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匂いフェチと運命の番に対する考察
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――実験台になるってんで、どんなことをされるかと思ったら。
バイトが終わった夕方。ロッカールームで着替えてると、小さな紙袋をわたされた。
パッと見は普通に病院でもらう処方薬だけど中をのぞくと本来のそれとは違って、小さな透明な袋に入った数粒の錠剤。
「これ飲むだけか」
「はい。それと採血させて欲しいんでウチの病院寄ってもらうけどいいっスよね?」
「わかった」
製薬会社とかで募集してるガチの治験とかと違って、あくまで個人の研究だからって話だけど良いのかこんなんで。
「あれから体調どうッスか」
「どうって」
まだ発情期まであるし、体調も絶好調とはいわなくても悪くもない。
そう答えると、雅健は何やらメモ帳に書き入れながら頷いた。
「あ、分かってると思いますけど何かあったらすぐに報告して」
「はいはい」
なんか最近こいつも口うるさいんだよな。
「少し目元が赤い」
「えっ」
自分では全然気付かなかったな。
そういや昨夜はちょっと盛り上がって夜更かししたくらいかな。って、別に変な意味じゃない。
奏斗さんとのやり取りでオレがガキの頃好きだったゲームの話になって、それが彼もハマってたらしくて。そこからもうめちゃくちゃ楽しかったんだ。
学生の時と違ってこういうノリってなかなか難しいんだよなぁ。
「あー、ちょっと夜更かししてたからかも」
そう言っただけなのに。
「は? 夜遊びっスか。西森さんのクセに」
「ガキか、つーかクセにってなんだ。失礼だな」
お前より先輩だっての。とは言ってもそんなに変わんないんだよな。
向こうは学生ってことでどうしてもオレの方がタメ口になっちまうけど。
「社会人にも付き合いはあるから」
「フリーターのクセに」
「いちいちうるせぇな!」
くそ、ナメやがって。
でもまあ指摘も間違っちゃいない。社会人の中でも底辺ラインだって自覚は、ある。
だからって腐ってるつもりもないけどな。
そこでふとこの前の事が気になった。
「なあ雅健」
「なんですか。効率的な男遊びの相談っスか」
「違ぇわ、バカ」
こいつの中でオレは一体どういうキャラなわけ?
「情緒不安定ってのは、なんか病気の症状であるのか」
この前、遼太郎の前での醜態。あれから顔は合わせてない。一度だけ電話が来たが、それもシカトしてそれきりだ。
元々、連絡先を交換した記憶すらないくらいだし。あいつだって気まずいだけだろう。
実際、美紅からも遼太郎の名前すら聞かない。隣家のおばさんは帰ってきたいうのも、美紅が母さんから聞いたらしいから何も心配することもないしな。
「情緒不安定、っスか」
「いや別に大したことないんだけど」
「それは定期的に?」
「いや、一度……」
あと少し気になることもある。
以前言ってたよな、オレが前まで飲んでた抑制剤が効かなくなったのは遼太郎が原因なんじゃないかって。
あの時はスルーしてたけど、じわじわと疑問が出てきたんだ。
それを指摘すると。
「なるほど」
と軽くうなずいてから。
「バース。つまりαやβ、Ωについてはホルモンバランスやフェロモンが大きく関係してるってのは分かるっスよね」
「ああ」
「これって遺伝子的なモノも含まれていて。なんていうか極めて原始的で本能的というか。まだ解明されてない部分も多いってのが実情なんスよ。だからこそ研究しがいがあるんだけど」
「ふうん」
雅健はそれから少し考える素振りを見せて。
「西森さんは匂いフェチだったりする?」
「ハァ!?」
いきなりなんだ匂いフェチって。
別に香水とか特に付けないし、むしろあんまりキツいのはくしゃみが止まらなくなるから苦手なんだけど。
そう答えるも彼は首を振る。
「そうじゃなくて。なんつーか、例えば一緒にいる人の匂いが気になったり。匂いによってムラムラするってことあるでしょ」
「む、ムラムラ? ねーよ、んなこと」
どこの変態だ。まあ落ち着く香りってのは多分あると思う。例えば朝に淹れる珈琲のそれとか、あとはガキの頃にはすれ違う女子からいい匂いするってバカみたいに騒いでたっけな。
それもΩだと発覚する少し前から多分なくなって。むしろ逆に先輩やクラスメート、果ては知らない奴らから。
『なんか甘い匂いしない?』
って言われるようになったっけ。思えばこれがフェロモンなんだよな。
初めての発情期も迎えてなかったから微妙に垂れ流し (?) 状態だったんだと病気で言われて、なんかすごく恥ずかしかった記憶がある。
なんていうか、なんか嫌だったんだよ。今でも変わらないから、なるべく薬は欠かさないし金はかかるけど発情期前に飲むやつから定期的に飲むタイプに抑制剤を変えた。
「フェチ、なんていうと変態みたいだけど。でもこれもうちの研究テーマなんスよ。バース遺伝子との密接な関係があるんじゃないかと」
「?」
「西森さんには難しいっスね。まあ簡単に言うと、匂いに惹かれるってのは遺伝子的に惹かれること同じ。アンタはΩだから多くのαを引き寄せるのはもとより、アンタ自身との相性が異常に良いαも存在するってことっスよ」
「それって」
「まあ巷では運命の番って言うね」
奏斗さんも言ってたな。
運命、か――。そんなもの夢見るほど乙女じゃねえよって思ってたけど。
「じゃあその逆もあるかもしれないんだな」
「西森さん?」
オレの脳裏には遼太郎の顔が浮かんでいた。
情緒不安定になるレベルに相性最悪ってことじゃん…………いやいや、なに残念がってんだオレは。
そりゃあ幼なじみだし弟のように思ってたヤツと遺伝子レベルで合いません、なんてのはアレだけど。でもだからってなんの関係がある。
むしろ遼太郎も早くそれを悟って、それこそヤツ自身の運命を見つければいい。
「まあ、今はその運命ってのを否定するために研究してるんだけどね」
「へ? そうなのか」
「まあ色々とあるんスよ、高学歴β様にもね」
「お前、サラッと学歴マウントとるんじゃねーよ」
そろそろ行くかとカバンを肩にかけた時だった。
「ねぇ。雅健君、瑠衣君。入ってもいい?」
「あ、いいよ」
ノックと声にこたえるとドアが開く。
同じバイト仲間の佳奈ちゃんがひょこっと顔を覗かせていた。
「店長がちょっと帰りに事務所来てって言ってたの。あと、着替えても大丈夫?」
「ああごめん、待たせてたか」
ロッカールームはひとつしかないから、先に出勤したオレたちから時間差で使わせてもらってる。
まあここは女の子ばかりだし、むしろβで男の雅健の方が肩身が狭いんだけどな。
「ううん、大丈夫。あ、そういえば雅健君。この前言ってた映画、今度の週末でもどうかなーって」
か弱くて小さな身体。小動物を連想させる大きな目に色白で綺麗な肌で。袖からチラ見せされたこれまた華奢な指の爪は形が良いピンクで。
うん、何から何まで可愛い女の子だ。
彼女も多分βなんだろうけど、Ωのオレよりずっと魅力的なんだよな。
そう思うとオレもちゃんとしないとダメか?
メイクってのはかなりハードル高いけど、せめて少し気をつけても良さそうかも。
完全にオレに対してアウトオブ眼中な様子の佳奈ちゃんは、オレのバースについて知らないはずなんだけど。
でもやっぱりこういうの何となく分かっちゃうもんなのかな。男としてはかなり凹むけど仕方ない。
男女のΩの違いってそこだと思うんだよな。
元々素養とか自覚があるタイプも多いけど、オレみたくいきなり突きつけられて戸惑うパターン。
未だにまだ慣れないもん。
「西森さん」
「えっ」
「なにボケっとしてるんスか。介護にはまだ早いでしょ」
二人を眺めながら少し考え込んでたみたいだ。
呆れたように声をかけられて我に返る。
「あー、ごめん。って人をボケ老人みたいに言うな」
「ハイハイ。とりあえず歩行介護はしてあげるから、おじいちゃん」
「うるせぇよクソガキ」
「まずは腰でもさすってあげようか」
「バカっ、セクハラだぞ!」
いちいち失礼なやつ。でもそこでなんか、突き刺さるような視線を一瞬だけ感じて振り向く。
「……じゃあ、二人ともお疲れ様ですぅ」
「あ、うん。お疲れ様」
佳奈ちゃんがサッと頭を下げて出ていった。
まるで意図的に目をそらされたような。
「あれ。佳奈ちゃんは着替えないのかな」
「さあ? ほらそれより事務所行くんでしょ」
「あ、ああ」
「西森さんと違って僕は忙しいんだから」
「オレも忙しいわ、アホ」
やっぱり不遜な後輩の脇腹を小突きながら、ロッカールームを後にした。
※※※
「二人とも帰りにごめんね」
事務所に入ると、店長はボールペンを机に置いてオレたちに向き直る。
「今度、少し入院しなくちゃいけなくなってしまったの」
「えっ!?」
入院だなんてどこか悪いんだろうか。一気に心が沈んだオレに、彼女は慌てて。
「あ、言葉が足りなかったわね。私じゃなくて妻がね」
「妻……あ、結婚されてたんですね」
雅健がそう驚くことなくうなずく。
結婚してるのは聞いた事あったけど、女の人だったとは知らなかった。
「ええ。妻が少し身体壊してね、もうお互い若くもないから無理せず入院してしっかり検査しようって事になったのよ」
「そうなんですか」
検査、入院――母さんの顔が頭をよぎる。
「だからね。これを機にもう一人バイトを雇おうかと思ってるのよ。それまでみんなには何かと迷惑かけるかもしれないけど……」
申し訳なさそうにする彼女に、オレは精一杯に笑顔を向けた。
「オレたちなら大丈夫ですよ! な、雅健?」
「はい。店長も無理しないでくださいね」
そこでボソッと。
「西森さんのフォローは僕がするんで」
と言いやがったから足を踏んどいた。
「ふふっ、じゃあ安心ね」
そんなやり取りで吹き出し笑ってくれて、少しホッとする。
家族が病気になる、入院するって本当にしんどくなるもんな。
母さんだってようやく一時退院の目処がついてきたけど、それも発熱が出たり薬の副作用とかですぐに先延ばしになってしまう。
美紅も明るくしてるけど、たまにため息をついていることもあるし。
「ありがとう、二人とも」
店長の目尻にはすこし涙が浮かんでいた。
バイトが終わった夕方。ロッカールームで着替えてると、小さな紙袋をわたされた。
パッと見は普通に病院でもらう処方薬だけど中をのぞくと本来のそれとは違って、小さな透明な袋に入った数粒の錠剤。
「これ飲むだけか」
「はい。それと採血させて欲しいんでウチの病院寄ってもらうけどいいっスよね?」
「わかった」
製薬会社とかで募集してるガチの治験とかと違って、あくまで個人の研究だからって話だけど良いのかこんなんで。
「あれから体調どうッスか」
「どうって」
まだ発情期まであるし、体調も絶好調とはいわなくても悪くもない。
そう答えると、雅健は何やらメモ帳に書き入れながら頷いた。
「あ、分かってると思いますけど何かあったらすぐに報告して」
「はいはい」
なんか最近こいつも口うるさいんだよな。
「少し目元が赤い」
「えっ」
自分では全然気付かなかったな。
そういや昨夜はちょっと盛り上がって夜更かししたくらいかな。って、別に変な意味じゃない。
奏斗さんとのやり取りでオレがガキの頃好きだったゲームの話になって、それが彼もハマってたらしくて。そこからもうめちゃくちゃ楽しかったんだ。
学生の時と違ってこういうノリってなかなか難しいんだよなぁ。
「あー、ちょっと夜更かししてたからかも」
そう言っただけなのに。
「は? 夜遊びっスか。西森さんのクセに」
「ガキか、つーかクセにってなんだ。失礼だな」
お前より先輩だっての。とは言ってもそんなに変わんないんだよな。
向こうは学生ってことでどうしてもオレの方がタメ口になっちまうけど。
「社会人にも付き合いはあるから」
「フリーターのクセに」
「いちいちうるせぇな!」
くそ、ナメやがって。
でもまあ指摘も間違っちゃいない。社会人の中でも底辺ラインだって自覚は、ある。
だからって腐ってるつもりもないけどな。
そこでふとこの前の事が気になった。
「なあ雅健」
「なんですか。効率的な男遊びの相談っスか」
「違ぇわ、バカ」
こいつの中でオレは一体どういうキャラなわけ?
「情緒不安定ってのは、なんか病気の症状であるのか」
この前、遼太郎の前での醜態。あれから顔は合わせてない。一度だけ電話が来たが、それもシカトしてそれきりだ。
元々、連絡先を交換した記憶すらないくらいだし。あいつだって気まずいだけだろう。
実際、美紅からも遼太郎の名前すら聞かない。隣家のおばさんは帰ってきたいうのも、美紅が母さんから聞いたらしいから何も心配することもないしな。
「情緒不安定、っスか」
「いや別に大したことないんだけど」
「それは定期的に?」
「いや、一度……」
あと少し気になることもある。
以前言ってたよな、オレが前まで飲んでた抑制剤が効かなくなったのは遼太郎が原因なんじゃないかって。
あの時はスルーしてたけど、じわじわと疑問が出てきたんだ。
それを指摘すると。
「なるほど」
と軽くうなずいてから。
「バース。つまりαやβ、Ωについてはホルモンバランスやフェロモンが大きく関係してるってのは分かるっスよね」
「ああ」
「これって遺伝子的なモノも含まれていて。なんていうか極めて原始的で本能的というか。まだ解明されてない部分も多いってのが実情なんスよ。だからこそ研究しがいがあるんだけど」
「ふうん」
雅健はそれから少し考える素振りを見せて。
「西森さんは匂いフェチだったりする?」
「ハァ!?」
いきなりなんだ匂いフェチって。
別に香水とか特に付けないし、むしろあんまりキツいのはくしゃみが止まらなくなるから苦手なんだけど。
そう答えるも彼は首を振る。
「そうじゃなくて。なんつーか、例えば一緒にいる人の匂いが気になったり。匂いによってムラムラするってことあるでしょ」
「む、ムラムラ? ねーよ、んなこと」
どこの変態だ。まあ落ち着く香りってのは多分あると思う。例えば朝に淹れる珈琲のそれとか、あとはガキの頃にはすれ違う女子からいい匂いするってバカみたいに騒いでたっけな。
それもΩだと発覚する少し前から多分なくなって。むしろ逆に先輩やクラスメート、果ては知らない奴らから。
『なんか甘い匂いしない?』
って言われるようになったっけ。思えばこれがフェロモンなんだよな。
初めての発情期も迎えてなかったから微妙に垂れ流し (?) 状態だったんだと病気で言われて、なんかすごく恥ずかしかった記憶がある。
なんていうか、なんか嫌だったんだよ。今でも変わらないから、なるべく薬は欠かさないし金はかかるけど発情期前に飲むやつから定期的に飲むタイプに抑制剤を変えた。
「フェチ、なんていうと変態みたいだけど。でもこれもうちの研究テーマなんスよ。バース遺伝子との密接な関係があるんじゃないかと」
「?」
「西森さんには難しいっスね。まあ簡単に言うと、匂いに惹かれるってのは遺伝子的に惹かれること同じ。アンタはΩだから多くのαを引き寄せるのはもとより、アンタ自身との相性が異常に良いαも存在するってことっスよ」
「それって」
「まあ巷では運命の番って言うね」
奏斗さんも言ってたな。
運命、か――。そんなもの夢見るほど乙女じゃねえよって思ってたけど。
「じゃあその逆もあるかもしれないんだな」
「西森さん?」
オレの脳裏には遼太郎の顔が浮かんでいた。
情緒不安定になるレベルに相性最悪ってことじゃん…………いやいや、なに残念がってんだオレは。
そりゃあ幼なじみだし弟のように思ってたヤツと遺伝子レベルで合いません、なんてのはアレだけど。でもだからってなんの関係がある。
むしろ遼太郎も早くそれを悟って、それこそヤツ自身の運命を見つければいい。
「まあ、今はその運命ってのを否定するために研究してるんだけどね」
「へ? そうなのか」
「まあ色々とあるんスよ、高学歴β様にもね」
「お前、サラッと学歴マウントとるんじゃねーよ」
そろそろ行くかとカバンを肩にかけた時だった。
「ねぇ。雅健君、瑠衣君。入ってもいい?」
「あ、いいよ」
ノックと声にこたえるとドアが開く。
同じバイト仲間の佳奈ちゃんがひょこっと顔を覗かせていた。
「店長がちょっと帰りに事務所来てって言ってたの。あと、着替えても大丈夫?」
「ああごめん、待たせてたか」
ロッカールームはひとつしかないから、先に出勤したオレたちから時間差で使わせてもらってる。
まあここは女の子ばかりだし、むしろβで男の雅健の方が肩身が狭いんだけどな。
「ううん、大丈夫。あ、そういえば雅健君。この前言ってた映画、今度の週末でもどうかなーって」
か弱くて小さな身体。小動物を連想させる大きな目に色白で綺麗な肌で。袖からチラ見せされたこれまた華奢な指の爪は形が良いピンクで。
うん、何から何まで可愛い女の子だ。
彼女も多分βなんだろうけど、Ωのオレよりずっと魅力的なんだよな。
そう思うとオレもちゃんとしないとダメか?
メイクってのはかなりハードル高いけど、せめて少し気をつけても良さそうかも。
完全にオレに対してアウトオブ眼中な様子の佳奈ちゃんは、オレのバースについて知らないはずなんだけど。
でもやっぱりこういうの何となく分かっちゃうもんなのかな。男としてはかなり凹むけど仕方ない。
男女のΩの違いってそこだと思うんだよな。
元々素養とか自覚があるタイプも多いけど、オレみたくいきなり突きつけられて戸惑うパターン。
未だにまだ慣れないもん。
「西森さん」
「えっ」
「なにボケっとしてるんスか。介護にはまだ早いでしょ」
二人を眺めながら少し考え込んでたみたいだ。
呆れたように声をかけられて我に返る。
「あー、ごめん。って人をボケ老人みたいに言うな」
「ハイハイ。とりあえず歩行介護はしてあげるから、おじいちゃん」
「うるせぇよクソガキ」
「まずは腰でもさすってあげようか」
「バカっ、セクハラだぞ!」
いちいち失礼なやつ。でもそこでなんか、突き刺さるような視線を一瞬だけ感じて振り向く。
「……じゃあ、二人ともお疲れ様ですぅ」
「あ、うん。お疲れ様」
佳奈ちゃんがサッと頭を下げて出ていった。
まるで意図的に目をそらされたような。
「あれ。佳奈ちゃんは着替えないのかな」
「さあ? ほらそれより事務所行くんでしょ」
「あ、ああ」
「西森さんと違って僕は忙しいんだから」
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やっぱり不遜な後輩の脇腹を小突きながら、ロッカールームを後にした。
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「今度、少し入院しなくちゃいけなくなってしまったの」
「えっ!?」
入院だなんてどこか悪いんだろうか。一気に心が沈んだオレに、彼女は慌てて。
「あ、言葉が足りなかったわね。私じゃなくて妻がね」
「妻……あ、結婚されてたんですね」
雅健がそう驚くことなくうなずく。
結婚してるのは聞いた事あったけど、女の人だったとは知らなかった。
「ええ。妻が少し身体壊してね、もうお互い若くもないから無理せず入院してしっかり検査しようって事になったのよ」
「そうなんですか」
検査、入院――母さんの顔が頭をよぎる。
「だからね。これを機にもう一人バイトを雇おうかと思ってるのよ。それまでみんなには何かと迷惑かけるかもしれないけど……」
申し訳なさそうにする彼女に、オレは精一杯に笑顔を向けた。
「オレたちなら大丈夫ですよ! な、雅健?」
「はい。店長も無理しないでくださいね」
そこでボソッと。
「西森さんのフォローは僕がするんで」
と言いやがったから足を踏んどいた。
「ふふっ、じゃあ安心ね」
そんなやり取りで吹き出し笑ってくれて、少しホッとする。
家族が病気になる、入院するって本当にしんどくなるもんな。
母さんだってようやく一時退院の目処がついてきたけど、それも発熱が出たり薬の副作用とかですぐに先延ばしになってしまう。
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