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伊集院景悟 篇 (1)
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ミロは、軍服以外に服を知らない。だから、忍から私服で待ち合わせ場所に来るように言われたとき、途方に暮れた。正直にそれを伝えると、忍は弥生少尉に頼んでくれた。
弥生少尉に選んでもらった、薄紫色のドレスを着て、赤坂の高層ビル最上階のエレベーターロビーに佇んでいた。軍服とちがって、ふわふわと身体にまとわりつく上に露出が多く不安になる。何かあった場合、身体を保護するものが少なすぎる。その上、武器を隠す場所が無い。それでも、超小型ライフルとナイフを携帯することは忘れなかった、太ももに括りつけて。
指定時間を8分過ぎても、忍は現れなかった。民間人の格好をするように言ったのも、ここに呼び出したのも忍だ。時間に正確なのは、軍人に叩き込まれる習慣であるので、ミロはイライラするというよりも、不安になり始めていた。だから、エレベーターから降りてくる客の中に、忍によく似たとびぬけて背の高い体格を見つけた途端、
「忍!」
と思わず声をあげて駆け寄ったが、すぐに足が止まった。ちがう、忍ではない。何人もの人がミロを振り返って見ていく。
その男は、すぐにミロのほうを見て、彼女の顔を見ると大きく微笑んだ。つかつかとミロのほうに歩み寄ってくる。ミロは、呆然としたまま、その男から視線を外すことができなかった。忍に似すぎている。男は忍ではなかったが、ミロのすぐ目の前に顔を寄せて言った。
「俺、忍に似てるでしょ?」
男があまりにも忍に瓜二つなので、ミロはぽかんと口を開けたまま男の顔を眺める。
「あなたのような絶世の美女に間違われるなんて、ものすごく光栄だなあ。人生に1回あるかないかのチャンスですよ。ボクとお茶しませんか?」
男は、まったく屈託のない口調でニコニコしながら、ミロに言う。ミロは、あまりにも率直な物言いに、思わず微笑む。
「あ、ほんとーにかわいいなあ、かわいいなあ、かわいいなあ、笑うとさらに1000倍かわいいよー。ボク、絶対にあなたとデートしないと神様に怒られちゃう」
ミロは、呆けたように笑い出していた。
「おい、景悟」
と後ろから、本物の忍の声が聞こえた。
ミロは、
「忍!」
と言って、溶けるような微笑みを浮かべて忍を見る。忍としては非常に珍しく、スーツを着ていた。
「あー、その笑顔は、ボクにだけ見せてほしかったなー」
と景悟はさらに言う。ミロはもはや忍しか見ていない。
忍は、
「ミロ、遅れてすまなかった、出がけに…」
と言いかけると、景悟がすぐに横から会話をすくいとる。
「ミロちゃんっていうんだ、うーん、なんて美しい名前、あなたにふさわしい名前だね」
忍は景悟が単にふざけているだけではないことを感じ始めていた。
「おい、景悟、いい加減にしろよ」
「そんなにマジになることないだろ、忍。あ、ミロちゃん、俺はね『チャラチャラ忍』なの。顔はソックリで、性格は正反対。軍人一家の鼻つまみ者、伊集院家のお笑い担当。よろしくね」
「……紹介する手間が省けたな」
「なんだよ、忍。久しぶりなのに、そういう言い方はないだろ」
「ミロ、これは景悟。おれの父方のいとこ…伊集院家のほうだ」
ミロは、忍の父親を記憶している。忍の実母が正妻でも日本人でもないことも知っていたから、血縁のいとこと言えば、伊集院家しかない。ミロは、笑顔を消して、目を細める。見定める表情を隠すことなく、景悟に握手の手を差し伸べた。
「はじめまして。藤永ミロです」
ミロが差し出す手を、景悟は思いがけず強く握った。ミロは、景悟の目に一瞬宿る光に忍と同じ真剣さを見た。
「京子おばさまは元気か?」
と忍が横から話題を変えるかのように尋ねる。
「相変わらず、おやじの浮気にヤキモキしてるけどね。いつものこと」
「伊集院司令官は、なぜそんなことをするんだろうな」
「…おまえが言う?」
「うるさいな、俺の父親は母だけだったから…」
「ミロちゃん、こいつもてるでしょ? しかも浮気者でしょ? でもねボク、顔はそっくりだけど中身は全然違うから。軽そうに見えるけど、好きな女の子、一筋なんだよ~」
ミロは、再び笑顔を浮かべた。
忍が、景悟の背後に視線をやった。
弥生少尉に選んでもらった、薄紫色のドレスを着て、赤坂の高層ビル最上階のエレベーターロビーに佇んでいた。軍服とちがって、ふわふわと身体にまとわりつく上に露出が多く不安になる。何かあった場合、身体を保護するものが少なすぎる。その上、武器を隠す場所が無い。それでも、超小型ライフルとナイフを携帯することは忘れなかった、太ももに括りつけて。
指定時間を8分過ぎても、忍は現れなかった。民間人の格好をするように言ったのも、ここに呼び出したのも忍だ。時間に正確なのは、軍人に叩き込まれる習慣であるので、ミロはイライラするというよりも、不安になり始めていた。だから、エレベーターから降りてくる客の中に、忍によく似たとびぬけて背の高い体格を見つけた途端、
「忍!」
と思わず声をあげて駆け寄ったが、すぐに足が止まった。ちがう、忍ではない。何人もの人がミロを振り返って見ていく。
その男は、すぐにミロのほうを見て、彼女の顔を見ると大きく微笑んだ。つかつかとミロのほうに歩み寄ってくる。ミロは、呆然としたまま、その男から視線を外すことができなかった。忍に似すぎている。男は忍ではなかったが、ミロのすぐ目の前に顔を寄せて言った。
「俺、忍に似てるでしょ?」
男があまりにも忍に瓜二つなので、ミロはぽかんと口を開けたまま男の顔を眺める。
「あなたのような絶世の美女に間違われるなんて、ものすごく光栄だなあ。人生に1回あるかないかのチャンスですよ。ボクとお茶しませんか?」
男は、まったく屈託のない口調でニコニコしながら、ミロに言う。ミロは、あまりにも率直な物言いに、思わず微笑む。
「あ、ほんとーにかわいいなあ、かわいいなあ、かわいいなあ、笑うとさらに1000倍かわいいよー。ボク、絶対にあなたとデートしないと神様に怒られちゃう」
ミロは、呆けたように笑い出していた。
「おい、景悟」
と後ろから、本物の忍の声が聞こえた。
ミロは、
「忍!」
と言って、溶けるような微笑みを浮かべて忍を見る。忍としては非常に珍しく、スーツを着ていた。
「あー、その笑顔は、ボクにだけ見せてほしかったなー」
と景悟はさらに言う。ミロはもはや忍しか見ていない。
忍は、
「ミロ、遅れてすまなかった、出がけに…」
と言いかけると、景悟がすぐに横から会話をすくいとる。
「ミロちゃんっていうんだ、うーん、なんて美しい名前、あなたにふさわしい名前だね」
忍は景悟が単にふざけているだけではないことを感じ始めていた。
「おい、景悟、いい加減にしろよ」
「そんなにマジになることないだろ、忍。あ、ミロちゃん、俺はね『チャラチャラ忍』なの。顔はソックリで、性格は正反対。軍人一家の鼻つまみ者、伊集院家のお笑い担当。よろしくね」
「……紹介する手間が省けたな」
「なんだよ、忍。久しぶりなのに、そういう言い方はないだろ」
「ミロ、これは景悟。おれの父方のいとこ…伊集院家のほうだ」
ミロは、忍の父親を記憶している。忍の実母が正妻でも日本人でもないことも知っていたから、血縁のいとこと言えば、伊集院家しかない。ミロは、笑顔を消して、目を細める。見定める表情を隠すことなく、景悟に握手の手を差し伸べた。
「はじめまして。藤永ミロです」
ミロが差し出す手を、景悟は思いがけず強く握った。ミロは、景悟の目に一瞬宿る光に忍と同じ真剣さを見た。
「京子おばさまは元気か?」
と忍が横から話題を変えるかのように尋ねる。
「相変わらず、おやじの浮気にヤキモキしてるけどね。いつものこと」
「伊集院司令官は、なぜそんなことをするんだろうな」
「…おまえが言う?」
「うるさいな、俺の父親は母だけだったから…」
「ミロちゃん、こいつもてるでしょ? しかも浮気者でしょ? でもねボク、顔はそっくりだけど中身は全然違うから。軽そうに見えるけど、好きな女の子、一筋なんだよ~」
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