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第二章
6-1.
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6-1
次期辺境伯の帰還後、ユニファルアには改めて今回の騒動を侘びた。セウロンも同席したそうにしていたが、次期辺境伯との約定を違えるわけにはいかない。
下げた頭に返ってきたのは、もう気にしていないという言葉。その穏やかな表情にそれ以上、彼女の人生を変えてしまった過去について無神経に触れることも、謝罪することもできなかった。
二人の部下とも、あの日以来、僅かの距離を感じている。
そこに向かったのは、彼女に己の過ちを叱責してもらいたかったのか、何かを教えてもらえると甘えていたのか、
―ただ、彼女に会いたかった―
「よお、相変わらず、こんな時間によくやんな」
「…ラギアスか」
二人で顔を会わせるのは、以前ここで彼女を見つけて以来、いつもと変わらぬヴィアンカの姿に、知らず張っていた気が抜ける。
「どうした?何かあったのか?」
「いや、何かあったわけじゃねえよ」
わざわざ、手を止め近づいて来た姿に安堵する。拒絶するほど嫌悪されているわけではないらしい。
では何だ?と問いかけてくる視線に、言葉を探す。彼女に言いたいこと、聞きたいこと、己の知らない、知ろうとしなかった彼女。
「…ダーマンドル殿、次期辺境伯閣下と仲がいいんだな」
「ああ。私は北の辺境領出身で、領軍にも属しているからな、彼とは旧知だ」
穏やかに答えが返ってくる。やはり、領軍籍にあるのか。だとしたら―
「身体強化か?」
「?」
「この前、お前が使ってたあれ。剣も魔法も使えねえんじゃ、領軍では戦えねえだろ?身体強化を使ってんじゃねえのか?」
「!驚いた。さすがだな、あの一瞬で解ったのか」
ヴィアンカからの純粋な賛辞に心が僅かに浮上する。
「私は放出系の魔法が不得手なんだ。魔方陣への充填や身体強化などの操作は可能だから、領軍ではそうした軍務についている」
率直に返される言葉に勇気を得、核心に触れる。
「…領軍には、士官学校時代から属してたのか?」
「ああ」
躊躇なく、答えが返って来る。
「あの頃、士官学校にいた時に、同じことを聞いていたら、答えてたか?」
「それはないな」
首を振る姿に、浮上し始めていたはずの気持ちがまた重く沈む。
「…なんでだ?お前がそういうこと話してりゃ、俺らだって、お前にあんな態度!」
「一応は機密事項だったからな。ラギアスの立場なら調べられた程度だろうが、私の口から告げることはなかった」
どこかで、わかってはいた。だが、当然だろ?どうしてあれで、信頼出来たってんだ。話をしてもいいと思える?
「特に弁明しなければ、とも思っていなかったしな」
「!」
―突き放された。いや、違う。最初から近づいてなどいなかったのだ。変わらない距離。変える為の何かを自分は何もしていない。
黙り込んだ己に嘆息し、鍛練に戻ろうとするヴィアンカの背を、目で追う。本当に―今でさえ―彼女は弁明も何も、するつもりはないのだ。
―それは、嫌だ。
ヴィアンカにとって、弁明の必要もない相手でいることは。どうでもいいと思われているのは。
「…組手、相手してやるよ」
「結構だ」
「もう変なこたぁしねえ。ムカついたら身体強化でも何でもしてぶっ飛ばせ」
彼女の警戒を解くための、けれど、本気の言葉。
「生身の人間相手にして、失敗すれば大怪我をさせてしまう」
「かまわねえよ。頑丈に出来てるし、その辺にゃ、優秀な軍医だっている」
「討伐任務を負う大隊長が何を言っている」
呆れられたが、気にしてはいられない。こちらが引かないことがわかったのか、諦めたヴィアンカが構えに入る。
対峙するヴィアンカの何一つ、見逃したくはない。俺は、この女のことを知りたい。己の目で―
次期辺境伯の帰還後、ユニファルアには改めて今回の騒動を侘びた。セウロンも同席したそうにしていたが、次期辺境伯との約定を違えるわけにはいかない。
下げた頭に返ってきたのは、もう気にしていないという言葉。その穏やかな表情にそれ以上、彼女の人生を変えてしまった過去について無神経に触れることも、謝罪することもできなかった。
二人の部下とも、あの日以来、僅かの距離を感じている。
そこに向かったのは、彼女に己の過ちを叱責してもらいたかったのか、何かを教えてもらえると甘えていたのか、
―ただ、彼女に会いたかった―
「よお、相変わらず、こんな時間によくやんな」
「…ラギアスか」
二人で顔を会わせるのは、以前ここで彼女を見つけて以来、いつもと変わらぬヴィアンカの姿に、知らず張っていた気が抜ける。
「どうした?何かあったのか?」
「いや、何かあったわけじゃねえよ」
わざわざ、手を止め近づいて来た姿に安堵する。拒絶するほど嫌悪されているわけではないらしい。
では何だ?と問いかけてくる視線に、言葉を探す。彼女に言いたいこと、聞きたいこと、己の知らない、知ろうとしなかった彼女。
「…ダーマンドル殿、次期辺境伯閣下と仲がいいんだな」
「ああ。私は北の辺境領出身で、領軍にも属しているからな、彼とは旧知だ」
穏やかに答えが返ってくる。やはり、領軍籍にあるのか。だとしたら―
「身体強化か?」
「?」
「この前、お前が使ってたあれ。剣も魔法も使えねえんじゃ、領軍では戦えねえだろ?身体強化を使ってんじゃねえのか?」
「!驚いた。さすがだな、あの一瞬で解ったのか」
ヴィアンカからの純粋な賛辞に心が僅かに浮上する。
「私は放出系の魔法が不得手なんだ。魔方陣への充填や身体強化などの操作は可能だから、領軍ではそうした軍務についている」
率直に返される言葉に勇気を得、核心に触れる。
「…領軍には、士官学校時代から属してたのか?」
「ああ」
躊躇なく、答えが返って来る。
「あの頃、士官学校にいた時に、同じことを聞いていたら、答えてたか?」
「それはないな」
首を振る姿に、浮上し始めていたはずの気持ちがまた重く沈む。
「…なんでだ?お前がそういうこと話してりゃ、俺らだって、お前にあんな態度!」
「一応は機密事項だったからな。ラギアスの立場なら調べられた程度だろうが、私の口から告げることはなかった」
どこかで、わかってはいた。だが、当然だろ?どうしてあれで、信頼出来たってんだ。話をしてもいいと思える?
「特に弁明しなければ、とも思っていなかったしな」
「!」
―突き放された。いや、違う。最初から近づいてなどいなかったのだ。変わらない距離。変える為の何かを自分は何もしていない。
黙り込んだ己に嘆息し、鍛練に戻ろうとするヴィアンカの背を、目で追う。本当に―今でさえ―彼女は弁明も何も、するつもりはないのだ。
―それは、嫌だ。
ヴィアンカにとって、弁明の必要もない相手でいることは。どうでもいいと思われているのは。
「…組手、相手してやるよ」
「結構だ」
「もう変なこたぁしねえ。ムカついたら身体強化でも何でもしてぶっ飛ばせ」
彼女の警戒を解くための、けれど、本気の言葉。
「生身の人間相手にして、失敗すれば大怪我をさせてしまう」
「かまわねえよ。頑丈に出来てるし、その辺にゃ、優秀な軍医だっている」
「討伐任務を負う大隊長が何を言っている」
呆れられたが、気にしてはいられない。こちらが引かないことがわかったのか、諦めたヴィアンカが構えに入る。
対峙するヴィアンカの何一つ、見逃したくはない。俺は、この女のことを知りたい。己の目で―
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