唇を隠して,それでも君に恋したい。

初恋

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ボクの"エラブヒト"

ボクのヒミツの綻び。

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目覚めた時,バスのなかには僕とリューだけ。

回らない頭で驚くと,リューは僕を揺するのをやめる。



「リュー」

「資料館。なかなか降りないから,和寧と敦ももう先に行って貰った」

「ごめん。僕1度寝るとふかくって」



僕はリューに謝りながら,急いで降りた。



「皆あんなところに……」

「敦が」

「?」

「何を言いかけたのか知らないけど」



うんと頷いて立ち止まる。

隣の席の和寧でなくリューが残ったのは,何か言いたいことがあったからなのだろうか。



「和寧と,なんかあった?」

「え」



何かって……

何もないと言えば嘘になる。

だからと言って,それを話そうと思えばリューに僕と和寧の共通点を明かさなくてはいけない。

リューがその存在を知っているからといって,和寧のことまで話して良いことにはならないと思うから。

僕はうんともううんとも言えず,しばし硬直した。



「どうして?」



代わりにごまかすように理由を問う。

リューは僕から視線をはずして,手のひらを首筋に当てた。



「最初はあんな警戒してたのに,今は1番力を抜いてる……ようにみえるから」



なんだ,そっか。



「とくに何もないよ。僕が新しく近づいてきた人間を警戒しすぎてただけだから。意味なんてないし,和寧は良いやつだよ。リューも気にしないで」



ほら行こうと促すと,リューはまだ悩むようにして歩き出す。



「何かあったら……遠慮せず言えよ」

「わっ」



ぽんと後頭部に手のひらが当たった。

僕はくすりと笑ってその背中を追いかける。

和寧は良いやつだけど。

リューも優しい。

僕はいつか,リューの優しさにも答えを出さないといけないなと思いながら,静かに瞳を落とした。



「あ。伊織」



先生から遅れて説明を受け,資料館へ。

少し進むと,スズが僕を見つける。

そして迷うように首をかしげた。



「和寧知らない?」

「え,和寧?」

「気付いたらいなかったんだよね。……まぁいいか」

「うん。いいんじゃない? そんなに広くもないし,そのうち会えるよ」



どこにいるか分からない和寧を探すより,ちゃんと展示物を見た方が良い気がする。

どのみち資料館に当てられた時間は長い。

伝えていかなかったということは,和寧も特に気にしていないのだろう。



「リュー,スズと一緒に先に行ったら? 僕ちょっとお手洗い寄ってから追いかけるから」



寝てばっかりで忘れてたけど,結構長い間行ってなかったんだよな……

あくびをしながら伸びをして,僕は曲線になった狭い道を歩いた。

あれ,誰かい……る?

ちらりと向かいに見えた人影。

その距離の近さと人物に,僕はうげと眉をひそめる。

壁に押し迫られた男が一人と,その首に抱き付くようにして手を回す女が一人。

どちらも年若く,僕と同じ制服を着用していた。

良く見れば,女の方は片手でキスを拒まれ,膨れている。



「ちぇ」

「だから,だめだってば」



男は諦めない女の首に雪崩れるようにして唇を押し付けた。

その表情はあまりにも淡白で,僕はついじっと眺めてしまう。

何があったのだろう。

数秒ののち,女の肩が震えた。

男はふっと笑ったようにみえる。

女はその場所を片手で隠し,僕に気づいたあと気まずそうに去っていった。

未だに僕に気付きもせず,首に片手を置いて壁へ背を預ける男の名を,僕は呼ぶ。



「和寧」



はっとしたように,そいつは僕を見た。

まったく,何をしてるんだこんなところで。



「あー」

「あー,じゃないだろ」

「んー……」



困ったように,和寧はつまらない笑顔を見せる。

見られたくないようなこと,するなよ。

スズたちに伝えてこれないような理由で,皆のもとを去るなよ。



「どうしてここに?」

「"普通に"トイレだよ。」



それ以外ないだろと,墓穴を掘った和寧に更に眉を寄せた僕。

和寧は1本しかない道の先にあるトイレの標識を見て,また



「あー」



と言った。



「和寧」

「ん?」



お節介だけどさ



「つまんないなら,するなよ」



流れ作業みたいなキス,楽しくないんだろ別に。

どうしてそんなことするんだよ。

お前はもっと,一緒になって夢中になるような,相手を余裕な顔で弄ぶようなキスをするのかと思ってた。




「んー。なー」




賛成するような声を出して,上を向く。

身長の低い僕には,その顔を見ることが出来なかった。



「どこかに置いてきた人が見たら……」



悲しむんじゃないのか。

ぴくり,と,和寧が動く。

僕は口にして,少し後悔をした。



「幻滅,するだろうね」



それが,目的なのか。

そんなことのために,その人も,自分も傷つけるのか。



「僕で最後にしろよ」



自分の口からこんな大胆な言葉が出るなんて思いもしなかった。

だけど,こいつが諦めてまともになるには,今しかないと思った。

僕の持つ興味と,お前のもつ疑問。

それを叶えるから,他は諦めろ。



「なに,伊織。いーの,こんなところで」

「体育館の倉庫よりは粗末じゃないと思うけど」

「それもそうか」



和寧は笑いながらも,その瞳は迷いに揺れている。

僕はその迷いを断つように和寧の前に立って,右手を壁に押し付けた。

ふーと息をはく。

僕だって,怖い。



「……和寧?」

「んー? ……いいよ,君の勝ち」



和寧はそっと,壁についた僕の右手首を捕まえる。



「震えとるよ。右腕も,唇も」

「……わらうな」

「うん。ごめん。だから伊織はこっち」



くるりと反転させられて,僕は思わず瞬きながら感心してしまった。

この身のこなしは,寄ってくる女の子を落とすだけの才能だと思う。

気付けば和寧を前に,僕は壁を背にしていて。

こつんとおでこを当てられたまま視界に映す和寧の上目遣いは,うっかり揺らぎそうなほど和寧の思う壺だ。

お互いなにも言わず,また数秒が流れる。

2人とも,緊張していた。

突如,ふ……と和寧が笑う。

そして一度出すと堪えきれなくなったのか,更にふふふと笑い出して,僕も呆れを通り越してため息を吐いた。

あのさぁ




「やべ,ちょっと……はは。気のない男二人でこの空気,まじでやべーわ」

「ああうん,はいはい」



それな。



「こんな知ってる人間だらけの公共施設で……失敗したらまじやばいな」

「まぁ,その時はその時だよ。逃げよう」



2人一緒なら,それくらいは出来るだろう。

"失敗"

それは僕の能力が判明したときと同じ状況を作り出すこと。

お互い半狂乱になって,相手を求め過ぎるほどに愛情を抱くこと。

僕らの求める都合の良い仮説が正しいなら,僕らはただキスをするだけに終わる。



「舌も入れる?」



からかうように舌を出す和寧。

僕はその頬を掴んで,和寧に顔を近づけた。

マスクを下ろし,目を閉じる寸前,和寧の驚いた表情が見える。

してやったりと思いながら,僕も口を開けた。

血液検査と変わらない。

違和感も結果も,一瞬だ。



「……おり!」



ぴくりと二人して硬直する。

僕はそちらを向けず,和寧を引き寄せて強制的に壁ドンさせ,胸板に自分を押し付けた。

やばい。

その一言が何度も巡る。

明らかに,声の主は"その瞬間"を見ていた。

目撃されるには,あまりにも"エロい"……

相手を向く和寧の顔を想像するだけでも腹が立つ。



「まぁあれだな。なんつーか。一度あることは二度あるし,二度あることは三度あるっつー感じなんかな」



ひとつは体育館,ふたつめは今。

なら一度目は……?

いつの事を言ってるんだと思いながら,和寧の個人的なことかと行き着く。

そして今はそんなことを言っている場合ではないと。



「いっ」



僕は爪先をぐんと踏んづける。




「ほんと。タイミングいいよな。敦」



こくんと飲み込む。

やっぱり,敦だったんだと。

僕はますます出られない。

だけど言い訳するなら,今しかないと僕は身勝手にも今度は和寧を突き飛ばした。



「あ,敦! これは……」

「この前の放課後。僕らが何しようとしてるか察して声かけてきたんやろ?」



……え?



「やっぱり,気付いてなかった? 思い出してみ。あん時,僕ばっか喋ってから,伊織は声だしてなかったやろ? なのに,敦は迷わず伊織を呼んだ。僕たちがあそこに入った時にはもう,敦はあそこにいて,僕らに気付いて,聞いてたんや」


……あ。



「まぁ別に。さあキスしましょーなんて言うてないから,気づいたのは雰囲気で? 咄嗟で? とかそんなもんやろ。……聞きたかったのも,"これ"かな」



僕らが何をしようとしていたのか。

その発言で更に決定的になる。

バスでの敦の言葉。

それが何なのか,分かっていて和寧は遮ったのだ。



「どうする? 伊織。敦は何を聞いてても何のこっちゃ分かってない。僕は全部伊織に任せるよ。誤魔化すなり,告うなり,打ち明けるなり。……僕から聞くよりいいやろ,敦も」



僕は初めて,敦の方を見た。

その長く見てきた僕ですら形容できない表情を見て,僕は驚きに目を奪われる。

敦は一言も話さず僕のもとに来て,未だ壁に挟まれていた僕を引き抜くようにして自身に寄せた。

不謹慎にも,僕の心臓がとくんとなる。



「伊織」



低く掠れた声が,更に僕の脳みそを刺激した。



「話がある。だから,こっちで話そう」



びくんと背筋が冷える。

僕は怖くなって,場にそぐわない穏やかな顔で手を振っている和寧を向いた。



「かず」



ぎゅっと手首の力が増す。

僕は口をつぐんで,しゅんとしたまま大人しく連行されることにした。



「敦……なにか,怒ってる?」



弁解するよりも先に出た言葉はそれだった。



「怒ってるとかじゃ……自分でも,良く分からない」



それきりなにも言えなくて,僕たちは外に出る。

そして太い柱の影を見つけて,向かい合った。










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