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第一章
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多勢に無勢だった。囲まれて、さてどうするかと逡巡するうちに、左頬を男の拳で殴られて地に転がされる。
「この下衆が!サリアリア様のお心を傷つけるなど!死して詫びよ!」
激昂する男は、ここ最近校内でよく見かけるサリアリア・アンブロシアの取り巻きの一人だ。
彼女の傍にいるのは大体がラギアス達、上級士官コースの四人なのだが、彼らも常に傍にいられるわけではない。そうしたとき、替わりのように彼女を取り巻いているその他の有象無象。目の前の男達はその一部だ。
「おい!いくら相手がヴィアンカ・ラスタードとは言え、女に手を上げるのはまずい」
拳を握り、転がったままのこちらを無理やり引きずり立たせようとする男。止めたのは、まだ少年の域を出たばかりの幼さの残る青年だった。
「何を!?この女のせいでサリアリア様は泣いておられたんだぞ!」
「わかっている。俺とて業腹なことに変わりない。しかし、仮にも女を一方的に殴るなどあってはならんだろう。ここは校内だ。人目を考えろ。お前の評判にかかわる」
止めた男はセウロン伯の子息、名をシヴェスタと言ったか。
この男がサリアリアの周囲に侍りだしたのに前後して、言葉を交わすようになった年下の少女。その悲しげな顔が脳裏に浮かぶ―
視線を感じて目が合えば、こちらを睨むセウロン。殴った男と変わらぬ怒りがそこに浮かんでいる。
彼らは今年入学して、すぐにサリアリアの取り巻きとなった連中だ。今は仲間同士でもめているが、若さゆえか熱くなりやすく、感情を制御する術が身についていない。殴られるくらいのことには甘んじているが、こちらも対処には苦労させられる。
未だ周囲をふさがれ、多少は暴力的な解決にならざるを得ないかと思案していれば、覚えのある気配が近づいてくる。視界に現れたのは見慣れた赤髪。両目にくすぶる炎をそのままに、こちらをねめつける。
「…何してんだ、てめーら」
「ヂアーチ様!?こ、これは!」
「何してんだって聞いてんだよ!」
「っ!」
ラギアスに魔力をのせて威圧されれば、新入生などひとたまりもない。言葉が出てこずに、立って居られぬほど震え出す者までいる。そんな中、何とか声を振り絞ろうとするのはセウロン。
「ヂアーチ様、っ!誤解なんです!我々は、サリアリア様のため!」
「あ゛!?」
「っ!あのっ!」
「うっせーよ!お前ら、サリアリアがんなこと頼んだか!?女殴って来いとでも言ったか!?」
ラギアスの怒声に空気がビリビリと震えている。男達に先ほとまでの勢いはない。セウロンも、もはや血の気をなくした顔で黙りこむしかなかった。
「こいつがどーなろーとしったこっちゃねぇ!でもな、サリアリアの名を出して勝手してんじゃねぇよ!てめーらのくだらねぇ行動をサリアリアに押し付けんな!」
「も、申し訳、ありません!」
「どうかお許しを!」
泣き出さんばかりの男達に、ラギアスの威圧がユルユルと緩められていく。男達はなんとかラギノスの慈悲を請おうと必死だ。
「…次はねぇ。二度とやんじゃねーぞ」
「は、はい!もう二度と!」
「申し訳ありませんでした!」
完全に威圧が消えて空気が弛緩したなか、男達は頭を下げると脱兎のごとく駆け出した。
彼らを見送り、立ち上がって制服の汚れを払う。こちらを見つめる眼差しから、怒気が消えることはない。
「これがてめーのしてることの結果だ」
「私の、どんな行いの結果だと?」
赤い瞳に炎が燃え上がる。一回りは体格の違う男が、ギラギラとした獰猛な熱を放って距離を詰める。
「サリアリアの誹謗中傷を広めてんのはてめーだろーが。男を侍らせてんだの、媚びてんだの」
吐き捨てるラギアス。
「あいつはいつでも前向いて必死に努力し続けてんだ。サリアリアの周りに人が集まんのは当然なんだよ。人の足引っ張ろうとするだけのクズが嫉妬してんじゃねーよ!胸くそわりー!」
「確かにそうした噂が流れているのは把握している。しかしなぜ、それらの噂を広めたのが私だと?」
「ぼけてんじゃねーよ!あ゛!俺らが何もしねーと思うか!?こっちはとっくに調べはついてんだよ!てめーがつるんでるレイド候んとこの1年の女と、その取り巻き連中。あいつら使ってコソコソやってんだろーが!」
無意識だろうか。肌が触れあわんばかりの近距離で、怒りに任せて放たれる熱。露出した顔や手がジリジリと焼かれている。誹謗中傷程度でと思うが、サリアリアが涙したというのは、彼らにとってよほど腹に据えかねることだったのだろう。
「私はそのようなことはしない。レイド候のユニファルア嬢もだ。彼女は卑劣な女性ではない。」
「はっ!てめーの言い訳なんかどーだっていい。噂の発生源がてめーらだってのが事実だ。こんなクソみてーなまねしやがって!」
ギリギリとねめつけると、クルリと背を向けて去っていく。解放されたとたん、頬に触れる冷気が心地よい。
見目麗しい複数の高位貴族に囲まれているサリアリア。彼女への妬みそねみは今に始まったことではない。数少ないながらも学校に籍をおく貴族令嬢たち。己の生まれと役目に絶対の矜持をもつ彼女達からすれば、サリアリアの存在が面白くないのは道理なのだ。
それでも―大切なものを守るため、不安に張りつめた小さな体で凛と立つ年下の少女を思う―
他者を貶めることをせず、自らを高める努力に邁進するユニファルア。噂の出所は、面倒なことではあるが、彼女を隠れ蓑にして取り巻くご令嬢方。彼女の預かり知らぬところで下手をうった者達に、何の義理も感じてはいないが。
大切な彼女までこの狂乱と混沌に巻き込むわけにはいかない。話の通じぬ相手に苦労はするが、何とか落としどころをつくるしかないだろう。今さら相互理解を求めたいわけではなし、己はともかく、彼女への風向きさえ変えてしまえば―
本業以外に惑わされることに、いささかの煩わしさを感じてはいるが、それもあと少しと思えばこそ。
―卒業まで、残り九ヶ月
多勢に無勢だった。囲まれて、さてどうするかと逡巡するうちに、左頬を男の拳で殴られて地に転がされる。
「この下衆が!サリアリア様のお心を傷つけるなど!死して詫びよ!」
激昂する男は、ここ最近校内でよく見かけるサリアリア・アンブロシアの取り巻きの一人だ。
彼女の傍にいるのは大体がラギアス達、上級士官コースの四人なのだが、彼らも常に傍にいられるわけではない。そうしたとき、替わりのように彼女を取り巻いているその他の有象無象。目の前の男達はその一部だ。
「おい!いくら相手がヴィアンカ・ラスタードとは言え、女に手を上げるのはまずい」
拳を握り、転がったままのこちらを無理やり引きずり立たせようとする男。止めたのは、まだ少年の域を出たばかりの幼さの残る青年だった。
「何を!?この女のせいでサリアリア様は泣いておられたんだぞ!」
「わかっている。俺とて業腹なことに変わりない。しかし、仮にも女を一方的に殴るなどあってはならんだろう。ここは校内だ。人目を考えろ。お前の評判にかかわる」
止めた男はセウロン伯の子息、名をシヴェスタと言ったか。
この男がサリアリアの周囲に侍りだしたのに前後して、言葉を交わすようになった年下の少女。その悲しげな顔が脳裏に浮かぶ―
視線を感じて目が合えば、こちらを睨むセウロン。殴った男と変わらぬ怒りがそこに浮かんでいる。
彼らは今年入学して、すぐにサリアリアの取り巻きとなった連中だ。今は仲間同士でもめているが、若さゆえか熱くなりやすく、感情を制御する術が身についていない。殴られるくらいのことには甘んじているが、こちらも対処には苦労させられる。
未だ周囲をふさがれ、多少は暴力的な解決にならざるを得ないかと思案していれば、覚えのある気配が近づいてくる。視界に現れたのは見慣れた赤髪。両目にくすぶる炎をそのままに、こちらをねめつける。
「…何してんだ、てめーら」
「ヂアーチ様!?こ、これは!」
「何してんだって聞いてんだよ!」
「っ!」
ラギアスに魔力をのせて威圧されれば、新入生などひとたまりもない。言葉が出てこずに、立って居られぬほど震え出す者までいる。そんな中、何とか声を振り絞ろうとするのはセウロン。
「ヂアーチ様、っ!誤解なんです!我々は、サリアリア様のため!」
「あ゛!?」
「っ!あのっ!」
「うっせーよ!お前ら、サリアリアがんなこと頼んだか!?女殴って来いとでも言ったか!?」
ラギアスの怒声に空気がビリビリと震えている。男達に先ほとまでの勢いはない。セウロンも、もはや血の気をなくした顔で黙りこむしかなかった。
「こいつがどーなろーとしったこっちゃねぇ!でもな、サリアリアの名を出して勝手してんじゃねぇよ!てめーらのくだらねぇ行動をサリアリアに押し付けんな!」
「も、申し訳、ありません!」
「どうかお許しを!」
泣き出さんばかりの男達に、ラギアスの威圧がユルユルと緩められていく。男達はなんとかラギノスの慈悲を請おうと必死だ。
「…次はねぇ。二度とやんじゃねーぞ」
「は、はい!もう二度と!」
「申し訳ありませんでした!」
完全に威圧が消えて空気が弛緩したなか、男達は頭を下げると脱兎のごとく駆け出した。
彼らを見送り、立ち上がって制服の汚れを払う。こちらを見つめる眼差しから、怒気が消えることはない。
「これがてめーのしてることの結果だ」
「私の、どんな行いの結果だと?」
赤い瞳に炎が燃え上がる。一回りは体格の違う男が、ギラギラとした獰猛な熱を放って距離を詰める。
「サリアリアの誹謗中傷を広めてんのはてめーだろーが。男を侍らせてんだの、媚びてんだの」
吐き捨てるラギアス。
「あいつはいつでも前向いて必死に努力し続けてんだ。サリアリアの周りに人が集まんのは当然なんだよ。人の足引っ張ろうとするだけのクズが嫉妬してんじゃねーよ!胸くそわりー!」
「確かにそうした噂が流れているのは把握している。しかしなぜ、それらの噂を広めたのが私だと?」
「ぼけてんじゃねーよ!あ゛!俺らが何もしねーと思うか!?こっちはとっくに調べはついてんだよ!てめーがつるんでるレイド候んとこの1年の女と、その取り巻き連中。あいつら使ってコソコソやってんだろーが!」
無意識だろうか。肌が触れあわんばかりの近距離で、怒りに任せて放たれる熱。露出した顔や手がジリジリと焼かれている。誹謗中傷程度でと思うが、サリアリアが涙したというのは、彼らにとってよほど腹に据えかねることだったのだろう。
「私はそのようなことはしない。レイド候のユニファルア嬢もだ。彼女は卑劣な女性ではない。」
「はっ!てめーの言い訳なんかどーだっていい。噂の発生源がてめーらだってのが事実だ。こんなクソみてーなまねしやがって!」
ギリギリとねめつけると、クルリと背を向けて去っていく。解放されたとたん、頬に触れる冷気が心地よい。
見目麗しい複数の高位貴族に囲まれているサリアリア。彼女への妬みそねみは今に始まったことではない。数少ないながらも学校に籍をおく貴族令嬢たち。己の生まれと役目に絶対の矜持をもつ彼女達からすれば、サリアリアの存在が面白くないのは道理なのだ。
それでも―大切なものを守るため、不安に張りつめた小さな体で凛と立つ年下の少女を思う―
他者を貶めることをせず、自らを高める努力に邁進するユニファルア。噂の出所は、面倒なことではあるが、彼女を隠れ蓑にして取り巻くご令嬢方。彼女の預かり知らぬところで下手をうった者達に、何の義理も感じてはいないが。
大切な彼女までこの狂乱と混沌に巻き込むわけにはいかない。話の通じぬ相手に苦労はするが、何とか落としどころをつくるしかないだろう。今さら相互理解を求めたいわけではなし、己はともかく、彼女への風向きさえ変えてしまえば―
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