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第二部
誰がために筆は舞う 仙界編 第十話
しおりを挟む饕餮はなんでも貪り食うことで有名。
弱い旅人は、饕餮がなんでも食べることに目をつけ、持っていた毒を全て地面にまいたそうだ。
饕餮はたちまち飲み込んだので、その毒で弱り、旅人はなんとか首を刎ねることができたという。
そこまで鶴毘に伝えると、彼は考え込んだ。
「まさか、それは毒なのか?」
「えぇ、あの・・・。
その旅人も絵を描く人だったんです。つまり、
毒は・・・。」
先程取り出した布で包んだ物を、ほどいてみせる。
「鉛が入った顔料なんです。
扱いが難しいので、私はあまり使わないんですけど、ヒ素が含まれてるとかで・・・。」
私がそこまで言うと、鶴毘は慌てたようにそれを受け取った。
「紅葉、これに直接触れていないな?
口に入れたりしてないか?」
私はこくんと頷いた。
鶴毘は、中身を確認すると痛む体を推して印を組み、呪文を唱えた。
すると、顔料が玉に姿を変えて次々と、床に並ぶ。
「毒を含んだ顔料を玉に変えた。
これを奴が食えば・・・。」
鶴毘の言葉に私は力強く頷いた。
どこまで話の通りかわからないけど、今はそれに賭けるしかない。
鶴毘がそんな私を見て微笑む。
「迷いのない・・・強く美しい瞳だな。
あの時鵬夜に筆を取り上げられて、利き腕まで痛めて泣いていたのに・・・立ち上がって他の道を模索する時のお前の瞳も・・・今のように力強く美しかった。
私の心はその時から囚われていたな・・・。」
私は赤くなりながら微笑んだ。
愛する人にここまで言われると、緊急事態であることまで忘れそう。
だめよ!
しっかりしなきゃ!
鶴毘は、息を整える。
「薬が、効いてきた。」
そう言うとゆっくりと体を起こして、そばに置いていた剣を握る。
「みゅー。」
ムゥがこちらを向いて背伸びをする。
「分神様が、自ら戦うと言っている。」
私は驚いてムゥを見る。
「ムゥ?危ないよ!」
「みゅーん。」
「心配するな、だそうだ。」
・・・、私も聞けるようになりたい。
その時、饕餮が窮奇を食べ終えて、匂いを嗅ぎ始めた。
鶴毘は毒の玉を布に包んで、手に持つ。
「見つかった!」
鶴毘の緊張した声で私は饕餮の方を見る。
狭い横穴に、饕餮が無理矢理体を捻じ込んで
じわじわと迫るのが見えた。
「体が大きいから、入ってこれないんじゃ・・・。」
私の言葉に鶴毘は首を振る。
「奴は体を変形できる。・・・くるぞ!」
急いで穴の奥へと逃げるが、時々壁にひっかかりながら、饕餮はどんどん進んでくる。
私は、思わず鶴毘にしがみついた。
「大丈夫だ。お前を食わせることはしない。」
と、言った鶴毘は優しく笑うと、顔を赤らめる私からすぐ目を逸らして、饕餮に向き直る。
その横顔が見惚れるほど美しい。
こんな時にときめいている場合では無いのだが、鶴毘がとても大きく感じられて、素敵だと素直に思う。
大丈夫、私はこの人を信じよう。
鶴毘は毒の玉を床に並べ、ここでムゥが前に進み出た。
そして、ムゥが体をブルブルふって、手脚で玉を饕餮の口元に飛ばし始める。
かなり距離があるのに、玉は正確に飛んで饕餮の口元にコロコロと転がっていく。
饕餮は長い舌を伸ばして、玉を一飲みにすると、今度はムゥを捕まえようと、しならせながら舌を伸ばしてきた。
ムゥはたくみにかわして、舌を爪で引っ掻くと、頭を低くして饕餮の動きを睨む。
ムゥ、かっこいい!
あれ?でも、さっきのムゥの爪、赤くなってなかった?
饕餮は、引っ掻かれた痛みに一瞬怯むが、今度は大きな口を、穴と同じ大きさに開いて、そのまま体で壁を削りながら突進してきた。
「紅葉!下がってろ!」
鶴毘が叫び、私は後ろに突き飛ばされる。
尻餅をついて前を見ると、鶴毘が剣に自分の血を塗り、気を込めるのが見えた。
剣は光り始め、刃が穴と同じくらいの大きさに巨大化していく。
ムゥがそれを見て鶴毘の後ろに下がった。
巨大化した刃はどんどん伸びていき、饕餮は刃を避けられずに、突進の勢いのまま大きく開けた口に咥え込んだ。
ぶっすりと深く刺さり、血が吹き出してくる。
これで終わり!
と、思ったけど、と、止まらない?
刃が刺さったのに、饕餮の突進は止まらない。
鶴毘は、額から汗を流しながら、
「伏せていろ、紅葉!
奴は体を伸ばして剣が突き抜けぬよう変形している!」
と、叫んだ。
こいつっ、体が変幻自在!?
「鶴毘様!」
私は伏せながら、彼を見上げる。
「紅葉には、絶対近寄らせない・・・!
ここで倒す!!」
鶴毘の迫力を感じる一言のあと、変化が起きた。
目の前で彼の体が次第に金色に輝き始めた。
その光は、全身を包み、背中から金色の光を帯びた鶴の羽のような翼が浮かび上がる。
思わずその美しさに魅入られてしまった。
その翼が光の粒を散らし、ゆっくり羽ばたくと、饕餮が苦しみ始めた。
饕餮は、ビクビクと痙攣を起こしながら、後ろに下がり始める。
それに合わせて、鶴毘が前に進む。
「鶴毘様、すごいっ!!」
思わず声を上げた私に、饕餮の目がキョロっと動く。
饕餮と、目が合ってしまった。
饕餮の体は崩れ始めたが、私を見てヨダレを垂らし、そのまま剣を飲み込むようにしながら向かってくる。
気持ち悪い!
早く・・・早く毒が回ればいいのに!!
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