玉の輿になるまで待てない!

田中 乃那加

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賢者タイムは突然に

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「あ゙~~ッ、疲゙れ゙たぁぁ……」

 思ったより時間が空いたから、とりあえず一度家に帰ってから吐き出した一言。

「あれ、デートは?」
「着替えてから行く」

 その前に少しシャワーも浴びたい。さほど気温が高かったわけじゃないのに、なんかもう色んな意味で冷や汗が止まらなかったから。

「そっか、あたしももうちょっとしたら出かけるから」
「え?」
「お母さんのとこ、お兄ちゃんに彼氏出来たよーってご報告しなきゃね」
「なに勝手なこと言ってんだ、まだ彼氏じゃねーし」
「あ、だっけ」
「うっ」

 とことん冷やかしてくる。でもたしかにオレも少し浮かれてたりするんだよな。

 もちろん奏斗さんのことだ。
 まだ一度しか会ってないけど、今日までにたくさん話した。
 他愛のないことから、彼の仕事や活動のこと。あと将来のこととか……。

『瑠衣君、子供は好き?』

 聞かれたことはありきたりなこと。好きだと返事をしたら。

『良かった。僕の夢は、愛する人と一緒に子育てして温かい家庭を築くことなんだ』

 と。
 なんと彼は施設育ちらしい。赤子の頃に養育拒否されて保護され、何度か里親の元に預けられたけどそれも上手くいかず。
 でもバース検査でαだと発覚したところで、彼に投資という名の支援をすると申し出た資産家がいたと。

『その人にはとても良くしてもらってるよ。大学まで出してもらってその後も留学や経営の勉強もさせてもらってね。今ではいくつか、任された会社の業績を上げたことでそれなりの評価もしてもらってる』

 Ωを支援する活動をはじめた理由について。

『施設で仲良くしていた子がΩだったんだ』

 とだけ。でもそれ以上聞いてはいけないくらい悲しそうな声だった。
 さらに。

『僕はやっぱり家庭というのに憧れてるんだ。それを叶えてくれるのは君だと思ってる』

 そんな真摯なことを言われたら、オレだって真剣に受け止めるしかないだろう。

 子供、か――。なんか想像つかない。街でもバイト先のお客さんとかでも妊婦や赤ちゃんなんかはよく見るけどさ。
 オレがってなるとなんかな。そもそも。

「できるの、かな……」
「ん?」
「い、いやなんでもない」

 うっかり独り言が。
 そもそもの話さ、その、アレができるのかって。
 アレってアレだ。うん。子どもを作るやつ。んでもって首の後ろを噛まれて番になるんだ。
 そう考えるとなんかこれから顔合わせるのが恥ずかしくなってきた。
 
 二十歳の男が情けないんだろうが。

「なんかお兄ちゃん顔赤くない?」
「べ、別に大丈夫!」

 慌ててシャワーを浴びに風呂場に駆け込んだ。

「ああもう……」

 変な意識してしまう前に、準備してしまわないと。

「ったく、それもこれも」

 バイトで余計な気疲れしたのも原因だよな。
 
 まさか遼太郎がいるとは思わなかった。そして土日限定だろうが、これから顔合わせることになるなんて。
 
 学生は勉強でもしてろよ、アホ。
 つーか、少し距離取ろうと思ってた矢先にこれだもんな。相性悪いんだろ、オレたち。
 なのに。

『瑠衣さん』

 なんて、いつもとは違う呼び方と態度。こんな明るい笑顔を向けるやつだったか? 無愛想で表情が乏しくて。なのに変に甘えんぼうな所のある思春期野郎はどこ行きやがった。

 なんかモヤモヤした。
 オレが知ってる遼太郎じゃない気がして。そりゃあバイトだもんな、愛想良くするのは当たり前だろうよ。
 でもなぁ。

「おっと、やべ」

 ぼーっとしてた。
 慌ててシャワーをひねる。少しして温かいお湯が降り注いできて、ようやく少しホッとした気分。

 髪も身体も洗って、あとは。

「……」

 自分でもイヤになるくらい体毛の薄い身体を見下ろす。
 Ωだからか、昔から筋肉付きにくくていくら筋トレしてもなかなか腹筋が割れない腹。
 ここが大きく膨らむとか考えられない。
 
 それよりまずはしなきゃってのが。

「んっ」

 そんな現実逃避とは裏腹に、もう一度ボディソープを手につけてに滑らせてみる。
 
 ……やっぱり変な感じする。
 
 Ωの身体の構造は特殊なんだとは知っているが、やっぱりを使うのはどうしても抵抗がな。

 それに触ってるとなんか妙な気分になってくるような、こないような。

「ぅ……っ……んぅ」

 あー、やばい。久しぶりにそういう気分になってきたかも。
 元々はそこまで性欲ないはずなのに。

『瑠衣』

 なぜか頭の中で響くのは、いつもの遼太郎の声で。
 あんな愛想笑いもしなくて声も低くて素っ気なくて。でも。

「うぅ……っ、はぁ……」

 シャワーの音でかき消しながら、前と後ろを刺激していく。
 
「な……っん、で……」

 なんであいつなんだ。遼太郎とは番になるつもりも未来もないのに。
 
『俺じゃダメなのか』

 脳内のあいつが悲しそうに言う。
 なんて都合がいい妄想。
 心の底から求められてるワケでも、その手を取る事も出来ないのに。

「りゅ……た……ろ……っんぅ……」

 オレはあいつの兄のような存在だ。幼なじみで、可愛い弟みたいな。
 だからこんな時に顔なんか思い浮かべたらダメ、なのに。

 ――もしここに遼太郎がいたら。

 今日ふとした時、振り返ったら思ったより近い距離にいた。
 
『瑠衣さん』
 
 知らない男みたいに名前を呼んで、なのにそのいつもみたいな真顔でオレを見る目に。あと、ふわりと香るが。

「はぁっ……ぁ……ん……ああっ!!!」


 この一瞬で頭ん中が真っ白になった。
 イっちゃったんだ、と脱力して風呂場の濡れた床に崩れ落ちながらようやく気づく。

 βやαとちがって精子なんて出ない。こういうところも、産む性なんだろうなって少し憂鬱になった。

「お兄ちゃん!? 大丈夫?」

 座り込んだ時に少しシャンプーやらをひっくり返したみたいだ。
 美紅の声と足音に。

「だ、大丈夫だから」

 と慌ててシャワーをとめる。

「大丈夫」

 もう一回そう答えながら、正直頭を抱えてうずくまりたくなった。

 だってあんなこと。よりにもよってあいつの顔を思い浮かべながら、だなんて。

「さ……最悪だ……」

 罪悪感と後悔で死にそうだった。




 

 


 
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