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親愛なる坂本葵様 (1)
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「忍、お前は亜子と付き合ってるのか?」
景悟は、四谷師団本部の将校専用食堂で、昼食をとりながら忍に言った。
「…え?」
忍は、一瞬、取り繕うこともできず、本当に何を言われているのかわからないという顔をしていた。そのあまりにも正直な反応を見て、景悟は『案の定』という感覚を強くする。
「坂本亜子。わかってるだろ。戸籍上は、お前さんのいとこだ」
「…付き合っている、というわけでもないさ」
と忍は、匙を使ってカレーライスを口に運びながら景悟に答えた。忍の無関心さは装ったものではない。にもかかわらず、言外の含みがある。景悟は、それをすぐに理解した。「たまに寝てはいるけれど、別段それに意味はない」ということだ。だから、しばらく押し黙って忍が食事をする様子をまじまじと見つめた。忍は健啖家だ。本当にきれいによく食べる。それを見ながら景悟は言った。
「あのな、忍。俺は、心を寄せたらその女一筋だ。だからお前のやってることも、お前の気持ちも俺にはまったく理解できない。……だが、亜子は遊びで付き合える女じゃないぞ」
「遊びというわけではないさ」
「……忍。俺とお前は、顔が似ていると言われてるけれど、性格は本当に違うな。……亜子は、お前がいつも適当にあしらってる女とは違う。第一に親戚筋だ。面倒なことにならないようにしろよ」
「ご忠告、ありがとう」
忍は、食べ終わった食器のトレーを手にすると返すと立ち上がって食堂から出ていった。
葵は、忍に背を向け、湯呑を手にしたまま庭を眺めながら言った。
「兄さん、亜子をこの家に入れるのなら、ミロちゃんはどうするの?」
「…何を言っている?」
「ミロちゃんを四谷に住まわせて、兄さんはそこに通うってわけ?」
「ここはミロの家だ」
葵は、ようやく振り返って初めて忍の目を見て言った。
「亜子は私のいとこで、大切な親友でもあるのよ」
「ああ、知ってる。だからといって俺はこの家に他の女を入れるつもりはない」
この兄にとって亜子は『他の女』でしかない。葵が予想したとおりだ。
「…私は親友が泣くのを見たくない」
忍は、やっと葵の言っていることを理解した。
「亜子のことを男たらしとか、誰とでも寝るとか、みんないろいろなことを言うわね。でも亜子は純粋よ。いろいろな男と寝てるからという理由だけで、誰とでも遊びというわけではない。亜子は兄さんのことを本気で愛してる。兄さんが何をしようと勝手だけれど、亜子を泣かせるのはやめて」
葵は、決然とした口調で一気に言った。
忍は、返事ができなかった。
「坂本と伊集院は、『本物の』血族関係を結びたがってるけれど、亜子が兄さんと付き合ってる理由は、違う。それだけは忘れないでね。亜子は昔からずっと兄さんが好きだったのよ。兄さんは亜子のことを軽い女だと思って適当に付き合っているのかもしれないけど。その上、伊集院の伯父様は、橘家との破談以来、渡りに船とばかりに本気で兄さんと亜子を結婚させようとしてる」
それを聞いた途端に、忍の頭に一瞬で血が上った。伊集院の伯父が亜子と忍を結婚させたがっている理由は一つしかない。
「…ミロは絶対に渡さない」
怒りに全身が震える。低くうめくようにつぶやいた。
葵は、再びくるりと背を向けて言った。
「そこまで兄さんの心が決まっているのなら、態度をはっきりさせることね。…ミロちゃんだって、私にとっては大切な妹なのよ。あの子が宙ぶらりんで苦しみ続ける姿を見るのは嫌よ」
景悟は、四谷師団本部の将校専用食堂で、昼食をとりながら忍に言った。
「…え?」
忍は、一瞬、取り繕うこともできず、本当に何を言われているのかわからないという顔をしていた。そのあまりにも正直な反応を見て、景悟は『案の定』という感覚を強くする。
「坂本亜子。わかってるだろ。戸籍上は、お前さんのいとこだ」
「…付き合っている、というわけでもないさ」
と忍は、匙を使ってカレーライスを口に運びながら景悟に答えた。忍の無関心さは装ったものではない。にもかかわらず、言外の含みがある。景悟は、それをすぐに理解した。「たまに寝てはいるけれど、別段それに意味はない」ということだ。だから、しばらく押し黙って忍が食事をする様子をまじまじと見つめた。忍は健啖家だ。本当にきれいによく食べる。それを見ながら景悟は言った。
「あのな、忍。俺は、心を寄せたらその女一筋だ。だからお前のやってることも、お前の気持ちも俺にはまったく理解できない。……だが、亜子は遊びで付き合える女じゃないぞ」
「遊びというわけではないさ」
「……忍。俺とお前は、顔が似ていると言われてるけれど、性格は本当に違うな。……亜子は、お前がいつも適当にあしらってる女とは違う。第一に親戚筋だ。面倒なことにならないようにしろよ」
「ご忠告、ありがとう」
忍は、食べ終わった食器のトレーを手にすると返すと立ち上がって食堂から出ていった。
葵は、忍に背を向け、湯呑を手にしたまま庭を眺めながら言った。
「兄さん、亜子をこの家に入れるのなら、ミロちゃんはどうするの?」
「…何を言っている?」
「ミロちゃんを四谷に住まわせて、兄さんはそこに通うってわけ?」
「ここはミロの家だ」
葵は、ようやく振り返って初めて忍の目を見て言った。
「亜子は私のいとこで、大切な親友でもあるのよ」
「ああ、知ってる。だからといって俺はこの家に他の女を入れるつもりはない」
この兄にとって亜子は『他の女』でしかない。葵が予想したとおりだ。
「…私は親友が泣くのを見たくない」
忍は、やっと葵の言っていることを理解した。
「亜子のことを男たらしとか、誰とでも寝るとか、みんないろいろなことを言うわね。でも亜子は純粋よ。いろいろな男と寝てるからという理由だけで、誰とでも遊びというわけではない。亜子は兄さんのことを本気で愛してる。兄さんが何をしようと勝手だけれど、亜子を泣かせるのはやめて」
葵は、決然とした口調で一気に言った。
忍は、返事ができなかった。
「坂本と伊集院は、『本物の』血族関係を結びたがってるけれど、亜子が兄さんと付き合ってる理由は、違う。それだけは忘れないでね。亜子は昔からずっと兄さんが好きだったのよ。兄さんは亜子のことを軽い女だと思って適当に付き合っているのかもしれないけど。その上、伊集院の伯父様は、橘家との破談以来、渡りに船とばかりに本気で兄さんと亜子を結婚させようとしてる」
それを聞いた途端に、忍の頭に一瞬で血が上った。伊集院の伯父が亜子と忍を結婚させたがっている理由は一つしかない。
「…ミロは絶対に渡さない」
怒りに全身が震える。低くうめくようにつぶやいた。
葵は、再びくるりと背を向けて言った。
「そこまで兄さんの心が決まっているのなら、態度をはっきりさせることね。…ミロちゃんだって、私にとっては大切な妹なのよ。あの子が宙ぶらりんで苦しみ続ける姿を見るのは嫌よ」
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