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ゾルドン王子の絶望

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 クズ兄は、俺とテスラムさんの説明が受け入れられないらしい。

 未だに騒いでいる。



「嘘をつくな。何が既に戦闘になっているだ!そんなことがわかってたまるか」

「だから、お前程度の力では何もわかんないんだよ。丁度いい、ちょっと静かにしてみろ?戦闘の音が辛うじて聞こえるんじゃないか?」



 驚きの表情でクズは黙る。

 同時にクズの取り巻きである近衛騎士達も一切の物音を立てなくなった。

 呼吸すら止めていると勘違いするほどの静寂が訪れる。



 あの新人騎士は、魔獣の勢いに押されてこちらに近づいている。

 もちろん逃げる事は既に試していたのだが、即座に追いつかれたのであきらめたようだ。

 その為に、ここから戦闘場所までの距離がかなり近づいたので、大した力のない者にも聞こえるほどの音が聞こえてきた。

 明らかな戦闘音、そしてあの騎士の叫びだ。



「ゾルドン王子!、隊長、魔獣が侵入してきています。助けて下さい。私だけでは抑えられません。隊長!!」



 ようやく現実が見えてきたようだ。



「な、おいお前ら、すぐに出撃して助け出してこい。あいつで持ちこたえられるレベルならば全員で行けば問題ないだろう」



 このセリフだけ聞くと、部下の安全を確保しようとしているように聞こえなくもないが、決してそうではない。

 自分の身の安全のために、助けられる手駒は助けておこうとしているだけだ。

 その証拠に、決して自らは助けに行こうとはしない。



「「「はっ!!」」」



 近衛騎士達は、自分でも楽勝であると思ったのか命令通り若手の救出に向かった。



「おいおい、魔獣殺しの英雄さんよ?お前はいかなくてもいいのか?」

「フン、わざわざこの私が出るまでもないと判断しただけだ」



「そうか、それならあいつらが引き連れてくるだろう魔獣討伐、ここでゆっくりと見学させてもらおうか」

「なんだど?ここに魔獣が来るだと?」



「当たり前だろ。お前は今まで何を聞いていたんだ?ギャグのセンスは抜群だが、他は全く駄目だな。そうそう、親切な俺は少しだけ情報をくれてやる。あいつらが引き連れてくる魔獣は雑魚ばかりだがかなりの数がいる。まあ精々頑張れや」



 ヘイロンが煽り倒している。



「き、貴様らも同じ状況になるだろう。止むを得ないから共闘してやらない事もないぞ」

「フハハハ、やっぱりお前はギャグのセンスだけは抜群だな。なんで俺達がお前ごときに力を貸す必要がある。俺達は黙って<六剣>の力を若干自分の周りだけに解放すれば、魔獣は近づいてくることはない。いや、逆に俺達が向かえば避けてくれるさ」



 どうやっても俺達の力は得られないと思ったのか、睨みつけるような目をしながら震えているクズ。



 そこに、鈴の音のような美しい声で、ナユラが<光剣>を持ちながら力を受け入れ終わったことを告げる。



「ロイド様。まだまだ慣れませんが凡その力は理解することができました。先ほどヘイロン様がおっしゃった自分の周りにのみ力を開放する程度は実施可能です」



 俺の返事を待たずに、クズが何やら呻いている。



「貴様、その<光剣>さえ俺の手元にあれば・・・その剣をよこせ!」



 今いる位置は、あのクズが誰よりもナユラに近い位置にいる。

 もちろん俺達であれば、あんなクズよりも早くナユラの前に移動することはできるが、なったばかりとは言え<六剣>所持者になったナユラの敵ではないと理解できるため、誰もフォローに行こうとはしなかった。



 目の色を変えてナユラに突進したクズだが、身体能力が圧倒的に違うため軽く躱された挙句に転ばされて地べたに這いつくばっている。



「申し訳ございません。私<光剣>のナユラと申します。この剣はロイド様の許可の元私を所持者と認めて下さったのです。<光剣>から拒絶されない限り、私はこの剣を手放すつもりはございません」



 どこまでも気品に溢れている所作で、平然と対処した後にこちらに向かってくるナユラ。



 やがて嬉しそうに<光剣>を見つめながら俺達の場所に着く。



「ナユラ、良かった。<光剣>も喜んでる」

「ありがとうございます、お姉ちゃん。私もそう思います」

「うん、私もそう思うよナユラ!<水剣>も仲良くしたそうにしている気がする」



 三姉妹?は改めて絆を確認しているようだ。



 一方、地べたに這いつくばるのがとても良く似合っているクズ・・・どうしても<六剣>を手にすることができない事が理解でいたのか、呆然としている。



「ゾルドン王子、無事救出完了しました」



 そこに近衛騎士がなだれ込んでくる。

 もちろん、新人近衛騎士もかすり傷程度で救出されたのだが、洞窟の出口からは近衛騎士の後を追うように魔獣がなだれ込んできた。



 親切な俺達は、邪魔にならないように誰もいない壁の近くに移動して、宣言した通り自分の身の回りにだけ<六剣>の力を開放する。



 何の障害もなくなった魔獣はかなりの勢いでこの場所になだれ込んでくるが、身動きできなくなる程には入ってこない。



「ロイド様、残念ながら先程申し上げました新たに魔族へ進化した者ですが、この近くにおりまして・・・その者がある程度この辺りの魔獣を統率しているようです。我らがこの場を脱出する際には、その魔族は確実に討伐しておかないと、魔王側に情報が回ってしまう可能性がありますな」

「今は俺達の剣の力は限定的にしか開放していないからバレていないだろ?」



「行動を見る限りではそうですな。進化したばかりの魔族ではありますが、そ奴の持っている特殊能力が<炎剣>の<探索>と似た物であった場合には、その限りではないので油断はできませんが」

「ならば、私が今片付けてこようか?」



 アルフォナの提案にテスラムさんが考え込む。



「一長一短ですな。討伐すれば情報漏れの心配はなくなります。しかし、討伐するとこの場の統率者がいなくなるので、身動きできない程魔獣が流れ込んでくる可能性があります。そうすると、復讐の一端である王子の無様な姿を直接視認することはできません」

「じゃあ、俺の新たな特化能力ならどうだ?<時空魔法>がさっき使えるようになったんだが・・・いや、ゴメン。駄目だ。<時空魔法>で生きたまま捕獲した場合、<時空魔法>の内部からこっちには何の影響力もないらしい。つまり、統率は外れそうだ」



 なかなかうまく行かないな。

 俺達が、クズの苦しむ姿を視認したいがためだけに呑気に話をしている最中でも、魔獣は近衛騎士達と戦闘をしている。



 今の所は近衛騎士が優勢だが、やがては数の力に負けるか、あるいはレベルの高い魔獣や魔族が来襲すればあっという間に瓦解するだろう。



「警戒レベルを上げた状態で監視をつけていますので、暫くはこのままで良いでしょう。折角ですから、近衛騎士達の健闘を祈りましょう」

「そうだな、どこまで騎士道精神を貫けるか見届けてやろう」



 テスラムさんとアルフォナでこの話は決着したらしい。

 その間討伐は討伐され続けているが、あの英雄殿は騎士の後ろに隠れているだけで一切攻撃をしていない。



 大した時間はたっていないが、早くも騎士達に疲れの色が見え始めた。

 明らかに動きが遅くなり、致命傷ではないが傷を負い始めている。

 その傷が更に騎士の動きを悪くしているという悪循環だ。



 当然近衛騎士隊長にもなれば、どんなクズでも状況は少しは分かっているのだろう。



「ゾルドン王子、このままでは何れ全滅です。ここは魔族討伐の英雄の力をお貸しいただけないでしょうか?」

「そうだそうだ!!さっさと俺達の前で英雄殿の力を見せてみろ!ギャグ以外も優れていると認めさせてみろ!!」



 ヘイロンの煽りに、クズ王子は引くに引けなくなった様で刀を握って立ち上がる。

 クズにとって、本当の地獄が今始まった。
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