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第二話妹の欲望と姉の渇望
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最後くらい、お姉様の悔しそうな顔が見たかった。
この家に来た日から、あの人の表情が動いたのを見たことがない。
お父様が言うには、昔から愛想がなかったらしい。
私がこの家に初めて来た日すら、驚いた顔をしなかった。
来るのを予想してたような、何かを諦めたような、子供のくせに大人みたいな顔だった。
それが怖くて、泣いたのを覚えてる。
あれ以来、いつも無表情で、無言。
ほんと、存在感無さすぎて、まるで幽霊みたい。
考えてみたら、誰とも話して無かった。
学園に、お友達すら、居なかった。
逆に、先生達は、妙にお姉様に優しかった。
確かに頭は良かったみたいだけど、そんなの、卒業したら何の役にも立たないってお母様が言っていた。
私達が、平民からお貴族様になれたのも、全ては、この美貌のお陰。
いかに美しさを保つか?
いかに愛されるか?
そのためには、私を輝かせる品物は欠かせなかった。
お姉様の持ち物で、美しい物は、全部 私が頂いた。
宝石の付いた装飾品は、片っ端から奪ったし、綺麗なドレスは、お姉様には勿体ないもの。
サイズが合わない物は、全部売り払った。
でも、それも、そんなに長続きしなかった。
だって、お父様、お姉様には何も買ってあげてないんだもの。
お姉様を産んだと言う人の持ち物なんて、古臭いものばっかり。
でもいいわ。
最高のものを、奪ってあげたから。
あの婚約者が、折角お姉様をこの貧乏くさい家から救い出してくれるはずだったのにね。
背も高くて、目鼻立ちも整ってて、好みじゃないけど、及第点と思わなきゃ。
ちょっと、年上だけど、先に死んでくれたら、あの人の財産、全部私の物?
それも、悪くないわ。
ワクワクしながら荷物を大きな馬車に乗せた。
最後に、もう一度、お姉様に私が選ばれたのだと見せつけたかった。
それなのに、荷物を全てを載せ終わったら、御者の人に急かされて、あっと言う間に出発させられてしまった。
何故なら、お父様が、屋敷から飛び出してきたから。
「待ってくれー」
馬車に並走して走る姿が、無様。
しかも、そんなに走らない内に、ヨロヨロと地面に倒れ込んだ。
そのみっともなさと、気持ち悪さに、酸っぱい物を食べた時みたいな顔になってしまった。
煩わしいお父様には、もう二度と会いたくないわ。
何も買ってくれないのに、身体を触ろうとするんだもの。
ギブアンドテイク。
貰えるものがないなら、あげるものもない。
明日からは、お母様と二人で、贅沢三昧よ。
まずは、明日、何を買おうかしら?
ハッハッハッハッハッ
暗闇を、鞄を抱えて、ひた走る。
明かりを灯せば、直ぐにハイエナ並の嗅覚を持ち合わせた物取りに見つかってしまう。
人通りの少ない夜道は、女一人には、危険すぎる。
しかも、今は、大金を持っている。
心臓は、張り裂けそうなほど、激しく脈打って、喉は、カラカラ。
精一杯のスピードで、私は、ある場所を目指した。
辿り着いたのは、町外れの小さな貸家。
ポケットから古びた鍵を取り出すと、小刻みに震える手から、スルリと落ちた。
チャリン
石畳の上で弾いた音が、やけに大きくて、ビクンと体が震えた。
私は、後ろを振り返り、誰も居ない事を確認してから、鍵を拾って鍵穴に突っ込んだ。
ガチャガチャガチャガチャ
錆び付いて、なかなか回転しない鍵に舌打ちする。
ガチャン
やっと開いたドアを体全部で体当たりする様に中に押し入り、再びドアを閉めた。
鍵を掛け、部屋の中にある机や椅子を手当たり次第にドアの前に移動させる。
そうして、やっと、私は、床に座り込んだ。
ハァハァハァハァハァハァ
肩を上下させ、呼吸を整えると、鞄を持ってベッドに潜り込む。
「やった……やったわ……」
ずっと企てていた計画を成功させて、私は、興奮に震えた。
ここは、何年も前から、私が密かに借りていた家。
母が生きているうちから、宝石を売っては、ガラス玉に変えてきた。
だって、そのままにしておけば、父に盗られるか、売られるかのどちらかだったから。
母は、父の正体に全然気づかなかった。
見た目だけが王子様みたいな父に、いつまでも小娘みたいに恋をしてるだけの人だった。
メッキが剥がれても、気にせず愛し続けていた。
きっと、夢の中の住人だったんだろう。
愛があれば、霞を食べて生きていけると本気で信じていた。
母の死後、妹が盗んでいった宝飾品も、宝石部分は、全てガラス玉。
あちらも、あちらで、見たいものしか見れない目を持っていた。
自分達が、泥棒猫と社交界でも呼ばれていることも、学園で、鼻つまみ者だったことも、気づいてすらいない。
ずっと現実の中で苦しみ続けていた私だけが、見たくないものに目を向け、砂を噛むような思いに耐え、前に進んでいた。
稼いだお金を貯め込み、いつか、この泥沼の様な世界から抜け出してやろう。
それだけが、心の支えだった。
ここは、その準備の為の隠れ家だ。
貴族なんて、プライドだけ高くて、何の価値もない。
母は、結婚する際、父の実家に、多額の支援をした。
請われるまま、父の言いなりに。
あの人に、金銭感覚は、無かった。
欲しいものを買うのに、金の糸目はつけない。
たとえ、自分の家が傾こうとも。
母が亡くなり、父が、我が物顔で家を仕切る様になると、益々貧しくなった。
力量も無いのに、上手い話に踊らされ、金を巻き上げられる。
そして、最後の手段が、子供の身売りだ。
本当は、要らない私を体良く追い出したかったのだろう。
しかし、正当な血筋は、私だけ。
婿養子の父には、侯爵家の血は、入っていない。
その子供もしかり。
私さえ消えれば、どう足掻いても、存続すら出来ない砂の城。
後生大事に抱えて、共倒れすれば良い。
新たな生活に浮かれているだろう妹達も、いつまで、能天気にいられるやら。
あの男は、殊更、若い女が好きだと、有名だった。
婚約者に据えた後、楽しむだけ楽しんだら、新しいのに取り替える。
決して、結婚なんてしない。
もう、そんな事を二十年近くやっていた。
社交界で、空気の様に気配を消し、注意深く耳を澄ましていれば、それくらいの情報、誰でも手に入る。
今回も、影の薄い、冴えない容姿のおかげで、危ない魔の手からすり抜けられた。
自由は、この手の中にある。
仮眠を取って、夜が明けたら直ぐに、ここを飛び出そう。
定期便の辻馬車が、隣町まで連れて行ってくれる。
そこから、船に乗ろう。
国を跨いで移動すれば、あの人達に追って来られることも無い。
その為に、密かに、何ヶ国語も独学で学んできた。
後は、石に齧り付いてでも、生き延びてみせる。
だって、今までだって、やってこれたのだから。
さよなら、故郷。
もう二度と、戻る事はない。
この家に来た日から、あの人の表情が動いたのを見たことがない。
お父様が言うには、昔から愛想がなかったらしい。
私がこの家に初めて来た日すら、驚いた顔をしなかった。
来るのを予想してたような、何かを諦めたような、子供のくせに大人みたいな顔だった。
それが怖くて、泣いたのを覚えてる。
あれ以来、いつも無表情で、無言。
ほんと、存在感無さすぎて、まるで幽霊みたい。
考えてみたら、誰とも話して無かった。
学園に、お友達すら、居なかった。
逆に、先生達は、妙にお姉様に優しかった。
確かに頭は良かったみたいだけど、そんなの、卒業したら何の役にも立たないってお母様が言っていた。
私達が、平民からお貴族様になれたのも、全ては、この美貌のお陰。
いかに美しさを保つか?
いかに愛されるか?
そのためには、私を輝かせる品物は欠かせなかった。
お姉様の持ち物で、美しい物は、全部 私が頂いた。
宝石の付いた装飾品は、片っ端から奪ったし、綺麗なドレスは、お姉様には勿体ないもの。
サイズが合わない物は、全部売り払った。
でも、それも、そんなに長続きしなかった。
だって、お父様、お姉様には何も買ってあげてないんだもの。
お姉様を産んだと言う人の持ち物なんて、古臭いものばっかり。
でもいいわ。
最高のものを、奪ってあげたから。
あの婚約者が、折角お姉様をこの貧乏くさい家から救い出してくれるはずだったのにね。
背も高くて、目鼻立ちも整ってて、好みじゃないけど、及第点と思わなきゃ。
ちょっと、年上だけど、先に死んでくれたら、あの人の財産、全部私の物?
それも、悪くないわ。
ワクワクしながら荷物を大きな馬車に乗せた。
最後に、もう一度、お姉様に私が選ばれたのだと見せつけたかった。
それなのに、荷物を全てを載せ終わったら、御者の人に急かされて、あっと言う間に出発させられてしまった。
何故なら、お父様が、屋敷から飛び出してきたから。
「待ってくれー」
馬車に並走して走る姿が、無様。
しかも、そんなに走らない内に、ヨロヨロと地面に倒れ込んだ。
そのみっともなさと、気持ち悪さに、酸っぱい物を食べた時みたいな顔になってしまった。
煩わしいお父様には、もう二度と会いたくないわ。
何も買ってくれないのに、身体を触ろうとするんだもの。
ギブアンドテイク。
貰えるものがないなら、あげるものもない。
明日からは、お母様と二人で、贅沢三昧よ。
まずは、明日、何を買おうかしら?
ハッハッハッハッハッ
暗闇を、鞄を抱えて、ひた走る。
明かりを灯せば、直ぐにハイエナ並の嗅覚を持ち合わせた物取りに見つかってしまう。
人通りの少ない夜道は、女一人には、危険すぎる。
しかも、今は、大金を持っている。
心臓は、張り裂けそうなほど、激しく脈打って、喉は、カラカラ。
精一杯のスピードで、私は、ある場所を目指した。
辿り着いたのは、町外れの小さな貸家。
ポケットから古びた鍵を取り出すと、小刻みに震える手から、スルリと落ちた。
チャリン
石畳の上で弾いた音が、やけに大きくて、ビクンと体が震えた。
私は、後ろを振り返り、誰も居ない事を確認してから、鍵を拾って鍵穴に突っ込んだ。
ガチャガチャガチャガチャ
錆び付いて、なかなか回転しない鍵に舌打ちする。
ガチャン
やっと開いたドアを体全部で体当たりする様に中に押し入り、再びドアを閉めた。
鍵を掛け、部屋の中にある机や椅子を手当たり次第にドアの前に移動させる。
そうして、やっと、私は、床に座り込んだ。
ハァハァハァハァハァハァ
肩を上下させ、呼吸を整えると、鞄を持ってベッドに潜り込む。
「やった……やったわ……」
ずっと企てていた計画を成功させて、私は、興奮に震えた。
ここは、何年も前から、私が密かに借りていた家。
母が生きているうちから、宝石を売っては、ガラス玉に変えてきた。
だって、そのままにしておけば、父に盗られるか、売られるかのどちらかだったから。
母は、父の正体に全然気づかなかった。
見た目だけが王子様みたいな父に、いつまでも小娘みたいに恋をしてるだけの人だった。
メッキが剥がれても、気にせず愛し続けていた。
きっと、夢の中の住人だったんだろう。
愛があれば、霞を食べて生きていけると本気で信じていた。
母の死後、妹が盗んでいった宝飾品も、宝石部分は、全てガラス玉。
あちらも、あちらで、見たいものしか見れない目を持っていた。
自分達が、泥棒猫と社交界でも呼ばれていることも、学園で、鼻つまみ者だったことも、気づいてすらいない。
ずっと現実の中で苦しみ続けていた私だけが、見たくないものに目を向け、砂を噛むような思いに耐え、前に進んでいた。
稼いだお金を貯め込み、いつか、この泥沼の様な世界から抜け出してやろう。
それだけが、心の支えだった。
ここは、その準備の為の隠れ家だ。
貴族なんて、プライドだけ高くて、何の価値もない。
母は、結婚する際、父の実家に、多額の支援をした。
請われるまま、父の言いなりに。
あの人に、金銭感覚は、無かった。
欲しいものを買うのに、金の糸目はつけない。
たとえ、自分の家が傾こうとも。
母が亡くなり、父が、我が物顔で家を仕切る様になると、益々貧しくなった。
力量も無いのに、上手い話に踊らされ、金を巻き上げられる。
そして、最後の手段が、子供の身売りだ。
本当は、要らない私を体良く追い出したかったのだろう。
しかし、正当な血筋は、私だけ。
婿養子の父には、侯爵家の血は、入っていない。
その子供もしかり。
私さえ消えれば、どう足掻いても、存続すら出来ない砂の城。
後生大事に抱えて、共倒れすれば良い。
新たな生活に浮かれているだろう妹達も、いつまで、能天気にいられるやら。
あの男は、殊更、若い女が好きだと、有名だった。
婚約者に据えた後、楽しむだけ楽しんだら、新しいのに取り替える。
決して、結婚なんてしない。
もう、そんな事を二十年近くやっていた。
社交界で、空気の様に気配を消し、注意深く耳を澄ましていれば、それくらいの情報、誰でも手に入る。
今回も、影の薄い、冴えない容姿のおかげで、危ない魔の手からすり抜けられた。
自由は、この手の中にある。
仮眠を取って、夜が明けたら直ぐに、ここを飛び出そう。
定期便の辻馬車が、隣町まで連れて行ってくれる。
そこから、船に乗ろう。
国を跨いで移動すれば、あの人達に追って来られることも無い。
その為に、密かに、何ヶ国語も独学で学んできた。
後は、石に齧り付いてでも、生き延びてみせる。
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