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それともなにかタイムパラドックスなわけあるか
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俺は、こんな過去なんて知らない。
「うちのバカ息子が迷惑かけたわね」
「いえ、まったく。むしろオレがついていながら面目ないです」
自宅リビングにて。ソファに横たわる俺をよそに、母さんとあの男が優雅に茶なんか飲んでいる。
「貧血による軽い熱中症だなんて。男のクセに軟弱よねぇ」
「いえ。そんなこと」
息子がぶっ倒れたっていうのに、その親の態度。あっけらかんと笑う母さんに、俺は思い切り顔をしかめた。
「大事にならず良かった」
妙にかしこまった、というかカッコつけたクソ野郎の態度がまた腹立つ。
「チッ……」
朝からぶっ倒れた俺はすぐさま近くの病院に担ぎ込まれたらしい。しかもお姫様抱っこで。
ほんと意識なくて良かったと始めて思った。
とはいえ診断は単なる貧血と軽度の熱中症。大騒ぎしてバカみたい。
学校も当然休んだし、何故かコイツまでずっとそばにくっついている。
そして家に帰ってきて今に至る。
「でも義幸君がいてくれて良かったわぁ」
「いえ、そんな」
怖い顔のクセに照れるな、気色悪ぃ。そして母さんも息子が男にお姫様抱っこされて帰ってきた事をもっと重く受け止めてくれ。
なんて口が裂けても言えない。
だって、ただでさえ嫌いな奴の目の前で醜態さらしてんだ。これ以上なにか言っても説得力はないだろう。
だから俺はひたすらふて寝を決め込む。
「ほら葵、ちゃんと義幸君にちゃんとお礼言ったの?」
「……」
「葵!」
「いいんですよ、おかあさん」
「!?」
ちょっと待て。今聞き捨てならない言葉が飛び出したんだが。
俺は思わず飛び起きる。
「言う事に欠いてお前なあっ――」
「葵さんが元気でいてくれるだけで、オレはうれしいです」
あいつはニッコリと、そして完璧な笑みで母さんに向かって言い放った。
さっきみたくぎこちない迫力しかない笑顔とは違う。さながら王子様みたいな爽やかスマイルに俺は震撼し、母さんはうっとりしたような表情でうなずいた。
「義幸君、ありがとうね。とてもいい子だわ」
なんだよこの猫なで声。ゾゾっとした。
普段容赦なく俺をどやしつける肝っ玉母さんが、なんだか妙によそ行きっぽくて決まりが悪い。
それにこれはなんか非常にまずい気がする。
「葵さん。大丈夫ですか」
「あ、ああ……」
そしてその爽やかスマイルをこっちに向けてくる男。
俺はなんだかよく分からない感じになって、曖昧にうなずいた。
「ちゃんと学校には連絡してありますから。安心して休んで下さい」
「う、うん?」
なんなんだろう、これ。
これ本当にタイムリープなのか? 俺が覚えのない過去ばかりだ。
烏間 義幸とこんなに関わりがあったなんて知らないし、だいたいさっきから様子がおかしすぎる。
それにぶっ倒れる前の。
『オレと葵さんは恋人関係ですが』
ってのが丸々よく分からん。なんかのドッキリか? それとも嫌がらせか。それにしても記憶にないが。
もしやタイムパラドックス……いや、確かそういう事じゃない気もする。俺だってSFとか詳しくないが。
「どうしました?」
それにしてもコイツ、こうしてるとまあ悪くない顔をしている。むしろイケメンなんだよな。
目付きがやたら鋭いのも何故か今はマシだし、よくよく見れば不器用そうに引き攣る口元も可愛く思えないこともない――ってなに考えてんだ、俺はッ!
「まだ顔色はよくないですね」
「ちょっ!?」
こちらに歩み寄り、俺に視線を合わせる義幸に思わず身を引いて声を上げた。
「こら葵、義幸君にちゃんとお礼言いなさい」
「か、母さん……」
「いいんですよ。おかあさん」
「だからそれやめろって!」
コイツのその言い方、なんか義母さんって聞こえるだろうが。
そういえば離婚した嫁。つまり十七年後の義理両親もまあクズだった。
不倫した娘を庇うどころか、寂しい想いをさせた俺のせいだって責める始末。腸が煮えくり返ったのを思い出した。
「悪かったな。もういいから学校行けよ」
病院まで運んでもらって恩知らずかもしれないが、今の俺にはこれが精一杯だ。
ただでさえ憎い男と一緒にいて、しかもそいつが訳わかんねぇ事をのたまわってるとなれば苛立ちもするだろう。
「俺のことは心配しないでください」
相変わらずの胡散臭い笑顔も反吐が出る。
そして別にコイツのことを心配してるわけじゃない。一刻も早く目の前から消えて欲しいだけだ。
過去の彼には関係のない話だろうが、それでも同じ存在なんだから忌々しく思うくらいは許して欲しい。
俺は義幸から顔を背けて、再びソファに寝そべった。
「もうこの子ったら」
母さんのお小言なんてのも耳に入らない。
ただもう少し静かに考えたかった。
「じゃあ俺はこれで」
そう言って立ち上がるのをまた内心舌打ちしてやり過ごす。
八つ当たりなんてわかってるよ。分かってるからこそ、またムカつくんだっての。
「ごめんなさいねえ。また来てね、義幸君」
「はい」
妙に甘ったるいよそ行き声の母さんが気持ち悪い。息子の友達 (!)に対するそれなんだろうが、とにかく身内のそれを見せられると気まずいというか。わかるだろ、こういうの。
「じゃあ葵さん、また明日」
「あ、そ」
シカトすんのもまた怒られそうだったから、小さく返した。すると。
「今度はオレが迎えに行きますから」
少しトーンを上げた声と共に、アイツは帰ったらしい。
母さんのパタパタとした足音も遠ざかる。
「バッカじゃねぇの」
俺はそう吐き捨てて、まだグラグラする頭を抱えるように丸くなった。
「うちのバカ息子が迷惑かけたわね」
「いえ、まったく。むしろオレがついていながら面目ないです」
自宅リビングにて。ソファに横たわる俺をよそに、母さんとあの男が優雅に茶なんか飲んでいる。
「貧血による軽い熱中症だなんて。男のクセに軟弱よねぇ」
「いえ。そんなこと」
息子がぶっ倒れたっていうのに、その親の態度。あっけらかんと笑う母さんに、俺は思い切り顔をしかめた。
「大事にならず良かった」
妙にかしこまった、というかカッコつけたクソ野郎の態度がまた腹立つ。
「チッ……」
朝からぶっ倒れた俺はすぐさま近くの病院に担ぎ込まれたらしい。しかもお姫様抱っこで。
ほんと意識なくて良かったと始めて思った。
とはいえ診断は単なる貧血と軽度の熱中症。大騒ぎしてバカみたい。
学校も当然休んだし、何故かコイツまでずっとそばにくっついている。
そして家に帰ってきて今に至る。
「でも義幸君がいてくれて良かったわぁ」
「いえ、そんな」
怖い顔のクセに照れるな、気色悪ぃ。そして母さんも息子が男にお姫様抱っこされて帰ってきた事をもっと重く受け止めてくれ。
なんて口が裂けても言えない。
だって、ただでさえ嫌いな奴の目の前で醜態さらしてんだ。これ以上なにか言っても説得力はないだろう。
だから俺はひたすらふて寝を決め込む。
「ほら葵、ちゃんと義幸君にちゃんとお礼言ったの?」
「……」
「葵!」
「いいんですよ、おかあさん」
「!?」
ちょっと待て。今聞き捨てならない言葉が飛び出したんだが。
俺は思わず飛び起きる。
「言う事に欠いてお前なあっ――」
「葵さんが元気でいてくれるだけで、オレはうれしいです」
あいつはニッコリと、そして完璧な笑みで母さんに向かって言い放った。
さっきみたくぎこちない迫力しかない笑顔とは違う。さながら王子様みたいな爽やかスマイルに俺は震撼し、母さんはうっとりしたような表情でうなずいた。
「義幸君、ありがとうね。とてもいい子だわ」
なんだよこの猫なで声。ゾゾっとした。
普段容赦なく俺をどやしつける肝っ玉母さんが、なんだか妙によそ行きっぽくて決まりが悪い。
それにこれはなんか非常にまずい気がする。
「葵さん。大丈夫ですか」
「あ、ああ……」
そしてその爽やかスマイルをこっちに向けてくる男。
俺はなんだかよく分からない感じになって、曖昧にうなずいた。
「ちゃんと学校には連絡してありますから。安心して休んで下さい」
「う、うん?」
なんなんだろう、これ。
これ本当にタイムリープなのか? 俺が覚えのない過去ばかりだ。
烏間 義幸とこんなに関わりがあったなんて知らないし、だいたいさっきから様子がおかしすぎる。
それにぶっ倒れる前の。
『オレと葵さんは恋人関係ですが』
ってのが丸々よく分からん。なんかのドッキリか? それとも嫌がらせか。それにしても記憶にないが。
もしやタイムパラドックス……いや、確かそういう事じゃない気もする。俺だってSFとか詳しくないが。
「どうしました?」
それにしてもコイツ、こうしてるとまあ悪くない顔をしている。むしろイケメンなんだよな。
目付きがやたら鋭いのも何故か今はマシだし、よくよく見れば不器用そうに引き攣る口元も可愛く思えないこともない――ってなに考えてんだ、俺はッ!
「まだ顔色はよくないですね」
「ちょっ!?」
こちらに歩み寄り、俺に視線を合わせる義幸に思わず身を引いて声を上げた。
「こら葵、義幸君にちゃんとお礼言いなさい」
「か、母さん……」
「いいんですよ。おかあさん」
「だからそれやめろって!」
コイツのその言い方、なんか義母さんって聞こえるだろうが。
そういえば離婚した嫁。つまり十七年後の義理両親もまあクズだった。
不倫した娘を庇うどころか、寂しい想いをさせた俺のせいだって責める始末。腸が煮えくり返ったのを思い出した。
「悪かったな。もういいから学校行けよ」
病院まで運んでもらって恩知らずかもしれないが、今の俺にはこれが精一杯だ。
ただでさえ憎い男と一緒にいて、しかもそいつが訳わかんねぇ事をのたまわってるとなれば苛立ちもするだろう。
「俺のことは心配しないでください」
相変わらずの胡散臭い笑顔も反吐が出る。
そして別にコイツのことを心配してるわけじゃない。一刻も早く目の前から消えて欲しいだけだ。
過去の彼には関係のない話だろうが、それでも同じ存在なんだから忌々しく思うくらいは許して欲しい。
俺は義幸から顔を背けて、再びソファに寝そべった。
「もうこの子ったら」
母さんのお小言なんてのも耳に入らない。
ただもう少し静かに考えたかった。
「じゃあ俺はこれで」
そう言って立ち上がるのをまた内心舌打ちしてやり過ごす。
八つ当たりなんてわかってるよ。分かってるからこそ、またムカつくんだっての。
「ごめんなさいねえ。また来てね、義幸君」
「はい」
妙に甘ったるいよそ行き声の母さんが気持ち悪い。息子の友達 (!)に対するそれなんだろうが、とにかく身内のそれを見せられると気まずいというか。わかるだろ、こういうの。
「じゃあ葵さん、また明日」
「あ、そ」
シカトすんのもまた怒られそうだったから、小さく返した。すると。
「今度はオレが迎えに行きますから」
少しトーンを上げた声と共に、アイツは帰ったらしい。
母さんのパタパタとした足音も遠ざかる。
「バッカじゃねぇの」
俺はそう吐き捨てて、まだグラグラする頭を抱えるように丸くなった。
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