騎士のオトナな秘密と新入りのオ××な秘密

黒猫子猫

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眼鏡を外すと美人

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 まずいものを見た、と騎士団長アルベルトは思った。

 彼は積みあがった仕事の山がようやく片付き、久しぶりに自宅へ帰ろうとしただけだった。アルベルトのような独身者の為に寮もあったが、街の集合住宅に一室借りて暮らしていた。

 多忙だったせいでひどく疲れていたから、まっすぐ帰りたかったのに、帰り道で偶然会った友人に捕まった。士官学校時代からの付き合いで、昔から酒癖の悪い男だったが、今回は過去最悪と言うほどだった。

 浴びるように酒を飲み、何やら鬱憤がたまっていたらしく延々と愚痴を聞かされたが、呂律が回っていないから、何が言いたいのか最後までよく分からなかった。その挙句、本人はご機嫌で鼻歌をうたいながら帰っていき、アルベルトは更にどっと疲れて頭痛がしてきた始末である。

 ようやく帰れると思った矢先――――真夜中の往来でたむろしている若者達が目に留まってしまった。

 飲み屋が軒を連ねる繁華街だったから、深夜にも関わらず騒いでいる者がいても別に驚くことではない。

 しかも、彼らは自分の騎士団の若手や事務員の女達ばかりだった。新人の歓迎会をやろうと騒いでいたのを耳に挟んでいたので、それだろうと合点がいく。こちらも全員ができあがっていたが、散会となっているらしく、一人、また一人と夜の街へと消えていった。
 中には更に飲むつもりなのか数人で肩を組んで去っていく者もいたし、そんな仲間達の目を盗んで男と女が親密そうに腕を組んで、彼らとは違う方へと向かっていくのも見えたが、それは別に良い。騎士団の規定には、事務員と団員の恋愛は禁止されていないからだ。

 問題は、一番しっかりした足取りで道を歩いていたはずの事務員の女が、突然何かに驚いたかのようにびくっと身体を跳ねさせたかと思うと、よろけて街路樹に激突し、座り込んだのだ。

「おいおい⋯⋯」

 ちょうど目撃したのは自分だけだったらしく、しかもみんな酔っ払いともなれば誰も彼女の事など気にしない。一緒に飲んでいた者達は帰ってしまっていたから、声をかけてやるものは他にいないだろう。

「⋯⋯参ったな」

 アルベルトは小さくため息をついて歩み寄り、街路樹の傍で膝を抱えて座り込んでいる女を見て、天を仰ぎたくなった。

 ――――この子か⋯⋯。
 さらに気が重くなる。

 アルベルトは、ロディネを知っていた。新入りの事務員である彼女と、軍を率いる騎士団長となれば接点は全くと言っていいほどない。
 彼女を含めた新入り達が揃って挨拶をしに来た時に一度会ったが、体格の良い団員達が前に並び、小柄な彼女や事務員達は後列だった。
 仕事は多忙を極めていたし、彼女達を連れてきた上司もそれを理解して、手短に名前だけ名乗らせて退出していったので、全く印象に残らなかった。

 だから、直接口を利いたことも無かったが、実はアルベルトはロディネにあまり良い印象を持っていない。

 まず、騎士団全員の前でも同様に挨拶に出た時、彼女は一同の度肝を抜いた。

 丸縁の眼鏡を外したロディネの素顔はあまりに美しく、たちどころに全員の目を奪ったからだ。その日から、特に若い男の団員達の間で、ロディネの噂で持ちきりになった。

 だが、アルベルトは、直属の部下達まで騒ぎ立てるものだから、仕事の進みが悪くなって困ると思う事ばかりだ。練兵所をロディネが通りかかると、騎士達の注意は逸れまくり、訓練どころではない。
 しかも、仕事中はいつも眼鏡をつけていたが、男達に周囲を囲まれている時にはよく外して、更に若い男達の目を釘付けにしていた所も、アルベルトには不愉快だった。

 あの新人は、媚びてる――――と、古参の事務員達が陰口を叩いていたのを聞いたこともある。

 ただ、仕事ぶりは至って真面目だったし、自分の美貌で周囲達を利用しようとすることもなかった。新人らしい失敗をして叱責されても、素直に受け止めて直そうとしている様子であったので、それ以上の反感は大きく買わずに済んでいるという。

 男の目を気にしながら眼鏡をつけたり外したりする所は、自分の母親の姿がちらついてくる。

 アルベルトの父親と離縁した後、母親は男に気に入られようとすることばかりに一生懸命だった。化粧も欠かさず、身に着けるものにはいつも気をつけていた事もあって、年を重ねても美しい人ではあったが、母親としては最悪だった。

 だから、ロディネに対しての心証は必ずしも良いものでは無かったが、夜の街に置き去りにするほど心は狭くない。

「おい、大丈夫か」

 屈んで声をかけると、ロディネがのろのろと顔を上げた。またしても眼鏡をかけていなかったが、それはアルベルトを意識したせいではなかった。街路樹に激突した拍子に地面に落ちたらしき眼鏡は、今座り込んだ彼女の尻の下である。硝子は割れていなかったが、弦は折れて曲がっていて、使い物になりそうにない。

 ただ、そのお陰でアルベルトは、彼女の素顔を間近でみることになった。肌はきめ細かく、鼻筋はまっすぐに通り、目もぱっちりとして大きい。酔っているらしく、視線はいささかさ迷っていたが、藍色の瞳の色も綺麗なものだった。

 男達が騒ぐだけはある――と思いつつも、やはり彼はそのまま魅入ることはなかった。
 母親の交友関係は広かったので美女は見慣れたものであったし、騎士団に入ってからも方々から散々言い寄られている。
 それよりも、彼女がまたゆっくりと瞼が閉じていったほうに注意が向いた。

「待て、寝るな」
「⋯⋯⋯⋯はい」
「ここは道だぞ」
「⋯⋯⋯⋯はい」

 何を言っても無駄と悟ったアルベルトは、呻いた。手を差し伸べて立つように促すと、立ち上がってはくれたので安堵する。
 ただそこから動く様子はなく、仕方なく手を引いてやった。とりあえず「はい」と言っておけばいいだろうとばかりに同じ言葉を繰り返すロディネから、何とか彼女の家を聞き出した。
 
 人数の都合上、騎士団寮に入れるのは団員の男達だけだったので、ロディネの自宅も街の一角にあった。古い小さなアパートメントで、一階の角部屋だ。その頃には日をまたいでおり、アルベルトはくたくたである。

「着いたぞ」
「⋯⋯⋯⋯はい」

 ロディネは、扉の前に突っ立ったまま動かない。それどころかその場に座ろうとするものだから、アルベルトは慌てて声をかけた。

「鍵は?」
「⋯⋯⋯⋯はい」

 何度聞いたか分からない返事を繰り返す彼女に、アルベルトは辛抱強く繰り返し尋ねると、鞄を差し出してきた。自分でやれと思ったが、もう一分一秒たりとも無駄にしたくない。自分もさっさと家で寝たいのだ。

 だから、アルベルトは開けるぞと声をかけて、鞄を開いて鍵を探し当てる。鍵を開けて、扉のノブに手をかけたが、そのまま開けるのは躊躇するものがあった。

 呼び鈴を鳴らしてみても応答がなかったから、室内に誰もいない。仕方がない事とはいえ、真夜中に女性の家へ勝手に立ち入っていいものかとも思ったからだ。

 だが、ロディネはまたしても座り込んでしまいそうだったので、アルベルトは諦め半分、覚悟を決めて扉を開ける。ふわりと仄かに甘い香りがした。香水のような人工的なものではなく、どこか落ち着く良い匂いだった。灯りをつけて廊下を照らしてみると、整然としていて掃除が行き届いていた。

 ――――綺麗にしているんだな⋯⋯。

 容姿は美しくても家は混沌としている女を、アルベルトはよく知っている。
 そんな事を思いつつ、ロディネに目を向ける。完全なる酔っ払いは、それでも慣れた自宅に入った認識はできたのか、壁に手をつきながら「ただいまぁ」と呟いて、中へと入っていった。

「鍵は郵便受けに入れておくからな」

 聞いているかどうかは定かではないが、勝手に持ち帰るわけにもいかないので、アルベルトはそう断って、背を向けた。やれやれ、やっと帰れると思った瞬間、膝から崩れ落ちそうになった。

「いやぁああぁ!」
 振り向けば、部屋の入口で何故か酔っ払いが頭を抱えてうずくまっていたからだ。
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