幸次とコージ

焼納豆

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体育の授業

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「む、これは困ったぞ!」

「ど、どうしたの?幸次君!」

 篠原の言葉を聞いて困ったと言い出した幸次を見て、一気に不安になる吉田。

 状況を知らない教育実習生である伍葉以外誰がどう見ても幸次が二十周させられると思っているので、吉田以外、特に石崎や野田は漸く幸次が慌てる様を見られた事で笑顔がこぼれ始めている。

「吉田。お前、そんな奴にかまっていると前のように戻るかもしれねーな」

 虐めのターゲットに戻すかもしれないと脅しをかけるバカ具合だが、これは二人の近くに行って話の内容を正確に聞こうと言う魂胆からであり、実際には最も腹の立つ幸次以外を今更ターゲットにするつもりはない。

「吉田殿、あんなエラ呼吸の下民は放っておいて良いぞ。ところで、少々困った事になったのだが……」

「こ、この野郎……ふ~、今更ビリになる事を恐れたか?誰が何と言おうと、教師である篠原先生が指示した事を違える事は出来ねーんだよ。ビリは追加で十周だ。そうそう、先生?時間制限もありますよね?」

 軽く無視された事に腹を立てている石崎は、敢えて大声で事情を説明するように話した後に追加の条件開示を篠原に求めるのだが、もちろんこの流れも二人で打ち合わせ済みの行動だ。

「あぁ、石崎の言う通り条件がある。二時間丸々使われて二十周されても授業が成り立たないからな。ビリになった者の追加分は、初回の五位以内のタイムで走ってもらう」

「篠原先生、それは無謀ですよ!初回に終着の人が二回目に初回の五位以内のタイムで走りきるなんて、達成できるわけがないじゃありませんか!」

「伍葉先生は甘い。俺は風紀を締め直すと伝えた通りで、緩み切った精神を鍛え直すには多少無理と思われる事もしなくてはならない時がある。それがたとえ生徒に恨まれても実行するのが、正しい道を指し示す教師の在り方なんだ!」

 完全に自分に酔っており、ここまで言えば伍葉も靡くだろうと言う有り得ない思惑もある篠原と、素晴らしいと言わんばかりに拍手を送っている石崎以下お付きの者達だが、その視線は全て幸次に向けられていた。

 流石に状況を把握した伍葉は、幸次と共にいる吉田に慌てて近寄る。

「幸次君。あまりにもおかしな指導なので、私が学年主任に事情を説明しますから無理をする必要はありませんよ?」

 当然近くにいる石崎は、伍葉の本当の立ち位置を知らないので口を挟んでくる。

「おいおい、いくら実習生とは言え教師の立場だろ?一人の生徒を依怙贔屓するのは教師としての資質を疑われるんじゃないですか~?」

 幸次が困ったと口にしていた事からすっかり高揚している石崎は無駄に強気なので、あまりの態度にキッと睨みつけてしまった伍葉をよそに、幸次が再び口を開く。

「いや、伍葉先生。条件は全く問題ないのだが……いや、条件に付いても確認したい事はあるが……」

 幸次が少し困ったような表情になっているので伍葉と吉田は不安になり、石崎や篠原達は満面の笑顔だ。

「う~ん、先ずは条件からで良いか。ビリが追加で走るのは分かったが、再度走った時に条件の時間をクリアできなかった場合はどうなるのだ?」

 幸次以外の全員が、自分がビリである為に不安になって問いかけていると思っている。

「そうだな、当然追加で……条件をクリアできるまで、例え二時間目が終わろうと走ってもらう事になる」

 あまりにも有り得ない条件なので、伍葉が今度は怒りの表情で詰め寄ろうとするのを幸次がわざと大声を出して止める。

「なるほど、精神と共に体力を鍛え直すにはもってこいの条件だ。ビリが誰であろうとその条件は変えないのだな?」

「アハハハハ、テメ……三島。どう考えてもビリは三島以外いねーだろ?」

 笑い転げる石崎と取り巻き、そして幸次の問いかけを明確に肯定する篠原。

「そうだ。教師生命をかけて実行させる!」

 ある意味自分が勤める学園の雲の上の存在とも言える伍葉 紀子の前で醜態を晒し続けている篠原をよそに、幸次は満足げだ。

「じゃあ最後に質問だ。実は少々困っていてな。トラックを周回するのは良いが、トラックとはなんだ?」

「え?」

 この驚いたような、呆れたような声は、最も幸次を心配していた吉田の声だったりする。

 吉田としては幸次が真剣に困っている様子を見せたので、有り得ない条件の事で困っているのかと不安になっていたのだが、蓋を開ければまるで次元の違う困り事だったのだ。

「ぶひゃひゃひゃ!テメ……三島!どこを走るのかも理解できね~のかよ。どうせ相当短い距離だと思って余裕かましていたんだろうが、残念だったな。あの地面に糸が張られている所に沿って十周だ!」

 何故か勝ち誇った石崎が説明してくれたので、王族としてしっかりと最低限の礼節だけは行う幸次……とは言え、大切な家族である妹の朱莉を泣かせた者に対する相応しい礼節のレベルで、だが。

「おぉ、そうか。アレか。助かったぞ、エラ呼吸の下民。貴様程度の小さくてスカスカな脳でも理解できている事があったのだな。余も勉強になった!」

 どこまでも自信満々である幸次を見て、一般人よりは人を見る目が遥かにある伍葉は安堵の表情を見せた。
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