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駆け落ち遊戯
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ガタガタと微かな車の振動と、流れる景色に思わず顔をしかめる。
車酔いと悪阻のダブルパンチはさすがにキツかった。
「顔色悪いぞ、なんか飲めるか」
隣から心配そうに背中をさする手。その声に思わずドキッとしてしまうのは何故だろう。
「ありがとう遼太郎。でも大丈夫だから」
信じられないことに今現在こいつが隣にいる。
色々あっての、乗せられた車の中。
少し見ないうちにまた成長したんじゃないか。顔つきもなんだかおとなっぽくなったというか。
そんな何年もってワケじゃないのに、よその子の成長って――いやオレは親戚のオヤジかなんかか。
「どこか痛くないか」
「いや、だから」
「腰さすってやる」
確かに少し年季のありそうなバン車だからか多少乗り心地はな。でもこんなに密着されるほどじゃない。
「いらんっつーの。てか、なにケツ撫で回してんだエロガキ」
「ガキじゃない、瑠衣よりずっとデカいはずだぞ。色々とな」
「図体はな、そして唐突に下ネタ匂わしてくるなアホ」
まったく。久しぶりに顔みたかと思えばずっとこの調子だ。
――病室にこいつが現れて死ぬほどビビった。
でも、それからあれよあれよという間に連れ出されて病院の裏口に横付けされてたこの車に乗せられて (というか拉致されて) 今に至るわけだけど。
「あー。そこ馬鹿二匹、運転手差し置いてイチャイチャしないでください。ウザいから」
心底嫌そうな声で、運転席から言ったのは雅健だった。
「イチャイチャなんて……」
「男の嫉妬は醜いな」
「こらっ、遼太郎!!」
そう、こいつもいたんだった。いつもの毒舌かましてくる。
んでもってそんな彼をバカにしたように鼻で笑う遼太郎を叱りつけるが。
「っていうか」
まだベタベタ触ってこようとするアホガキの手をガードしつつ、声をあげた。
「お前らなんで。それに一体どこに行くつもりなんだ!? 」
車は気付けば見たことの無い道、山の方? を走っているみたいだけど。
「もうすぐで着くっスよ」
ハンドルを握る彼の表情はバックミラー越しにも見えない。
「とりあえず西森さんは助手席に移動しましょうか。後ろのクソガキにイタズラされる前に」
その言葉に顔を険しくしたのは遼太郎。
「あ? そんな年齢変わんねぇだろうがよ、北嶋 雅健」
「フルネーム呼びしないの、このアホガキ」
「じゃあジジイ呼びしてやろうか」
「よーし、今すぐ降りろ。いや引きずり降ろしてやろうかな」
「望むところだ。ボコボコにしてやんよ」
「いや高校生のガキに負けないって。バカなん?」
一触即発の険悪ムードになってて絶句した。
いつの間にこんな仲良く、いや違うな。仲悪くなってんだよ。
すると本気で車を路肩に停止させようとする始末で。
「ちょ、二人ともやめろ!」
「瑠衣。心配するな、俺は体育で学校一の成績を誇っている。あと最近は空手の通信教育を始めたしな」
通信教育の空手って習えるのか……?
とにかく自信満々でサムズアップしてる高校生はさておき。
「雅健も大人げないぞ」
と雅健の肩に手を置くと。
「うわっ!? んん゙ッ、んぅ!!!」
そのまま腕ごと引っ張られて、なんとキスしてきやがった。
ほんの一瞬、唇と唇が触れただけだけ。でも噛み付かれたような、そんなキス。目をつぶる暇もなくて、ぶつかった視線に心臓が跳ねた。
「おい!」
「うぐッ!?」
後ろで遼太郎が声をあげて首根っこをつかんで後ろに引き倒す。
どうでもいいけど、二人ともオレに対する扱いが荒い気がするのは気のせいか。おかげで首が痛いんだけど。
って文句言うヒマもなく案の定、また喧嘩が。
「なにしてくれてんだ、テメェ」
「あー? クソガキに年上に対する敬意を教えてやってんだけど」
うわ、遼太郎の顔がめちゃくちゃ怖い。
いつも無表情というか真顔だけど、いつにも増した圧というか。ガチギレってこういうこと言うんだな。
いやいや呑気なこと考えてる場合じゃない。
「二人とも喧嘩はやめろ。つーか、オレの質問に答えろよな」
急に病院から連れてこられた意味も事情も分からないなんて、あんまり過ぎるだろ。
すると二人は数秒顔を見合わせてから一言。
「…………駆け落ち?」
「はい??」
駆け落ちって、しかもなんで最後疑問形なんだよ。
「先生はこの事知ってるのか」
「ンなわけないでしょ。兄貴が知ったら殺されちゃうっスよ」
殺されるってのは大袈裟にしても、あのドスの効いた一喝を聞いたらわかる気もする。
だとしても。
「家族に心配かけるな。ましてやオレなんかのために」
「そんなんじゃないっスよ」
再び車を発進させながら、雅健は肩をすくめる。
「僕と兄貴が異母兄弟ってのは知ってると思いますけど、やっぱりそこが違うと色々と違うっつーか。とにかく西森さんは余計な心配しなくてもいいっスから」
「だけど……」
「とにかく。あの病院、というより兄貴の元にいたらダメだ」
「なんでだよ。彼は色々と助けてくれただろ。妹や母さんだって」
「本当にそう思ってんの、甘すぎる」
「え?」
意味が分からず首を傾げれば、雅健は苛立ち半分呆れ半分といった様子のため息をついた。
「兄貴はあんたを交渉材料にしてんだよ」
「交渉材料?」
「家族から連絡ないって言ってたけど、それは兄貴が根回ししてたから。アンタ、自分から家族が嫌で家出した状況になってる」
「そ、それって……」
オレは一度も家出したいとか、家族から離れたいなんて思ってないぞ。
「どういう風に丸め込んだのか知らないけど、自分が保護して説得中なんて時間稼ぎしてアンタを病院に入れたんだ」
「なんでそんな事を」
「あの男と交渉するため」
奏斗さんのことか。
たしかにオレのことを探してるって聞いたけど。
「正しくいうと、あの男の抱えてる企業との取引かな。まあ僕もよく分かんないけど、うちも一応自営業だから」
そういえば継いだ病院の傍らの副業ってことを、診察受けたときに聞いた気がする。
「僕と違って兄貴は優秀だから。コネクションは広く強い方がいいってのも分かる。でも」
一瞬だけ間が空く。
「僕は、それにアンタを利用するのは違うと思う」
「雅健」
「西森さんってほんとに危なっかしくて手間がかかって、オマケに見た目以上にアホな甘ちゃんなんですよね」
「めっちゃ言ってくるよな、お前……」
照れ隠しにしても言い過ぎだろ。
でもやっぱり良い奴だよ、こいつは。こんな毒舌吐いてるくせに、こうやって助けに来てくれるんだもんな。
「そういえば、お前らいつからそんなに仲良くなったんだ」
むしろバイト先の佳奈ちゃんとの三角関係で険悪なのかと思ったけど。
そう訊ねると遼太郎が眉をひそめて。
「あ? 佳奈って誰だ」
なんて言い出すもんだから驚いた。
「いやバイト先にいるだろ、女子大生の可愛い子が。お前ら両方と付き合ってるって聞いたけど」
「誰から聞いた、そんなこと」
「え……」
ここで情報提供してくれた子の名前を出すのが、なんかやばい気がして濁すが。
「どうせ佳奈ちゃんが自分から言いふらしたんでしょ。あの子、そういう所がイタイんだよなぁ」
「へ?」
雅健の方が半笑いで答える。
「この世の全ての男がカワイイ自分を好きになるって勘違いしてる自己肯定感爆上がりな女、それでいて外で吹聴しちゃうマウンティングメスゴリラってこと。言っとくけど、僕はああいうの好みじゃないから」
すごい早口でえらい酷いこと言ってる気がするけど、つまり雅健は彼女と付き合ってないと言いたいのか。
「おい、なに自分だけ違うみたいに言ってんだ。俺だってそんな事実はないぞ。誓って皆無だ! 絶対に、ない!」
こっちはこっちで必死か。
しかもすごい目を合わせてくるところが少し怖い。
いや、わかった。わかったから。
「瑠衣。信じてくれ。俺はそんな男じゃない」
「お、おぅ……?」
そんな鬼気迫らなくてもいいのに。オレなんかが何も言うことじゃないし。
って自分で考えてまた少し傷付いてしまった。
「まあ、お前らが大事な後輩の女の子を泣かしてないってことは安心したよ」
そうおさめてやったのに、二人はまたもや沈黙したあとに。
「鈍感って罪だな」
「罪っていうか、アホの子過ぎて泣かしたくなる」
そんな会話をするもんだから、オレはまた混乱してしまう。
「は、はぁぁ!? なんだよ、誰が鈍感でアホの子だよ!」
「「アンタがな」」
「ちょっ!?」
ひどい、二人とも声そろってやがる。
「あれだけ俺が婚活やめろって言ったのに」
「ゔっ」
遼太郎に痛いとこ突かれた。
「それで一度ならず二度までも騙されるとかな」
くぅ……っ、自業自得だけど心にダメージが。
「まぁ、そんなチョロくて浅はかでアホな西森さんも僕は嫌いじゃないですけどね」
すかさずディスりをいれてくる男のせいで、オレのライフはゼロになっちまうじゃん。
「俺は好きだが?」
「お、張り合ってくるねー。これだからガキは」
「そろそろ本気でぶん殴るぞ」
「あはは。売られた喧嘩は買う主義だけど、とりあえず今はそんな場合じゃないかな――ほら、目的地についた」
車が停まった。
どれだけ長く乗っていたんだろう。少しふらつくと、すかさず二人が支えてくれる。
「世話がやけるなぁ。おんぶでもします?」
「瑠衣、俺が抱っこしてやろうか。もちろんお姫様抱っこだ」
それぞれの申し出を断り、オレは足を踏み出した。
そこには一軒の小屋……というには立派なログハウス。
辺りは山ばかりだけど、建物も庭も綺麗に手入れされてるっぽい。
「ここは?」
「親類が持ってる別荘みたいなもんっスよ」
「へぇ」
さすがお医者様の親類。オレみたいな凡人からするとすごいの一言だ。
「とりあえずってことで。ここで作戦会議しようかなと」
作戦会議って、オレをあの男から逃がしてくれる算段をするのか。
でも本当にそんなことできるだろうか。むしろこのまま二人に迷惑かけるなら、いっそのこと。
「また余計なこと考えてたりしますよね」
「……」
「そういうの良いんで、大人しく僕たちに拉致られてください。あと」
そこで雅健はオレにそっと耳打ちした。
「遼太郎にはアンタが妊娠してんの知らせてないから」
「えっ」
「家族もそう。教えたら面倒な事になるからって兄貴が」
「そう、なのか」
無意識に自分の手が腹を撫でてることに気づく。
「でもあの態度じゃ、勘づいてるかもね」
果たしてそうかな。
知られたら幻滅されたりするんじゃないかと思う。
「僕は前も言ったけど、どちらを選んでも受け入れられる」
「雅健……」
「そういうことだから」
ポンポン、と優しく頭を撫でられた。
――なんでこんなに優しいんだろう。
鼻の奥がツンとなるのを必死で隠しながら、ログハウスのドアをくぐる。
「遅かったねえ」
聞き覚えのある声。その瞬間、大きな物音がそこらじゅうで響いた。
「っ、うわ!?」
十数人のスーツ姿の男女が飛び出してきたのだ。
「なっ……!」
一気に飛びかかってきた奴ら相手に、抵抗ひとつできずオレたちはその場で拘束された。
「瑠衣君」
嬉しそうに名前を呼ばれる。
近づいてくる足音に顔を上げれば。
「会いたかったよ、運命の人」
「奏斗……さん」
変わらない笑顔の彼。でもそれが、今はたまらなく怖かった。
車酔いと悪阻のダブルパンチはさすがにキツかった。
「顔色悪いぞ、なんか飲めるか」
隣から心配そうに背中をさする手。その声に思わずドキッとしてしまうのは何故だろう。
「ありがとう遼太郎。でも大丈夫だから」
信じられないことに今現在こいつが隣にいる。
色々あっての、乗せられた車の中。
少し見ないうちにまた成長したんじゃないか。顔つきもなんだかおとなっぽくなったというか。
そんな何年もってワケじゃないのに、よその子の成長って――いやオレは親戚のオヤジかなんかか。
「どこか痛くないか」
「いや、だから」
「腰さすってやる」
確かに少し年季のありそうなバン車だからか多少乗り心地はな。でもこんなに密着されるほどじゃない。
「いらんっつーの。てか、なにケツ撫で回してんだエロガキ」
「ガキじゃない、瑠衣よりずっとデカいはずだぞ。色々とな」
「図体はな、そして唐突に下ネタ匂わしてくるなアホ」
まったく。久しぶりに顔みたかと思えばずっとこの調子だ。
――病室にこいつが現れて死ぬほどビビった。
でも、それからあれよあれよという間に連れ出されて病院の裏口に横付けされてたこの車に乗せられて (というか拉致されて) 今に至るわけだけど。
「あー。そこ馬鹿二匹、運転手差し置いてイチャイチャしないでください。ウザいから」
心底嫌そうな声で、運転席から言ったのは雅健だった。
「イチャイチャなんて……」
「男の嫉妬は醜いな」
「こらっ、遼太郎!!」
そう、こいつもいたんだった。いつもの毒舌かましてくる。
んでもってそんな彼をバカにしたように鼻で笑う遼太郎を叱りつけるが。
「っていうか」
まだベタベタ触ってこようとするアホガキの手をガードしつつ、声をあげた。
「お前らなんで。それに一体どこに行くつもりなんだ!? 」
車は気付けば見たことの無い道、山の方? を走っているみたいだけど。
「もうすぐで着くっスよ」
ハンドルを握る彼の表情はバックミラー越しにも見えない。
「とりあえず西森さんは助手席に移動しましょうか。後ろのクソガキにイタズラされる前に」
その言葉に顔を険しくしたのは遼太郎。
「あ? そんな年齢変わんねぇだろうがよ、北嶋 雅健」
「フルネーム呼びしないの、このアホガキ」
「じゃあジジイ呼びしてやろうか」
「よーし、今すぐ降りろ。いや引きずり降ろしてやろうかな」
「望むところだ。ボコボコにしてやんよ」
「いや高校生のガキに負けないって。バカなん?」
一触即発の険悪ムードになってて絶句した。
いつの間にこんな仲良く、いや違うな。仲悪くなってんだよ。
すると本気で車を路肩に停止させようとする始末で。
「ちょ、二人ともやめろ!」
「瑠衣。心配するな、俺は体育で学校一の成績を誇っている。あと最近は空手の通信教育を始めたしな」
通信教育の空手って習えるのか……?
とにかく自信満々でサムズアップしてる高校生はさておき。
「雅健も大人げないぞ」
と雅健の肩に手を置くと。
「うわっ!? んん゙ッ、んぅ!!!」
そのまま腕ごと引っ張られて、なんとキスしてきやがった。
ほんの一瞬、唇と唇が触れただけだけ。でも噛み付かれたような、そんなキス。目をつぶる暇もなくて、ぶつかった視線に心臓が跳ねた。
「おい!」
「うぐッ!?」
後ろで遼太郎が声をあげて首根っこをつかんで後ろに引き倒す。
どうでもいいけど、二人ともオレに対する扱いが荒い気がするのは気のせいか。おかげで首が痛いんだけど。
って文句言うヒマもなく案の定、また喧嘩が。
「なにしてくれてんだ、テメェ」
「あー? クソガキに年上に対する敬意を教えてやってんだけど」
うわ、遼太郎の顔がめちゃくちゃ怖い。
いつも無表情というか真顔だけど、いつにも増した圧というか。ガチギレってこういうこと言うんだな。
いやいや呑気なこと考えてる場合じゃない。
「二人とも喧嘩はやめろ。つーか、オレの質問に答えろよな」
急に病院から連れてこられた意味も事情も分からないなんて、あんまり過ぎるだろ。
すると二人は数秒顔を見合わせてから一言。
「…………駆け落ち?」
「はい??」
駆け落ちって、しかもなんで最後疑問形なんだよ。
「先生はこの事知ってるのか」
「ンなわけないでしょ。兄貴が知ったら殺されちゃうっスよ」
殺されるってのは大袈裟にしても、あのドスの効いた一喝を聞いたらわかる気もする。
だとしても。
「家族に心配かけるな。ましてやオレなんかのために」
「そんなんじゃないっスよ」
再び車を発進させながら、雅健は肩をすくめる。
「僕と兄貴が異母兄弟ってのは知ってると思いますけど、やっぱりそこが違うと色々と違うっつーか。とにかく西森さんは余計な心配しなくてもいいっスから」
「だけど……」
「とにかく。あの病院、というより兄貴の元にいたらダメだ」
「なんでだよ。彼は色々と助けてくれただろ。妹や母さんだって」
「本当にそう思ってんの、甘すぎる」
「え?」
意味が分からず首を傾げれば、雅健は苛立ち半分呆れ半分といった様子のため息をついた。
「兄貴はあんたを交渉材料にしてんだよ」
「交渉材料?」
「家族から連絡ないって言ってたけど、それは兄貴が根回ししてたから。アンタ、自分から家族が嫌で家出した状況になってる」
「そ、それって……」
オレは一度も家出したいとか、家族から離れたいなんて思ってないぞ。
「どういう風に丸め込んだのか知らないけど、自分が保護して説得中なんて時間稼ぎしてアンタを病院に入れたんだ」
「なんでそんな事を」
「あの男と交渉するため」
奏斗さんのことか。
たしかにオレのことを探してるって聞いたけど。
「正しくいうと、あの男の抱えてる企業との取引かな。まあ僕もよく分かんないけど、うちも一応自営業だから」
そういえば継いだ病院の傍らの副業ってことを、診察受けたときに聞いた気がする。
「僕と違って兄貴は優秀だから。コネクションは広く強い方がいいってのも分かる。でも」
一瞬だけ間が空く。
「僕は、それにアンタを利用するのは違うと思う」
「雅健」
「西森さんってほんとに危なっかしくて手間がかかって、オマケに見た目以上にアホな甘ちゃんなんですよね」
「めっちゃ言ってくるよな、お前……」
照れ隠しにしても言い過ぎだろ。
でもやっぱり良い奴だよ、こいつは。こんな毒舌吐いてるくせに、こうやって助けに来てくれるんだもんな。
「そういえば、お前らいつからそんなに仲良くなったんだ」
むしろバイト先の佳奈ちゃんとの三角関係で険悪なのかと思ったけど。
そう訊ねると遼太郎が眉をひそめて。
「あ? 佳奈って誰だ」
なんて言い出すもんだから驚いた。
「いやバイト先にいるだろ、女子大生の可愛い子が。お前ら両方と付き合ってるって聞いたけど」
「誰から聞いた、そんなこと」
「え……」
ここで情報提供してくれた子の名前を出すのが、なんかやばい気がして濁すが。
「どうせ佳奈ちゃんが自分から言いふらしたんでしょ。あの子、そういう所がイタイんだよなぁ」
「へ?」
雅健の方が半笑いで答える。
「この世の全ての男がカワイイ自分を好きになるって勘違いしてる自己肯定感爆上がりな女、それでいて外で吹聴しちゃうマウンティングメスゴリラってこと。言っとくけど、僕はああいうの好みじゃないから」
すごい早口でえらい酷いこと言ってる気がするけど、つまり雅健は彼女と付き合ってないと言いたいのか。
「おい、なに自分だけ違うみたいに言ってんだ。俺だってそんな事実はないぞ。誓って皆無だ! 絶対に、ない!」
こっちはこっちで必死か。
しかもすごい目を合わせてくるところが少し怖い。
いや、わかった。わかったから。
「瑠衣。信じてくれ。俺はそんな男じゃない」
「お、おぅ……?」
そんな鬼気迫らなくてもいいのに。オレなんかが何も言うことじゃないし。
って自分で考えてまた少し傷付いてしまった。
「まあ、お前らが大事な後輩の女の子を泣かしてないってことは安心したよ」
そうおさめてやったのに、二人はまたもや沈黙したあとに。
「鈍感って罪だな」
「罪っていうか、アホの子過ぎて泣かしたくなる」
そんな会話をするもんだから、オレはまた混乱してしまう。
「は、はぁぁ!? なんだよ、誰が鈍感でアホの子だよ!」
「「アンタがな」」
「ちょっ!?」
ひどい、二人とも声そろってやがる。
「あれだけ俺が婚活やめろって言ったのに」
「ゔっ」
遼太郎に痛いとこ突かれた。
「それで一度ならず二度までも騙されるとかな」
くぅ……っ、自業自得だけど心にダメージが。
「まぁ、そんなチョロくて浅はかでアホな西森さんも僕は嫌いじゃないですけどね」
すかさずディスりをいれてくる男のせいで、オレのライフはゼロになっちまうじゃん。
「俺は好きだが?」
「お、張り合ってくるねー。これだからガキは」
「そろそろ本気でぶん殴るぞ」
「あはは。売られた喧嘩は買う主義だけど、とりあえず今はそんな場合じゃないかな――ほら、目的地についた」
車が停まった。
どれだけ長く乗っていたんだろう。少しふらつくと、すかさず二人が支えてくれる。
「世話がやけるなぁ。おんぶでもします?」
「瑠衣、俺が抱っこしてやろうか。もちろんお姫様抱っこだ」
それぞれの申し出を断り、オレは足を踏み出した。
そこには一軒の小屋……というには立派なログハウス。
辺りは山ばかりだけど、建物も庭も綺麗に手入れされてるっぽい。
「ここは?」
「親類が持ってる別荘みたいなもんっスよ」
「へぇ」
さすがお医者様の親類。オレみたいな凡人からするとすごいの一言だ。
「とりあえずってことで。ここで作戦会議しようかなと」
作戦会議って、オレをあの男から逃がしてくれる算段をするのか。
でも本当にそんなことできるだろうか。むしろこのまま二人に迷惑かけるなら、いっそのこと。
「また余計なこと考えてたりしますよね」
「……」
「そういうの良いんで、大人しく僕たちに拉致られてください。あと」
そこで雅健はオレにそっと耳打ちした。
「遼太郎にはアンタが妊娠してんの知らせてないから」
「えっ」
「家族もそう。教えたら面倒な事になるからって兄貴が」
「そう、なのか」
無意識に自分の手が腹を撫でてることに気づく。
「でもあの態度じゃ、勘づいてるかもね」
果たしてそうかな。
知られたら幻滅されたりするんじゃないかと思う。
「僕は前も言ったけど、どちらを選んでも受け入れられる」
「雅健……」
「そういうことだから」
ポンポン、と優しく頭を撫でられた。
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「遅かったねえ」
聞き覚えのある声。その瞬間、大きな物音がそこらじゅうで響いた。
「っ、うわ!?」
十数人のスーツ姿の男女が飛び出してきたのだ。
「なっ……!」
一気に飛びかかってきた奴ら相手に、抵抗ひとつできずオレたちはその場で拘束された。
「瑠衣君」
嬉しそうに名前を呼ばれる。
近づいてくる足音に顔を上げれば。
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「奏斗……さん」
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