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第一章
5-4.
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5-4
「ヴィアンカさん待って!」
執務室を出たところで、背後から呼び止められる。
今日は予定外のことに時間をとられ過ぎた。聞こえなかったことにして、さっさと立ち去りたいところだが、如何せん、この声の持ち主は大変にしつこいのだ。後の煩わしさを思えば、面倒はここでまとめて片付けてしまうが吉と判断する。
「…まだ何か?」
振り返れば、既に涙をたたえて潤んだ瞳が、上目遣いで見上げてくる。さすがに彼女一人で『誘拐犯』と対峙させるわけにはいかなかったのだろう。少女の隣には、マクライドが寄り添っている。
「ヴィアンカさん、何でこんなことになっちゃったんですか?私、入学した時、同じコースに女の子がいるって嬉しくって、仲良くなりたいなって。でも、何だか失敗しちゃったみたいで嫌われて」
「それでも、同じ志しを持ってここにいる仲間だから、一緒に切磋琢磨しあえたらって。なのに、何でこんな…」
―春先に咲く馴染み深い花を思わせる薄紅の瞳から、ハラハラと涙がこぼれ落ちる。
「お願い!今回のことは私にも悪いところがあったんだと思う。気づかないところで、ヴィアンカさんを傷つけちゃったんだって!」
「だから、だから。仲直りからもう一度始めさせてください!今までの私のこと、許して欲しい。傷つけてごめんなさい!私も、ヴィアンカさんにされたこと、全部忘れちゃうから!もう、全部全部許しちゃいます!」
涙を流しながら、それでも最後は懸命におどけて微笑む彼女の、ある種の純粋さ、強さに惹かれる者は確かに多いのだろう。
しかし心に浮かぶのは、折れそうな強さを懸命に守り、一人で立とうとあり続けた年下の友人。遠い地で、新たな花を咲かそうと不器用にもがく姿。その愛しき存在を、限りない無邪気さでもって打ち砕いたのだ、目の前のこの少女は―
「…『気づかずに傷つけた』か。そうだな、例えば真実私が傷ついていて、だがそれもそれだけならば、私も君を許せたかもしれない」
私達が交差する道も、そう、或いは―
「けれどね。私は人一人の人生を打ち砕いて、『気づかなかった』を許せるほどには、なり得ない」
「…え、えっと」
「君からの謝罪は必要ない。私も君に謝罪するつもりはない」
「え、あ、待って!」
追いすがる声を、今度は完全に無かったことにして家路へ向かう。
日の落ちるのが日々早くなるこの季節。遠い北の地では、糧を求める魔物達が人里近くまで現れる危険も多くなってくる。
次の休みには、一度手伝いに帰ろうか。そのついで、慣れない地で頑張りすぎるほどに頑張ってしまう友人の顔を見に行こう。手土産には―喜んでくれるだろうか―彼女と彼女の妹が大好きな甘いお菓子を携えて。
「ヴィアンカさん待って!」
執務室を出たところで、背後から呼び止められる。
今日は予定外のことに時間をとられ過ぎた。聞こえなかったことにして、さっさと立ち去りたいところだが、如何せん、この声の持ち主は大変にしつこいのだ。後の煩わしさを思えば、面倒はここでまとめて片付けてしまうが吉と判断する。
「…まだ何か?」
振り返れば、既に涙をたたえて潤んだ瞳が、上目遣いで見上げてくる。さすがに彼女一人で『誘拐犯』と対峙させるわけにはいかなかったのだろう。少女の隣には、マクライドが寄り添っている。
「ヴィアンカさん、何でこんなことになっちゃったんですか?私、入学した時、同じコースに女の子がいるって嬉しくって、仲良くなりたいなって。でも、何だか失敗しちゃったみたいで嫌われて」
「それでも、同じ志しを持ってここにいる仲間だから、一緒に切磋琢磨しあえたらって。なのに、何でこんな…」
―春先に咲く馴染み深い花を思わせる薄紅の瞳から、ハラハラと涙がこぼれ落ちる。
「お願い!今回のことは私にも悪いところがあったんだと思う。気づかないところで、ヴィアンカさんを傷つけちゃったんだって!」
「だから、だから。仲直りからもう一度始めさせてください!今までの私のこと、許して欲しい。傷つけてごめんなさい!私も、ヴィアンカさんにされたこと、全部忘れちゃうから!もう、全部全部許しちゃいます!」
涙を流しながら、それでも最後は懸命におどけて微笑む彼女の、ある種の純粋さ、強さに惹かれる者は確かに多いのだろう。
しかし心に浮かぶのは、折れそうな強さを懸命に守り、一人で立とうとあり続けた年下の友人。遠い地で、新たな花を咲かそうと不器用にもがく姿。その愛しき存在を、限りない無邪気さでもって打ち砕いたのだ、目の前のこの少女は―
「…『気づかずに傷つけた』か。そうだな、例えば真実私が傷ついていて、だがそれもそれだけならば、私も君を許せたかもしれない」
私達が交差する道も、そう、或いは―
「けれどね。私は人一人の人生を打ち砕いて、『気づかなかった』を許せるほどには、なり得ない」
「…え、えっと」
「君からの謝罪は必要ない。私も君に謝罪するつもりはない」
「え、あ、待って!」
追いすがる声を、今度は完全に無かったことにして家路へ向かう。
日の落ちるのが日々早くなるこの季節。遠い北の地では、糧を求める魔物達が人里近くまで現れる危険も多くなってくる。
次の休みには、一度手伝いに帰ろうか。そのついで、慣れない地で頑張りすぎるほどに頑張ってしまう友人の顔を見に行こう。手土産には―喜んでくれるだろうか―彼女と彼女の妹が大好きな甘いお菓子を携えて。
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