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21.アレがコレで、コレがアレで……とにかく争奪戦
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妹の言葉に、どういう事だ? と疑問を口にする暇もない。
ただ、突き刺すような視線。
それは剣を手にした、実の妹のものだ。
「悪いが、何言ってのかサッパリ分かんねぇ」
彼女の腕前と残酷さを知らぬエトは、困惑の表情を浮かべる。
「分からないなら、それで良いの。だけどこの不埒な手を離しなさい。腐れ童貞ホモが。テメーは豚とでもヤってろ、アホンダラ野郎。その無駄にぶら下がってる祖チン、引っこ抜くわよ」
「……い、妹のほうが鬼畜」
「まぁな」
心無しか涙目のエトに、肩を竦めて応える。
まぁ、地元では『凶悪狂犬のミラ』とか『悪魔でも裸足で逃げ出すレベル』とか『我が国の生物兵器的毒舌』とか名高い女だったからな。
あの毒舌が健在ってとこで、むしろ安心すらする。
でも。
「エト、離せ」
「え?」
僕の言葉に、彼は戸惑いと悲しみを滲ませた声を上げる。
それでも忠告しなきゃいけない。彼女は……。
「つべこべ言うなッ!」
「ゔわッ!?」
強く突き飛ばした。
都合の良い事に、彼の巨体が彼女の方へ倒れる。
僕は取り落としていた剣を、素早く拾う。
「兄さんっ!」
ふらついた彼女の切っ先を、勢い良く跳ね飛ばす。
甲高い金属音と共に、剣は大きく弧を描き落ちた。
「僕の友人にそんなモノ、向けてんじゃないぜ」
「えー? 友人というか恋人未満っつーか」
「エトは黙ってろ!」
「はい……」
横槍入れるアホは一喝する。
ミラは小さく息をつくと、未だ僕らを静観していた仲間たちに言った。
「目的変更よ。あの二人、半殺しに痛めつけてやるわ」
途端、こちらに攻撃を向けんとする仲間達。
しかし魔道士だけは、僕と彼女を交互に見てオドオドと声を上げた。
「あ、あのぉ。良いの? ミラのお兄さんとお友達……」
「あ゙?」
「ひ、ひぃっ!? ご、ごめんなさいごめんなさいっ」
ミラの低い唸り声に、フルフルと首を振り小さくなる。
……何だこの子、すごく可愛い。
大きな瞳に可憐で華奢な感じ。まさに『女の子』って感じの。
少々ハスキーな声な気もするけど、それがまた愛らしいというか。
「余計な口答えだよっ、新人!」
「そう。ワタシ達は、ミラの命令に従うのみ……」
盗賊娘や、召喚術師の少女にも叱られてシュンとなってるのがまた。
ヤバい。こういう娘、好みかも。
「す、すいません。ボク……」
しかもボクっ娘か。少々あざとい気もするけど、悪くない!
そんな僕の思考を読んだのか。
「ルベル、顔がだらしない」
と、エトに横目で睨みつけられる。まるで夫の浮気を咎める、妻みたいだ。
「うるさいなぁ。君も分かるだろ、男ならさぁ」
「分かんねぇよ。お前しか好きじゃねーもん」
「またそういう事を」
童貞のクセに。しかも、男に言われても少しも嬉しくないって……まぁイヤじゃないけど。
あー、僕もついにホモの仲間入りしちまうのかなぁ。なんて、憂鬱な気分になる。
そんな時。
大きな爆発音が、広間に響く。
耳をつんざく轟音に、思わず一同が音の出処を探した先……勇者一行の数メートル後ろだ。
黒煙と、瓦礫になった床。
黒焦げになった跡。火炎系の魔法だろうか。
「お嬢さん達の目的は、だいたい分かったよ」
―――玉座。
いつの間にか、魔王が悠々と座していた。
「その子のお陰で、我が妻の洗脳が解けちゃいそうだったよ。いやぁ、危ない危ない」
穏やかに目を細めて笑う、魔王の膝の上。
彼よりは幾分小柄な身体がグッタリと、抱えられていた。
「母さん!?」
「あぁ大丈夫。もう一回、洗脳しとかないとね。私の妻であり、女であるという事を」
「洗脳って」
そこでふと、以前レミエルに聞いた話を思い出す。
『魔王に見初められたら……逃げられないぞ?』
本当にそうなんだろう。でも別に、ゾッともしない。
なぜなら。
「アンタが魔王か。覚悟しろ! 変態野郎め」
盗賊娘が叫び、ナイフを構える。しかし、魔王は動じない。
薄く微笑みすら浮かべ、膝の上のレミエルの髪を撫でている。
「いかにも……ははっ。変態と言われようが、愛する人が望めば叶えてあげたいモノだよ。ただし」
そこでふと、言葉を切った。
黒い瞳が真っ直ぐ僕の方に向いているのを、感じる。
「この手の上で、だけどね」
穏やかで恐妻家。ドMの変態で、情けないようにも見える大男。そう思っていたけれど。
どれも本性で、どれも違う。そんな気がした。
「……っ、分かんないこと言うんじゃないよ!」
心無しか青ざめて、盗賊娘が怒鳴る。
そして刹那、彼女の手からは何本ものナイフが魔王達に向かって飛んだ。まさに早業。
彼女は優秀なナイフ使いらしい。
「あぁなるほど」
カカカカカカ……ッ、とナイフが硬い木製に突き刺さる。
その大きな玉座の背もたれに。
「その若さで素晴らしい。一つだけ良くないけど」
手にした十数本のナイフ。受け止めたらしい。
それを地面に放り投げる。硬い音をさせて、向こう側に。
そして、愕然とした顔の盗賊娘を見据える。
「妻に向かって投げた事だよ」
その目は笑っていない。
薄ら笑みを浮かべた口元と対照的に、その目は冷たさすら感じる。
僕は思わず、隣のエトの手を握りしめた。
「る、ルベル」
このアホ、浮かれた声を出しやがって。自分の父親と言えど、魔王が割とマジでキレてんだぞ!?
「あーぁ、怒らせたなぁ。俺しーらね」
「知らないは無いだろ! 君の父親だ」
「だって無理だもん。親父は、母さんの事になるとすぐガチギレすんだもん」
「そんな呑気な……」
相手は女の子達だぞ! それに、いくらムカつくとは言え僕の妹も居るし。
そう言っても、彼は軽く頷いて言ってのける。
「大丈夫大丈夫」
「大丈夫なわけあるか! ほら、現にやり出したぞ……あぁ。召喚術か」
そう、少し離れた所でドンパチやり始めた。
……召喚獣の咆哮と、吐き出す火炎。それをものともせず、相変わらず座したまま魔法で応戦する魔王。
「おー! さすが親父だなぁ」
「関心してる場合かっ、女の子達のピンチだぞ!」
「えー? ……俺は女なんてどうでもいいしなぁ」
「ホモは女に厳しすぎるだろ!?」
「だから、ホモじゃねーってば」
圧倒的に彼女達が劣勢だ。
淡々と、攻撃を無効化し返していく魔王。妹も、剣を振って懸命にその身体にダメージを与えようとしている。
「ルベルは、女に甘すぎだぜ」
不貞腐れたように言って、先程に繋いでしまった手を痛いほど握ってきた。
当然、何すんだバカ……と叫ぶ。
「俺だって、親父と同じだぞ」
と、言葉を零した。
その意味は容易に分かったが、分からなかった方が幸せだったかもしれない。
友人(になれたと思った男)が、ヤンデレホモにジョブチェンジした瞬間だ。
「エト。嫉妬深い男は、嫌われるぞ」
「愛が深いって言えよ」
「言わん。それにしても闇が深過ぎだろ、君の親父さんは」
「あー。兄貴が何とかするだろ」
そうこうするうちに、魔王が玉座を立つのが見えた。
優しい仕草で、気を失ったレミエルを玉座に座らせる。
「そろそろ飽きちゃったなぁ。それに私は、忙しいんだよ。これからまた数日、寝室に籠らなきゃね」
「コラ親父ーっ、いけしゃあしゃあと夫婦の営み宣言してんじゃねーぞ!」
息子からのヤジに、彼は大きく頷く。
「エト。弟か妹、もう1人欲しいかい?」
「やめろーっ、年頃の息子にする話題じゃねーよ!」
「あははっ、今度は双子でも良いなぁ。さて」
魔王は勇者達を見据えた。
「悪いけど、君たちの願いは何一つ叶わないよ。私を倒すことも、ルベルを取り戻すことも」
「っく……この悪魔ッ、兄さんを利用する気!?」
「利用? それは君達人間だろう」
ミラの叫びに、魔王が冷たく応える。
左手を小さく挙げた先。そこがぐにゃり、と空間が歪む。
「ルベルは、もう我が家の家族同然だよ」
「違うッ!」
彼女は戦闘の疲労で、ふらつく足を踏みしめながら怒鳴る。
「兄さんはずっと、私達家族で守って来たのよ!」
「ふぅん。でも、もう必要ない」
「結局、貴方達は兄さんの……っ」
「君は、彼に真実を伝えていない。何故だい? ルベルは何も知らず、多くの種族の雄達に狙われ続けている」
「それは……」
何やら、訳有りの匂いがしてきた。
ミラは気まずそうに目を伏せ、口ごもる。その姿に、引っ掛かりを覚えないわけが無い。
「どういう事だ?」
「兄さん……」
僕がスライムやケンタウルス等の、異種族のオスにやたら言い寄られたのには、理由があるのか。
レミエルが僕を息子の嫁に、と決めたのも。
「ミラ!」
「兄さん……ごめんなさい」
そう言うと、彼女は再び魔王に剣を突き付ける。後の3人も、ボロボロになりながら攻撃を仕掛けるつもりらしい。
魔王は、薄く笑った。
「困った淑女達だね」
「レクスさん!」
僕はさすがに叫んだ。
彼の左手の歪み。これは魔法攻撃か。だとしたら、懇親の一撃というヤツだろう。
彼女達が死ぬのを、指をくわえて見ている事は出来ない。
「やり過ぎじゃあ……っ」
「ちょっ、ルベル! 飛び出すな。危ねーって!!」
両者に割って入ろうとした僕を、エトが抱きついて止める。
離せ、と暴れてもビクともしない。こういう時に、体格差を知ってイヤになるんだ。
「ルベル、大丈夫だってば!」
「大丈夫なワケあるかよっ、妹が……」
「親父はそこまでバカじゃねーって」
「でも」
彼女達の攻撃を片手で止めながら、その左手の歪みは大きくなっていく。
大量の魔力が、人間である僕の目にも認識できる程だ。
どんな攻撃魔法か知らないが、これをマトモに食らったら……。
「そろそろ、かな」
魔王が呟いた。全身に鳥肌が立つ。
再びエトの腕の中で、必死に暴れる僕。そこへ大きな手が、上から触れた。
「ン」
「れ、レガリアさん!?」
魔王の次男。エトの兄。その人だ。
長身を屈めるように、僕を覗き込んでいる。
「兄貴……」
少しムッとしたような、エトの声。
ともあれ、少しホッとしたのも事実だ。
「ン」
「レガリア、遅かったね。でも、私1人で充分だったよ」
「ン」
「もう、終わりだ」
「……ン」
「お前はそればかりだねぇ。やれやれ、誰に似たのやら」
「……」
困ったように笑う魔王と、相変わらず『ン』しか発しない息子。
敵が増えた、と一層悲壮感と緊張感の漂う勇者達がいた。
「ルベル、誤解しないで。殺さないから」
「え?」
魔王が僕に微笑みかけた。
その顔はやはりまだ瞳孔が開き気味だ。しかし、ちゃんといつものように目も笑っている。
少しホッとして胸を撫で下ろす。
「転送魔法で、人間界に飛ばすだけだよ」
「な、なんだぁ」
ビビっちまった。だって、こうやって改めて魔王と人間の力の差が大き過ぎるから。
彼らの事を、ある程度知っていなかったら完全にパニックになっていただろう。
「じゃあ、そろそろ」
呪文を唱え始める魔王。
未だ、必死で攻撃を繰り出そうとする彼女達。
僕としては、どんな立場で見れば良いんだろうかと悩む所だ。
―――その時だった。
「……待て、父上」
「え゙」
また喋った。あの寡黙なレガリアが。低く、渋い声で。
父である魔王も驚いたらしい。目をしばしばさせる。
「……転送させるな」
「レガリア? 」
「さ、せ、る、な」
もはやドスの効いた声で訴える。
「どういう事? お前は圧倒的に言葉が足りないよ」
「駄目だ」
「なにが」
「……ン」
「こらこら、喋りなさい」
都合が悪いのか、再びダンマリになる息子と苦笑いの父。
なんだか一気に空気が変わったぞ。緊迫した感じが、緩んだというか。
彼女達も攻撃の手を止めて、何事かと見ている。
「駄目だ」
「だから、どうしてだい?」
「……」
「レガリア?」
「……」
彼は、おもむろに魔王に近付くと。何やらヒソヒソと話し始めた。
「おいエト。アレ何を話してんだ?」
気になって、未だ抱き着いている彼を引っ剥がしながら問う。
「いててっ、知らねーよ。そんな事より……」
エトが、懲りる事無く僕の肩に腕を回して囁く。
「ハァァァァッ!? 君は、正気かよ!」
その内容に、思わず素っ頓狂な声を上げた―――。
ただ、突き刺すような視線。
それは剣を手にした、実の妹のものだ。
「悪いが、何言ってのかサッパリ分かんねぇ」
彼女の腕前と残酷さを知らぬエトは、困惑の表情を浮かべる。
「分からないなら、それで良いの。だけどこの不埒な手を離しなさい。腐れ童貞ホモが。テメーは豚とでもヤってろ、アホンダラ野郎。その無駄にぶら下がってる祖チン、引っこ抜くわよ」
「……い、妹のほうが鬼畜」
「まぁな」
心無しか涙目のエトに、肩を竦めて応える。
まぁ、地元では『凶悪狂犬のミラ』とか『悪魔でも裸足で逃げ出すレベル』とか『我が国の生物兵器的毒舌』とか名高い女だったからな。
あの毒舌が健在ってとこで、むしろ安心すらする。
でも。
「エト、離せ」
「え?」
僕の言葉に、彼は戸惑いと悲しみを滲ませた声を上げる。
それでも忠告しなきゃいけない。彼女は……。
「つべこべ言うなッ!」
「ゔわッ!?」
強く突き飛ばした。
都合の良い事に、彼の巨体が彼女の方へ倒れる。
僕は取り落としていた剣を、素早く拾う。
「兄さんっ!」
ふらついた彼女の切っ先を、勢い良く跳ね飛ばす。
甲高い金属音と共に、剣は大きく弧を描き落ちた。
「僕の友人にそんなモノ、向けてんじゃないぜ」
「えー? 友人というか恋人未満っつーか」
「エトは黙ってろ!」
「はい……」
横槍入れるアホは一喝する。
ミラは小さく息をつくと、未だ僕らを静観していた仲間たちに言った。
「目的変更よ。あの二人、半殺しに痛めつけてやるわ」
途端、こちらに攻撃を向けんとする仲間達。
しかし魔道士だけは、僕と彼女を交互に見てオドオドと声を上げた。
「あ、あのぉ。良いの? ミラのお兄さんとお友達……」
「あ゙?」
「ひ、ひぃっ!? ご、ごめんなさいごめんなさいっ」
ミラの低い唸り声に、フルフルと首を振り小さくなる。
……何だこの子、すごく可愛い。
大きな瞳に可憐で華奢な感じ。まさに『女の子』って感じの。
少々ハスキーな声な気もするけど、それがまた愛らしいというか。
「余計な口答えだよっ、新人!」
「そう。ワタシ達は、ミラの命令に従うのみ……」
盗賊娘や、召喚術師の少女にも叱られてシュンとなってるのがまた。
ヤバい。こういう娘、好みかも。
「す、すいません。ボク……」
しかもボクっ娘か。少々あざとい気もするけど、悪くない!
そんな僕の思考を読んだのか。
「ルベル、顔がだらしない」
と、エトに横目で睨みつけられる。まるで夫の浮気を咎める、妻みたいだ。
「うるさいなぁ。君も分かるだろ、男ならさぁ」
「分かんねぇよ。お前しか好きじゃねーもん」
「またそういう事を」
童貞のクセに。しかも、男に言われても少しも嬉しくないって……まぁイヤじゃないけど。
あー、僕もついにホモの仲間入りしちまうのかなぁ。なんて、憂鬱な気分になる。
そんな時。
大きな爆発音が、広間に響く。
耳をつんざく轟音に、思わず一同が音の出処を探した先……勇者一行の数メートル後ろだ。
黒煙と、瓦礫になった床。
黒焦げになった跡。火炎系の魔法だろうか。
「お嬢さん達の目的は、だいたい分かったよ」
―――玉座。
いつの間にか、魔王が悠々と座していた。
「その子のお陰で、我が妻の洗脳が解けちゃいそうだったよ。いやぁ、危ない危ない」
穏やかに目を細めて笑う、魔王の膝の上。
彼よりは幾分小柄な身体がグッタリと、抱えられていた。
「母さん!?」
「あぁ大丈夫。もう一回、洗脳しとかないとね。私の妻であり、女であるという事を」
「洗脳って」
そこでふと、以前レミエルに聞いた話を思い出す。
『魔王に見初められたら……逃げられないぞ?』
本当にそうなんだろう。でも別に、ゾッともしない。
なぜなら。
「アンタが魔王か。覚悟しろ! 変態野郎め」
盗賊娘が叫び、ナイフを構える。しかし、魔王は動じない。
薄く微笑みすら浮かべ、膝の上のレミエルの髪を撫でている。
「いかにも……ははっ。変態と言われようが、愛する人が望めば叶えてあげたいモノだよ。ただし」
そこでふと、言葉を切った。
黒い瞳が真っ直ぐ僕の方に向いているのを、感じる。
「この手の上で、だけどね」
穏やかで恐妻家。ドMの変態で、情けないようにも見える大男。そう思っていたけれど。
どれも本性で、どれも違う。そんな気がした。
「……っ、分かんないこと言うんじゃないよ!」
心無しか青ざめて、盗賊娘が怒鳴る。
そして刹那、彼女の手からは何本ものナイフが魔王達に向かって飛んだ。まさに早業。
彼女は優秀なナイフ使いらしい。
「あぁなるほど」
カカカカカカ……ッ、とナイフが硬い木製に突き刺さる。
その大きな玉座の背もたれに。
「その若さで素晴らしい。一つだけ良くないけど」
手にした十数本のナイフ。受け止めたらしい。
それを地面に放り投げる。硬い音をさせて、向こう側に。
そして、愕然とした顔の盗賊娘を見据える。
「妻に向かって投げた事だよ」
その目は笑っていない。
薄ら笑みを浮かべた口元と対照的に、その目は冷たさすら感じる。
僕は思わず、隣のエトの手を握りしめた。
「る、ルベル」
このアホ、浮かれた声を出しやがって。自分の父親と言えど、魔王が割とマジでキレてんだぞ!?
「あーぁ、怒らせたなぁ。俺しーらね」
「知らないは無いだろ! 君の父親だ」
「だって無理だもん。親父は、母さんの事になるとすぐガチギレすんだもん」
「そんな呑気な……」
相手は女の子達だぞ! それに、いくらムカつくとは言え僕の妹も居るし。
そう言っても、彼は軽く頷いて言ってのける。
「大丈夫大丈夫」
「大丈夫なわけあるか! ほら、現にやり出したぞ……あぁ。召喚術か」
そう、少し離れた所でドンパチやり始めた。
……召喚獣の咆哮と、吐き出す火炎。それをものともせず、相変わらず座したまま魔法で応戦する魔王。
「おー! さすが親父だなぁ」
「関心してる場合かっ、女の子達のピンチだぞ!」
「えー? ……俺は女なんてどうでもいいしなぁ」
「ホモは女に厳しすぎるだろ!?」
「だから、ホモじゃねーってば」
圧倒的に彼女達が劣勢だ。
淡々と、攻撃を無効化し返していく魔王。妹も、剣を振って懸命にその身体にダメージを与えようとしている。
「ルベルは、女に甘すぎだぜ」
不貞腐れたように言って、先程に繋いでしまった手を痛いほど握ってきた。
当然、何すんだバカ……と叫ぶ。
「俺だって、親父と同じだぞ」
と、言葉を零した。
その意味は容易に分かったが、分からなかった方が幸せだったかもしれない。
友人(になれたと思った男)が、ヤンデレホモにジョブチェンジした瞬間だ。
「エト。嫉妬深い男は、嫌われるぞ」
「愛が深いって言えよ」
「言わん。それにしても闇が深過ぎだろ、君の親父さんは」
「あー。兄貴が何とかするだろ」
そうこうするうちに、魔王が玉座を立つのが見えた。
優しい仕草で、気を失ったレミエルを玉座に座らせる。
「そろそろ飽きちゃったなぁ。それに私は、忙しいんだよ。これからまた数日、寝室に籠らなきゃね」
「コラ親父ーっ、いけしゃあしゃあと夫婦の営み宣言してんじゃねーぞ!」
息子からのヤジに、彼は大きく頷く。
「エト。弟か妹、もう1人欲しいかい?」
「やめろーっ、年頃の息子にする話題じゃねーよ!」
「あははっ、今度は双子でも良いなぁ。さて」
魔王は勇者達を見据えた。
「悪いけど、君たちの願いは何一つ叶わないよ。私を倒すことも、ルベルを取り戻すことも」
「っく……この悪魔ッ、兄さんを利用する気!?」
「利用? それは君達人間だろう」
ミラの叫びに、魔王が冷たく応える。
左手を小さく挙げた先。そこがぐにゃり、と空間が歪む。
「ルベルは、もう我が家の家族同然だよ」
「違うッ!」
彼女は戦闘の疲労で、ふらつく足を踏みしめながら怒鳴る。
「兄さんはずっと、私達家族で守って来たのよ!」
「ふぅん。でも、もう必要ない」
「結局、貴方達は兄さんの……っ」
「君は、彼に真実を伝えていない。何故だい? ルベルは何も知らず、多くの種族の雄達に狙われ続けている」
「それは……」
何やら、訳有りの匂いがしてきた。
ミラは気まずそうに目を伏せ、口ごもる。その姿に、引っ掛かりを覚えないわけが無い。
「どういう事だ?」
「兄さん……」
僕がスライムやケンタウルス等の、異種族のオスにやたら言い寄られたのには、理由があるのか。
レミエルが僕を息子の嫁に、と決めたのも。
「ミラ!」
「兄さん……ごめんなさい」
そう言うと、彼女は再び魔王に剣を突き付ける。後の3人も、ボロボロになりながら攻撃を仕掛けるつもりらしい。
魔王は、薄く笑った。
「困った淑女達だね」
「レクスさん!」
僕はさすがに叫んだ。
彼の左手の歪み。これは魔法攻撃か。だとしたら、懇親の一撃というヤツだろう。
彼女達が死ぬのを、指をくわえて見ている事は出来ない。
「やり過ぎじゃあ……っ」
「ちょっ、ルベル! 飛び出すな。危ねーって!!」
両者に割って入ろうとした僕を、エトが抱きついて止める。
離せ、と暴れてもビクともしない。こういう時に、体格差を知ってイヤになるんだ。
「ルベル、大丈夫だってば!」
「大丈夫なワケあるかよっ、妹が……」
「親父はそこまでバカじゃねーって」
「でも」
彼女達の攻撃を片手で止めながら、その左手の歪みは大きくなっていく。
大量の魔力が、人間である僕の目にも認識できる程だ。
どんな攻撃魔法か知らないが、これをマトモに食らったら……。
「そろそろ、かな」
魔王が呟いた。全身に鳥肌が立つ。
再びエトの腕の中で、必死に暴れる僕。そこへ大きな手が、上から触れた。
「ン」
「れ、レガリアさん!?」
魔王の次男。エトの兄。その人だ。
長身を屈めるように、僕を覗き込んでいる。
「兄貴……」
少しムッとしたような、エトの声。
ともあれ、少しホッとしたのも事実だ。
「ン」
「レガリア、遅かったね。でも、私1人で充分だったよ」
「ン」
「もう、終わりだ」
「……ン」
「お前はそればかりだねぇ。やれやれ、誰に似たのやら」
「……」
困ったように笑う魔王と、相変わらず『ン』しか発しない息子。
敵が増えた、と一層悲壮感と緊張感の漂う勇者達がいた。
「ルベル、誤解しないで。殺さないから」
「え?」
魔王が僕に微笑みかけた。
その顔はやはりまだ瞳孔が開き気味だ。しかし、ちゃんといつものように目も笑っている。
少しホッとして胸を撫で下ろす。
「転送魔法で、人間界に飛ばすだけだよ」
「な、なんだぁ」
ビビっちまった。だって、こうやって改めて魔王と人間の力の差が大き過ぎるから。
彼らの事を、ある程度知っていなかったら完全にパニックになっていただろう。
「じゃあ、そろそろ」
呪文を唱え始める魔王。
未だ、必死で攻撃を繰り出そうとする彼女達。
僕としては、どんな立場で見れば良いんだろうかと悩む所だ。
―――その時だった。
「……待て、父上」
「え゙」
また喋った。あの寡黙なレガリアが。低く、渋い声で。
父である魔王も驚いたらしい。目をしばしばさせる。
「……転送させるな」
「レガリア? 」
「さ、せ、る、な」
もはやドスの効いた声で訴える。
「どういう事? お前は圧倒的に言葉が足りないよ」
「駄目だ」
「なにが」
「……ン」
「こらこら、喋りなさい」
都合が悪いのか、再びダンマリになる息子と苦笑いの父。
なんだか一気に空気が変わったぞ。緊迫した感じが、緩んだというか。
彼女達も攻撃の手を止めて、何事かと見ている。
「駄目だ」
「だから、どうしてだい?」
「……」
「レガリア?」
「……」
彼は、おもむろに魔王に近付くと。何やらヒソヒソと話し始めた。
「おいエト。アレ何を話してんだ?」
気になって、未だ抱き着いている彼を引っ剥がしながら問う。
「いててっ、知らねーよ。そんな事より……」
エトが、懲りる事無く僕の肩に腕を回して囁く。
「ハァァァァッ!? 君は、正気かよ!」
その内容に、思わず素っ頓狂な声を上げた―――。
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『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。
生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。
「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め
現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。
完結しました。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!
梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。
あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。
突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。
何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……?
人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。
僕って最低最悪な王子じゃん!?
このままだと、破滅的未来しか残ってないし!
心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!?
これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!?
前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー!
騎士×王子の王道カップリングでお送りします。
第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。
本当にありがとうございます!!
※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。
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