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23.僕がホモに付け狙われる理由

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 薄暗く、決して広くはない廊下に剣の音は響く。
 打っては弾き。打ち付けられては、薙ぎ払う。終わらぬ応酬は、三つの剣によるものだ。

「っ、くそ」

 エトが悪態をついた。
 気持ちはよく分かる……歯が立たないんだ。
 2人を相手取っているはずなのに、華麗とも言える剣さばきに僕らは翻弄されている。
 
 ……隙などありはしない。常に避けられ、捌かれる一撃。更には打ち込まれる攻撃は重く、うっかりしてると致命傷になりうる。
 
「ふむ。思ったよりやるな」

 僕の攻撃を軽々とした身躱しで避けて、マデウスが言った。
 褒めてるつもりか、と無言で睨みつけて再び隙を伺う。そして対角線上の向こうでは、エトが激しい一撃を浴びせにかかる。

「エト、お前も腕を上げたな」
「褒めてるならっ、やられてくれっつーの!」
「それはできない」
「だからアンタの事、嫌いなんだ!」
「ふふっ……だったな」

 易々と受け止められた剣に、舌打ちして彼は飛び退いた。
 エトは、次兄のレガリアとは少し違った感情をもつらしい。その瞳は、悔しさに滲んでいる。

「アンタはいつもそうだ。好きなことをして、フラフラして。それで、いつも誰かを泣かしている」

 彼の言葉に、マデウスは悲しげに目を伏せた。

「あぁ、そうだ。でもな」

 大きく踏み込み、彼の間合いに。
 一際大きく撃ち合った、剣音。火花が散った。


「!!」

 力で押し切る。
 弾き飛ばされたエトの黒剣は、空高く舞って石畳に突き刺さった。

「くそっ……」
「まだまだ、だな」

 マデウスは、笑う。
 
「さて。ルベル君、一緒に来てもらおうか……人間界に」
「に、人間界!?」
「君を必要としている人達がいるんだよ、沢山ね」
「???」

 ……魔界の者である彼が、なぜ人間界に僕を? それに、僕を必要にしている人達とは。
 それら疑問を読み取った彼は、悠々と頷く。

「君は知らなかったか。教えてあげよう。君は人間では無い。『半神』という生き物さ」
「え」

 どういう、意味だ。
 僕はルベル・カントール、正真正銘の人間だ。転生者ではあるが秘密だし、それ以外は魔法も使えないただの人間。それなのに。

「御家族は必死で隠していたらしいし、その能力が目覚めたのは最近だからね。知らなかったのも無理はない。……君の父、ジャン・カントールが19年ほど前に1人の赤ん坊を拾った事から始まったんだ」
 
 弟に剣を突きつけながら、彼は話し続ける。

「その赤ん坊の父親は神。神と関係を持った人間の娘が産んだ子だ。それが君」

 とんでもない話だ。すると何か、僕は神と人間のハーフ? ええっと、でも。

「それが本当だとしても……なんで」

 カントール家の実子ちゃうんかい、とか。妹や兄貴とも血の繋がりがなかった事とか。まぁ色々ツッコミを入れたいし、悩み尽くしたいけど。
 そんなことより重要なことがある。

「なんで僕が人間界に連れて行かれたり、ホモに狙われまくる話になるんだっ!?」
「ルベル、まさかホモって俺も仲間かよー!?」

 僕の疑問に、エトがまた横槍を入れる。
 うっさいな! ホモはホモだろうが。しかも童貞でホモとか。業が深すぎるわ!

「半神には、天使には無い能力があってね。それは自由自在な変身能力。そして、強い治癒魔法が使えること。そして更に……」

 おいおいおい、マジかよ。凄いな半神ってのは。でも僕にはそんな能力ないぞ。

「半神の加護を得ると、その者も地位と権力。さらには不老不死を手に入れるとされているのだ」
「ふ、不老不死ぃぃ!?」

 なに、半神ってなんか凄い特典ついてるじゃないか。変身に治癒、更には……って。

「加護って、どういう?」

 僕が問うとマデウスは少し考えてから一言。

「半神とつがいになって、性行為をするってこと」
「つ、番……性、行為……?」

 つまり何か、僕をレイプしようと魔獣やらが襲い掛かるのは。

「あ、分かった! 本能的に察したんだな『ルベルとヤると、凄い力を手に入れられる』って」
「お前が、言うなぁぁぁぁっ!」

 またしても能天気に横槍入れてくる、エト馬鹿野郎を怒鳴りつける。
 
「我が両親が、エトの嫁になるように言ったのはそれが理由だ。時期魔王には、権力も力。不老不死も手に入れさせたいだろうからな」
「彼らが……」

 僕を、利用したのか。自分達の息子の為に、僕を。この身体を。
 足元がぐらりと揺れるようなショックを……受けるわけない。

「どーせっ、そんな事だろうと思ってた! あの性悪元天使レミエルがぁぁぁっ」

 あの傍若無人な変態がやりそうな事だ。挙句の果てには、妙な呪いを掛けやがって。後でなんか仕返ししてやる、と心に決めた。

 って言うか。今更傷付いたりするほど、僕は硝子ガラスのハートでも、繊細なヒロインでもない。
 なんなら刺し違えても一矢報いてやりたいし、そんなよく分からん事で掘られてたまるかっての。

「エト、君は知ってたのか?」

 彼をギロリと睨み付けて聞くと、心外だという表情で彼が肩を竦めた。

「知らねぇよ。誓って言うぜ。お前の事が好きなのは、そんなの関係なく一目惚れだ。本気マジで愛してる」
「ばっ、バカ! そこまで聞いてないッ」

 余計な事をペラペラと……こんな状況でなければ、股間蹴り上げてやるのに。
 僕らのそんなやり取りを見て、マデウスはため息をつく。
 
「ふむ、愛し合っている者達を引き裂くのは心痛む」
「いやいやいやいや、愛し合ってませんから!」

 そこは訂正しとかないと。そりゃ、悪い気はしないけど……ってまた変な事考えてないか!?

「ともかく、ルベル君。人間界に来てもらおう。へ」
「カルディア、王国って……」

 僕の生まれ故郷の国だ。
 逃亡者になってから、隣国に逃れる為の資金という名目で妹に売られたが。
 しかし彼がその国の名を口にする時、わずかに表情を歪めたように見えた。
 まるで、憎くて仕方ないと言うように。

「国王と番え、との事だ」
「ハァァァ? こ、国王って確か」

 70歳は超えたジジイの筈だぞ。年の離れた王妃もまだ存命だし、王女も。確かに王子には恵まれなかったが……。

 ―――僕の疑問に彼が答える前に、再び大きな爆発音が響いた。

「ったく! どいつもこいつも、なんでウチ魔城を壊して入って来るんだよ!?」

 エトの叫びは間違ってない。もうもうと上がる粉塵に、むせながら来たる敵に備える。

「遅いから、てっきり裏切ったかと思いましたよ」

 瓦礫と砂埃の中の声。そして悠然と踏み込んで来た一人の、男。

「恋人の弟を連れ去るのは、やはり心が痛みますか。マデウス」
「アルゲオ……貴様」

 アルゲオと呼ばれる男は、長い赤毛を軽く結っていた。
 つり上がった目は冷たい。まるで面白い獲物を見つけた猫のようだと、僕は思った。

 そして均整のとれた身体にまとうのは、黒い軍服。その胸元には確かに、有翼の獅子シャルベーシャモチーフにしたカルディアの国章。

「国王陛下のめいだ、ルベル・カントールを連行しろ」

 男が高らかに言う。
 すると後ろから甲冑の音を響かせ、多くの兵士たちがなだれ込んできた。
 
「なっ、何を……」
「手荒な事はしたくありません。時間の無駄ですし」

 男は平然と言い放つ。
 兵士たちは僕を取り囲み、ジリジリと追い詰めていく。
 剣を構えるが、この数は多すぎる。

「なんのつもりだこの野郎!」
「アルゲオ、約束が違うぞ」

 エトとマデウスが共に声を荒らげるが、彼らはお構い無しらしい。

「約束? 私は貴方を信用してはいないのでね。いくら恋人と、その父親を人質に取られていても裏切らない保証はありません」
「だからと言って、彼を傷付けたら……」
「傷つける? とんでもない! 彼は我が国の宝ですよ。陛下に本懐を遂げて頂くまでは、ですが」
「このゲス野郎がッ!」

 掴み掛かろうとしたマデウスに、兵士が複数人取り押さえにかかる。
 それを一太刀で切り伏せる、彼と不敵な表情を崩さない赤毛の男。

「おぉ怖い怖い。でも、調子に乗らないで下さい」
「……っ!? あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁぁっ」

 アルゲオが指を鳴らした瞬間。
 彼が全身を痙攣させて、崩れ落ちた。咆哮のうな呻きを上げて、苦しげに床を這う。
 その反応に、僕は見覚えがあった。

「『隷属の輪』嵌めておいて良かったですねぇ……良い格好ですよ、今の貴方」
「ぅ゙ぐっ、こ、この野郎」
「兄貴! お前らッ……ふざけんなよッ」

 今度はエトが叫ぶ。黒剣を構え、真っ直ぐにアルゲオを狙っている。
 それでも男の顔は薄笑いだ。

「お子様には用はないんですよ。特に、貴方のような雑魚には」
「っ、なんだと、この……っ」
「エト!」

 僕は彼の言葉を遮った。
 そして、己の首に自らの剣の切っ先を突き付ける。

「る、ルベル!? 」

 どよめく周囲。さすがに笑みを消したアルゲオに言った。

「僕は誰のモノにもならない。その為なら、この首を掻っ切っても構わない」
「……馬鹿な事を」

 吐き捨てるように言う男に、今度は僕が笑みを浮かべる番だ。
 単なるハッタリじゃない。本気だ。僕は、何者であっても僕だ。
 これから先、脅されて誰かのモノになるなんて御免だぜ。それくらいなら、もっかい死んで今度こそ安息の来世を手に入れるさ。

 その覚悟が見えたのか、兵士たちは僕に突きつけていた剣を下ろす。

「彼らを傷付ける事も許さない」
「一丁前に交渉ですか。性奴隷の分際で」
「っ、……挑発が上手いな」

 こんな男の口に乗ってはいけない。彼らは今、僕の隙を伺っているんだ。怯めば、あっという間に武器を取り上げられて捕らえられる。
 これは……賭けだ。

「でもまぁ、安心しました」
「は?」
「貴方のようなタイプ、私は結構好きでね。国王陛下の、可愛がってあげますよ。タップリね」
 
 舌なめずりして言う男に、ゾッとした。
 負ければこの男にも……そう思うと思わず奥歯をギリ、と噛み締めてしまう。

「この変態がッ、死ねぇぇぇっ!」
「待て、エト!!」

 彼が駆け出した。
 切っ先は男の喉笛。
 あのバカ、先に挑発に乗りやがった……!
 叫んだが間に合わない。

 ―――男は大きく笑った。

「馬鹿でしょう、貴方」
「!!!!!!」

 エトの剣が、空を切る瞬間。
 乾いた破裂音。上がる硝煙。火薬の匂い。

「っ、な゙、なんだ」

 冷たい床に落ちる、剣。同時に膝をついたのは、彼だった。

「エト!!」

 呆然と、己の手を凝視している。その手と、腹は……深紅に染まっていて。

「魔界にはないんですかね、これ」

 男が嘲るようにかかげたのは、拳銃。
 人間界で見られる、一般的な武器だ。火薬と銃弾を込めて使う。

「弾は少し特殊なんですよ。魔法を込めてましてね。魔獣くらいなら簡単に殺せますし」

 得意げにすら見える表情だ。
 そして跪くような姿勢の彼の頭を、思い切り蹴飛ばした。

「ぅぐぁッ」
「ムカつくんですよ。貴方みたいな、暑苦しいガキは……そうだ」

 同じく思考停止状態の僕に、グリグリと彼の身体を踏みつけて言う。

「取引、してあげましょう」
「このクソ野郎……エトを離せ」

 僕は半神って存在なんだろう。だったら、すぐにでも彼を治癒してやれる。 
 そうすれば。

 ……でも、そんな僕の思惑は向こうにはお見通しらしい。
 歪んだ笑みで、アルゲオは提案してきやがった。

「貴方が我々と来るなら、この薬を飲みなさい。このガキは放してあげますし、3分だけ時間をあげますよ。回復魔法なりなんなり、かけてあげなさい」
「断ったら……」
「そりゃあもちろん。このガキを殺した上で、貴方を連れ去りますよ」

 そう言いながら、既に捕まって縛り上げられているマデウスの頬を撫でた。
 彼は気を失っているのか、反応をしない。
 
「彼はどうしましょうかね。魔王討伐の餌にでもしましょうか。まぁ彼も貴方と同じ末路は辿るでしょうが」
「る、ルベル、逃げろ……」

 弱々しく声を上げたのはエトだった。赤く染まった彼が、呻くように。このままだと、あと数分も持つかどうか分からない。

「空気読みなさい、このクソガキが」
「ぅ゙あ゙ァッ」

 撃たれた腹を、踏み躙り吐き捨てた。
 獣じみた呻き声も、弱々しくなる。つのる焦燥に、唇を噛む。

「やめろ。やめてくれ……」
「ふふ、早く決断しないと、死んでしまいますよ?」

 そう言いながら、尚も踏み付ける足の下の彼はグッタリとしている。
 
 ……どうすれば。あぁ、分かっているんだ。僕がこの身を差し出せば、良い。そうすれば彼は助かるかも知れない。
 でも、本当にそうだろうか。僕は彼を治せるのか?
 本当に自分が、半神だという自覚もない。そんな力、あるのか分からない。
 そもそも助かるのか。よしんばこの男が、約束を守ったとしても。

 ピクリとも動かない身体に、震えが止まらない。
 なぜ、こんなに怖いんだ。彼が死ぬ、そう考えると……怖くて仕方なくて。
 そして僕は気がつけば―――。

「分かった、条件をのもう」

 手放した剣が、硬い床に投げ出された。

「よろしい。賢い子は、好きですよ」

 忌々しい男が、笑みを深める。そして歩み寄って来たその手には、小瓶。

「飲みなさい」

 嫌悪感しか湧かない顔だ。今すぐにでも、拳を叩き込んでやりたい。でも、それじゃあ意味がない……そう言い聞かせながら、小瓶を呷った。
 視線を外すことなく、ただひたすらエトの安否だけ考えて。

「この薬は即効性でないものでね。ほら、約束は守りますよ」

 嘲るように言うと、床に倒れ込むエトを足で押し出した。
 僕は周りを気にせず、駆け寄る。

「エト、エトっ……大丈夫か!?」

 叫んだ。ただ一つ『返事しろこの野郎』と祈りながら。

「る……ルベ、ル……」
「エト! 

 鼻の奥がツンとする。なんだか分からない涙が、大量に流れ落ちて頬を濡らしたのが分かった。そう、泣いてたんだ。僕が、男の為に!

 それなのに、彼はようやく目を開けて息も絶え絶えに言い出した。

「ルベル、逃げろ……頼む、逃げて……」
「バカだろ!? 君って奴は」

 逃げろだって? こんなになった君を置いて。
 ……出来るワケがないだろ!? バカなのか、バカなんだな。このクソ童貞めッ!

「泣いてる、のか。ルベル、怪我、した?」
「バカバカバカッ、君は国宝級のバカだな! 人の心配してんじゃないぞ。僕は……君を……死なしたく、ない……だから……」

 起き上がる力すらない彼を、精一杯抱きしめた。
 そうでないと、彼の体温が感じられない。どんどん冷えてしまうような気がしたから。
 
「エト……僕を、置いていくなよ……頼む」
「ル、ベル……愛してる、ごめんな」

 必死に縋りついても、まだこのバカはこんな事を言う。
 なんで『愛してる』って言うだけで、謝るんだ。
 ムカついた。すごくムカついたから。

「っ!」

 その碌でもない唇を、塞いでやろうと顔を近付けた―――その時。

「……おっと、危ない」
「っゔあッ!?」

 男の声と共に、首に衝撃。グイッと首輪を引かれ、無理やり彼から引き離された。

「口付けは駄目ですよ。それに時間切れだ……連れて行け」
「ぁ゙、っく、は、離せぇッ……ぅぐ、え、エト……っ゙……」
 
 首を締められる状態。酸欠と絶望で目の前が、チカチカする。
 それでも手を伸ばし彼を呼ぶ僕を、男は愉快そうに嗤った―――。



 
 

 
 
 
 
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