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再会と別れは箱庭で1
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失意、とも違う。でも決して気分の良いものじゃない。
太陽が沈み、黄昏の空色はまさに町へ戻ってきた俺たちの心境と空気だろう。
「ていうか、意外だったなあ」
「ん?」
だしぬけの言葉に振り向く。
こちらをマジマジと、というより無遠慮にジロジロと言った方がいいか。そんな視線にぶつかった。
「なんだよ。アルワン」
「いや馬面マスクじゃないメイト君って、案外普通なんだなぁって」
「は?」
そういえばマスク外したままだったな。もう色々とどうでもよくなってたから、そのままスルーしてたけど。
「どこで買ったの、こんな変なモノ。パーティグッズ?」
「失礼な、ちゃんとした装備だぞ」
横から口を出したのはスチル。
「へえ! 世の中には面白いモノがあるんだね。あ、ちゃんと空気穴ある」
渡してやると子供みたいにはしゃぎながら、それをいじくり回している。
「ほらほら、似合う~?」
緊張感もなんもまったく皆無な様子ですら、なんだかホッとするようなんだからそうとうのものだよな。と思えば。
「あ」
「どうした?」
彼に合わせて俺たちも立ち止まった。
「そういえば二人とも宿は決まってるの」
「あ……」
そういえばまったく考えてなかった。
気づけば日もとっぷり暮れており、繁華街には幻想的な灯りがともり始めている。
「お腹も空いたしどっか入ろうよ」
「まあ、そうだな」
確かに気分が妙に沈んでいる時は、まず腹ごしらえからした方がいいかもしれない。
俺は王都エアリクルムの夜の街並みを眺めた。
やっぱりどこか上品っつーか、でも多種多様な者たちが行き交う賑やかな町。さすがに下品な呼び込みなんてのはないし、道行く水商売風の女もあからさまな媚態を滲ませてはいない。
きっと高級娼婦も多いんだろう。対してヤク中なんのはいるんだろうか。
「特に中央区域は管理されているからね」
アルワンが片方の眉をあげて皮肉げな笑みを浮かべた。
「でもボクに言わせりゃあ、単なる綺麗に取り繕われた箱庭さ」
でもその意味を問おうと俺が口を開きかけると。
「よーし、ボクのオススメのお店紹介してあげるよ!」
そんな明るい言葉でタイミングを失った。
「スチル君は食べられないものとかないの?」
「ええっとこいつはカプ・クシームが……」
「ない! 好き嫌いなんてガキじゃあるまいし、この僕がする訳ないだろ。バカにしてんのか」
割り込んでムキになって言い返すのがもうガキだろうが。でも指摘したら蹴りのひとつや二つを入れられそうだから、あーハイハイと流してやることにした。
「そうだよなァ、スチル君はなんでも食べられるいい子だもんな?」
「バカにすんなっ、このドアホ!」
「痛ッ!?」
いきなりグーパンしてきたんだけど。なんだこいつ本当気性の荒い魔獣かよ。
でもなんだかこんなやりとりも悪くない気がするほど、俺は少し疲れてるのかもしれない。
「あはは、ほんと仲良し兄弟だねえ。じゃあボクのお気に入りの店を紹介しちゃおうかな」
「別に僕とこのバカは仲良しとかじゃ……」
「ほらレッツゴー!」
「おい訂正しろ、ノーテンキ野郎」
立腹するスチルにお構い無し、むしろ手すらとって歩き出す。
「さ、触るな! メイトもこのアホになんとか言え!!」
「さあ? お兄ちゃんは知らんな~」
せいぜいガキはガキらしくお子様ランチでもねだっとけつーの。
なぜか上機嫌な後ろ姿を見ながら、俺はある人物について頭を巡らせていた。
※※※
「二人とも、久しぶりー!」
連れていかれた料理屋は奇しくも、町にきてすぐに入った高級な店。
また例によって異国情緒豊かな店内装飾とエキゾチックな美女店員たちに出迎えられた。
こんなんでも一応 (といったら失礼だが) 王族であるアルワンおすすめというのだから、やっぱり凄い場所なんだろう。
確かにあの時も普段なら目玉が飛び出るレベルの値段だったよな。
――そして通された個室には入った瞬間にかけられた言葉がこれ。
俺とスチルは顔を見合せた。多分同じこと考えていたと思う。
「べ、ベル!? なんでここに……いやそんなことより、怪我は? なんか酷いことされてないか!?」
クセのある髪と瞳は、紅珠のように濃い赤。アイシャドウを施してないからか、以前よりずっと幼げに見える少女。
俺は彼女の肩にふれながら、どこか負傷していないか必死に探した。
「あははっ、メイトってば」
くすぐったそうに笑うベルの顔色はいたって良好そうだ。服の下は知らないがアザやキズなどはないように見えて、とりあえず安堵した。
「大丈夫だよ。ありがとうね、メイト」
「ベル、本当に良かった。戻ってこれたんだな?」
「うん」
これで脱獄してきたー、とか言われたら頭抱えなきゃならんところだったが杞憂だったようだ。
俺は一気に脱力し、その場にへたりこんでしまう。
「メイト君!?」
「す、すまん。つい、安心して」
アルワンに支えられてようやく席に座った。
「相変わらずだね。メイトは」
屈託なく笑う彼女の笑顔がまぶしい。思えば、彼女を救うためにこの町に来たんだよな。
だから思ったより元気そうで嬉しかったんだ。
「でも本当に大丈夫だったのか」
犯罪者集団の一味ということで、さぞ厳しい尋問を受けてきたんじゃなかろうかと心配だった。
ただでさえ彼女も信じてた者に裏切られたんだ。これ以上心に傷を負って欲しくないのが本音だ。
しかし静かに首を横に振った彼女の表情は、どこか晴れやかだった。
「いいんだ。あたしね、多分――ううん、絶対に大丈夫だから」
「え?」
「たしかにすっごく悲しかったんだ。ボスがあたしをただの都合のいい犬にしか思ってなかったんだって。でも大丈夫」
「ベル」
その言葉にどこか危うさを感じつつ、俺はうなずいた。たしかにこれは自身が乗り越えなきゃならない問題だ。
「色々と聞いたよ。メイトのこと、あと王女様のことも」
赤い瞳がキラリと光る。
「あたしも一緒に連れて行ってよ」
そう言って微笑んだ彼女の表情はかなり印象的だった。
太陽が沈み、黄昏の空色はまさに町へ戻ってきた俺たちの心境と空気だろう。
「ていうか、意外だったなあ」
「ん?」
だしぬけの言葉に振り向く。
こちらをマジマジと、というより無遠慮にジロジロと言った方がいいか。そんな視線にぶつかった。
「なんだよ。アルワン」
「いや馬面マスクじゃないメイト君って、案外普通なんだなぁって」
「は?」
そういえばマスク外したままだったな。もう色々とどうでもよくなってたから、そのままスルーしてたけど。
「どこで買ったの、こんな変なモノ。パーティグッズ?」
「失礼な、ちゃんとした装備だぞ」
横から口を出したのはスチル。
「へえ! 世の中には面白いモノがあるんだね。あ、ちゃんと空気穴ある」
渡してやると子供みたいにはしゃぎながら、それをいじくり回している。
「ほらほら、似合う~?」
緊張感もなんもまったく皆無な様子ですら、なんだかホッとするようなんだからそうとうのものだよな。と思えば。
「あ」
「どうした?」
彼に合わせて俺たちも立ち止まった。
「そういえば二人とも宿は決まってるの」
「あ……」
そういえばまったく考えてなかった。
気づけば日もとっぷり暮れており、繁華街には幻想的な灯りがともり始めている。
「お腹も空いたしどっか入ろうよ」
「まあ、そうだな」
確かに気分が妙に沈んでいる時は、まず腹ごしらえからした方がいいかもしれない。
俺は王都エアリクルムの夜の街並みを眺めた。
やっぱりどこか上品っつーか、でも多種多様な者たちが行き交う賑やかな町。さすがに下品な呼び込みなんてのはないし、道行く水商売風の女もあからさまな媚態を滲ませてはいない。
きっと高級娼婦も多いんだろう。対してヤク中なんのはいるんだろうか。
「特に中央区域は管理されているからね」
アルワンが片方の眉をあげて皮肉げな笑みを浮かべた。
「でもボクに言わせりゃあ、単なる綺麗に取り繕われた箱庭さ」
でもその意味を問おうと俺が口を開きかけると。
「よーし、ボクのオススメのお店紹介してあげるよ!」
そんな明るい言葉でタイミングを失った。
「スチル君は食べられないものとかないの?」
「ええっとこいつはカプ・クシームが……」
「ない! 好き嫌いなんてガキじゃあるまいし、この僕がする訳ないだろ。バカにしてんのか」
割り込んでムキになって言い返すのがもうガキだろうが。でも指摘したら蹴りのひとつや二つを入れられそうだから、あーハイハイと流してやることにした。
「そうだよなァ、スチル君はなんでも食べられるいい子だもんな?」
「バカにすんなっ、このドアホ!」
「痛ッ!?」
いきなりグーパンしてきたんだけど。なんだこいつ本当気性の荒い魔獣かよ。
でもなんだかこんなやりとりも悪くない気がするほど、俺は少し疲れてるのかもしれない。
「あはは、ほんと仲良し兄弟だねえ。じゃあボクのお気に入りの店を紹介しちゃおうかな」
「別に僕とこのバカは仲良しとかじゃ……」
「ほらレッツゴー!」
「おい訂正しろ、ノーテンキ野郎」
立腹するスチルにお構い無し、むしろ手すらとって歩き出す。
「さ、触るな! メイトもこのアホになんとか言え!!」
「さあ? お兄ちゃんは知らんな~」
せいぜいガキはガキらしくお子様ランチでもねだっとけつーの。
なぜか上機嫌な後ろ姿を見ながら、俺はある人物について頭を巡らせていた。
※※※
「二人とも、久しぶりー!」
連れていかれた料理屋は奇しくも、町にきてすぐに入った高級な店。
また例によって異国情緒豊かな店内装飾とエキゾチックな美女店員たちに出迎えられた。
こんなんでも一応 (といったら失礼だが) 王族であるアルワンおすすめというのだから、やっぱり凄い場所なんだろう。
確かにあの時も普段なら目玉が飛び出るレベルの値段だったよな。
――そして通された個室には入った瞬間にかけられた言葉がこれ。
俺とスチルは顔を見合せた。多分同じこと考えていたと思う。
「べ、ベル!? なんでここに……いやそんなことより、怪我は? なんか酷いことされてないか!?」
クセのある髪と瞳は、紅珠のように濃い赤。アイシャドウを施してないからか、以前よりずっと幼げに見える少女。
俺は彼女の肩にふれながら、どこか負傷していないか必死に探した。
「あははっ、メイトってば」
くすぐったそうに笑うベルの顔色はいたって良好そうだ。服の下は知らないがアザやキズなどはないように見えて、とりあえず安堵した。
「大丈夫だよ。ありがとうね、メイト」
「ベル、本当に良かった。戻ってこれたんだな?」
「うん」
これで脱獄してきたー、とか言われたら頭抱えなきゃならんところだったが杞憂だったようだ。
俺は一気に脱力し、その場にへたりこんでしまう。
「メイト君!?」
「す、すまん。つい、安心して」
アルワンに支えられてようやく席に座った。
「相変わらずだね。メイトは」
屈託なく笑う彼女の笑顔がまぶしい。思えば、彼女を救うためにこの町に来たんだよな。
だから思ったより元気そうで嬉しかったんだ。
「でも本当に大丈夫だったのか」
犯罪者集団の一味ということで、さぞ厳しい尋問を受けてきたんじゃなかろうかと心配だった。
ただでさえ彼女も信じてた者に裏切られたんだ。これ以上心に傷を負って欲しくないのが本音だ。
しかし静かに首を横に振った彼女の表情は、どこか晴れやかだった。
「いいんだ。あたしね、多分――ううん、絶対に大丈夫だから」
「え?」
「たしかにすっごく悲しかったんだ。ボスがあたしをただの都合のいい犬にしか思ってなかったんだって。でも大丈夫」
「ベル」
その言葉にどこか危うさを感じつつ、俺はうなずいた。たしかにこれは自身が乗り越えなきゃならない問題だ。
「色々と聞いたよ。メイトのこと、あと王女様のことも」
赤い瞳がキラリと光る。
「あたしも一緒に連れて行ってよ」
そう言って微笑んだ彼女の表情はかなり印象的だった。
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