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第一章
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「よぉ、クソ女」
ここ数年で聞きなれてしまった自分への呼び掛け。周囲を歩いていた学生達の何人かがギョッとしたようにこちらを振り返る。
声のした方に視線を送れば、予想通りの見慣れた5人組の姿。敵意に満ちた視線が向けられている。
「まーた『魔法攻撃学』の演習サボりやがって。自分の実力の無さわかってんだろ。だったらとっとと退学でも何でもしてサリアリアの前から消え失せろ」
獰猛な笑顔、己のものよりいくぶん明るい赤眼でこちらを威嚇してくる青年の名は、ラギアス・ヂアーチ。士官学校の―帝国軍の略装に準拠した―制服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体に、赤銅の髪は短く刈り上げられている。
ここハイノリオ帝国の軍部大臣を祖父に、帝国軍元帥を父にもつ彼は、帝国士官学校における序列においてその最上位に位置する者の一人だ。
ラギアスがサリアリアと呼んだ―こちらは対照的に華奢なその身を無骨な制服に包み、ピンクブロンドの髪を綺麗に結い上げている―少女は、彼を含む4人の男性達に守られるようにしながらも、こちらに鋭い視線を投げ掛けている。
「ヴィアンカさん。どうして演習に出ないんですか?自信が無いのなら練習だって何だって、わたし協力します。上級士官コースの女の子はわたし達二人だけなんだし。大変なのはわかるけど、一緒に頑張ろうよ!」
いい募るサリアリアに何度目かわからない諦念が浮かぶ。彼らは基本、こちらの事情や思いを酌むということをしない。自分達の正義に則った正しい行いのみを是とするからだ。そして、幼い頃から『精鋭』である彼らには、それが許されて来たのだろう―
「…何度も言っていると思うが、私は『魔法攻撃学』の演習を免除されている。フーバー教授に確認してもらってもかまわない」
こちらの言い分に、サリアリアの取り巻き達は一様に顔をゆがめる。
「サリアが言っているのはそういうことではない。自身の才能の無さを、努力しないことの言い訳にするな」
長く伸ばした白銀の髪をかきあげながら、抑えられた声に怒りをにじませるのは筆頭公爵家の次男であるマクライド・べブスファー。
「君の怠慢が周囲の迷惑となるのがわからないか。『これだから、頭でっかちの上級士官は実戦の役にはたたない』そういう謗りを受けるんだ。君一人の無能のせいでね」
見据える瞳は、弱者の逃げも甘えも赦さない。
「魔力の才は生来のもの、個人差が大きい。如何ともしがたいことについてとやかく言うつもりはない。だが、そこからの努力、上に立つものとしての努力を放棄するというのなら話は別だ。無能な上官はもはやただの害悪」
貴公子として名高いマクライドの、常には涼やかな紫眼が今は冷たく輝いている。
こうして月に何度かは彼らに絡まれる生活を既に2年は続けている。不毛なだけの関わり合いには、ひたすら「面倒だ」という思いしかわかない。それも残りあと1年。必要単位もあらかた取り終わった今、士官学校に長居するつもりはない。
「…演習の免除申請は正式に受理されている。免除されるだけの正当な理由があるということだ。周囲にどうのと言われる筋合いはない」
話は終わりだ、と向けたその背に少女の怒りを含んだ声がかかる。
「正当な理由って何ですか?ヴィアンカさん、何も言ってくれないじゃないですか!疚しいことがないなら教えて下さい。私はあなたの力になりたい!」
『自分が望めば答えが返ってくる』それを当たり前とする少女の感覚とは相容れないものがある。彼女の質問に答えることで被る不利益、その可能性こそ感じるものの必要性は感じない。
「次の講義が始まる。あなた達も移動があるのでは?」
「チッ!逃げてばっかだな、てめーは!」
声に視線を向ければ―下ろしたまま、風にあおられた己の黒髪の向こう―炎をたたえた赤眼とぶつかる。
しばし視線が交差し、しかし交わす言葉は持ち合わせない。今度こそ本当に終わりだ。続く言葉を待たずにその場を後にする。
仮に本当に、少女らが自らの疑問の答えを求めているのなら、彼らにはそれを手にする力がある。彼らの誰しもがそれだけの―教授陣、あるいは学校そのものに圧力をかけることさえできる―地位にあるのだから。
―だからつまり、彼らはすでに「こうあるべき」という彼ら自身の答えを得、その答えに満足しているのだろう。そこから外れる「答え」など、最初から求めてなどいないのだ。
「よぉ、クソ女」
ここ数年で聞きなれてしまった自分への呼び掛け。周囲を歩いていた学生達の何人かがギョッとしたようにこちらを振り返る。
声のした方に視線を送れば、予想通りの見慣れた5人組の姿。敵意に満ちた視線が向けられている。
「まーた『魔法攻撃学』の演習サボりやがって。自分の実力の無さわかってんだろ。だったらとっとと退学でも何でもしてサリアリアの前から消え失せろ」
獰猛な笑顔、己のものよりいくぶん明るい赤眼でこちらを威嚇してくる青年の名は、ラギアス・ヂアーチ。士官学校の―帝国軍の略装に準拠した―制服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体に、赤銅の髪は短く刈り上げられている。
ここハイノリオ帝国の軍部大臣を祖父に、帝国軍元帥を父にもつ彼は、帝国士官学校における序列においてその最上位に位置する者の一人だ。
ラギアスがサリアリアと呼んだ―こちらは対照的に華奢なその身を無骨な制服に包み、ピンクブロンドの髪を綺麗に結い上げている―少女は、彼を含む4人の男性達に守られるようにしながらも、こちらに鋭い視線を投げ掛けている。
「ヴィアンカさん。どうして演習に出ないんですか?自信が無いのなら練習だって何だって、わたし協力します。上級士官コースの女の子はわたし達二人だけなんだし。大変なのはわかるけど、一緒に頑張ろうよ!」
いい募るサリアリアに何度目かわからない諦念が浮かぶ。彼らは基本、こちらの事情や思いを酌むということをしない。自分達の正義に則った正しい行いのみを是とするからだ。そして、幼い頃から『精鋭』である彼らには、それが許されて来たのだろう―
「…何度も言っていると思うが、私は『魔法攻撃学』の演習を免除されている。フーバー教授に確認してもらってもかまわない」
こちらの言い分に、サリアリアの取り巻き達は一様に顔をゆがめる。
「サリアが言っているのはそういうことではない。自身の才能の無さを、努力しないことの言い訳にするな」
長く伸ばした白銀の髪をかきあげながら、抑えられた声に怒りをにじませるのは筆頭公爵家の次男であるマクライド・べブスファー。
「君の怠慢が周囲の迷惑となるのがわからないか。『これだから、頭でっかちの上級士官は実戦の役にはたたない』そういう謗りを受けるんだ。君一人の無能のせいでね」
見据える瞳は、弱者の逃げも甘えも赦さない。
「魔力の才は生来のもの、個人差が大きい。如何ともしがたいことについてとやかく言うつもりはない。だが、そこからの努力、上に立つものとしての努力を放棄するというのなら話は別だ。無能な上官はもはやただの害悪」
貴公子として名高いマクライドの、常には涼やかな紫眼が今は冷たく輝いている。
こうして月に何度かは彼らに絡まれる生活を既に2年は続けている。不毛なだけの関わり合いには、ひたすら「面倒だ」という思いしかわかない。それも残りあと1年。必要単位もあらかた取り終わった今、士官学校に長居するつもりはない。
「…演習の免除申請は正式に受理されている。免除されるだけの正当な理由があるということだ。周囲にどうのと言われる筋合いはない」
話は終わりだ、と向けたその背に少女の怒りを含んだ声がかかる。
「正当な理由って何ですか?ヴィアンカさん、何も言ってくれないじゃないですか!疚しいことがないなら教えて下さい。私はあなたの力になりたい!」
『自分が望めば答えが返ってくる』それを当たり前とする少女の感覚とは相容れないものがある。彼女の質問に答えることで被る不利益、その可能性こそ感じるものの必要性は感じない。
「次の講義が始まる。あなた達も移動があるのでは?」
「チッ!逃げてばっかだな、てめーは!」
声に視線を向ければ―下ろしたまま、風にあおられた己の黒髪の向こう―炎をたたえた赤眼とぶつかる。
しばし視線が交差し、しかし交わす言葉は持ち合わせない。今度こそ本当に終わりだ。続く言葉を待たずにその場を後にする。
仮に本当に、少女らが自らの疑問の答えを求めているのなら、彼らにはそれを手にする力がある。彼らの誰しもがそれだけの―教授陣、あるいは学校そのものに圧力をかけることさえできる―地位にあるのだから。
―だからつまり、彼らはすでに「こうあるべき」という彼ら自身の答えを得、その答えに満足しているのだろう。そこから外れる「答え」など、最初から求めてなどいないのだ。
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