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八甲田 (2)

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ミロは目立つ。ミロと劉が連れ立って歩くと、さらに極度に目立つ。それを自覚していなかったのは、ミロの落ち度と言えた。
日本防衛軍総司令本部は、相手が友軍の将校とはいえ、この写真の流出を「二重関係の禁止」スキャンダルとして重く見た。ミロが劉少奇と寝ているのは事実であるので、ミロとしてもそれを否定することはできなかったから黙秘を貫いた。それが総司令本部をさらに刺激することになった。

佐官以上クラスが左右に並ぶ。その衆人環視の中、山本郡司総司令官は、ミロに言った。
「藤永、一歩前に出て歯を食いしばれ」
修正か、とミロは思い目を細めた。その表情を見て山本の額がピクリと動いた。ミロは、ゆっくり一歩前に出た。次の瞬間、山本の拳がミロの顔を殴りつけた。山本の鉄拳制裁を受ける者は、概ね壁際まで吹っ飛ぶが、ミロは左足に体重をかけそのままその場にとどまった。殴られた右頬が瞬時に赤くなり、ミロは目を細めたまま山本を見つめる。口の中が切れて、血液の塩味が口内に広がった。
そのままペッと音を立てて唾棄した。
それが山本の逆鱗に触れた。しかし、彼は無表情を貫き、そのまま続いてミロの左頬を殴りつけた。ミロはそれでも倒れることなく立っている。
それを見た瞬間、忍の頭の中が真っ白になった。体温が上がるのを感じる。こぶしを硬く握りしめる。そのまま衝動的に動こうとした瞬間、その手を平川大佐が強く抑え忍の耳元でささやく。
「坂本、堪えろ。ここで大事にすればお前も藤永も破滅だ」
ミロと山本は、無表情のまま見つめ合い視線を外さない。山本は、ミロの目を見たまま言う。
「藤永の所属は、四谷師団だな? ……四谷は伊集院中将の監督下か……。藤永は大尉へ二階級降格。命令があるまで特殊KIWAへの乗務を禁じる。伊集院司令官、藤永大尉を厳重に監督するように」
ため息とざわめきが広がる。
伊集院は、姿勢を山本へ向け、カチリと音を立ててかかとを合わせ敬礼する。
ほとんどの者が部屋から出払っていく。山本総司令が忍を呼び止めた。
「坂本中佐、残れ」
「はい」
忍は、山本を振り返ってそのままそこに直立不動の姿勢でその場に残った。山本は息がかかるほど忍の間近まで顔を寄せて、言った。
「坂本、あれは貴様の女だな?」
「……はい」
「こういう不祥事は好かん。自分の女はきっちり管理しろ」
「……はい」
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