幸次とコージ

焼納豆

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思わぬ落とし穴

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 イカのサビ入り寿司のワサビにやられている幸次は、初めての経験に全く影響のないような素振りをする事が出来ずにいるが、目の前の朱莉に安心してもらうべくこう告げる。

「朱莉!ど、どうやら余はクラー……イカの毒にやられたらしい。だが案ずるな。この程度でどうこうなる余ではない!」

 力強い宣言ではあるが、朱莉にとってみればワサビによって涙目になっている幸次が変な事を言っているだけにしか聞こえない。

「フフ、お兄ちゃん、面白いね。毒なんてある訳ないじゃない。ワサビが効きすぎたんだよね。ハナを摘まむと少し楽になるかもよ?」

 お手本を示すように自分の鼻を軽くつまんで見せる朱莉を見て、幸次は藁にも縋る思いで真似をすると、鼻で息を吸えなくなった影響からか、鼻の奥の痛みが和らぐ。

 その後何とか咀嚼して飲み込む幸次。

「朱莉、素晴らしい知識だ。流石は余の妹と言った所だな。しかし、ワサビ……これほどとは思わなかったぞ」

 未だ少々涙目ではある幸次だが、どうやら癖になったようで再びイカを注文して涙目になりながらも食べている。

 幸次としてはクラーケンイカが最大の目的であったために他のネタの知識はあまりなく、その後は朱莉にお任せで出てくる寿司を食べていたのだが、その全てがもちろん初めて口にする食材だったので、あまりの美味しさに感動しっぱなしだった。

「「ごちそうさまでした」」

 会計を済ませて家に戻ると手洗いうがいだが、水道については王城にも似たような魔道具があった事から特に驚くような事は無い。

 その後は歯ブラシ、お風呂と続くわけなのだが、この辺りも特に問題なく終わり自室に戻る幸次。

……コンコン……

「どうした?朱莉」

 この世界でも身体強化を使える幸次は朱莉が自室の扉をノックする前からその存在には気が付けるのだが、この日本では暗殺者が一般家庭にいる訳もなく、通りに魔獣がいる訳でもないので特にその力を無暗に使う事はしていない。

「あのね、お兄ちゃん。明日学校でしょう?行きたくなければ、行かなくても良いんだよ。勉強なら、私が家で教えてあげられるし」

 異世界において、本物の幸次から聞いていた状況……幸次が結構酷い虐めにあっている事を家族が知っていると理解した幸次は本心から全く問題ない事を告げるのだが、朱莉の言葉には少々引っかかる事があったのも事実。

 それは、何故年上の自分が妹に勉強を教わる事になっているのかと言った所なのだが、朱莉によれば幸次はあまり学校に行けない状況になっているので、その部分を補填しようと必死で自分が勉強して兄である幸次に教えようとしてくれていたと言う事らしい。

 本来はここまで話すつもりはなかったのだが、自信満々な態度に変貌した幸次を見て話してみようと思ったとの事だ。

「なるほど。全て理解したぞ。朱莉の優しさも確かに受け取ったが、もう一切心配する必要はない事は断言しよう。そもそも余をこき使ったり、金品を撒き上げたりするなど言語道断。無礼者には相応の罰を与えるので、安心してくれ」

「お、お兄ちゃん。無謀な事はしないでね?」

 怯えるどころか躾てやるとばかりの発言に驚く朱莉

 実は両親もこの状況を理解していたので、変に金銭を幸次には持たせないようにしつつも時折学園に赴いて状況の改善を必死に訴えていたのだが、学園の対応は惨いもので、子供達の遊びの一環だとか、実は仲が良いとか、箸にも棒にもかからない対応しかしてもらえていないのが現実だ。

「お兄ちゃん、本当に無理しないでね?」

「大丈夫だ。そっちも気を付けるんだぞ!」

 二人は翌朝家を出るのだが、妹の朱莉は中学二年で幸次は高校一年である為に向かう先は異なる。

 朱莉は徒歩で幸次は自転車で通学しているのだが、やはり朱莉は兄である幸次が心配で、思わず朝から再三念を押している。

 幸次としてはその辺りは全く心配していないのだが、寧ろ別の心配事で頭がいっぱいになっていた。

 一つ目は……この自転車と言うものに無事乗れるのかと言う事
 二つ目は……無事高校まで迷わずに到着できるのかと言う事

 だ。

 ある意味虐めの主犯に対応する事は全く問題ないと思っているのだが、その状況に辿り着く以前の部分で大問題が発生していた。

 運転方法は知っているが今更自転車に乗れないかもしれないと言える訳もなく、一先ず降りた状態で進みだす幸次だが、背後から心配そうな朱莉の視線を嫌でも感知してしまう。

 朱莉としては幸次が無理して強がっている状況で、やはり本心としては高校に行きたくない為に自転車に乗っていないように見えるのだ。

「くっ。まさか思わぬところで強敵が待っていようとは、油断と言わずして何と言う!だがしかし、ここで折れては王族の名折れ。余の生きざまをとくと見るが良い!」

 誰に話しているのか不明だが、背後の視線に追い詰められた幸次は意を決して自転車に乗るのだが……動かした状態で乗るなどできる訳もなく、威勢の良い言葉とは裏腹に慎重に止まっている自転車にまたがり、ペダルに足を置いて力を入れて気合の雄叫びを上げる。

「うぉ~!」
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