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万事休すかこの先は

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 ――その後、なだれ込んだのが武装した兵士たちで。
 すぐさま蹴散らした元仲間たちを回収し、唖然のする俺たちの前には一人の軍人があらわれた。

「半信半疑ではあったが、『これ』は正解だったな」

 背が高くガタイの良い壮年の男、頬にある古傷と黙っていても伝わる風格。というか威圧感というべきか。
 とにかくそんな軍人が顎髭を撫でながら指先でなにかを弄んでいる。

「り、リベロ将官! なぜ貴方が……」

 突然の上司の登場に彼女は死ぬほど腰を抜かしたに違いない。速攻で姿勢を正している。
 そんな様子に表情の読めない彼は厳格にうなずく。

「ヴィオレッタ下士官。極秘任務、苦労であった」
「っ、ありがたきお言葉恐悦至極にございます! しかしなぜここに」
「城のものに言われてな。こいつを忍ばせたのだ」

 指先から肩へ。戯れるように飛び回るのは小さな光。よくよくみればそれは。

「なるほど人工妖精タルペットか。やられたな」

 スチルが言う。聞きなれぬ言葉に俺とアルワンは首を傾げるも、彼女が大きく目を見開いた。

「まさかこれが」
「ああ、試作品だというが持たせておけと大臣がうるさいものでな。こっそりとついてこさせた。公正さには欠けるが、何者かが武器庫から爆薬などを何点か持ち出していた事からとしようではないか」
「しょ、将官は知っておられたのですか!?」

 サッと顔を青ざめさせるヴィオレッタに対して、相変わらず感情らしい感情を見せない将官はなかなかのものだ。
 とはいえ、会話からするとこの光が俺たちを密かに尾行してその位置を知らせていたのだろう。

 なかなか便利だな。
 国王は有数の腕のある魔法使いを抱え、常に新たな魔法薬や魔法武器防具。さらには強力な攻撃魔法にいたるまで開発させていると噂では聞いていたが。
 
 こうやって間近で見せつけられると驚く事しかできねえな。
 まったく気づかなかった。

「申し訳ありません! 私は……」
「不問とすると言っているのだ。ヴィオレッタ下士官」

 全力で頭を下げる彼女に、将官が一瞬だけ目元を穏やかにしたのは気のせいだろうか。
 しかしすぐに元の無表情に戻り。

「しかし予想通り、ここに王女はいないようだな」
「予想通りってどういう――」

 驚き二人を見たが、彼女も同じ心境だったらしい。
 俺の言葉を遮って声を上げた。

「将官、それは一体どのような意味なのですか!? まさかここがオーガ族の村というのも、王女が囚われているというのも偽情報ガセだったのですか!」
「少なくとも私は懐疑的であったのだ、ヴィオレッタ下士官」

 そして語られた事柄に、俺たちはまた腰を抜かすことになる。

「ラビッツ様がオーガ族にさらわれたという情報は、すべてが戻ってきた侍女の証言のみであることに疑問をいだいた」

 しかもあの日、王女は城の敷地内にある中庭で遊んでいたというのが城の者たちが明言している。
 だとすれば誘拐犯であるオーガ族の男は、わざわざ警護の目をかいくぐり城の中に侵入したというのか。

「うーん。あまりにもリスキーだよね」

 アルワンが首をかしげながらいう。

「そう。人間に変装をしていたと言われればそこまでだが、もうひとつ疑わしい事がある」

 侍女の様子だった。
 憔悴しきり、身なりも乱れ確かに命からがらにげだしてきたという様子ではあったらしい。
 しかし。

「その身体の傷はほとんどが軽い擦り傷や打撲とも呼べないほどの打ち身。さらにその娘からは魔法の痕跡反応があったのだ」
「えっ」

 またアルワンが声を上げる。

「オーガ族って魔法を使わないって聞いたけど」
「ああ、その秀でた身体能力と戦闘力の代わりに魔力は極めて低いとされている。それが我々の認識だった」

 そういえばそうだ。っていうか、こいつもちゃんと知識あったんだな。さすが冒険者目指していただけの事はある。
 そう褒めると。

「あはは、才能ないってまだ気付く前はこれでも頑張って勉強したんだよ。まあ実技の方はめんどくさくて、ぶっつけ本番やったらコケたけどね」
 
 と苦笑いと照れが半々といった顔で肩をすくめ笑った。

「するとその侍女が誘拐事件の共犯であると?」

 ヴィオレッタの問いに、彼はまた重々しく首を横にふる。

「とも断言しがたいのだ。関係者すべてに尋問をしたが、有力な証言はひとつとして出てこなかった」

 どうやらその侍女というのも、嘘をついているようには感じられなかったという。
 かなり状況は謎めいてくる。

「だから慎重にと国王陛下には申し上げたのだがな」

 そこでふと後ろに広がる森を一瞥し、小さくため息をついた。

「このスライムの生息地である森を含め、すべてが我々を誘い込む罠であったというのが今の結論だな」
「そんな……」

 ヴィオレッタが力なく視線を落とす。そのために大切な人を亡くした事を俺は改めて想う。
 とはいえ一体何が目的なんだろう。

「下士官、将官! このようなものが!!!」

 上がった声に振り返れば、数人の兵士たちが何かを持って駆けてくる。
 一目見て上質だと分かる布地。大きさ的に子供用の衣服みたいだ。あとは小さなレースのついた履き心地の良さそうな靴。

「これは」

 それを目にした二人は途端に眉間に深いしわをよせた。
 すぐに将官の方が険しい顔で口を開いた。

「どこでこれを見つけたのだ」
「はい、村の奥です」
「他の家屋や物陰に誰もいなかったのか」
「どこももぬけの殻です。しかし生活をしていた痕跡がまだ新しく、つい最近まで村人が暮らしていたと思われます」

 他にもキビキビと答える若い兵士に。報告は受けた引き続き捜査を、とこたえてこちらへ向き直る。

「確かにラビッツ王女はこの村にいたと思れる。これが証拠だ」
「これってドレスだよね、この刺繍……」

 ハッとしてアルワンが衣服の端を指でなぞる。

「王家の紋章だ。王位継承権のある者のみがつけることを許されているものだよ」

 王家、と言ってもその家系図はとんでもなく広く大きいという。だから、王位争いなんていうものは昔から激しいものだと庶民でも想像はつく。

「生まれた時から決まっているんだよ。言ってみれば王様候補、王女だと女王様候補かな。どちらも厳格な条件と順位付けがされていて、そりゃもう中はドロドロで陰険なマウント合戦で……」
「アルワン、それ以上言うな」

 苦々しい顔をしながらの言葉を、ヴィオレッタがすかさず止める。

「でもヴィオレッタだってウンザリしてたでしょ。侍女たちの中ですら、ネチネチとした陰口やら策略と嫌がらせが横行してたんだから」
「だから言うなと――リベロ将官、つまりこのドレスは間違いなくラビッツ王女のもので、ここにおられた可能性が極めて高いということでしょうか」
「うむ」

 将官がうなずき、考えこむように再び顎髭をなでた。

「腑に落ちぬところがいくつもある」

 そこで俺は思い出した。
 地の下に埋められたオーガ族村人たち。やはりあいつらが虐殺したのだろうか。そんなむごいことを。

「カツパのことはどうなるんだ」

 大きな代償をおった幼なじみのことを想うと胸が痛くなる。それがたとえ裏切り者であってもだ。
 すると彼女が。

「お前たちがといった症状だが、あの青年の他にも発症している者がいるのがわかった」
「なんだと!?」

 やはりあいつらもタロ・メージに魔法をかけられていたんだな。
 
「その男は、自らを異世界召喚勇者と名乗っていたのだな?」
「ああ、そうだ」

 彼女は俺の返事を聞いて、将官に向き直る。

「タロ・メージという者について調査する事を許可して頂きたい」
「……」
「リベロ将官!」
「ヴィオレッタ下士官、少し落ち着け」
「ですが」
「落ち着け、と言っている」

 有無を言わさぬ圧を声から感じて、彼女は悔しげに口をつぐむ。
 でも俺だってその気持ちは分かる。すぐにでもあいつを探し出したい。追放だの裏切りとかもうどうでもいい。

 そんなことよりカツパを。そしてたとえ元であっても、仲間を助けたい。
 しかしこの鋭く厳しい眼光を持つ軍人は、静かに彼女を見下ろして言った。

「その怪我で何もできまい。これ以上足でまといになる前に戻れ。今の貴様では何の成果も得られないのは、幼子であっても理解できるだろう」
「!」
「理解したらさっさと行け」

 厳しい言葉にヴィオレッタの喉奥から、ひゅっと息を飲む音が。分かっていただろうが、こうも冷酷に戦力外通告されればショックも大きいだろう。

「は、い……」

 奥歯を噛み締めるようにうなずき、彼女は将官に頭をさげた。

「メイト殿、貴方も一緒に町へ戻っていただく」
「でもカツパ達のことは」
「彼らは重要な事件の参考人で、これから取り調べと尋問をする必要がある」
「尋問って……!」
「ここから先は我々の仕事だ」

 ゾッとするような冷たい目。俺は兵士たちに抱えられるように連れていかれるあいつらを眺めるしか出来なかった。

 ――これからどうすればいいんだろう。

 


 

 


 
 


 
 
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