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矢崎 【番外】
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ミロは、もうトイレの場所もわからないほど酔っていた。目の前の男が、誰なのかもよくわからない。男は、ミロの腕をとって抱きしめようとした。
矢崎は、士官用のバーに入って5分で何が起こっているのかを理解した。だから、ミロのところに歩み寄る。ミロを連れ去ろうとしている男は、外国人部隊に属するメキシコ人の空挺部隊少尉だ。矢崎とは何度か酒を飲んだことがあり、顔見知りだった。矢崎は、缶ビールを手にしたままアントニオという名のその男につかつかと歩み寄った。
「よう、アントニオ。景気はどうだ」
「…ヤザキ。久しぶりだな」
アントニオは、すでに半分眠りかけているミロを右腕に抱いて矢崎に見せつけるようにし、ウィンクした。
「上々だね」
「このセニョリータは、うちのボスでね」
アントニオは、眉をひそめる。矢崎がアントニオに耳打ちすると、アントニオの表情が一瞬で変わった。
矢崎は、アントニオからミロを受取ると、壁際で一部始終を眺めていたエリカに、視線を送る。エリカは、手にしたマルガリータのグラスを一気に飲み干すと矢崎のほうに向かってつかつかと歩いてきた。
矢崎は、エリカと二人でミロを引きずるようにして、矢崎のマンションへ連れ帰ってきた。ミロをリビングのソファに寝かせて、ようやく一息つく。ミロはすやすやと寝息を立て始めている。エリカは、まだ幼さの残るミロの寝顔をまじまじと見つめた。
「あんたのボスは、いったい何歳なの?」
エリカが、キッチンカウンターのスツールに腰を掛けてマルボロに火を付けながら矢崎に言う。
「19」
「まだ子供じゃない!?」
矢崎は、ニヤリと笑う。
「大将さんとやらはロリコンなんじゃないの?」
エリカは、マルボロを吸い込んで矢崎に言う。矢崎はエリカの吸いさしを受取ると、同じように深く吸い込む。
「うちの大将は、好き嫌いがなくてね。お前さんと同じぐらいの年齢の年上の彼女もいるぜ」
「…美食家ってわけ?」
「お前のユーモアのセンスには感動するね」
矢崎は、マルボロを根元まで吸って、フィルターを灰皿に押し付ける。そのままエリカの唇にキスをした。エリカは甘い声を上げながら矢崎に舌を絡ませ二人は長い口づけを交わす。やがてエリカは、唇を離して言った。
「…タバコ臭い」
「お互い様だ!」
ソファでは、ミロが穏やかな寝息を立てている。
エリカは、二本目のタバコに火を付ける。矢崎を横目で見ながらつぶやくように言う。
「…ザキ、この女と寝てる…? ていうか1回ぐらい寝てるでしょ」
「あのな、俺がこの小娘と寝たら、戦闘中すぐにうちの大将に暗殺されるね。あの男は、女に関してはダビデ王も真っ青の自己中野郎だ」
エリカは返事をせず、矢崎の顔を無表情に見つめる。矢崎はエリカの視線を真正面から受け止めたが、ふと目をミロに移す。
「…俺にはこの娘っ子は抱けねぇよ…無理だ…痛々しすぎる」
エリカは、矢崎の目の奥を覗き込むようにして長いこと見分した後、矢崎の唇に指を這わせた。矢崎はエリカの目を見つめたまま微動だにしなかった。エリカは、ようやく矢崎の言葉を信用することができた。二人は、お互いの腰に腕をまわして寝室に入って行く。
忍は、珍しくタバコを吸わずにはいられなかった。何カ月もサイドボードの奥深くに放り込んであったCAMELとZippoのライターを取り出すと、大きな音を立てて火を付ける。深く吸い込む。そのままミロに何十回目かの電話をかけてみる。2コールでミロが出た。
「ミロ」
「……」
忍の声だ。ミロは、自分がどこにいるのかわからなかった。電話のバイブレーションが鳴ったので、珍しく反射的に応答しただけだ。目は閉じたままだったが、毛布がかかっていることがわかった。身体は暖かいが、衣服を着たままなので締め付けられている気がした。
「…お前、今どこにいる?」
ミロはようやく目を開けて周囲に視線を這わせる。バスタオルを腰に巻き付け上半身裸で、1ガロン入りペットボトルの水を喉を鳴らして飲む矢崎の姿が目に入る。さらに周囲に目をやると、それなりに上等な場所であることがわかる。
「……ここは……ん…多分、矢崎のマンション?」
それを聞いた瞬間、忍は、服を着替えることも忘れて煙草を灰皿に押し付けると、車のキーを持って駐車場へ駆け降りていく。
タブレットで軍の個人機密情報にアクセスする。躊躇することなく矢崎大尉の個人情報を取り出す。矢崎の私邸は市ヶ谷だ。この四谷のマンションから徒歩であっても10分かからない。轟音を立ててアウディを出すと、全速で矢崎のマンションへ向かう。
エリカは、エントランスのドアベルが鳴るのを聞き、モニタを見る。そこに映る忍の様子を見て驚いて言う。
「……あんたの『大将』さんとやらは、パジャマのまますっ飛んで来たわよ」
とエリカがあきれ顔でつぶやいた。
忍は、ミロが軍服のシャツとスラックスをきっちりと着込んだまま、ソファに横たわっていることを見る。忍の全身から力が抜けていく。後ろからエリカが声をかける。
「あなたね、日防の偉い将校さんか何か知らないけれど、いくらなんでもこれは失礼じゃない?」
忍が振り返った瞬間、エリカがタバコの煙を忍の顔に向けて吹きかけた。忍は返す言葉がない。ミロは、ソファに腰を掛け毛布を手にしたまま窓の外を見ている。矢崎の部屋は市ヶ谷の旧宗教施設の近くにある高層マンションの最上階だったから、窓の外には夜明けの茜色の空が広がっていた。
矢崎は、士官用のバーに入って5分で何が起こっているのかを理解した。だから、ミロのところに歩み寄る。ミロを連れ去ろうとしている男は、外国人部隊に属するメキシコ人の空挺部隊少尉だ。矢崎とは何度か酒を飲んだことがあり、顔見知りだった。矢崎は、缶ビールを手にしたままアントニオという名のその男につかつかと歩み寄った。
「よう、アントニオ。景気はどうだ」
「…ヤザキ。久しぶりだな」
アントニオは、すでに半分眠りかけているミロを右腕に抱いて矢崎に見せつけるようにし、ウィンクした。
「上々だね」
「このセニョリータは、うちのボスでね」
アントニオは、眉をひそめる。矢崎がアントニオに耳打ちすると、アントニオの表情が一瞬で変わった。
矢崎は、アントニオからミロを受取ると、壁際で一部始終を眺めていたエリカに、視線を送る。エリカは、手にしたマルガリータのグラスを一気に飲み干すと矢崎のほうに向かってつかつかと歩いてきた。
矢崎は、エリカと二人でミロを引きずるようにして、矢崎のマンションへ連れ帰ってきた。ミロをリビングのソファに寝かせて、ようやく一息つく。ミロはすやすやと寝息を立て始めている。エリカは、まだ幼さの残るミロの寝顔をまじまじと見つめた。
「あんたのボスは、いったい何歳なの?」
エリカが、キッチンカウンターのスツールに腰を掛けてマルボロに火を付けながら矢崎に言う。
「19」
「まだ子供じゃない!?」
矢崎は、ニヤリと笑う。
「大将さんとやらはロリコンなんじゃないの?」
エリカは、マルボロを吸い込んで矢崎に言う。矢崎はエリカの吸いさしを受取ると、同じように深く吸い込む。
「うちの大将は、好き嫌いがなくてね。お前さんと同じぐらいの年齢の年上の彼女もいるぜ」
「…美食家ってわけ?」
「お前のユーモアのセンスには感動するね」
矢崎は、マルボロを根元まで吸って、フィルターを灰皿に押し付ける。そのままエリカの唇にキスをした。エリカは甘い声を上げながら矢崎に舌を絡ませ二人は長い口づけを交わす。やがてエリカは、唇を離して言った。
「…タバコ臭い」
「お互い様だ!」
ソファでは、ミロが穏やかな寝息を立てている。
エリカは、二本目のタバコに火を付ける。矢崎を横目で見ながらつぶやくように言う。
「…ザキ、この女と寝てる…? ていうか1回ぐらい寝てるでしょ」
「あのな、俺がこの小娘と寝たら、戦闘中すぐにうちの大将に暗殺されるね。あの男は、女に関してはダビデ王も真っ青の自己中野郎だ」
エリカは返事をせず、矢崎の顔を無表情に見つめる。矢崎はエリカの視線を真正面から受け止めたが、ふと目をミロに移す。
「…俺にはこの娘っ子は抱けねぇよ…無理だ…痛々しすぎる」
エリカは、矢崎の目の奥を覗き込むようにして長いこと見分した後、矢崎の唇に指を這わせた。矢崎はエリカの目を見つめたまま微動だにしなかった。エリカは、ようやく矢崎の言葉を信用することができた。二人は、お互いの腰に腕をまわして寝室に入って行く。
忍は、珍しくタバコを吸わずにはいられなかった。何カ月もサイドボードの奥深くに放り込んであったCAMELとZippoのライターを取り出すと、大きな音を立てて火を付ける。深く吸い込む。そのままミロに何十回目かの電話をかけてみる。2コールでミロが出た。
「ミロ」
「……」
忍の声だ。ミロは、自分がどこにいるのかわからなかった。電話のバイブレーションが鳴ったので、珍しく反射的に応答しただけだ。目は閉じたままだったが、毛布がかかっていることがわかった。身体は暖かいが、衣服を着たままなので締め付けられている気がした。
「…お前、今どこにいる?」
ミロはようやく目を開けて周囲に視線を這わせる。バスタオルを腰に巻き付け上半身裸で、1ガロン入りペットボトルの水を喉を鳴らして飲む矢崎の姿が目に入る。さらに周囲に目をやると、それなりに上等な場所であることがわかる。
「……ここは……ん…多分、矢崎のマンション?」
それを聞いた瞬間、忍は、服を着替えることも忘れて煙草を灰皿に押し付けると、車のキーを持って駐車場へ駆け降りていく。
タブレットで軍の個人機密情報にアクセスする。躊躇することなく矢崎大尉の個人情報を取り出す。矢崎の私邸は市ヶ谷だ。この四谷のマンションから徒歩であっても10分かからない。轟音を立ててアウディを出すと、全速で矢崎のマンションへ向かう。
エリカは、エントランスのドアベルが鳴るのを聞き、モニタを見る。そこに映る忍の様子を見て驚いて言う。
「……あんたの『大将』さんとやらは、パジャマのまますっ飛んで来たわよ」
とエリカがあきれ顔でつぶやいた。
忍は、ミロが軍服のシャツとスラックスをきっちりと着込んだまま、ソファに横たわっていることを見る。忍の全身から力が抜けていく。後ろからエリカが声をかける。
「あなたね、日防の偉い将校さんか何か知らないけれど、いくらなんでもこれは失礼じゃない?」
忍が振り返った瞬間、エリカがタバコの煙を忍の顔に向けて吹きかけた。忍は返す言葉がない。ミロは、ソファに腰を掛け毛布を手にしたまま窓の外を見ている。矢崎の部屋は市ヶ谷の旧宗教施設の近くにある高層マンションの最上階だったから、窓の外には夜明けの茜色の空が広がっていた。
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