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魔法は用法用量を守って正しくお使いください

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 ――爆ぜた。
 パァン、という高く大きな破裂音と共に。

「!!」

 迫りくる巨大な手が一瞬でいびつに膨らみ、そのままシャボン玉のように散る。
 その破片すら残さず霧散する魔法に、アルワンだけでなく術者であるカツパも目を見開き驚愕した。

「お、お前なにをした!」

 確信していた勝利が目の前で弾け飛んだんだもんな、そりゃあ血相も変わるだろう。
 唇をワナワナと震わせ、あらぬ方向をキョロキョロとするかつての友を俺は複雑なおもいで見つめた。

「言っただろう、才能開花したって」
「まさかお前もあの方に……」

 一緒にするなと怒鳴りつけたかった。たしかに強い魔力を身につけたんだろう。他の元仲間たちだって、俺が気づかなかっただけで能力は格段に上がったのかもしれない。
 でもな。

「単純にそれだけじゃ強くなんてなれねぇよ、馬鹿野郎」

 いくら伝説級に強い武器使ったって使う奴がポンコツならそれは、なまくら刀以下になるってものだ。

「オレを愚弄する気か、このザコ剣士の分際で!」

 そう叫びながらも杖を振り上げる。

「【雷放電トレ・ディス】」

 激しい火花。文字通りの雷魔法攻撃に、地を蹴って身をひるがえす。
 
「くそ死ねっ、死ね!」

 連続して飛んでくる攻撃魔法。土を焦がし跳ねた土煙で視界が悪くなる。
 俺は次々と繰り出される魔法を避けながらも、とても悲しかった。怒りや苛立ちは確かにあるが、それ以上に悲しくて見ていられない気分。

「もうやめろよ」
「うるさいッ、お前が悪いんだ! お前がっ、お前のせいで――」
「人のせいにするなよ、カツパ」

 避けるのをやめた。
 真っ直ぐ歩み寄る俺に、やつはさらに錯乱した様子で死ね死ねと喚きながら杖を振る。

「おい悪魔。契約通り俺達を助けろよな」

 小さな声でつぶやく。相手はもちろん、あの悪魔だ。聞いているのかいないのかわからない。
 姿も見えないからな。
 そして返事どころかなんのリアクションもないことに一瞬だけ不安になるが。

「痛っ」

 小さな痛みが左手に走る。ほんの小さな針先で小突かれた程度のそれ。手の甲を見れば薬指の付け根に、なにやら模様が描かれていた。

「なんだこれ」

 刺青、だろうか。ぐるりと指を囲うように怪しげな紋様がまるで指輪のようだ。
 首を傾げるとそこがほのかに熱くなった。

「なるほど契約の証ってやつかな」

 一人納得しているとまたカツパの怒鳴り声が響く。

「くそっ、どうなってんだ。全然当たらない、当たらない、なんでだよぉぉぉッ!!!」

 どうやら俺は意識せず攻撃を避け、避けきれなかったものはなぜか失速して消えてしまうらしい。
 
「これが悪魔の力か」

 確かにすごい。しかしそのために、すでに左の手と目を犠牲にしているんだよな。
 これからどういう事になるかわからないが、なんだかが外れてしまいそうで怖い気もした。
 そんなことも言ってられねえけどな。

「なあカツパ」
「どうしてだ……当たらない、殺せない、オレは強いはずなのに、最強になったはずなのに……!」

 ダメだ、聞いちゃいねえ。蒼白の顔でブツブツ言っているやつに少しずつ近寄っていく。
 
「オレはあんな出来損ない共とは違う……オレは天才だ……スキル解放だって……オレは、オレは……」

 ついに座り込んで頭を抱えた。震える肩が痛々しい。

 幼なじみだった俺を裏切ってまで、こいつは何を得たかった? 
 ガキの頃、優秀だって評判の兄や弟に殴られていたのを見たことがある。
 出来損ない、低脳のザコと罵られていたのを見て当然抗議しようとした俺を彼は泣きながら止めた。
 
『本当のことだもん、オレはあの家の出来損ないなんだ』

 うなだれる彼に俺は言った。
 この村を出よう、と。実際にはその五年後くらいになっちまったが。
 必死になって大人たちから仕事をもらって働いた。
 
 ジジイの修理屋も手伝いつつだから、それこそ毎日クタクタになったさ。でもそれなりに資金集めしたかったんだ。
 そんな俺を見てジジイは何か言いたげな、でもなにも聞かれることなく俺たちは村を出た。

「なあ、もうやめろ。カツパ」

 思えば心の底では見下されていたのかもしれないな。
 でもそれがこいつの心の支えだった。常に出来損ないと罵倒されバカにされて育ったこいつの心の傷は、思った以上に深い歪みを産んでいたんだろう。

 哀れだと思えばきっとまた傷つくとは思うが、それでも哀れで仕方なかった。
 すっかり戦意喪失をした彼に近づく。

「嘘だ……オレは才能開花した……スキル解放したんだ……こんなやつ、ぶっ殺せる……すぐに……」

 焦点が定まらず、小刻みに揺れている。充血した白目と壊れたように垂れ流される呟き。
 口の端からよだれが垂れて地面に染み込んだ。
 その時だった。

「――、解呪とはいわないけどな」
「スチル!?」

 いつの間にいたのか、声に振り返ると彼が立っていた。
 眉間には深いシワが寄っており、明らかに不機嫌そうだ。さらにみれば後ろの方でアルワンが。

「ほんとこの子寝起き悪すぎだよ。いきなり腹パンしてきたんだけど」

 と情けない顔で腹をおさえていた。
 うん、まあ気の毒というか申し訳ないというか。あとで本人に責任もって謝らせよう。
 そんな事を考えているとスチルが小さく鼻を鳴らして言った。

「ほれ見ろ、そろそろするぞ」
「なっ!?」
 
 ビクン、と彼の身体がのたうった。と同時に皮膚がどんどん変色していく。青紫色に。
 しかも状態異常はそれだけにとどまらず。

「ア゙ぁ゙ッ……! お゙ゥ゙ぐ、る゙る、ギゥィ゙イ゙ィィ!!」

 奇声を上げはじめたカツパはどんどん変貌していく。
 頭髪の髪はすべて抜け落ち、水分が抜けて枯れ木のようになった四肢。歯は大半が糸を引きながら抜け落ち、背中はいびつな形に折れ曲がる。

「お、おいカツパ! どうなっちまったんだ。くそっ、スチルどうすりゃいいんだ!!」
「無理だ。どうしようもないね」

 焦り慌てふためく俺に冷たい言葉。

「あれは解呪じゃないからな」
「意味わかんねえよっ、つーかお前なんか知ってるのかよ!?」

 スチルの肩をつかみ揺すりながら怒鳴る。でもその瞳は静かに俺を見返していた。

「言ったことあるだろ、あの魔術は非常に難しくリスクがある。術者と魔法を受ける側の相性とかな。あとそもそも生まれ持ったスキルを封印されていただけのメイトと、であるその男とは条件があまりにも違いすぎるね」

 その言葉に胸が締め付けられた。
 自分に才能があると信じたい、でも不安になって苦しんで。俺だってそうだったけど、きっとこいつも苦しかったんだよな。

 だから得体のしれない奴の手にかかった。
 拳をにぎりしめる。

「どうしても……助けられねえのか」
「断言はしない。人間ってのは時に意味不明で、訳の分からない行動力と結果を見せつけてくるからね」
「え?」
「いやこっちの話。恐らくコイツはアンタにかけられていた呪いとは真逆のものをかけられている」

 俺はすべての能力スキルを壊滅的に抑えられるの呪いで、その逆というと。

「じゃあこいつも解呪してやってくれよ!」
「そんな簡単な話じゃない。アンタ脳みそついてんの?」
「いやだから」
「言っただろ、リスクが高くて難しいんだって。相性だってある。人の話を聞きなよ。そのクソみたいな耳もぎとってやろうか、ああ?」

 うっ、やはり寝起きで不機嫌MAXなのか毒舌が容赦ねえ。いやむしろ通常運転なのか。
 
 しかしこれはまずい。
 ほとんど屍人アンデッドのような姿だが辛うじてか細い呼吸をしているカツパを見下ろす。

「くそ、どうすりゃいいんだ……」
「この呪いをかけたのは、メイトが言ってた異世界召喚者なわけ?」
「恐らくな」

 攻撃魔法と剣術しか見たことはないが、確かに人並外れた腕だった。
 当時の俺なんて足元にも及ばないレベルの。本当に魔王を打倒した勇者であれば当然のことかもしれないが。

 スチルは少し考え込むような顔してから。

「単純にいくかわからないが、そいつに会うしかないだろうな」
「そうなのか」
「当たり前だろ。基本的には魔法はかけた人間のクセみたいなのが色濃く出る。そそれに少しこれは気になる部分が……」
「?」 
「とにかく、まずはこのアンデッドもどきを救いたかったらその異世界転生勇者とやらを見つけ出してボコればいい」
「ぼ、ボコるって」

 乱暴すぎるだろ、でもカツパを救いたい気持ちはあった。
 普通に考えればお人好しのアホだろうが、それでもやはり目の前で幼なじみがこんなことになったら見捨てておけないんだよ。

 別に俺が特別正義感に溢れてるとか優しいとかじゃない。
 むしろ意気地無しで臆病者なんだ。他者を見捨てて自分を貫く勇気すらない、と言い換えてもいい。
 それでも、今こいつを見捨てたら俺自身終わっちまう気がするんだ。なんの根拠もない、単なる自己満足なのは100も承知。

「アンタのことだ、どうせまた抱え込むんだろ」
「悪ぃ、性分なもんでな」

 スチルも呆れ顔に見えるがどうだろう。

「メイト! ヴィオレッタが目を覚ましたよ!!」

 アルワンの声に振り返った。そこには兄に肩を貸されて立つ彼女の姿が。

「すまない、厄介をかけたな」

 どこか悔しそうに頭を下げるのがらしくて、思わず笑みがこぼれた。

「よかったよ。でも大丈夫なのか」
「ああ。かなり回復してきている。お前の薬のおかげでな」
「そりゃあ幸いだった」

 ホッとして胸を撫で下ろす。まだまだ顔色は悪いが、あとはスチルに回復魔法でも頼もう。
 
「なあスチル」
「仕方ないな。最後までとことん付き合ってやるよ、

 ニッ、と笑った顔に俺は柄にもなく目頭が熱くなって慌てて上を向いた。
 

 



 


 
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