変異型Ωは鉄壁の貞操

田中 乃那加

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デートde危機一髪①

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 ――些細な違和感。

「おい、どうした」

 ふと鼻先をくすぐる匂いに、危うく柱にぶつかりそうになる。

「い、いや」

 声をかけた龍也に答えてから、小さく身を震わせた。

 なにか先程から感じている視線と気配。じっとりとした、気味の悪いなにかに見つめられているような気がしたのだ。

「大丈夫?」

 明良が心配そうに眉を下げる。
 奏汰は二人の視線に慌てて首を振った。

「ほんと平気だから」

 週末で人の多いショッピングモール。本当に少しばかり疲れただけかもしれない。
 自分にも言い訳しつつ、奏汰は再び歩き出す。

「ええっと他に買うものなんだっけ?」

 そこでまたふわりとただよう香りに、顔をしかめた。

 さっきから何度も覚えがある。通り過ぎざまだったり、遠くからの残り香だったり。
 香水だろうか。ほんのり甘いようで、だがどこかケミカル臭が鼻につく。
 こんなに特徴的な匂いなのに、なぜか思い出せないのである。
 だれの、どこで嗅いだことがある香りなのか。

「あのさ」

 明良の声で立ち止まる。
 
「ちょっとお手洗い行ってきてもいいかな」
「あ、いいよ。待ってるから」

 すると彼は少し笑ってから。

「ごめんね、すぐ戻るね」

 と小走りで行った。

「……」

 とりあえずわかりやすいところで待つことにして、二人で壁に持たれながら何の気なしに行き交う人々を眺める。

 家族連れからカップル、友達同士。様々な集団をが通り過ぎていく。

「あのさ」

 しばしの沈黙のあと。龍也が口を開いた。

「楽しみだよな」
「なにが」
「赤ちゃんだよ、きっとめちゃくちゃ可愛いんだろうなって」

 さっきもそんなことを言っていたなと妙に冷めた胸中で聞き流す。

「それにしても明良さんはすげぇよ」
「あ?」
「シングルで産んで育てるなんて、並の覚悟じゃねぇもん」

 確かにその通りで、奏汰も同じ想いではあるが。奏汰は無言だった。
 また龍也がかさねて言う。

「でもきっと愛してたんだろな。相手のこと」
「……」
「許せねぇよ。男として、同じαとしても。あの人を捨てたヤツはろくでもないクズ野郎だ」

 そう憤る龍也となぜか視線を合わせることすら出来ない。
 奏汰は適当な生返事をしながら、やはりせわしなく行き交う人々の靴をじっと見つめる。

「好きなヤツにそんな想いさせない、俺なら」

 その一言に胸の奥にサッと冷たいものが差し込む。
 
「大事にするし、ずっと一緒に寄り添ってやりたい」
「――じゃあ、お前がなってやればいいんじゃないの」
「え?」
「αだろ。つがいってのにもなってやれるじゃないか」

 自分でも驚くくらい冷たい声がでた。
 それと同時にしまった、と後悔で胸がまた重苦しくなる。

「番って……」
「僕なんかよりよっぽどいい夫婦になる。なんせαとΩだからな」
「なんだよそれ」

 龍也は少し絶句したがすぐに語気を強めた。

「αとかΩとか、別に関係ないじゃん」
「へぇ? さすがα様だな、寛大なことで。だが持たざる者の気持ちは分からないってわけだ」
「どういう意味だよ」
「別に? そのまんまの意味さ」

 口の端をあげた笑みを浮かべて嘲る。

「でも明良さんがお前を選ぶかどうか分からないけどな」
「奏汰」
「だって僕の方が――」
「なんなんだよ」
「!」

 龍也の低い声と共に手首を強く捕まれた。
 痛みより衝撃の方が勝って、思わず言葉を失う。

「あんたって、ほんとつまんないことにとらわれてるよな」
「お前になにが分かるんだよ。クソガキ」
「うん、分かんねぇわ」
「痛っ!」

 強く手に力を込められたらしく、骨の軋む痛みに顔をしかめる。

「奏汰」
「た、龍也」

 ここでようやく
 垣間見える怒りの表情に気づいてたじろいだ。

「お前なに怒ってんだよ」
「んー、なんだろ。俺もよく分かんねぇ」

 口調は飄々としてるのに目は怖い。

「でも一つ言えるのはあんたがあの人と結婚しちゃダメだってこと、かな」
「!」

 言われた瞬間、顔がカッと熱くなった。
 自分の浅はかで自己満足な下心が見透かされたと思ったからだ。
 恥ずかしくて惨めで。激しい苛立ちが湧き上がる。
 
「っ、離せよ」

 衝動のまま手を振り払う。あっさり離されたことにまた胸を苦しくさせながら、大きく息を吐いた。

「ごめん」

 龍也が小さな声で謝るがそれすら腹立たしい。
 拳をギュッとにぎり、可能な限り感情を押し殺しながらようやく絞り出した言葉。

「……僕もトイレ行ってくる」

 だけだった。

「ああ」

 短い返事に顔も見ずに背を向け、足早に歩き出す。
 
 うつむいて人の流れのまま足を動かす。
 ただその場にいられなっただけ。あのままヒートアップして、見るに堪えない喧嘩をする方が恥ずかしいだろう。
 逃げたように見えるが、奏汰の行動は賢明だったといえる。

「くそっ」

 何も知らないくせに、と内心で叫ぶ。
 知らないのが当たり前なのだ、言っていないのだから。
 でも批判されれば怒りも湧いてくるのが身勝手だが人間である。
 
 あと見事に図星をつかれたのも悔しかった。
 
 明良のことを家族として受け入れたい言いつつ、結局都合よく考えていた己に気づいたのだ。
 なんたる詭弁、指摘が胸に痛かった。だがそれ以上に。

「あんなに怒ることないだろ……」

 ぽつりとした呟きが雑踏に消える。

 冷たい目と声。身動きすらはばかられるほどの怒りを感じて、思わずみがすくんでしまった。
 
 いつも大型犬のように人懐こいはずの少年から、突如むけられたキツい視線に動揺した自分が悔しくて。

「龍也のクセに」

 勝手なのもワガママなのもわかっている。それでもなんだから突き放された気分だったのだ。
 
「――あの」

 暗い考えを巡らせていると、後ろから声をかけられ振り返った。

「すいません。これ、落としましたよね」
「え?」

 立っていたのは二十代とみられる男。
 センターパート分けの前髪でふんわりとパーマのかかったショートが今風の、整った顔立ちだ。
 
 そして手には黒い二つ折り財布。男が差し出したそれを奏汰は目を丸くしながら見つめる。

「えっと、僕……」
「さっき落としましたよ、中身確認してみてください」
「あ、はぁ」

 うながされるまま手に取る。確かに自分のものとそっくりだし、手触りも覚えのあるものだ。

 誕生日に幼なじみの響子からプレゼントされたのだ。
 ちなみに彼女とはなんと誕生日が同じで、毎年プレゼントを贈り合う習慣があったする。

「あ」

 中を見ると本当に彼自身のものだった。保険証も免許証も、ほとんど使わないポイントカードですら見覚えがあって驚く。

「まったく気づかなかった……すいません、ありがとうございました」
「いえ、よかったです」

 ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべてた男は何度もうなずいた。

「ナンパかと間違われたらどうしようって思ってたんで」
「いやいやそんな」
「あと実はね。初めましてじゃないんだよね、オレと貴方は」
「へ?」

 つまり顔見知りということだろうか。しかし奏汰には全然覚えがない。さすがにはっきり否定するのは失礼だろうと、必死に思い出そうと頭を悩ませる。

「バイト先、駅前の居酒屋でしょ」
「え? なんでそれを……」
「客として行ったことありますから」
「そうなんですか!?」

 まさか客だったとは。しかも。

「この前、客に連絡先わたされたでしょう?」
「ま、まあ」
「その時のヤツがオレの連れでね。いやぁ、困らせてごめんね」
「ああ、そういえば」

 先週だか先々週だか。常連の客に連絡先の書いた紙をわたされて告白までされたのだ。
 何とか丁重に断ったが、酒も入っていた事もあり少し泣かれたのを思い出して苦笑いする。

「大丈夫ですよ」

 しかし実際は面倒だった。逆ギレこそされるならまだしも、泣かれるのが一番気まずい。

「でも偶然ってすごい」

 まさか店の客に財布を拾われるとは。

「それにわざわざ届けてくれて。あ、お返ししなきゃ」

 落とした財布を拾って貰った場合、相応の割合の謝礼を支払う必要が出てくる。しかし男は首を横に振る。

「いいよ、気にしないで。別にそれが目的とかじゃないから」
「でもそんなわけにはいきませんよ」
「じゃあ一つだけ。自己紹介だけさせて」
「え?」

 思いもよらない返答にたじろいだ。しかし男の表情は相変わらず穏やかで。

「オレの名前、覚えておいてよ」

 そのあとに彼は、竹垣 愈史郎たけがき ゆしろと名乗った。

「また店に来た時、笑顔の接客を期待してるよ」
「でもそれだけじゃ……」
「大丈夫大丈夫。じゃあ、またね」

 爽やかにそれだけ言って去っていく。残されたのは財布を胸に抱いて、ポカンとしてる奏汰。

「なんだそれ」

 謝礼がいらず、名前だけ告げて言ってしまうなんて。
 しかし悪い人物ではないだろう、と納得することにした。

「さてと」

 トイレに行くと言って出てきたからやはりすませておくかと角を曲がった時のこと。

「――なんでっ」

 ひときわ大きな声にハッとする。
 視線のすぐ先に、数人の男女がもめているのが見てとれた。
 しかもそこにいたのが。

「明良さん!?」

 取り囲まれるようにいる青年の名前を呼ぶ。すると彼らがいっせいにこちらを振り向いた。

「奏汰君!」
「っ、こっちへ」
 
 脊椎反射で駆け出していた。まっすぐそちらへ突っ込むと、彼の手をつかんでまた別方向に走り出す。

「……待て!!」

 相手としても思いもよらない行動だったのか、一瞬ひるんでからの怒声で追いかけてくる。
 
「待つわけないだろッ!」

 そう怒鳴り返しながら、いつかの光景のデジャブだと内心ぼやいた。
 
 
 
 

 
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