥希は自身の気持ちを伝える。
遥希の自白に、颯は合点がいく。同時に、自身の未熟者を責める。
少し考えれば分かることだ。
普段から男らしい言動とは言え、1人の女子高生が、夜に襲撃を受けたのだ。しかも、1人からではなく、2人から。
時間は経過したとはいえ、恐怖は未だに遥希の胸中で渦巻く。おそらく、時間が経つ度に、恐怖は増幅しているに違いない。思い返すたびに、恐怖体験だと認識するのだろう。
だから、颯の返す言葉は1つだった。
「いいよ。気が済むまで、そうしてて」
安心させるために、颯は意図的に優しく微笑む。自身の微笑や笑顔は嫌いだが、遥希のためだ。仕方がない。少しでも、安堵感を感じてくれれば良かった。
「っ。……反則だろ……」
颯の優しさの微笑みを視認し、さっと目を逸らし、遥希は消え入りそうな声で呟く。遥希の顔はどんどん赤く変貌する。まるで、トマトみたいだ。
「ど、どうしたの? もしかして熱でもある? 」
予想外の反応に気が動転し、様子を窺い、颯は遥希の額に手を当てようとする。
「な、なんでもない! ほらいくぞ!! この状態をキープだぞ!! 」
猫が水を弾くように、顔を左右に振り、遥希は、颯のブレザーの裾を摘まんだまま、有無を言わせずに、歩き始める。
「ちょっ。そんな言い方されれば、気になるよ! 」
遥希の前に進む足に合わせ、颯は反射的に前進した。遥希の顔を赤く染めた理由が、さっぱり解釈できないまま。
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