林檎飴と花火

Mari

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林檎飴と花火

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カナカナとひぐらしの鳴き声のする夏の陽の沈み始めた頃。

今宵の夏祭りの匂いが心地好い夏風に乗ってきて、
おばあちゃんから貰った薄桃色の生地に鮮やかな牡丹ぼたんの柄があしらわれた浴衣に身を包む私の鼻腔びくうくすぐる。

もうすぐ19時だというのに昼間の熱が残り、帯をくっと締めた背中にじんわりと汗が滲む。

「履き慣れていないのだから何時ものサンダルで行きなさい」
と言う母の言葉に抗って、
紺の花柄の鼻緒の下駄を履いた。

からんころりと鳴り響く下駄の音が気分を高揚させるのだった。


 _________


あたしが居る林檎飴の屋台は焼きそばとたこ焼きに挟まれており
ソースの匂いがあたしのまとうカラメルの甘い香りを遮る。

彩り豊かな浴衣を着た人間があたしの前を行き交って、
その様子をぼんやり見ながら追憶にふけた。


少し前、つまり出荷される前の事。
あたしは収穫されたら何になりたいかを考える時間が好きだった。

シブーストやタルトタタンの林檎になれたらいいな、コンポートでもジャムでもキャラメリゼでもいい。

もしかしたらそのまま丸齧まるかじりされるかもしれないけど、夢を見るのは自由だ。

あたしだって女の子だもの、キラキラしたスイーツに憧れる。

同じ木に実ってた林檎と同じ所に行けたら嬉しいよね、なんて会話も良くした。

残念ながら同じ木に実ってた子はここには居ない。
あたしも正直、ここに来るなんて想像していなかった。
選択肢に無かった。

でもここに来てから1つ思った事があるんだけど、ジャムや他のスイーツに使われちゃったら、
あたし1人を見てくれるわけじゃなくて不特定多数の林檎のうちの1つになっちゃうんじゃないか、って。

それ考えたら林檎飴って結構勝ち組じゃない?

スーパーの青果売り場ですらごろごろと置かれるだけ。
手に取ってもらえずに腐ってあたしの人生終わっちゃうかもしれない。

それに比べて林檎飴って単体だし、尚且つ飴でめちゃくちゃ艶々つやつやになるでしょ?

しかも甘い香りを纏えている。

素顔じゃないし、香りも自分自身から出てるものじゃないから、どうなのよって感じは否めないわ。
だけどメイクをして香水をして自分を着飾るのも案外ね、
女としてはアリだなって思ったんだよね。


そんな事を考えているうちに周りの林檎飴は次々と売れていった。

『わぁー!ママ見て!』
『見て貴方、凄い大輪ね』


綺麗。
農園に居た頃にこんな景色見れるなんて思ってもいなかった。

ぴゅうーっと口笛の様な音がした後に
ばっと夜空に広がる色とりどりの菊型。
あたしは初めて目にする余りにも美しくて儚い花火に、思考をぷつりと遮られたみたいに目が離せなくなっていた。

空が大人しくなって、はっとした時には私を含めて後3個。

既にさっきとは逆方向に人の流れが動いている。


このまま廃棄だけは嫌だなぁ。
捨てられる前にこの景色を見れただけで林檎として充分な人生だったとは思うけど。

あ、また2つ林檎が居なくなった。
あたし最後になっちゃった。
捨てられちゃうのかな。

やばい、泣きそう。



「すみませーん、林檎飴2つ」

「ごめんねぇ、残り1本しかなくて」


あたしの頭上で話し声が聞こえる。
その瞬間あたしに刺さっていた割り箸がふわりと持ち上がって
あたしはソースの匂いから離れていった。


 ___


「足痛くない?大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」


紺色の花柄の鼻緒がぷつりと切れた下駄を履いた女の子が、
あたしを右手に持ったまま足を引きって男の子の横を歩いている。

暫く歩いた2人は人混みの無くなった灯篭とうろうの陰に腰を下ろし、
あたしが被っていたビニール袋を外した。

「一緒に食べよ?」

女の子がそう言うと、男の子は少し照れ臭そうにあたしに齧り付く。

あたしにはこの子たちがどんな関係かは分からないけど、あたしが1人で売れ残っててよかった。

だって、あたしが纏ったカラメルの香りに負けないくらいの甘酸っぱい香りがするんだもん。


こんな人生体験、シブーストやタルトタタンじゃ味わえなかったわ。


やっぱり林檎飴って勝ち組ね。
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