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前編 学園編

1-5.

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1-5.

「ミア!おい、ミア!」

「!」

名前を呼ばれて我に返った。目の前では、髪を下ろしたままのブレンが不機嫌そうにこちらを見下ろしている。何だか睨まれているような―?

「お前、レベルが上がっている」

「あれ?本当?」

そう言えば、体が軽い?最近は中々レベルが上がらなくなっていたから、久しぶりの感覚だ。慌ててステータスを唱えてみれば、レベルの項目に表示される数字は『23』。

髪を縛り直したブレンの得意気な表情。

「上がってただろ?」

「うん」

「よし。次は俺の方だな。付き合えよ?」

「…」

そう、言うとは思っていたけれど―

「…これ、いつまで続けるの?」

「『これ』?」

「ダンジョン制覇、モンスター退治、レベル上げ」

ブレンの片眉が上がった。口角も上がる。その目が、「何を馬鹿なことを」と言っている―

「生涯かけて、だ。行けるところまで行く」

「…」

閉口した。当然だとばかりに告げられた言葉。わかっているのだろうか、この男は?その言葉をそのまま受け取るなら、私はブレンのこの趣味に一生付き合わないといけないことになってしまうではないか。一生、側に居続ける―

―本当に、この男は…

こちらの様子など気にした風もなく、ブレンはイフリートが消えた壁際へと向かう。ドロップアイテムを拾いに行ってくれるその後ろ姿に、小さく溜め息をついた。

言い訳をさせてもらうなら―

『永続契約』と言いながらも、彼との奴隷契約を本気で一生続けるつもりはなかった。一度刻んだ奴隷紋を消すことは出来ないけれど、契約主である私が許可すれば、契約そのものを破棄することは出来る。奴隷紋から所有者情報を削除、上書きする、奴隷売買を可能にするための方法だ。

奴隷制度を倫理的に忌み嫌う世界にあって―体面を重んじる貴族でありながら―ビンデバルド家では、奴隷の使役を平気で行っている。出入りする奴隷の多さに、自然、学んだ知識。

私の登録情報を抹消し、後はブレン自身が自分の所有者登録をする。私がレベル上限―最高でもレベル99―に到達した時点で、そうやって契約を終わらせるつもりだった。

その予定が完全に狂ってしまったのは、三年前。私が自分で思っていた以上に「私はバグなのだ」と気づかされた、あの瞬間―

レベル99が人類の最高到達地点だとされる世界。古の勇者しかり、賢者しかり。だから、三年前、レベル99到達済みの私とレベル98のブレンでダンジョンに潜った時も、ブレンのレベルが99に上がれば、その時点で彼とは別れるつもりでいた。もう、それ以上、彼を縛る理由が無いと思ったから。例え、彼との別れに、言い様のない痛みを感じたとしても―

ところが、ダンジョンボスを私の魔法で沈め、ブレンにレベルが上がったかを確認しようとした時だった。感じたのだ、レベルアップ時特有の、体が軽くなるあの感覚を。

全く予想していなかった分、衝撃は大きかった。流れる汗の冷たさを感じながら、ステータスを確認すれば、見えたのは『レベル0』の表記。レベル0、生まれたての赤ちゃんと同じ―

一瞬、恐怖に襲われたが、先ほど感じたレベルアップの感覚と、その時点で体が自由に動かせることから、レベルが本当に0になったわけではないということは直ぐに推測出来た。急いで自身のステータス詳細を確認すれば、体力、知力などの項目は微増していて。

だから、恐らくこれは、レベルが100になったということ。二桁までしかないステータスのレベル表示では、三桁目が溢れてしまっただけで、レベル自体は上がっている。

レベルがリセットされたわけではないとわかって安堵したと同時に、別の恐怖に襲われた。これで、確定してしまったから。私は―存在そのものではないとしても―確かにバグを内包している―

血の気が引き、動けなくなった私を動かしたのは、注がれる視線。反射的に顔を上げた。真っ直ぐに、こちらを射ぬくブレンの眼差し。珍しく、分かりやすく感情を見せているブレンの表情。そこにあるのは、驚愕―

瞬時に理解した。彼に見られてしまったのだと。恐らく、アナライズをかけられた。私に『異常』が無いかを確かめるために。

―見られた

先ほどまでとは比べ物にならないほどの絶望。彼の目を見るのが怖い。その瞳が、私を異物として捉える瞬間を想像して、手足が凍りついていった―




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