能ある酉は、ひめかくす

黒猫子猫

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6・腹黒い男

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 結局、サキ一人でディクトルを容赦なく叩きのめし、兵達がした事と言えば、抗う気力すらなくなった彼を縛り上げて、廊下へと連れ出したことくらいだ。

 ホルスは、まだ興奮冷めやらぬサキに、
「姫様、後始末は私が」
と声をかけると、兵達に続いて部屋を出て、扉を閉めた。

 兵に両脇を掴まれ立たされたディクトルの元に歩み寄ると、ホルスは冷淡に告げる。

「お仲間は宿に残っていた者達も含め、全員捕縛させました。貴方も大人しく牢獄へ行きなさい」
「……このままで済むと思うな」
「おや、いかにも悪人らしい、陳腐な台詞を吐きますね」

 ホルスは取り合わなかったが、ディクトルは唸るように言った。

「こんな目に遭わされて黙っていられるか。あの女に必ず復讐してやる!」

 追い込まれてなお、並々ならぬ気迫を滲ませるのは、修羅場をくぐってきた裏家業の者のしぶとさを感じさせた。今までは屈強な兵士達も怯ませてきたし、ディクトルの周囲にいた兵士達は実際、蒼白になった。

 だが、恐怖を覚えたのはディクトルに対してではない。

 彼がそんな世迷言を吐いた瞬間、全員が悲鳴まじりの声を漏らし、一斉に視線をあさってのほうに向けた。

「な、な、なんだよ?」

 一人訳の分からないディクトルだったが、次の瞬間ぶわっと全身から汗が吹き出した。

 己の威圧とは比べものにならないような、凄まじい覇気をまとったホルスが、冷然とした目で彼を見据えていた。

「私の大切な姫様を、『引っ叩こう』とした男が、生きて牢から出られると思っているんですか?」
「ま、待て……」
「ですが、姫様が一言たりとも悲鳴をあげなかったおかげで、貴方はほんの少しだけ楽に死ねます。良かったですね」

 言葉は相変わらず丁寧だと言うのに、ディクトルはもう喉がカラカラに乾いて、言葉にならない。ようやくあの時の異質な空気の持ち主が分かったが、もう遅い。

 ホルスは愉悦の笑みすら浮かべて、
「貴方達の始末は私に任されましたので、牢の中で『大人しく』待っていてください。随分余罪もあるようですし、吐かせるのが楽しみです」
と言うと、連行するように命じた。

 兵士達は即座に命令に応じて、半ばディクトルを引きずる勢いでその場を去った。明らかに機嫌の悪いホルスの近くにいたくないからだ。

 兵士達が立ち去ると、ホルスは踵を返して、サキの部屋に戻った。ようやく興奮もおさまって、サキは一人晴れ晴れとした顔をしていた。

「ああ、すっきりしたわ!」
「よかったですね」

 ホルスはにっこりと笑うと、そのままサキを抱き上げた。

「ちょっと、なに⁉」
「後始末は私がすると申し上げました」
「ええ、任せるわ⁉ それで、なんなの⁉」

 サキは問いかけるも答えて貰えず、彼女が連行された先は――――風呂場だった。

 彼が何をしようとしているか理解したサキは、脱衣所に降ろされるとすぐに逃げ出そうとしたが、先手を打った彼に扉をぴしゃりと閉められる。

「ちょっと⁉」

「貴女が奴に触れた場所が分かりませんので、一刻も早く全て洗い流します。急ぎますので多少は雑になりますが、仕方ありませんよね? 私には、そうするだけの当然の権利があるはずです」

「いいえ、待って! 私はまだ貴方の妻では無く、酉の一族の姫よ。敬意を払って丁重に優しくしてくれても、罰は当たらないと思うわよ。年上の話は聞くものよ!」

 同じ二十四歳という年齢ながら、サキの方が早く産まれていた。
 一日だけ。

 だが、ホルスは笑みを崩さない。

「ええ。では、そろそろ年上の余裕というものを見せて欲しいものですね。いつも私に泣かされているのはどなたでしょうか?」
「ま、待ちなさい!」
「その挙句、私に縋りついて――――」
「お願い、やめて。許して⁉」

 サキは半泣きになった。この男に喧嘩を売って勝てた試しが無いのだが、つい挑んでしまい、大火傷を負うのだ。 

 うなだれる彼女に、ホルスはまた問いかけた。

「終わりですか?」
「も、もう良いわ……」

 撃沈したサキはそう答えたが、眼前から感じる異様な気配にハッと息を呑む。

「では、私の番ですね」

 恐る恐るホルスを見返して、顔が一気に引きつった。

 何とか時間稼ぎをしていたのだが、無駄だった。
 もう終わりだと、サキの胸に絶望に近い感情が広がる。

 ホルスはまとわりついて邪魔だった前髪を、苛立たし気にかき上げた。

 酷い癖っ毛であるため、普段は撫でつけているが、表情を読まれにくくするためにあえて降ろしておいたのだ。

 長い前髪と眼鏡の下に隠れていた素顔は、極めて精悍な顔立ちだった。元々細身である上に着痩せする方らしく、一見すると貧相な身体に見える。だが、身体は引き締まり、無駄な贅肉も無いし、実際彼の腕っぷしはかなり強い。

 だが、サキにとっては今、彼がどれ程ずば抜けた美貌の主であろうが、本来は鷹のような鋭い目の持ち主で、何事にも抜け目ない文武両道の男であろうが、そんなことは関係ない。

 問題は彼を何か怒らせたらしい、という事だ。

 そういう時、ホルスは恐ろしい『本性』を見せてくる。

「誰が、あんな恰好をしろと言った」

「そこ⁉」

 思わずツッコミを入れると、冷然とした目が返ってきて、サキは完全に怯む。

 ――――出た。出た。出たわ! お兄様が怖いって泣く訳よね!

「だって、蹴るのに必要よね⁉」
「蹴るな。次」

「ひらひらって邪魔よね⁉」
「全く。他」

 一蹴してくるホルスに、諦め悪く言い訳をしていたサキは項垂れた。

「う、うう……」
「他に言いたいことは?」

 冷然とした笑みを浮かべ、更に問いかけて来る意地悪な彼に、更に確信する。

 ――――こ、これは、滅茶苦茶、怒っているわ!

 サキがホルスと婚約する事が正式に決まったのは、一月程前の事だ。
 まだ公にはなっていない事ながらも、族長の近臣達の間では周知の事であり、『よくぞ姫様を引き受けてくれた』『素晴らしい奉仕精神だ』などと大分サキに失敬な事まで言って、ホルスに祝いの言葉を贈ったものである。


 でも、サキは知っている。

 この男は一見優しくて大人しく気弱に見えるのだが、実際はとても腹黒くて容赦がない。それは分かってもいたし、ホルスが直向きに自分を想ってくれているのを感じてもいたから、求婚された時も受け入れた。

 だが、婚約の許しを得てから、サキは更なる本性を知ってしまった。

 この男は、ものすごく独占欲が強くて、愛が重い。
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