全人格ハッキング事件〜記憶の追跡者が見たもの

たからかた

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全人格ハッキング事件〜記憶の追跡者が見たもの 第二話

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意識が薄れ、体の感覚が遠くなっていく。
目の前に、2つの振子が揺れるイメージが見える。
互い違いに交差するそれは、しだいに同じ方向に揺れ始める。
2つが完全に重なるその瞬間、その振子に向かって飛び込んだ。
波長が同期している時間は僅か。
その間に情報を取り出さなければならない。

「ダイブ確認。バイタル値正常。」
サシャが所長に報告する。
「生きて帰れ、貝原。」
所長の凱伝は、真剣な顔をして呟いた。

他者との同調時間は決して長くない。
これは犯罪者側にも言えることで、人格ハッキングも3分から15分以内に行われることが多い。
この間、被害者の意識は仮眠状態になり、何が起きているのかわからなくなる。

だが、脳は見たり感じたりしたものを溜め込む性質がある。本人の意識に上がってこないだけで、脳には情報が残っているのだ。
ナハカを利用して、追跡者はその情報を探る。
本人に同化し、脳の記憶の深部に入り込み、眠っている情報を引っ張り出す。

ここからは、時間との勝負だ。
無意識の記憶に沈んだ情報を、素早く見つけて持ち帰る必要がある。
長居すると同調率が下がり、脳が異物を感知して、排除しようと動き出してしまう。

私は、記憶の海を最速のスピードで進んだ。
事前に情報を踏まえた上でやっているので、関係ないものはとばしていく。
この判断の早さも、追跡者には必須の能力だ。

ようやくあの日の記憶に辿り着き、私はその中に飛び込んだ。自我はなくなり、被験者本人としての追体験に入っていく。

ナハカでは、この時点からの情報がデータ化され、脳内に埋め込まれたチップを通じて、研究所のデータベースに転送、解析されるようになっている。
追跡において最も重要な段階に入ったわけだが、追跡者にとっては、最も危険な場面といえる。
なぜなら視覚だけでなく、味覚、嗅覚、皮膚感覚、聴覚、全ての五感情報が再現されるからだ。情報量の多さに発狂してしまう追跡者もいる。

なお、大火傷など、瀕死の重傷を負った被験者が相手の場合、再現される痛みや苦痛はかなり抑えられる。
これは追跡者の生命を守るためだ。
軽減された感覚の差分を、後からデータに加算する仕組みになっている。

私は、今、眉山 卓だ。
会社にきて、いつものようにタイムカードを押す。
席についてメールチェックをしていたら、電話が鳴った。
同僚が電話に出て、奥様からですと、内線がつながる。
朝から職場にかけてくるなんて、昨日喧嘩したことが原因か?まさかなー、なんて思いながら耳に当てる。
なにも音がしない。

もしもし、と声をかけるが、うんともすんとも言わない。
次の瞬間、耳に一瞬風のようなものが当たった気がする。
驚いて受話器を離すが、受話器に異常はない。
顔をしかめてもう一度耳に当てる。
やはり無音。
ため息をついて電話を切った。
あとでスマホにかけよう。

そのタイミングで先程の同僚が、管理部の部長がシステムの調子が悪いから、俺の方で見ておいてくれと言っていた、と伝えてきた。
あの野郎、プログラムの状態も見れないなら、部長なんかになるんじゃねぇ。
しかも、本人は有休でいないという。
・・・、つまりシステムトラブルに対処できないから、恥をかきたくなくて休んだ、と。

なんで上の連中は、奴の無能がわからんのかね。
社長の従兄弟だから、何も言えないんだろうな。

俺の仏頂面に、同僚が気を利かせたのか、スマホの調子が悪いと持ってきたので、ちょっと見てやった。
不審なアプリを入れていたので、消してやる。
お人好しだよな、俺は。
そしたらあいつ、お礼を言ってトイレに行った。
戻ってきたら、俺も休憩にいこう。

同僚が戻ってきたので、俺はトイレ休憩と言って席を立つ。
廊下を歩きながらトイレの前でスマホを取り出し、妻へかけようと操作する。
耳に当て、スマホの呼び出し音を聞いていた。
なんだか、ぼーっとしてきた。
疲れてるのか俺は。
その意識を最後に、別の何かの意思によって体が動き始める。

そのまま歩き、管理部長のパソコンの前に来る。
管理部員が怪訝な顔でこちらを見るが、
「部長に頼まれて、システムチェックにきた」
と言うと、いつもすみません、と返してきた。
席に座り、パスワードを入れシステムに入る。

会社の金を指定の口座に入れ、送金のボタンをクリックして、送金完了すると、
システムを閉じる。
「問題は解決したから。」
と、近くの管理部員に伝え、部屋を出た。
元きた廊下に戻り、人に見られぬよう、
スマホをゴミ箱に捨てる。

そのまま男子トイレに入って、誰もいないことを確認すると、洗面台の下の扉を開き、貼り付けであったスマホを取り出す。
ロックを解除し、妻の番号にかける。
呼び出し音がなり、意識が浮上してくる。

「もしもし、あなた?」
妻の声に、我に帰る。
今まで何してた?
そうだ、妻に電話しようとして、ここにきたんだ。
ぼーっとしていかんな。
「もしもし、朝、会社に電話しただろ?」
「え?会社に?してないわ。用がある時はスマホにかけるもの。」

「え?あぁ、そうだけど、同僚が電話をとって君からだといったんだ・・・。」
「いいえ、かけてないわよ。本当に。」
妻の言葉に混乱する。
そして、なんだか体が重く感じる。
意識と体が同調してないというか、他人の体みたいに感じる。
なんなんだ・・これ。
頭痛が・・・する。

そこまでのようだ。
自我が戻ってきて、眉山卓の記憶の海から抜け出ると、再び振子のイメージが現れる。
同調していた振子が、違うタイミングで振り始めようとしていた。
私は迷うことなく飛び込んでいった。


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