44 / 145
転章(二) 野望の男たち
第一回 独眼竜、再び
しおりを挟む
天下が欲しい。
何としても、天下が。
それは、藩祖・独眼竜政宗から脈々と受け継がれた、伊達家の呪いにも似た欲求だった。
黒河城二の丸御殿、奥書院。
夜である。部屋の四隅には、百目蝋燭。煌々とした光の中、伊達蝦夷守継村は関東から東北にかけた地図を広げ、一刻余り眺めていた。
地図は一畳ほどの広さで、諸侯の名前の他に勤王であるか佐幕であるか、反田沼と言われる清流派であるか、田沼に追従する濁流派であるか、注意すべき豪族・盗賊・侠客・商人・豪農の名前まで、詳細に記されている。
継村は時折、その地図を指でなぞってみる。そうする事で、見えてくるものもあるのだ。だが今夜は、まだ何も浮かんではいない。
(天下か……)
それに向かって、歩み出したばかりだ。目指すものは、遠い。それも、果てしなく。
独眼竜政宗は、遅く生まれたが故に天下を掴めなかった。覇を唱えようとした時には、天下の趨勢は決していたのである。黒河に封じられてからも幾度となく足掻いたか、徳河幕府は揺らぎもしなかった。
(政宗公は、秋に恵まれなかったのだ)
自分はどうか。最近、それをよく思う。
諸外国の来冦や不逞浪人の謀叛、田沼の独裁への不満と改革の歪み、その間隙を突いて朝廷の反幕分子が西国の外様大名と結び付き、何やら蠢動している。
これは乱世の前兆ではないか。そう思うからこそ、家老・鬼庭右京を表向きの指導者として、この乱世がもっと混沌とするように動いてはいる。
だが、今一つ大きな衝撃が足りない気もする。天下が覆されるかのような衝撃が。
(将軍か田沼の暗殺……)
確かに、そうなれば一気に乱世となるであろう。そうした謀略を企ててみたいとは思うが、まだ来たるべき乱世を戦い抜くだけの準備が、この黒河藩には足りない。
四年前、二十一歳の時に家督と蝦夷守の名を継いだ。第一の難関は、無能だった父が散らかした財政問題である。
継村は、その問題を密貿易という禁忌で解決した。南方で産出される砂糖を、蝦夷地で売り捌くのだ。そこでは〔おろしぁ〕の商人が待っていて、こちらは西洋の文物を購入する。
密貿易で上がる利は、想像以上に莫大だった。他にも阿芙蓉にも手を出したかった。これは漢土から入ってくるのだが、密輸入の道が確立されていて、中々手が出せない。二度ほど配下に探らせたが、一人として戻っていない。
兎も角、財政は好転した。故に、今は人材登用と軍制改革に着手している。少しずつ人材を入れ替え、藩主を頂点にする体制を作り上げているが、まだまだ十分とは言えない。
継村は、傍に置いていた瓢箪を煽った。中には、下り物の酒である。
(忌々しいな)
継村の鋭い眼は、東北と関東を遮る壁のように立ちはだかる夜須藩に向いた。
奇しくも同じ歳である夜須藩主・栄生利景は、継村にとっても黒河藩にとっても、不倶戴天の敵である。
江戸で会う度に、穏やかな笑みを見せ親しげに話し掛けてくるが、それが偽善のように見えて胸糞悪い。事実、夜須藩の仮想敵国はこの伊達家黒河藩なのだ。
夜須藩も乱世を睨んでか、早急な改革に励んでいるらしい。利景は元来病弱だが、聡明な君主として天下に知られ、幕府と民衆に対して忠義を掲げている。こうした愚直な男は厄介だ。伊達が挙兵した時、相討ち覚悟で攻めてくる可能性がある。幕府と民衆を守る為に。
故に継村は、夜須の勤王党を煽り、要人に刺客を差し向けた。だが、その全てに置いて、未だ満足な結果は得られなかった。
御手先役。
念真流という幻の流派を使う剣客が、この全てを阻止したのだ。その存在も知られておらず、黒脛巾組に命じて調べさせたが、誰一人として帰還しなかった。
御手先役のようなものが黒河藩にもあれば、謀略の幅も広がるであろう。それは常々考えている事だった。本来は忍びである黒脛巾組では、どうも打撃力に劣るのである。
「殿」
襖の向こうから声がした。片倉藤四郎である。
「おう、入れ」
藤四郎は、黒河藩首席家老である片倉備中の三男で、母は継村の乳母。つまり、藤四郎とは乳兄弟の間柄である。父の小姓として寵愛されていたが、切れ者で剣もよく使う為、その死後は側用人として使っている。
「まだ帰らぬのか」
「色々とございまして。今夜は宿直を予定しております」
「精が出るのう」
「何ほどでもございませぬ」
藤四郎は顔を上げると、抑揚も無く言った。昔から感情の起伏が無い男で、何があっても涼しい顔をしている。
幼少の頃、父に寵愛されている事を妬んだ同僚が、藤四郎の茶に山葵を入れるという悪戯をした事がある。その茶を藤四郎は何食わぬ顔で飲み干すと、企てた同僚にお代わりを所望したという。そして、その悪戯を画策した主犯格は、数日後に不審な死を迎えた。野盗に襲われて斬り死にしたらしいが、何とも藤四郎らしいと継村はそれを聞いて笑ったものだった。
そうした事もあり、藤四郎は周りからは変わり者、或いは不気味だと避けられている。だが継村は、その藤四郎を嫌いではない。慣れたという事もあるが、藤四郎だけが〔天下への野望〕を共有してくれる唯一無二の友なのだ。本人は謙遜して臣下の礼をとっているが、少なくとも継村はそう思っている。
「殿、ご報告がございます」
藤四郎は、継村の前へと膝行して告げた。
「申せ」
「念真流を使う者を見付けました」
「何?」
継村は、思わず聞き返した。
「念真流を使う者を見付けたのです、殿」
そう言えば、藤四郎に漏らした事がある。御手先役が我が家中におれば、と。藤四郎はそれを密かに実行していたのだ。
「俺の独り言を聞いていたのか。流石だな、お前は」
「その者の腕をお見せしとうございますが、如何いたしますか?」
考えるよりも先に、継村は頷き立ち上がっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
深夜。城を出た。
咎める者はいない。この黒河で、頂点に君臨するこの継村を抑える者など、存在しないのだ。
供回りは、藤四郎が直率する近侍隊の十名である。継村には小姓などもいるが、いざと言う時に身を守るのは、藤四郎が厳選したこの護衛達だった。
夜の城下を馬で疾駆し、藤四郎が馬を止めたのは、虻鍬川の河川敷だった。
虻鍬川は、河川舟運の主要路として往来が頻繁な河川であるが、この時分には流石に誰もいない。
「ここで見られるのか?」
鞍上の継村が、下馬し轡を取っている藤四郎を一瞥した。すると藤四郎が頷き、
「では……」
と、片手を挙げた。
一斉に、篝火が焚かれた。眩い光が闇を浸食すると、継村は怜悧な両眼を細めた。
「ほう」
そこに居たのは、三人の武士だった。
正面に控えるのは、総白髪の老人。身体は細く小さい。その一歩後ろには二人の若い男だった。
「やれ」
藤四郎が命じると、篝火が届かぬ闇の中から、浪人風の男達が現れた。十名以上はいるであろうか。手には刀。既に抜いている。
「あれは?」
継村は、藤四郎に耳打ちをした。
「食い詰め浪人でございます。三人の内、一人でも倒せば、全員を召し抱えるという約束をしております」
「面白い趣向だ」
継村が悪戯顔で笑うと、藤四郎はいつもの無表情で頷いた。
(手が込んでおるわ)
召し抱えるとなれば、浪人共は目の色を変えて挑んでくるであろう。
だが、継村が目にしたのは呆気ないものだった。
三人の武士が、跳躍して着地する。その度に、血飛沫が立つ。それで終わりなのだ。浪人達が刀を振る暇もない。
ほぼ一息。それで、十六もの骸だけが残った。
「これは、想像以上だ。しかし、呆気ないな」
「ですが、これが念真流なのでしょう」
「ふむ」
継村は下馬し、三人の前に進み出た。三人は咄嗟に膝を着いて、刀を差し出した。
「俺が伊達蝦夷守だ。名を訊こう」
「某は、平山幻舟。後ろの二人は、息子の平山六郎と、弟子の平山孫一と申す」
息子の六郎は、歳を取ってからの子なのか、思いのほか若い。二十歳そこそこだろう。一方、孫一という弟子は三十路は越えていそうだ。この中では、最も立派な体躯をしている。
「見事な腕だった。まるで幻術の類だな」
「有難きお言葉を賜り、かたじけのうございます。我ら九州の香春におりました所、そこにおられる片倉殿に呼ばれ馳せ参じました。何でも、この力が欲しいと」
「そうだ。おぬしらは念真流を使うのであろう?」
「如何にも」
「その力を、俺の為だけに使って欲しい」
「我々を召し抱えるという事でございますか?」
「そうだ。勿論、それなりの報酬や待遇を約束しよう」
「具体的には?」
「さしあたり、夜須藩の御手先役と同じものを」
「ほう、宗家と」
「その御手先役が如何なる集団なのか我々は掴んでおらぬが、いずれ同じものか、それ以上のものを約束する」
「その代わりに、戦えという事ですな」
「そうだ。夜須の念真流を潰せ」
すると、幻舟の目が一瞬だけ光り、そして快活に笑った。
「お引き受け申した。我らは、宗家より追放されし一族の裔。その宗家を潰す事は、長年の悲願であり、野望でございます」
「そうか。お互いに利害が一致したのだな。それとだ、おぬしらが言う宗家とやらについても教えて欲しい。御手先役について、何も知らぬのだ」
「無論。これより我々は蝦夷守様の家臣でございますれば、何なりと御命じ下さい。ただ一つだけ、出来ぬ事がありますが」
「何だ、それは?」
「念真流を伝える事。実戦での戦い方は幾らでも教示しましょう。ですが、念真流だけは、選ばれた者にしか伝えませぬ」
「なるほど。それほど誇り高いものなのか?」
「ええ。念真流を使う者は、平山姓を名乗らせるのが伝統でございます。宗家ではその伝統が蔑ろにされる事もありますが、我々はその矜持を大切にしております」
「頼もしいな。よかろう、詳しくは藤四郎と話すがよい」
継村は踵を返し、馬に飛び乗った。
鞭を入れ、駆け出す。すぐに近侍隊が追従してくる。
(これで、戦える)
俺は、戦える。利景と互角に。その先には、江戸、京都。そして天下がある。
身体を打つ夜風の心地良さの中で、継村は嗤っていた。
何としても、天下が。
それは、藩祖・独眼竜政宗から脈々と受け継がれた、伊達家の呪いにも似た欲求だった。
黒河城二の丸御殿、奥書院。
夜である。部屋の四隅には、百目蝋燭。煌々とした光の中、伊達蝦夷守継村は関東から東北にかけた地図を広げ、一刻余り眺めていた。
地図は一畳ほどの広さで、諸侯の名前の他に勤王であるか佐幕であるか、反田沼と言われる清流派であるか、田沼に追従する濁流派であるか、注意すべき豪族・盗賊・侠客・商人・豪農の名前まで、詳細に記されている。
継村は時折、その地図を指でなぞってみる。そうする事で、見えてくるものもあるのだ。だが今夜は、まだ何も浮かんではいない。
(天下か……)
それに向かって、歩み出したばかりだ。目指すものは、遠い。それも、果てしなく。
独眼竜政宗は、遅く生まれたが故に天下を掴めなかった。覇を唱えようとした時には、天下の趨勢は決していたのである。黒河に封じられてからも幾度となく足掻いたか、徳河幕府は揺らぎもしなかった。
(政宗公は、秋に恵まれなかったのだ)
自分はどうか。最近、それをよく思う。
諸外国の来冦や不逞浪人の謀叛、田沼の独裁への不満と改革の歪み、その間隙を突いて朝廷の反幕分子が西国の外様大名と結び付き、何やら蠢動している。
これは乱世の前兆ではないか。そう思うからこそ、家老・鬼庭右京を表向きの指導者として、この乱世がもっと混沌とするように動いてはいる。
だが、今一つ大きな衝撃が足りない気もする。天下が覆されるかのような衝撃が。
(将軍か田沼の暗殺……)
確かに、そうなれば一気に乱世となるであろう。そうした謀略を企ててみたいとは思うが、まだ来たるべき乱世を戦い抜くだけの準備が、この黒河藩には足りない。
四年前、二十一歳の時に家督と蝦夷守の名を継いだ。第一の難関は、無能だった父が散らかした財政問題である。
継村は、その問題を密貿易という禁忌で解決した。南方で産出される砂糖を、蝦夷地で売り捌くのだ。そこでは〔おろしぁ〕の商人が待っていて、こちらは西洋の文物を購入する。
密貿易で上がる利は、想像以上に莫大だった。他にも阿芙蓉にも手を出したかった。これは漢土から入ってくるのだが、密輸入の道が確立されていて、中々手が出せない。二度ほど配下に探らせたが、一人として戻っていない。
兎も角、財政は好転した。故に、今は人材登用と軍制改革に着手している。少しずつ人材を入れ替え、藩主を頂点にする体制を作り上げているが、まだまだ十分とは言えない。
継村は、傍に置いていた瓢箪を煽った。中には、下り物の酒である。
(忌々しいな)
継村の鋭い眼は、東北と関東を遮る壁のように立ちはだかる夜須藩に向いた。
奇しくも同じ歳である夜須藩主・栄生利景は、継村にとっても黒河藩にとっても、不倶戴天の敵である。
江戸で会う度に、穏やかな笑みを見せ親しげに話し掛けてくるが、それが偽善のように見えて胸糞悪い。事実、夜須藩の仮想敵国はこの伊達家黒河藩なのだ。
夜須藩も乱世を睨んでか、早急な改革に励んでいるらしい。利景は元来病弱だが、聡明な君主として天下に知られ、幕府と民衆に対して忠義を掲げている。こうした愚直な男は厄介だ。伊達が挙兵した時、相討ち覚悟で攻めてくる可能性がある。幕府と民衆を守る為に。
故に継村は、夜須の勤王党を煽り、要人に刺客を差し向けた。だが、その全てに置いて、未だ満足な結果は得られなかった。
御手先役。
念真流という幻の流派を使う剣客が、この全てを阻止したのだ。その存在も知られておらず、黒脛巾組に命じて調べさせたが、誰一人として帰還しなかった。
御手先役のようなものが黒河藩にもあれば、謀略の幅も広がるであろう。それは常々考えている事だった。本来は忍びである黒脛巾組では、どうも打撃力に劣るのである。
「殿」
襖の向こうから声がした。片倉藤四郎である。
「おう、入れ」
藤四郎は、黒河藩首席家老である片倉備中の三男で、母は継村の乳母。つまり、藤四郎とは乳兄弟の間柄である。父の小姓として寵愛されていたが、切れ者で剣もよく使う為、その死後は側用人として使っている。
「まだ帰らぬのか」
「色々とございまして。今夜は宿直を予定しております」
「精が出るのう」
「何ほどでもございませぬ」
藤四郎は顔を上げると、抑揚も無く言った。昔から感情の起伏が無い男で、何があっても涼しい顔をしている。
幼少の頃、父に寵愛されている事を妬んだ同僚が、藤四郎の茶に山葵を入れるという悪戯をした事がある。その茶を藤四郎は何食わぬ顔で飲み干すと、企てた同僚にお代わりを所望したという。そして、その悪戯を画策した主犯格は、数日後に不審な死を迎えた。野盗に襲われて斬り死にしたらしいが、何とも藤四郎らしいと継村はそれを聞いて笑ったものだった。
そうした事もあり、藤四郎は周りからは変わり者、或いは不気味だと避けられている。だが継村は、その藤四郎を嫌いではない。慣れたという事もあるが、藤四郎だけが〔天下への野望〕を共有してくれる唯一無二の友なのだ。本人は謙遜して臣下の礼をとっているが、少なくとも継村はそう思っている。
「殿、ご報告がございます」
藤四郎は、継村の前へと膝行して告げた。
「申せ」
「念真流を使う者を見付けました」
「何?」
継村は、思わず聞き返した。
「念真流を使う者を見付けたのです、殿」
そう言えば、藤四郎に漏らした事がある。御手先役が我が家中におれば、と。藤四郎はそれを密かに実行していたのだ。
「俺の独り言を聞いていたのか。流石だな、お前は」
「その者の腕をお見せしとうございますが、如何いたしますか?」
考えるよりも先に、継村は頷き立ち上がっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
深夜。城を出た。
咎める者はいない。この黒河で、頂点に君臨するこの継村を抑える者など、存在しないのだ。
供回りは、藤四郎が直率する近侍隊の十名である。継村には小姓などもいるが、いざと言う時に身を守るのは、藤四郎が厳選したこの護衛達だった。
夜の城下を馬で疾駆し、藤四郎が馬を止めたのは、虻鍬川の河川敷だった。
虻鍬川は、河川舟運の主要路として往来が頻繁な河川であるが、この時分には流石に誰もいない。
「ここで見られるのか?」
鞍上の継村が、下馬し轡を取っている藤四郎を一瞥した。すると藤四郎が頷き、
「では……」
と、片手を挙げた。
一斉に、篝火が焚かれた。眩い光が闇を浸食すると、継村は怜悧な両眼を細めた。
「ほう」
そこに居たのは、三人の武士だった。
正面に控えるのは、総白髪の老人。身体は細く小さい。その一歩後ろには二人の若い男だった。
「やれ」
藤四郎が命じると、篝火が届かぬ闇の中から、浪人風の男達が現れた。十名以上はいるであろうか。手には刀。既に抜いている。
「あれは?」
継村は、藤四郎に耳打ちをした。
「食い詰め浪人でございます。三人の内、一人でも倒せば、全員を召し抱えるという約束をしております」
「面白い趣向だ」
継村が悪戯顔で笑うと、藤四郎はいつもの無表情で頷いた。
(手が込んでおるわ)
召し抱えるとなれば、浪人共は目の色を変えて挑んでくるであろう。
だが、継村が目にしたのは呆気ないものだった。
三人の武士が、跳躍して着地する。その度に、血飛沫が立つ。それで終わりなのだ。浪人達が刀を振る暇もない。
ほぼ一息。それで、十六もの骸だけが残った。
「これは、想像以上だ。しかし、呆気ないな」
「ですが、これが念真流なのでしょう」
「ふむ」
継村は下馬し、三人の前に進み出た。三人は咄嗟に膝を着いて、刀を差し出した。
「俺が伊達蝦夷守だ。名を訊こう」
「某は、平山幻舟。後ろの二人は、息子の平山六郎と、弟子の平山孫一と申す」
息子の六郎は、歳を取ってからの子なのか、思いのほか若い。二十歳そこそこだろう。一方、孫一という弟子は三十路は越えていそうだ。この中では、最も立派な体躯をしている。
「見事な腕だった。まるで幻術の類だな」
「有難きお言葉を賜り、かたじけのうございます。我ら九州の香春におりました所、そこにおられる片倉殿に呼ばれ馳せ参じました。何でも、この力が欲しいと」
「そうだ。おぬしらは念真流を使うのであろう?」
「如何にも」
「その力を、俺の為だけに使って欲しい」
「我々を召し抱えるという事でございますか?」
「そうだ。勿論、それなりの報酬や待遇を約束しよう」
「具体的には?」
「さしあたり、夜須藩の御手先役と同じものを」
「ほう、宗家と」
「その御手先役が如何なる集団なのか我々は掴んでおらぬが、いずれ同じものか、それ以上のものを約束する」
「その代わりに、戦えという事ですな」
「そうだ。夜須の念真流を潰せ」
すると、幻舟の目が一瞬だけ光り、そして快活に笑った。
「お引き受け申した。我らは、宗家より追放されし一族の裔。その宗家を潰す事は、長年の悲願であり、野望でございます」
「そうか。お互いに利害が一致したのだな。それとだ、おぬしらが言う宗家とやらについても教えて欲しい。御手先役について、何も知らぬのだ」
「無論。これより我々は蝦夷守様の家臣でございますれば、何なりと御命じ下さい。ただ一つだけ、出来ぬ事がありますが」
「何だ、それは?」
「念真流を伝える事。実戦での戦い方は幾らでも教示しましょう。ですが、念真流だけは、選ばれた者にしか伝えませぬ」
「なるほど。それほど誇り高いものなのか?」
「ええ。念真流を使う者は、平山姓を名乗らせるのが伝統でございます。宗家ではその伝統が蔑ろにされる事もありますが、我々はその矜持を大切にしております」
「頼もしいな。よかろう、詳しくは藤四郎と話すがよい」
継村は踵を返し、馬に飛び乗った。
鞭を入れ、駆け出す。すぐに近侍隊が追従してくる。
(これで、戦える)
俺は、戦える。利景と互角に。その先には、江戸、京都。そして天下がある。
身体を打つ夜風の心地良さの中で、継村は嗤っていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
33
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる