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他に好きな女がいる
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この短時間に、一体何が起こったのだ。アルベルトは訳が分からない。
「夜中にそんな悲鳴をあげるな!」
疲れは最高潮で、アルベルトも堪忍袋の緒が切れそうになった。自分も十分大声を出しているというところまでもう頭が働かない。
だが、このまま帰ったところを誰かに目撃でもされたら、自分はさながら押し入った暴漢である。通報されかねない。騎士団の恥だ。
眉間の皺を押さえつつ仕方なく中に入って、ロディネの元に歩み寄った。
「おい、どうした」
「⋯⋯入りたくありません」
「ああ?」
自分の家だろうと怪訝に思いつつ、視線を部屋に向ける。廊下の灯りだけだから何とも言えないが、人の気配はしないし、物音もしない。静かなものである。
だが、ロディネが悲鳴を上げた理由はあるはずで、もしかして泥棒でも潜んでいたら大変だ。アルベルトは警戒しながら、室内の灯りをつけてみた。
室内はお世辞にも広いとは言い難く、独り身用の部屋らしかったが、やはり整理整頓が行き届いていた。小さいながらも台所があり、居間にはソファーと丸いテーブルが置かれ、箪笥もある。ロフト付きの物件らしく、木製の梯子がかけられていた。
部屋の隅まで行って上を見てみたが、寝床らしきものが置かれているだけで、誰かが潜んでいる様子はない。念のため掃き出し窓も見てみたが、鍵がしっかりかかっていた。
「誰もいないぞ」
安全確認をしている間に、ロディネは手探りでソファーを探し当てて座っていたので、声をかけながら歩み寄ると、彼女はまたぽつりと呟いた。
「⋯⋯そう。独りぼっちなんです⋯⋯」
「別にそういう意味じゃないんだが⋯⋯」
あまりに寂しそうに呟くものだから、アルベルトは焦る。見れば、ロディネは目に一杯涙をため、ぶるぶると身体を震わせていた。
まずいことを言ったかと思ったが、その瞬間、彼女は勢いよく顔を上げて、きっと彼を見据えた。
「あなた、ちょっと、お座りください!」
「いや、俺はもう帰りたい――」
「お座りください!」
「⋯⋯分かったよ」
勢いに呑まれて応じたは良いが、座る場所と言えば、ロディネの隣か、床である。
一応同じ職場にはなるが、何の関係もない彼女の隣に座る事も憚られたが、さりとて床に座って、散々迷惑をこうむっている酔っ払いから見下ろされるのも気分が悪い。
ロディネが手でペシペシと隣を叩き、ここに座れと言わんばかりであったので、アルベルトは小さくため息をついて、出来るだけ端に身体を寄せて座った。
「今度はなんだ」
そう問いかけると、ロディネの目からぽろぽろと涙が落ちたのを見て、アルベルトはぎくりと身を固くする。
「どうして⋯⋯別れないといけなかったの!」
「何のことだ」
「とぼけないで! 私は納得したけど、実はしていないわよ!」
――――この女、もう嫌だ。今日は厄日か。
心からそう思い、冷淡に返してあしらったのだが、ロディネはどこをどう見ても真剣そのものである。
「あー⋯⋯恋人と別れたのか?」
「ええ⋯⋯他の人がいいなんて⋯⋯ひどいわ! あんまりだわ!」
「そういう事もあるだろ」
他に好きな女が出来た、というのは別れる理由ではよくあるものだ。ソファーの手すりには、どう見ても男物のジャケットがかかっているのが、ロディネ越しに見えた。
どうやら彼女は、恋人に振られたばかりだったらしい。
服はこの部屋に出入りしていた男の忘れ物といったところか。部屋に入った時に目について、思い出して泣いてしまったようだった。それは羽目も外して飲みたくもなるだろうと、アルベルトは少し同情する。しかも、ロディネはぽつぽつと漏らした。
「⋯⋯お金の事は良いのよ。本望だわ。三年間、私は本当に幸せだった」
かなりの額を男につぎ込んで、貢いでいたらしい。その上、三年もの間だというから、かなりの入れこみようだ。これはちょっと意外でもあった。仕事ぶりは至って真面目だと聞いていたからだ。
「でも⋯⋯あの人と一緒にいる姿は⋯⋯見たくなかったわ⋯⋯」
彼女が街で突然硬直し、家に帰るなり泣き出してしまった理由を察し、アルベルトは表情を和らげた。
初対面の女性の部屋をあまり見るのは悪いだろうと思っていたが、どうしても視界に入る。整然とされた部屋ではあったが、所々小さな可愛らしい置物もあった。
良い匂いがした。部屋に生活感はあるが、清潔で、整っている。
もう疲れたから帰りたかったはずなのに、なんだか居心地がいい。見れば、顔だちは群を抜いて可愛らしく、身体も華奢だ。男達に絶賛されていただけある。
彼女ならば男は放っておかないだろうし、また新しい恋ができるだろう。
アルベルトは疲れた体に鞭打って、
「その内、もっといい奴が見つかる」
と、優しく声をかけたのだが、酔っ払いはきっと睨みつけてきた。まだ相当酔っているのか、視線は泳いでまったく合わないが、その大きな目は鋭い。
しかも恩知らずな事に、怨みがましい声で詰ってきた。
「それはいつデスか!」
「あ?」
「いつなのよおおおお」
「お前は⋯⋯虎か」
「ええ、そうですよおお」
「訂正する。まずその酒癖を直せ⋯⋯聞いてるか?」
うんざりしつつ声をかけたが、むせび泣く酔っ払いに何を言っても無駄だとすぐに悟り、天を仰いだ。
疲れた。もういっそ、ここで寝るか。いや、だめに決まっているだろう。
何を考えているんだ、俺は。よっぽど疲れているに違いない。
こいつとあいつのせいだ。どうしてくれようか。
「夜中にそんな悲鳴をあげるな!」
疲れは最高潮で、アルベルトも堪忍袋の緒が切れそうになった。自分も十分大声を出しているというところまでもう頭が働かない。
だが、このまま帰ったところを誰かに目撃でもされたら、自分はさながら押し入った暴漢である。通報されかねない。騎士団の恥だ。
眉間の皺を押さえつつ仕方なく中に入って、ロディネの元に歩み寄った。
「おい、どうした」
「⋯⋯入りたくありません」
「ああ?」
自分の家だろうと怪訝に思いつつ、視線を部屋に向ける。廊下の灯りだけだから何とも言えないが、人の気配はしないし、物音もしない。静かなものである。
だが、ロディネが悲鳴を上げた理由はあるはずで、もしかして泥棒でも潜んでいたら大変だ。アルベルトは警戒しながら、室内の灯りをつけてみた。
室内はお世辞にも広いとは言い難く、独り身用の部屋らしかったが、やはり整理整頓が行き届いていた。小さいながらも台所があり、居間にはソファーと丸いテーブルが置かれ、箪笥もある。ロフト付きの物件らしく、木製の梯子がかけられていた。
部屋の隅まで行って上を見てみたが、寝床らしきものが置かれているだけで、誰かが潜んでいる様子はない。念のため掃き出し窓も見てみたが、鍵がしっかりかかっていた。
「誰もいないぞ」
安全確認をしている間に、ロディネは手探りでソファーを探し当てて座っていたので、声をかけながら歩み寄ると、彼女はまたぽつりと呟いた。
「⋯⋯そう。独りぼっちなんです⋯⋯」
「別にそういう意味じゃないんだが⋯⋯」
あまりに寂しそうに呟くものだから、アルベルトは焦る。見れば、ロディネは目に一杯涙をため、ぶるぶると身体を震わせていた。
まずいことを言ったかと思ったが、その瞬間、彼女は勢いよく顔を上げて、きっと彼を見据えた。
「あなた、ちょっと、お座りください!」
「いや、俺はもう帰りたい――」
「お座りください!」
「⋯⋯分かったよ」
勢いに呑まれて応じたは良いが、座る場所と言えば、ロディネの隣か、床である。
一応同じ職場にはなるが、何の関係もない彼女の隣に座る事も憚られたが、さりとて床に座って、散々迷惑をこうむっている酔っ払いから見下ろされるのも気分が悪い。
ロディネが手でペシペシと隣を叩き、ここに座れと言わんばかりであったので、アルベルトは小さくため息をついて、出来るだけ端に身体を寄せて座った。
「今度はなんだ」
そう問いかけると、ロディネの目からぽろぽろと涙が落ちたのを見て、アルベルトはぎくりと身を固くする。
「どうして⋯⋯別れないといけなかったの!」
「何のことだ」
「とぼけないで! 私は納得したけど、実はしていないわよ!」
――――この女、もう嫌だ。今日は厄日か。
心からそう思い、冷淡に返してあしらったのだが、ロディネはどこをどう見ても真剣そのものである。
「あー⋯⋯恋人と別れたのか?」
「ええ⋯⋯他の人がいいなんて⋯⋯ひどいわ! あんまりだわ!」
「そういう事もあるだろ」
他に好きな女が出来た、というのは別れる理由ではよくあるものだ。ソファーの手すりには、どう見ても男物のジャケットがかかっているのが、ロディネ越しに見えた。
どうやら彼女は、恋人に振られたばかりだったらしい。
服はこの部屋に出入りしていた男の忘れ物といったところか。部屋に入った時に目について、思い出して泣いてしまったようだった。それは羽目も外して飲みたくもなるだろうと、アルベルトは少し同情する。しかも、ロディネはぽつぽつと漏らした。
「⋯⋯お金の事は良いのよ。本望だわ。三年間、私は本当に幸せだった」
かなりの額を男につぎ込んで、貢いでいたらしい。その上、三年もの間だというから、かなりの入れこみようだ。これはちょっと意外でもあった。仕事ぶりは至って真面目だと聞いていたからだ。
「でも⋯⋯あの人と一緒にいる姿は⋯⋯見たくなかったわ⋯⋯」
彼女が街で突然硬直し、家に帰るなり泣き出してしまった理由を察し、アルベルトは表情を和らげた。
初対面の女性の部屋をあまり見るのは悪いだろうと思っていたが、どうしても視界に入る。整然とされた部屋ではあったが、所々小さな可愛らしい置物もあった。
良い匂いがした。部屋に生活感はあるが、清潔で、整っている。
もう疲れたから帰りたかったはずなのに、なんだか居心地がいい。見れば、顔だちは群を抜いて可愛らしく、身体も華奢だ。男達に絶賛されていただけある。
彼女ならば男は放っておかないだろうし、また新しい恋ができるだろう。
アルベルトは疲れた体に鞭打って、
「その内、もっといい奴が見つかる」
と、優しく声をかけたのだが、酔っ払いはきっと睨みつけてきた。まだ相当酔っているのか、視線は泳いでまったく合わないが、その大きな目は鋭い。
しかも恩知らずな事に、怨みがましい声で詰ってきた。
「それはいつデスか!」
「あ?」
「いつなのよおおおお」
「お前は⋯⋯虎か」
「ええ、そうですよおお」
「訂正する。まずその酒癖を直せ⋯⋯聞いてるか?」
うんざりしつつ声をかけたが、むせび泣く酔っ払いに何を言っても無駄だとすぐに悟り、天を仰いだ。
疲れた。もういっそ、ここで寝るか。いや、だめに決まっているだろう。
何を考えているんだ、俺は。よっぽど疲れているに違いない。
こいつとあいつのせいだ。どうしてくれようか。
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