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性懲りもなく脱走します
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「……でもこれって言うに事欠いてハネムーン期だよなぁ」
「???」
クラウスが何気なくぽそりと呟いた言葉にアルバが首をかしげる。
「あ、ごめん独り言」
「ハネムーン? なんですか、それ」
「ええっと」
端的に言えばDVにおけるサイクルの一つだ。
加害者が暴力を振るったあとに一時的に優しくなり反省や謝罪を示す、そんな時期。
――あのバカ息子にもあったんだよな、これ。
一般的には恋人や夫婦間で見られるものだろうが。クラウスの場合は息子に与えられる手酷い性暴力のあとの、ひたすら愛を囁き甲斐甲斐しい世話をやく姿を重ねたのだ。
――結局は俺をそういう扱いするってだけだ。
最初こそ混乱の中でジャックに対して良い奴判定してたところもあった。しかしまた数日監禁されていて分かることもある。
「なぁアルバ、そろそろ外にでたいなー
って」
「駄目ですよ! 今度こそアタシの方が殺されちまいますからね」
「そうだよなぁ」
あの一件で懲りたらしい彼女は頑なな表情で首を横に振った。クラウスもその気持ちが理解できるからこそため息混じりに同意するのだが。
――いっそのこと何とかして単独で国を出ちまうか。
さすがに国外までは追って来ることはあるまい。しかし今の彼にはそんな金もツテもないのが現状なのだが。
「そういえばヨハンはまだ俺を探してるのか?」
ふと疑問を口に出せば彼女は呆れた様子で大きなため息をつく。
「なに言ってんですか。あのファザコン……失礼、ヨハン坊ちゃんはそりゃもう血眼でさぁ」
曰く、蛇の道は蛇とばかりに裏社会の者を雇って情報収集しようとするものの。
「そっちの方面はアニキの方が上手ですからねぇ」
匿っているのが裏社会では名の高いあの男であるため、反対に金を詰まれて貴族様の言うことを聞くのはせいぜい下っ端や半端者ばかり。
しかも報酬だけ受け取ってトンズラする者も現れているらしく、領主捜索は難航しているという。
「ほんとバカだなアイツ」
やはり大切に育て過ぎたのか、ヨハンはどこか世間知らずなのだ。
それを愛しく思う反面、やはり心配になってしまうのは親心で。
「育て方間違えちまったのかなぁ」
「あれはどうしようもないと思いますがね」
彼女にサクッと毒舌吐かれても反論する気にもならないクラウスは肩をすくめた。
「俺は今後、どうすりゃいいと思う?」
「それをアタシに聞きますか」
「俺の話を聞いてくれるのってもう君しかいないもんな」
「うーん……」
どうやらアルバも迷っているようである。
肩まで無造作に伸ばした髪をクルクルともてあそびつつ口を開く。
「アタシはアニキにはもう逆らえません。命は惜しいんで。でもクラウス様には本当に感謝してるんですよね」
「え?」
「だってアタシのこと『奴隷』だって言わなかったのクラウス様だけだったから」
「へ?」
「アタシ、元々性奴隷として売られてたんですよね」
「……!?」
聞けば彼女は異国の貧民街で生まれ育ったという。
そこで幼い頃から盗みや売春で稼ぐようになり、ついには奴隷商人によって国外に売り飛ばされてしまった。
「いやぁ、奴隷商のクソジジイには散々脅かされましたよ。お前が行くところは地獄より恐ろしいお屋敷だって」
冷酷で残酷な領主に仕えろと。
確かにクラウスの父親の代からかなり評判は悪かったらしい。
今で言うパワハラセクハラは当たり前、傍若無人で残虐非道。それが回り回って『あの屋敷では召使いの悲鳴や泣き声が夜な夜な聞こえる』だの『無惨にも殺されたメイドたちの幽霊が出る』だのと噂されることもあった。
実際にクラウスが転生するまで逃げ出す者も多かったらしい。
だからいきなり人が変わったような主人に彼らは驚き困惑したのだ。
「でも違った。クラウス様は優しいし坊ちゃんやお嬢様もかわいいし……」
「じゃあなんでうちでのメイドを辞めたんだい?」
ほぼ失踪同然で出ていってしまった彼女。
クラウスが躊躇いがちに問うとアルバは少しうつむいて言った。
「手紙が届いたんです」
「手紙?」
「母親……なんて呼びたくないクソ女から。アタシを売り飛ばした金はとうに尽きてせびってきたんですよ」
最後に吐き捨てるようにつぶやいた彼女の目は暗い。
「あそこで迷惑かけたくなかったから」
「でも一言くらい相談してくれてもいいじゃないか。なにか出来ることがあったはずだよ。君にも、お母様にも」
そこでアルバが深いため息をつく。そしておもむろに顔を上げて眩しいモノを見るかのような顔をした。
「クラウス様。お言葉だけどあの女を、いや世の中のクソみたいな野郎を甘く見ちゃいけません」
「えっ」
「クラウス様は優しすぎるってことです」
世間知らずなのは確かであろう。
そうして彼女は話は終わりとばかりに立ち上がった。
「つまりアタシはアニキにもクラウス様にも恩義を感じてるってことです」
「……」
「だからアニキに話したんです、クラウス様のこと」
「俺のことを?」
「ええ。クラウス様を自由にしてやりたいって」
なんとこの出会いは偶然ではなかったのだ。
その場ではオレを便利屋かなんかと勘違いするな、と一喝されたものの数日後にはクラウスを抱えて帰ってきのを見て彼女は肝を冷やしたという。
「だからこの状況もアタシのせいではあるんですよ」
たしかに色に狂った息子から自由にはなれたが、それも別の鳥籠に囚われただけという皮肉な結果。
しかし彼女なりに心配して心を砕いてくれた結果だ。クラウスはしゅんと頭をたれる彼女に微笑みかけた。
「俺は大丈夫、ちゃんと自力で自由になってみせる」
「でも……」
「あ、そうだ。怪我も治ったし体調も良くなってきたから、そろそろ普通の食事も恋しくなってきたというか」
幾分も薄くなった腹を擦りながらおどけて言ってみる。
「肉が食いたいかなって」
「んじゃ、今すぐ買いに行ってきます!!!」
即答からの即行動でものすごい勢いで駆け出した彼女の後ろ姿を見送りながら。
「……いってらっしゃい」
――ごめんな、アルバ。
そっと脱出用に用意していた荷物をベッドの下から出しながら、心のなかでそっと謝るのだった。
「???」
クラウスが何気なくぽそりと呟いた言葉にアルバが首をかしげる。
「あ、ごめん独り言」
「ハネムーン? なんですか、それ」
「ええっと」
端的に言えばDVにおけるサイクルの一つだ。
加害者が暴力を振るったあとに一時的に優しくなり反省や謝罪を示す、そんな時期。
――あのバカ息子にもあったんだよな、これ。
一般的には恋人や夫婦間で見られるものだろうが。クラウスの場合は息子に与えられる手酷い性暴力のあとの、ひたすら愛を囁き甲斐甲斐しい世話をやく姿を重ねたのだ。
――結局は俺をそういう扱いするってだけだ。
最初こそ混乱の中でジャックに対して良い奴判定してたところもあった。しかしまた数日監禁されていて分かることもある。
「なぁアルバ、そろそろ外にでたいなー
って」
「駄目ですよ! 今度こそアタシの方が殺されちまいますからね」
「そうだよなぁ」
あの一件で懲りたらしい彼女は頑なな表情で首を横に振った。クラウスもその気持ちが理解できるからこそため息混じりに同意するのだが。
――いっそのこと何とかして単独で国を出ちまうか。
さすがに国外までは追って来ることはあるまい。しかし今の彼にはそんな金もツテもないのが現状なのだが。
「そういえばヨハンはまだ俺を探してるのか?」
ふと疑問を口に出せば彼女は呆れた様子で大きなため息をつく。
「なに言ってんですか。あのファザコン……失礼、ヨハン坊ちゃんはそりゃもう血眼でさぁ」
曰く、蛇の道は蛇とばかりに裏社会の者を雇って情報収集しようとするものの。
「そっちの方面はアニキの方が上手ですからねぇ」
匿っているのが裏社会では名の高いあの男であるため、反対に金を詰まれて貴族様の言うことを聞くのはせいぜい下っ端や半端者ばかり。
しかも報酬だけ受け取ってトンズラする者も現れているらしく、領主捜索は難航しているという。
「ほんとバカだなアイツ」
やはり大切に育て過ぎたのか、ヨハンはどこか世間知らずなのだ。
それを愛しく思う反面、やはり心配になってしまうのは親心で。
「育て方間違えちまったのかなぁ」
「あれはどうしようもないと思いますがね」
彼女にサクッと毒舌吐かれても反論する気にもならないクラウスは肩をすくめた。
「俺は今後、どうすりゃいいと思う?」
「それをアタシに聞きますか」
「俺の話を聞いてくれるのってもう君しかいないもんな」
「うーん……」
どうやらアルバも迷っているようである。
肩まで無造作に伸ばした髪をクルクルともてあそびつつ口を開く。
「アタシはアニキにはもう逆らえません。命は惜しいんで。でもクラウス様には本当に感謝してるんですよね」
「え?」
「だってアタシのこと『奴隷』だって言わなかったのクラウス様だけだったから」
「へ?」
「アタシ、元々性奴隷として売られてたんですよね」
「……!?」
聞けば彼女は異国の貧民街で生まれ育ったという。
そこで幼い頃から盗みや売春で稼ぐようになり、ついには奴隷商人によって国外に売り飛ばされてしまった。
「いやぁ、奴隷商のクソジジイには散々脅かされましたよ。お前が行くところは地獄より恐ろしいお屋敷だって」
冷酷で残酷な領主に仕えろと。
確かにクラウスの父親の代からかなり評判は悪かったらしい。
今で言うパワハラセクハラは当たり前、傍若無人で残虐非道。それが回り回って『あの屋敷では召使いの悲鳴や泣き声が夜な夜な聞こえる』だの『無惨にも殺されたメイドたちの幽霊が出る』だのと噂されることもあった。
実際にクラウスが転生するまで逃げ出す者も多かったらしい。
だからいきなり人が変わったような主人に彼らは驚き困惑したのだ。
「でも違った。クラウス様は優しいし坊ちゃんやお嬢様もかわいいし……」
「じゃあなんでうちでのメイドを辞めたんだい?」
ほぼ失踪同然で出ていってしまった彼女。
クラウスが躊躇いがちに問うとアルバは少しうつむいて言った。
「手紙が届いたんです」
「手紙?」
「母親……なんて呼びたくないクソ女から。アタシを売り飛ばした金はとうに尽きてせびってきたんですよ」
最後に吐き捨てるようにつぶやいた彼女の目は暗い。
「あそこで迷惑かけたくなかったから」
「でも一言くらい相談してくれてもいいじゃないか。なにか出来ることがあったはずだよ。君にも、お母様にも」
そこでアルバが深いため息をつく。そしておもむろに顔を上げて眩しいモノを見るかのような顔をした。
「クラウス様。お言葉だけどあの女を、いや世の中のクソみたいな野郎を甘く見ちゃいけません」
「えっ」
「クラウス様は優しすぎるってことです」
世間知らずなのは確かであろう。
そうして彼女は話は終わりとばかりに立ち上がった。
「つまりアタシはアニキにもクラウス様にも恩義を感じてるってことです」
「……」
「だからアニキに話したんです、クラウス様のこと」
「俺のことを?」
「ええ。クラウス様を自由にしてやりたいって」
なんとこの出会いは偶然ではなかったのだ。
その場ではオレを便利屋かなんかと勘違いするな、と一喝されたものの数日後にはクラウスを抱えて帰ってきのを見て彼女は肝を冷やしたという。
「だからこの状況もアタシのせいではあるんですよ」
たしかに色に狂った息子から自由にはなれたが、それも別の鳥籠に囚われただけという皮肉な結果。
しかし彼女なりに心配して心を砕いてくれた結果だ。クラウスはしゅんと頭をたれる彼女に微笑みかけた。
「俺は大丈夫、ちゃんと自力で自由になってみせる」
「でも……」
「あ、そうだ。怪我も治ったし体調も良くなってきたから、そろそろ普通の食事も恋しくなってきたというか」
幾分も薄くなった腹を擦りながらおどけて言ってみる。
「肉が食いたいかなって」
「んじゃ、今すぐ買いに行ってきます!!!」
即答からの即行動でものすごい勢いで駆け出した彼女の後ろ姿を見送りながら。
「……いってらっしゃい」
――ごめんな、アルバ。
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