23 / 29
23.僕がホモに付け狙われる理由
しおりを挟む
薄暗く、決して広くはない廊下に剣の音は響く。
打っては弾き。打ち付けられては、薙ぎ払う。終わらぬ応酬は、三つの剣によるものだ。
「っ、くそ」
エトが悪態をついた。
気持ちはよく分かる……歯が立たないんだ。
2人を相手取っているはずなのに、華麗とも言える剣さばきに僕らは翻弄されている。
……隙などありはしない。常に避けられ、捌かれる一撃。更には打ち込まれる攻撃は重く、うっかりしてると致命傷になりうる。
「ふむ。思ったよりやるな」
僕の攻撃を軽々とした身躱しで避けて、マデウスが言った。
褒めてるつもりか、と無言で睨みつけて再び隙を伺う。そして対角線上の向こうでは、エトが激しい一撃を浴びせにかかる。
「エト、お前も腕を上げたな」
「褒めてるならっ、やられてくれっつーの!」
「それはできない」
「だからアンタの事、嫌いなんだ!」
「ふふっ……だったな」
易々と受け止められた剣に、舌打ちして彼は飛び退いた。
エトは、次兄のレガリアとは少し違った感情をもつらしい。その瞳は、悔しさに滲んでいる。
「アンタはいつもそうだ。好きなことをして、フラフラして。それで、いつも誰かを泣かしている」
彼の言葉に、マデウスは悲しげに目を伏せた。
「あぁ、そうだ。でもな」
大きく踏み込み、彼の間合いに。
一際大きく撃ち合った、剣音。火花が散った。
「今回ばかりは本気でね」
「!!」
力で押し切る。
弾き飛ばされたエトの黒剣は、空高く舞って石畳に突き刺さった。
「くそっ……」
「まだまだ、だな」
マデウスは、笑う。
「さて。ルベル君、一緒に来てもらおうか……人間界に」
「に、人間界!?」
「君を必要としている人達がいるんだよ、沢山ね」
「???」
……魔界の者である彼が、なぜ人間界に僕を? それに、僕を必要にしている人達とは。
それら疑問を読み取った彼は、悠々と頷く。
「君は知らなかったか。教えてあげよう。君は人間では無い。『半神』という生き物さ」
「え」
どういう、意味だ。
僕はルベル・カントール、正真正銘の人間だ。転生者ではあるが秘密だし、それ以外は魔法も使えないただの人間。それなのに。
「御家族は必死で隠していたらしいし、その能力が目覚めたのは最近だからね。知らなかったのも無理はない。……君の父、ジャン・カントールが19年ほど前に1人の赤ん坊を拾った事から始まったんだ」
弟に剣を突きつけながら、彼は話し続ける。
「その赤ん坊の父親は神。神と関係を持った人間の娘が産んだ子だ。それが君」
とんでもない話だ。すると何か、僕は神と人間のハーフ? ええっと、でも。
「それが本当だとしても……なんで」
カントール家の実子ちゃうんかい、とか。妹や兄貴とも血の繋がりがなかった事とか。まぁ色々ツッコミを入れたいし、悩み尽くしたいけど。
そんなことより重要なことがある。
「なんで僕が人間界に連れて行かれたり、ホモに狙われまくる話になるんだっ!?」
「ルベル、まさかホモって俺も仲間かよー!?」
僕の疑問に、エトがまた横槍を入れる。
うっさいな! ホモはホモだろうが。しかも童貞でホモとか。業が深すぎるわ!
「半神には、天使には無い能力があってね。それは自由自在な変身能力。そして、強い治癒魔法が使えること。そして更に……」
おいおいおい、マジかよ。凄いな半神ってのは。でも僕にはそんな能力ないぞ。
「半神の加護を得ると、その者も地位と権力。さらには不老不死を手に入れるとされているのだ」
「ふ、不老不死ぃぃ!?」
なに、半神ってなんか凄い特典ついてるじゃないか。変身に治癒、更には……って。
「加護って、どういう?」
僕が問うとマデウスは少し考えてから一言。
「半神と番になって、性行為をするってこと」
「つ、番……性、行為……?」
つまり何か、僕をレイプしようと魔獣やらが襲い掛かるのは。
「あ、分かった! 本能的に察したんだな『ルベルとヤると、凄い力を手に入れられる』って」
「お前が、言うなぁぁぁぁっ!」
またしても能天気に横槍入れてくる、エトを怒鳴りつける。
「我が両親が、エトの嫁になるように言ったのはそれが理由だ。時期魔王には、権力も力。不老不死も手に入れさせたいだろうからな」
「彼らが……」
僕を、利用したのか。自分達の息子の為に、僕を。この身体を。
足元がぐらりと揺れるようなショックを……受けるわけない。
「どーせっ、そんな事だろうと思ってた! あの性悪元天使がぁぁぁっ」
あの傍若無人な変態がやりそうな事だ。挙句の果てには、妙な呪いを掛けやがって。後でなんか仕返ししてやる、と心に決めた。
って言うか。今更傷付いたりするほど、僕は硝子のハートでも、繊細なヒロインでもない。
なんなら刺し違えても一矢報いてやりたいし、そんなよく分からん事で掘られてたまるかっての。
「エト、君は知ってたのか?」
彼をギロリと睨み付けて聞くと、心外だという表情で彼が肩を竦めた。
「知らねぇよ。誓って言うぜ。お前の事が好きなのは、そんなの関係なく一目惚れだ。本気で愛してる」
「ばっ、バカ! そこまで聞いてないッ」
余計な事をペラペラと……こんな状況でなければ、股間蹴り上げてやるのに。
僕らのそんなやり取りを見て、マデウスはため息をつく。
「ふむ、愛し合っている者達を引き裂くのは心痛む」
「いやいやいやいや、愛し合ってませんから!」
そこは訂正しとかないと。そりゃ、悪い気はしないけど……ってまた変な事考えてないか!?
「ともかく、ルベル君。人間界に来てもらおう。カルディア王国へ」
「カルディア、王国って……」
僕の生まれ故郷の国だ。
逃亡者になってから、隣国に逃れる為の資金という名目で妹に売られたが。
しかし彼がその国の名を口にする時、わずかに表情を歪めたように見えた。
まるで、憎くて仕方ないと言うように。
「国王と番え、との事だ」
「ハァァァ? こ、国王って確か」
70歳は超えたジジイの筈だぞ。年の離れた王妃もまだ存命だし、王女も。確かに王子には恵まれなかったが……。
―――僕の疑問に彼が答える前に、再び大きな爆発音が響いた。
「ったく! どいつもこいつも、なんでウチを壊して入って来るんだよ!?」
エトの叫びは間違ってない。もうもうと上がる粉塵に、むせながら来たる敵に備える。
「遅いから、てっきり裏切ったかと思いましたよ」
瓦礫と砂埃の中の声。そして悠然と踏み込んで来た一人の、男。
「恋人の弟を連れ去るのは、やはり心が痛みますか。マデウス」
「アルゲオ……貴様」
アルゲオと呼ばれる男は、長い赤毛を軽く結っていた。
つり上がった目は冷たい。まるで面白い獲物を見つけた猫のようだと、僕は思った。
そして均整のとれた身体にまとうのは、黒い軍服。その胸元には確かに、有翼の獅子モチーフにしたカルディアの国章。
「国王陛下の命だ、ルベル・カントールを連行しろ」
男が高らかに言う。
すると後ろから甲冑の音を響かせ、多くの兵士たちがなだれ込んできた。
「なっ、何を……」
「手荒な事はしたくありません。時間の無駄ですし」
男は平然と言い放つ。
兵士たちは僕を取り囲み、ジリジリと追い詰めていく。
剣を構えるが、この数は多すぎる。
「なんのつもりだこの野郎!」
「アルゲオ、約束が違うぞ」
エトとマデウスが共に声を荒らげるが、彼らはお構い無しらしい。
「約束? 私は貴方を信用してはいないのでね。いくら恋人と、その父親を人質に取られていても裏切らない保証はありません」
「だからと言って、彼を傷付けたら……」
「傷つける? とんでもない! 彼は我が国の宝ですよ。陛下に本懐を遂げて頂くまでは、ですが」
「このゲス野郎がッ!」
掴み掛かろうとしたマデウスに、兵士が複数人取り押さえにかかる。
それを一太刀で切り伏せる、彼と不敵な表情を崩さない赤毛の男。
「おぉ怖い怖い。でも、調子に乗らないで下さい」
「……っ!? あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁぁっ」
アルゲオが指を鳴らした瞬間。
彼が全身を痙攣させて、崩れ落ちた。咆哮のうな呻きを上げて、苦しげに床を這う。
その反応に、僕は見覚えがあった。
「『隷属の輪』嵌めておいて良かったですねぇ……良い格好ですよ、今の貴方」
「ぅ゙ぐっ、こ、この野郎」
「兄貴! お前らッ……ふざけんなよッ」
今度はエトが叫ぶ。黒剣を構え、真っ直ぐにアルゲオを狙っている。
それでも男の顔は薄笑いだ。
「お子様には用はないんですよ。特に、貴方のような雑魚には」
「っ、なんだと、この……っ」
「エト!」
僕は彼の言葉を遮った。
そして、己の首に自らの剣の切っ先を突き付ける。
「る、ルベル!? 」
どよめく周囲。さすがに笑みを消したアルゲオに言った。
「僕は誰のモノにもならない。その為なら、この首を掻っ切っても構わない」
「……馬鹿な事を」
吐き捨てるように言う男に、今度は僕が笑みを浮かべる番だ。
単なるハッタリじゃない。本気だ。僕は、何者であっても僕だ。
これから先、脅されて誰かのモノになるなんて御免だぜ。それくらいなら、もっかい死んで今度こそ安息の来世を手に入れるさ。
その覚悟が見えたのか、兵士たちは僕に突きつけていた剣を下ろす。
「彼らを傷付ける事も許さない」
「一丁前に交渉ですか。性奴隷の分際で」
「っ、……挑発が上手いな」
こんな男の口に乗ってはいけない。彼らは今、僕の隙を伺っているんだ。怯めば、あっという間に武器を取り上げられて捕らえられる。
これは……賭けだ。
「でもまぁ、安心しました」
「は?」
「貴方のようなタイプ、私は結構好きでね。国王陛下のお下がりとはいえ、可愛がってあげますよ。タップリね」
舌なめずりして言う男に、ゾッとした。
負ければこの男にも……そう思うと思わず奥歯をギリ、と噛み締めてしまう。
「この変態がッ、死ねぇぇぇっ!」
「待て、エト!!」
彼が駆け出した。
切っ先は男の喉笛。
あのバカ、先に挑発に乗りやがった……!
叫んだが間に合わない。
―――男は大きく笑った。
「馬鹿でしょう、貴方」
「!!!!!!」
エトの剣が、空を切る瞬間。
乾いた破裂音。上がる硝煙。火薬の匂い。
「っ、な゙、なんだ」
冷たい床に落ちる、剣。同時に膝をついたのは、彼だった。
「エト!!」
呆然と、己の手を凝視している。その手と、腹は……深紅に染まっていて。
「魔界にはないんですかね、これ」
男が嘲るようにかかげたのは、拳銃。
人間界で見られる、一般的な武器だ。火薬と銃弾を込めて使う。
「弾は少し特殊なんですよ。魔法を込めてましてね。魔獣くらいなら簡単に殺せますし」
得意げにすら見える表情だ。
そして跪くような姿勢の彼の頭を、思い切り蹴飛ばした。
「ぅぐぁッ」
「ムカつくんですよ。貴方みたいな、暑苦しいガキは……そうだ」
同じく思考停止状態の僕に、グリグリと彼の身体を踏みつけて言う。
「取引、してあげましょう」
「このクソ野郎……エトを離せ」
僕は半神って存在なんだろう。だったら、すぐにでも彼を治癒してやれる。
そうすれば。
……でも、そんな僕の思惑は向こうにはお見通しらしい。
歪んだ笑みで、アルゲオは提案してきやがった。
「貴方が我々と来るなら、この薬を飲みなさい。このガキは放してあげますし、3分だけ時間をあげますよ。回復魔法なりなんなり、かけてあげなさい」
「断ったら……」
「そりゃあもちろん。このガキを殺した上で、貴方を連れ去りますよ」
そう言いながら、既に捕まって縛り上げられているマデウスの頬を撫でた。
彼は気を失っているのか、反応をしない。
「彼はどうしましょうかね。魔王討伐の餌にでもしましょうか。まぁ彼も貴方と同じ末路は辿るでしょうが」
「る、ルベル、逃げろ……」
弱々しく声を上げたのはエトだった。赤く染まった彼が、呻くように。このままだと、あと数分も持つかどうか分からない。
「空気読みなさい、このクソガキが」
「ぅ゙あ゙ァッ」
撃たれた腹を、踏み躙り吐き捨てた。
獣じみた呻き声も、弱々しくなる。つのる焦燥に、唇を噛む。
「やめろ。やめてくれ……」
「ふふ、早く決断しないと、死んでしまいますよ?」
そう言いながら、尚も踏み付ける足の下の彼はグッタリとしている。
……どうすれば。あぁ、分かっているんだ。僕がこの身を差し出せば、良い。そうすれば彼は助かるかも知れない。
でも、本当にそうだろうか。僕は彼を治せるのか?
本当に自分が、半神だという自覚もない。そんな力、あるのか分からない。
そもそも助かるのか。よしんばこの男が、約束を守ったとしても。
ピクリとも動かない身体に、震えが止まらない。
なぜ、こんなに怖いんだ。彼が死ぬ、そう考えると……怖くて仕方なくて。
そして僕は気がつけば―――。
「分かった、条件をのもう」
手放した剣が、硬い床に投げ出された。
「よろしい。賢い子は、好きですよ」
忌々しい男が、笑みを深める。そして歩み寄って来たその手には、小瓶。
「飲みなさい」
嫌悪感しか湧かない顔だ。今すぐにでも、拳を叩き込んでやりたい。でも、それじゃあ意味がない……そう言い聞かせながら、小瓶を呷った。
視線を外すことなく、ただひたすらエトの安否だけ考えて。
「この薬は即効性でないものでね。ほら、約束は守りますよ」
嘲るように言うと、床に倒れ込むエトを足で押し出した。
僕は周りを気にせず、駆け寄る。
「エト、エトっ……大丈夫か!?」
叫んだ。ただ一つ『返事しろこの野郎』と祈りながら。
「る……ルベ、ル……」
「エト! 良かった」
鼻の奥がツンとする。なんだか分からない涙が、大量に流れ落ちて頬を濡らしたのが分かった。そう、泣いてたんだ。僕が、男の為に!
それなのに、彼はようやく目を開けて息も絶え絶えに言い出した。
「ルベル、逃げろ……頼む、逃げて……」
「バカだろ!? 君って奴は」
逃げろだって? こんなになった君を置いて。
……出来るワケがないだろ!? バカなのか、バカなんだな。このクソ童貞めッ!
「泣いてる、のか。ルベル、怪我、した?」
「バカバカバカッ、君は国宝級のバカだな! 人の心配してんじゃないぞ。僕は……君を……死なしたく、ない……だから……」
起き上がる力すらない彼を、精一杯抱きしめた。
そうでないと、彼の体温が感じられない。どんどん冷えてしまうような気がしたから。
「エト……僕を、置いていくなよ……頼む」
「ル、ベル……愛してる、ごめんな」
必死に縋りついても、まだこのバカはこんな事を言う。
なんで『愛してる』って言うだけで、謝るんだ。
ムカついた。すごくムカついたから。
「っ!」
その碌でもない唇を、塞いでやろうと顔を近付けた―――その時。
「……おっと、危ない」
「っゔあッ!?」
男の声と共に、首に衝撃。グイッと首輪を引かれ、無理やり彼から引き離された。
「口付けは駄目ですよ。それに時間切れだ……連れて行け」
「ぁ゙、っく、は、離せぇッ……ぅぐ、え、エト……っ゙……」
首を締められる状態。酸欠と絶望で目の前が、チカチカする。
それでも手を伸ばし彼を呼ぶ僕を、男は愉快そうに嗤った―――。
打っては弾き。打ち付けられては、薙ぎ払う。終わらぬ応酬は、三つの剣によるものだ。
「っ、くそ」
エトが悪態をついた。
気持ちはよく分かる……歯が立たないんだ。
2人を相手取っているはずなのに、華麗とも言える剣さばきに僕らは翻弄されている。
……隙などありはしない。常に避けられ、捌かれる一撃。更には打ち込まれる攻撃は重く、うっかりしてると致命傷になりうる。
「ふむ。思ったよりやるな」
僕の攻撃を軽々とした身躱しで避けて、マデウスが言った。
褒めてるつもりか、と無言で睨みつけて再び隙を伺う。そして対角線上の向こうでは、エトが激しい一撃を浴びせにかかる。
「エト、お前も腕を上げたな」
「褒めてるならっ、やられてくれっつーの!」
「それはできない」
「だからアンタの事、嫌いなんだ!」
「ふふっ……だったな」
易々と受け止められた剣に、舌打ちして彼は飛び退いた。
エトは、次兄のレガリアとは少し違った感情をもつらしい。その瞳は、悔しさに滲んでいる。
「アンタはいつもそうだ。好きなことをして、フラフラして。それで、いつも誰かを泣かしている」
彼の言葉に、マデウスは悲しげに目を伏せた。
「あぁ、そうだ。でもな」
大きく踏み込み、彼の間合いに。
一際大きく撃ち合った、剣音。火花が散った。
「今回ばかりは本気でね」
「!!」
力で押し切る。
弾き飛ばされたエトの黒剣は、空高く舞って石畳に突き刺さった。
「くそっ……」
「まだまだ、だな」
マデウスは、笑う。
「さて。ルベル君、一緒に来てもらおうか……人間界に」
「に、人間界!?」
「君を必要としている人達がいるんだよ、沢山ね」
「???」
……魔界の者である彼が、なぜ人間界に僕を? それに、僕を必要にしている人達とは。
それら疑問を読み取った彼は、悠々と頷く。
「君は知らなかったか。教えてあげよう。君は人間では無い。『半神』という生き物さ」
「え」
どういう、意味だ。
僕はルベル・カントール、正真正銘の人間だ。転生者ではあるが秘密だし、それ以外は魔法も使えないただの人間。それなのに。
「御家族は必死で隠していたらしいし、その能力が目覚めたのは最近だからね。知らなかったのも無理はない。……君の父、ジャン・カントールが19年ほど前に1人の赤ん坊を拾った事から始まったんだ」
弟に剣を突きつけながら、彼は話し続ける。
「その赤ん坊の父親は神。神と関係を持った人間の娘が産んだ子だ。それが君」
とんでもない話だ。すると何か、僕は神と人間のハーフ? ええっと、でも。
「それが本当だとしても……なんで」
カントール家の実子ちゃうんかい、とか。妹や兄貴とも血の繋がりがなかった事とか。まぁ色々ツッコミを入れたいし、悩み尽くしたいけど。
そんなことより重要なことがある。
「なんで僕が人間界に連れて行かれたり、ホモに狙われまくる話になるんだっ!?」
「ルベル、まさかホモって俺も仲間かよー!?」
僕の疑問に、エトがまた横槍を入れる。
うっさいな! ホモはホモだろうが。しかも童貞でホモとか。業が深すぎるわ!
「半神には、天使には無い能力があってね。それは自由自在な変身能力。そして、強い治癒魔法が使えること。そして更に……」
おいおいおい、マジかよ。凄いな半神ってのは。でも僕にはそんな能力ないぞ。
「半神の加護を得ると、その者も地位と権力。さらには不老不死を手に入れるとされているのだ」
「ふ、不老不死ぃぃ!?」
なに、半神ってなんか凄い特典ついてるじゃないか。変身に治癒、更には……って。
「加護って、どういう?」
僕が問うとマデウスは少し考えてから一言。
「半神と番になって、性行為をするってこと」
「つ、番……性、行為……?」
つまり何か、僕をレイプしようと魔獣やらが襲い掛かるのは。
「あ、分かった! 本能的に察したんだな『ルベルとヤると、凄い力を手に入れられる』って」
「お前が、言うなぁぁぁぁっ!」
またしても能天気に横槍入れてくる、エトを怒鳴りつける。
「我が両親が、エトの嫁になるように言ったのはそれが理由だ。時期魔王には、権力も力。不老不死も手に入れさせたいだろうからな」
「彼らが……」
僕を、利用したのか。自分達の息子の為に、僕を。この身体を。
足元がぐらりと揺れるようなショックを……受けるわけない。
「どーせっ、そんな事だろうと思ってた! あの性悪元天使がぁぁぁっ」
あの傍若無人な変態がやりそうな事だ。挙句の果てには、妙な呪いを掛けやがって。後でなんか仕返ししてやる、と心に決めた。
って言うか。今更傷付いたりするほど、僕は硝子のハートでも、繊細なヒロインでもない。
なんなら刺し違えても一矢報いてやりたいし、そんなよく分からん事で掘られてたまるかっての。
「エト、君は知ってたのか?」
彼をギロリと睨み付けて聞くと、心外だという表情で彼が肩を竦めた。
「知らねぇよ。誓って言うぜ。お前の事が好きなのは、そんなの関係なく一目惚れだ。本気で愛してる」
「ばっ、バカ! そこまで聞いてないッ」
余計な事をペラペラと……こんな状況でなければ、股間蹴り上げてやるのに。
僕らのそんなやり取りを見て、マデウスはため息をつく。
「ふむ、愛し合っている者達を引き裂くのは心痛む」
「いやいやいやいや、愛し合ってませんから!」
そこは訂正しとかないと。そりゃ、悪い気はしないけど……ってまた変な事考えてないか!?
「ともかく、ルベル君。人間界に来てもらおう。カルディア王国へ」
「カルディア、王国って……」
僕の生まれ故郷の国だ。
逃亡者になってから、隣国に逃れる為の資金という名目で妹に売られたが。
しかし彼がその国の名を口にする時、わずかに表情を歪めたように見えた。
まるで、憎くて仕方ないと言うように。
「国王と番え、との事だ」
「ハァァァ? こ、国王って確か」
70歳は超えたジジイの筈だぞ。年の離れた王妃もまだ存命だし、王女も。確かに王子には恵まれなかったが……。
―――僕の疑問に彼が答える前に、再び大きな爆発音が響いた。
「ったく! どいつもこいつも、なんでウチを壊して入って来るんだよ!?」
エトの叫びは間違ってない。もうもうと上がる粉塵に、むせながら来たる敵に備える。
「遅いから、てっきり裏切ったかと思いましたよ」
瓦礫と砂埃の中の声。そして悠然と踏み込んで来た一人の、男。
「恋人の弟を連れ去るのは、やはり心が痛みますか。マデウス」
「アルゲオ……貴様」
アルゲオと呼ばれる男は、長い赤毛を軽く結っていた。
つり上がった目は冷たい。まるで面白い獲物を見つけた猫のようだと、僕は思った。
そして均整のとれた身体にまとうのは、黒い軍服。その胸元には確かに、有翼の獅子モチーフにしたカルディアの国章。
「国王陛下の命だ、ルベル・カントールを連行しろ」
男が高らかに言う。
すると後ろから甲冑の音を響かせ、多くの兵士たちがなだれ込んできた。
「なっ、何を……」
「手荒な事はしたくありません。時間の無駄ですし」
男は平然と言い放つ。
兵士たちは僕を取り囲み、ジリジリと追い詰めていく。
剣を構えるが、この数は多すぎる。
「なんのつもりだこの野郎!」
「アルゲオ、約束が違うぞ」
エトとマデウスが共に声を荒らげるが、彼らはお構い無しらしい。
「約束? 私は貴方を信用してはいないのでね。いくら恋人と、その父親を人質に取られていても裏切らない保証はありません」
「だからと言って、彼を傷付けたら……」
「傷つける? とんでもない! 彼は我が国の宝ですよ。陛下に本懐を遂げて頂くまでは、ですが」
「このゲス野郎がッ!」
掴み掛かろうとしたマデウスに、兵士が複数人取り押さえにかかる。
それを一太刀で切り伏せる、彼と不敵な表情を崩さない赤毛の男。
「おぉ怖い怖い。でも、調子に乗らないで下さい」
「……っ!? あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁぁっ」
アルゲオが指を鳴らした瞬間。
彼が全身を痙攣させて、崩れ落ちた。咆哮のうな呻きを上げて、苦しげに床を這う。
その反応に、僕は見覚えがあった。
「『隷属の輪』嵌めておいて良かったですねぇ……良い格好ですよ、今の貴方」
「ぅ゙ぐっ、こ、この野郎」
「兄貴! お前らッ……ふざけんなよッ」
今度はエトが叫ぶ。黒剣を構え、真っ直ぐにアルゲオを狙っている。
それでも男の顔は薄笑いだ。
「お子様には用はないんですよ。特に、貴方のような雑魚には」
「っ、なんだと、この……っ」
「エト!」
僕は彼の言葉を遮った。
そして、己の首に自らの剣の切っ先を突き付ける。
「る、ルベル!? 」
どよめく周囲。さすがに笑みを消したアルゲオに言った。
「僕は誰のモノにもならない。その為なら、この首を掻っ切っても構わない」
「……馬鹿な事を」
吐き捨てるように言う男に、今度は僕が笑みを浮かべる番だ。
単なるハッタリじゃない。本気だ。僕は、何者であっても僕だ。
これから先、脅されて誰かのモノになるなんて御免だぜ。それくらいなら、もっかい死んで今度こそ安息の来世を手に入れるさ。
その覚悟が見えたのか、兵士たちは僕に突きつけていた剣を下ろす。
「彼らを傷付ける事も許さない」
「一丁前に交渉ですか。性奴隷の分際で」
「っ、……挑発が上手いな」
こんな男の口に乗ってはいけない。彼らは今、僕の隙を伺っているんだ。怯めば、あっという間に武器を取り上げられて捕らえられる。
これは……賭けだ。
「でもまぁ、安心しました」
「は?」
「貴方のようなタイプ、私は結構好きでね。国王陛下のお下がりとはいえ、可愛がってあげますよ。タップリね」
舌なめずりして言う男に、ゾッとした。
負ければこの男にも……そう思うと思わず奥歯をギリ、と噛み締めてしまう。
「この変態がッ、死ねぇぇぇっ!」
「待て、エト!!」
彼が駆け出した。
切っ先は男の喉笛。
あのバカ、先に挑発に乗りやがった……!
叫んだが間に合わない。
―――男は大きく笑った。
「馬鹿でしょう、貴方」
「!!!!!!」
エトの剣が、空を切る瞬間。
乾いた破裂音。上がる硝煙。火薬の匂い。
「っ、な゙、なんだ」
冷たい床に落ちる、剣。同時に膝をついたのは、彼だった。
「エト!!」
呆然と、己の手を凝視している。その手と、腹は……深紅に染まっていて。
「魔界にはないんですかね、これ」
男が嘲るようにかかげたのは、拳銃。
人間界で見られる、一般的な武器だ。火薬と銃弾を込めて使う。
「弾は少し特殊なんですよ。魔法を込めてましてね。魔獣くらいなら簡単に殺せますし」
得意げにすら見える表情だ。
そして跪くような姿勢の彼の頭を、思い切り蹴飛ばした。
「ぅぐぁッ」
「ムカつくんですよ。貴方みたいな、暑苦しいガキは……そうだ」
同じく思考停止状態の僕に、グリグリと彼の身体を踏みつけて言う。
「取引、してあげましょう」
「このクソ野郎……エトを離せ」
僕は半神って存在なんだろう。だったら、すぐにでも彼を治癒してやれる。
そうすれば。
……でも、そんな僕の思惑は向こうにはお見通しらしい。
歪んだ笑みで、アルゲオは提案してきやがった。
「貴方が我々と来るなら、この薬を飲みなさい。このガキは放してあげますし、3分だけ時間をあげますよ。回復魔法なりなんなり、かけてあげなさい」
「断ったら……」
「そりゃあもちろん。このガキを殺した上で、貴方を連れ去りますよ」
そう言いながら、既に捕まって縛り上げられているマデウスの頬を撫でた。
彼は気を失っているのか、反応をしない。
「彼はどうしましょうかね。魔王討伐の餌にでもしましょうか。まぁ彼も貴方と同じ末路は辿るでしょうが」
「る、ルベル、逃げろ……」
弱々しく声を上げたのはエトだった。赤く染まった彼が、呻くように。このままだと、あと数分も持つかどうか分からない。
「空気読みなさい、このクソガキが」
「ぅ゙あ゙ァッ」
撃たれた腹を、踏み躙り吐き捨てた。
獣じみた呻き声も、弱々しくなる。つのる焦燥に、唇を噛む。
「やめろ。やめてくれ……」
「ふふ、早く決断しないと、死んでしまいますよ?」
そう言いながら、尚も踏み付ける足の下の彼はグッタリとしている。
……どうすれば。あぁ、分かっているんだ。僕がこの身を差し出せば、良い。そうすれば彼は助かるかも知れない。
でも、本当にそうだろうか。僕は彼を治せるのか?
本当に自分が、半神だという自覚もない。そんな力、あるのか分からない。
そもそも助かるのか。よしんばこの男が、約束を守ったとしても。
ピクリとも動かない身体に、震えが止まらない。
なぜ、こんなに怖いんだ。彼が死ぬ、そう考えると……怖くて仕方なくて。
そして僕は気がつけば―――。
「分かった、条件をのもう」
手放した剣が、硬い床に投げ出された。
「よろしい。賢い子は、好きですよ」
忌々しい男が、笑みを深める。そして歩み寄って来たその手には、小瓶。
「飲みなさい」
嫌悪感しか湧かない顔だ。今すぐにでも、拳を叩き込んでやりたい。でも、それじゃあ意味がない……そう言い聞かせながら、小瓶を呷った。
視線を外すことなく、ただひたすらエトの安否だけ考えて。
「この薬は即効性でないものでね。ほら、約束は守りますよ」
嘲るように言うと、床に倒れ込むエトを足で押し出した。
僕は周りを気にせず、駆け寄る。
「エト、エトっ……大丈夫か!?」
叫んだ。ただ一つ『返事しろこの野郎』と祈りながら。
「る……ルベ、ル……」
「エト! 良かった」
鼻の奥がツンとする。なんだか分からない涙が、大量に流れ落ちて頬を濡らしたのが分かった。そう、泣いてたんだ。僕が、男の為に!
それなのに、彼はようやく目を開けて息も絶え絶えに言い出した。
「ルベル、逃げろ……頼む、逃げて……」
「バカだろ!? 君って奴は」
逃げろだって? こんなになった君を置いて。
……出来るワケがないだろ!? バカなのか、バカなんだな。このクソ童貞めッ!
「泣いてる、のか。ルベル、怪我、した?」
「バカバカバカッ、君は国宝級のバカだな! 人の心配してんじゃないぞ。僕は……君を……死なしたく、ない……だから……」
起き上がる力すらない彼を、精一杯抱きしめた。
そうでないと、彼の体温が感じられない。どんどん冷えてしまうような気がしたから。
「エト……僕を、置いていくなよ……頼む」
「ル、ベル……愛してる、ごめんな」
必死に縋りついても、まだこのバカはこんな事を言う。
なんで『愛してる』って言うだけで、謝るんだ。
ムカついた。すごくムカついたから。
「っ!」
その碌でもない唇を、塞いでやろうと顔を近付けた―――その時。
「……おっと、危ない」
「っゔあッ!?」
男の声と共に、首に衝撃。グイッと首輪を引かれ、無理やり彼から引き離された。
「口付けは駄目ですよ。それに時間切れだ……連れて行け」
「ぁ゙、っく、は、離せぇッ……ぅぐ、え、エト……っ゙……」
首を締められる状態。酸欠と絶望で目の前が、チカチカする。
それでも手を伸ばし彼を呼ぶ僕を、男は愉快そうに嗤った―――。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
241
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる