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第一章 召喚巫女、お役御免となる
9.婚姻の誓い
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(…苦しい。)
急ピッチで整えられた結界の巫女様のための結婚式。着なれないコルセットの中に身体をギュウギュウに詰め込まれて、その上から純白のドレスを着せられた。つま先から髪の先までピカピカに磨き上げられて連れて来られたのは、この国の主要機関の一つである大聖堂。
私をこの世界に喚んだ召喚陣や守護結界の陣と同じ、神代に造られたという由緒正しい歴史的建造物の中には、今や溢れかえらんばかりの人、人、人。その中央、バージンロード的なもののスタートに立たされて、辟易する。
(密度が高い。息苦しい…)
「…巫女様?」
「あー、うん、大丈夫。」
表情に出ていたらしい。斜め上から向けられる気遣わし気な視線。数十分後には夫になる予定の相手に、小さく首を振って答える。
「ちょっと緊張してるだけ。大丈夫、倒れたりはしないから。」
「…」
正確に言えば、緊張しているのではなく嫌気がさしている。元の世界では想像もしなかった規模のド派手婚。「結界の巫女様」のお式である以上、ある程度は仕方ないことだと覚悟はしていたけれど。
(…『なるべく慎ましやかに頼む』という私の希望は一体どこに行った…?)
思わず、聖堂の二階席、そこにご臨席下さっている王太子殿下、並びに、妃殿下に恨めし気な視線を向けてしまう。
(超絶美形カップル…)
結婚式の準備で初めてお会いした妃殿下は、まさに「ザ・お姫様」。王太子と並ぶと、文句のつけようもないほど完璧な一対が出来上がる。そのことに、全く文句はないのだが─
(…何も、このタイミングで公務復帰しなくてもいいんじゃない?)
それが、妃殿下なりの「巫女様への気遣い」なのかもしれないけれど、妃殿下自らがプロデュースして下さった結婚式は、今の私には、正直ちょっとしんどい。
おまけに、妃殿下が久しぶりに公に姿を現すということで、彼女を一目見ようとする方々までが集まった結果、参列者の数がとんでもないことになってしまっている。
(会場の視線が、こっちじゃなくてあっちだもんね。)
その熱視線に妃殿下が応えるたび、会場から歓声のような声まで上がっている。どちらが本日の主役か分からない状況に、ふと、隣に立つ将来の夫を見上げた。
(…格好いい、んだよねぇ…)
お見合いの後に一度だけあった彼との打ち合わせ、その際にも下ろされていた前髪が、今日はきっちりと上げられ、綺麗に整えられている。身にまとう礼服も、彼の体型、線の細さを活かしたもので、スタイルのいい彼に非常によく似合っている。
(…イケメン、三割増し。)
彼一人なら、間違いなく今日の主役を張れるレベル。ただ、隣に立つ新婦が私だから─
「申し訳ない…」
「?」
こちらの呟きを拾って首を傾げた新郎。彼が口を開けようとしたタイミングで、入場を促す音楽が流れ出した。
「…よし。じゃあ、まぁ、行こっか?」
「はい…」
未だ現実味の薄いバージンロードを、夫予定の相手と歩く。私が漠然とした未来に思い描いていたものとは違い、この国では夫婦が共に祭壇までの路を歩くのが通常らしい。
だけど、本当なら─
「…」
「…巫女様?ご気分が?」
止まりかけた足、囁くような声が降って来た。
「ううん、ごめん、違う。ちょっとね…」
「…」
止まりかけたことが周囲に気づかれないよう、上手くリードされ、何事もなかったようにまた歩き出す。
二人並んで祭壇の前に辿り着いたところで、本日の式を執り行う大司教が式の開始を告げ、創世の女神への祈りを捧げ始めた。その前に立ち、荘厳な女神像を視界に入れないようにしながら有難い説教を聞き流し、ただただ、苦痛でしかない時間を耐える。
耐えた苦行の末、漸く広げられた婚姻宣誓書、先に書かれた「セルジュ・アンブロス」の名の横に、自身の名前を書いた。
(これで…)
隣を見上げる。たった今、この瞬間に夫になってしまった人は今までと変わらず、凪いだ瞳を見せるだけ。そこに喜びは見当たらないが、同時に苦痛も見当たらない。
(…取り敢えず、何とか無事に終わりそう。)
一刻も早く本日の主役という立場から解放されたくて気持ちが急く。この状況で誓いのキスなんてさせられなくて本当に良かった。
流れ出した音楽とともにまた手を取られ、来た路を夫となったセルジュと戻る。式場を出た後も外されない手に導かれて、気づけば、花嫁の為に用意された控室へと戻って来ていた。
「…あの、えっと…?」
部屋までついて来た彼が何をするつもりなのか。もしくは何を言いたいのか。二人きりという状況に、今までの経験から思わず身構えたところで、
(あ、手…)
取られたままだった手に気づく。そっと引き抜こうとすれば─
「…巫女様。」
「っ!」
引き留めるかのように、弱くではあるが、彼の手に力が込められた。見咎められたかと動きを止めれば、
「…巫女様、顔色がよろしくありません。」
「え…?」
セルジュの言葉に驚く。分厚い化粧までされているのだから、顔色なんて分かるはずもないと思っていたのに。
「ご気分が悪いのではありませんか?」
「あ、いや、気分が悪いわけでは…」
「…では、私が何か、巫女様にご不快な思いをさせてしまいましたか?」
「っ!?」
ヒヤリとした。
彼の言葉にもその表情にも、こちらを責めるような気配は全くない。ただ、本当に、こちらを案じてくれていることだけが伝わって来る。
なのに、私は─
(…ああ、もう、最低だ!)
「ごめん、ごめんなさい!」
「…巫女様?」
「私の態度、すごく悪かったよね!」
幸せいっぱいの花嫁とは到底言えないような態度。そんな態度で隣に立たれた新郎がどれだけ不快な思いをしたか。今日は、彼の婚姻式でもあるのに。
「嫌な思いさせたのは私の方!失礼な態度とってごめんなさい!」
頭を下げれば、取られたままだった手を持ち上げられ、顔を上げるように促される。
「…巫女様が頭を下げられるようなことは、何もありません。」
「でも、私の態度サイアクだった。…ぜんぜん笑いもしなかったし、…感じ悪かったでしょう?」
「いえ、そのようなことはありません。ただ…」
「…?」
「…お辛そうでした。何かに耐えていらっしゃるような…」
「…」
言われて、否定できずに視線を逸らす。右手はずっと、彼に取られたまま。
「…巫女様は、私との婚姻をお厭いですか?」
「っ!?」
「それを耐えて、」
「まさかっ!?」
被せるようにして否定する。
「違う!ごめん!私のせいだけど、本当にそんなつもりはなくて!」
こちらから求めた結婚相手。選んだのは私。なのにこの扱い。激怒されてもおかしくない状況で、だけど、夫になったその人は、ただじっとこちらの言葉を聞いてくれている。
「…本当に違うの。結婚が嫌だとかそういうことじゃなくて、ただ…」
言葉に詰まる。言いたいことを言葉にしても、それがどうにもならないこと、どうしようもないことだと分かっているから。
「…巫女様?」
言葉で優しく促されて、弱っていた部分がポロリと剥がれ落ちた。
「…全然、違ったから。」
「…」
「私が思ってたのと、想像してたのと全然違う…」
剥がれ落ちたところから、ドロドロとしたものが溢れ出す。
「私は、ただ普通に親戚や友達を呼んで、『おめでとう』って言ってもらうような式しか知らない。」
「…」
「それに、家族で並んで『ありがとうございます』って応えるの。あんな見世物みたいな、知らない人しか居ない場所で誰の式か分かんないような式じゃなくて。…ヴァージンロードだって、本当なら…」
溢れ出した苦しさに喉が詰まる。零れそうになるものを飲み込んで、顔を上げた。
「…まぁ、それも巫女の『お役目』らしいから、仕方ないとは思うけど。…だけど、知ってる?私の世界には『創世の女神』なんて存在しないの。」
「…」
「女神の前で誓ったけれど、私はこの世界の神を信じていない。…ごめんね、そんなのに付き合わせちゃって。」
返る沈黙。彼が口を開くのが怖くて、距離を取ろうと手を引くが、
「…では、巫女様の世界では、夫婦の契りは何に誓われるのですか?」
「それは、まぁ…、私の世界の神様とか、…後は、周りの人達に、かな?」
曖昧な知識。それに、目の前の人は頷いた。
「では、私は、巫女様に誓います。」
「え…?」
「この命尽きるその時まで、巫女様と共に…」
「っ!?」
それは、簡易的ではあるが、さっきの大司教が口にした誓いの台詞の締めと同じ。式では大司教の言葉に続いて「誓う」だけだった言葉を、今度は臆面もなく口にされて、顔に血が上った。
「っ!いや、あの、別に、そういうつもりじゃなくて!誓い直してもらう必要はないって言うか…!」
焦るこちらを意に介さず、握られた手に力が込められる。
「巫女様。」
「っ!はい!」
「…巫女様のいらした世界とこの世界では、多くのものが異なります。巫女様が心から望むものは、この世界では手に入らないやもしれません。」
「…」
「…ですが…」
握られたままの手、そこに一瞬、セルジュの乾いた唇が押し当てられて─
「…私の力及ぶ限りで、巫女様の願いを叶えて差し上げたい。巫女様に、心安らかにお過ごし頂けるよう尽くして参ります。…どうか、私に、あなたの側にある権利を…」
「…………………はい。」
(ヤバい…)
口が勝手に返事した。
(…だって、何か、うちの旦那が、思ってたのと違う…)
淡々とした子だから、もっと淡々と、それこそ、「夫婦とは名ばかり」みたいな可能性も覚悟してたのに。
(淡々と、口説かれてしまった…)
いや、口説かれたかは怪しいところだけれど。でも、少なくとも、私は今、彼に尊重してもらえたと感じている。私の話を聞いて、「無理だ」「諦めろ」と言うのではなく、「ならば」と返してくれた彼に。
(っ!ああ、もう…!)
駄目だ。やっぱり、私はチョロい─
それだけで、あれほど我慢していたものが決壊しそうになっている。
だから笑う。目の前の、優しい人に向かって。
「…ありがとう、セルジュ…」
急ピッチで整えられた結界の巫女様のための結婚式。着なれないコルセットの中に身体をギュウギュウに詰め込まれて、その上から純白のドレスを着せられた。つま先から髪の先までピカピカに磨き上げられて連れて来られたのは、この国の主要機関の一つである大聖堂。
私をこの世界に喚んだ召喚陣や守護結界の陣と同じ、神代に造られたという由緒正しい歴史的建造物の中には、今や溢れかえらんばかりの人、人、人。その中央、バージンロード的なもののスタートに立たされて、辟易する。
(密度が高い。息苦しい…)
「…巫女様?」
「あー、うん、大丈夫。」
表情に出ていたらしい。斜め上から向けられる気遣わし気な視線。数十分後には夫になる予定の相手に、小さく首を振って答える。
「ちょっと緊張してるだけ。大丈夫、倒れたりはしないから。」
「…」
正確に言えば、緊張しているのではなく嫌気がさしている。元の世界では想像もしなかった規模のド派手婚。「結界の巫女様」のお式である以上、ある程度は仕方ないことだと覚悟はしていたけれど。
(…『なるべく慎ましやかに頼む』という私の希望は一体どこに行った…?)
思わず、聖堂の二階席、そこにご臨席下さっている王太子殿下、並びに、妃殿下に恨めし気な視線を向けてしまう。
(超絶美形カップル…)
結婚式の準備で初めてお会いした妃殿下は、まさに「ザ・お姫様」。王太子と並ぶと、文句のつけようもないほど完璧な一対が出来上がる。そのことに、全く文句はないのだが─
(…何も、このタイミングで公務復帰しなくてもいいんじゃない?)
それが、妃殿下なりの「巫女様への気遣い」なのかもしれないけれど、妃殿下自らがプロデュースして下さった結婚式は、今の私には、正直ちょっとしんどい。
おまけに、妃殿下が久しぶりに公に姿を現すということで、彼女を一目見ようとする方々までが集まった結果、参列者の数がとんでもないことになってしまっている。
(会場の視線が、こっちじゃなくてあっちだもんね。)
その熱視線に妃殿下が応えるたび、会場から歓声のような声まで上がっている。どちらが本日の主役か分からない状況に、ふと、隣に立つ将来の夫を見上げた。
(…格好いい、んだよねぇ…)
お見合いの後に一度だけあった彼との打ち合わせ、その際にも下ろされていた前髪が、今日はきっちりと上げられ、綺麗に整えられている。身にまとう礼服も、彼の体型、線の細さを活かしたもので、スタイルのいい彼に非常によく似合っている。
(…イケメン、三割増し。)
彼一人なら、間違いなく今日の主役を張れるレベル。ただ、隣に立つ新婦が私だから─
「申し訳ない…」
「?」
こちらの呟きを拾って首を傾げた新郎。彼が口を開けようとしたタイミングで、入場を促す音楽が流れ出した。
「…よし。じゃあ、まぁ、行こっか?」
「はい…」
未だ現実味の薄いバージンロードを、夫予定の相手と歩く。私が漠然とした未来に思い描いていたものとは違い、この国では夫婦が共に祭壇までの路を歩くのが通常らしい。
だけど、本当なら─
「…」
「…巫女様?ご気分が?」
止まりかけた足、囁くような声が降って来た。
「ううん、ごめん、違う。ちょっとね…」
「…」
止まりかけたことが周囲に気づかれないよう、上手くリードされ、何事もなかったようにまた歩き出す。
二人並んで祭壇の前に辿り着いたところで、本日の式を執り行う大司教が式の開始を告げ、創世の女神への祈りを捧げ始めた。その前に立ち、荘厳な女神像を視界に入れないようにしながら有難い説教を聞き流し、ただただ、苦痛でしかない時間を耐える。
耐えた苦行の末、漸く広げられた婚姻宣誓書、先に書かれた「セルジュ・アンブロス」の名の横に、自身の名前を書いた。
(これで…)
隣を見上げる。たった今、この瞬間に夫になってしまった人は今までと変わらず、凪いだ瞳を見せるだけ。そこに喜びは見当たらないが、同時に苦痛も見当たらない。
(…取り敢えず、何とか無事に終わりそう。)
一刻も早く本日の主役という立場から解放されたくて気持ちが急く。この状況で誓いのキスなんてさせられなくて本当に良かった。
流れ出した音楽とともにまた手を取られ、来た路を夫となったセルジュと戻る。式場を出た後も外されない手に導かれて、気づけば、花嫁の為に用意された控室へと戻って来ていた。
「…あの、えっと…?」
部屋までついて来た彼が何をするつもりなのか。もしくは何を言いたいのか。二人きりという状況に、今までの経験から思わず身構えたところで、
(あ、手…)
取られたままだった手に気づく。そっと引き抜こうとすれば─
「…巫女様。」
「っ!」
引き留めるかのように、弱くではあるが、彼の手に力が込められた。見咎められたかと動きを止めれば、
「…巫女様、顔色がよろしくありません。」
「え…?」
セルジュの言葉に驚く。分厚い化粧までされているのだから、顔色なんて分かるはずもないと思っていたのに。
「ご気分が悪いのではありませんか?」
「あ、いや、気分が悪いわけでは…」
「…では、私が何か、巫女様にご不快な思いをさせてしまいましたか?」
「っ!?」
ヒヤリとした。
彼の言葉にもその表情にも、こちらを責めるような気配は全くない。ただ、本当に、こちらを案じてくれていることだけが伝わって来る。
なのに、私は─
(…ああ、もう、最低だ!)
「ごめん、ごめんなさい!」
「…巫女様?」
「私の態度、すごく悪かったよね!」
幸せいっぱいの花嫁とは到底言えないような態度。そんな態度で隣に立たれた新郎がどれだけ不快な思いをしたか。今日は、彼の婚姻式でもあるのに。
「嫌な思いさせたのは私の方!失礼な態度とってごめんなさい!」
頭を下げれば、取られたままだった手を持ち上げられ、顔を上げるように促される。
「…巫女様が頭を下げられるようなことは、何もありません。」
「でも、私の態度サイアクだった。…ぜんぜん笑いもしなかったし、…感じ悪かったでしょう?」
「いえ、そのようなことはありません。ただ…」
「…?」
「…お辛そうでした。何かに耐えていらっしゃるような…」
「…」
言われて、否定できずに視線を逸らす。右手はずっと、彼に取られたまま。
「…巫女様は、私との婚姻をお厭いですか?」
「っ!?」
「それを耐えて、」
「まさかっ!?」
被せるようにして否定する。
「違う!ごめん!私のせいだけど、本当にそんなつもりはなくて!」
こちらから求めた結婚相手。選んだのは私。なのにこの扱い。激怒されてもおかしくない状況で、だけど、夫になったその人は、ただじっとこちらの言葉を聞いてくれている。
「…本当に違うの。結婚が嫌だとかそういうことじゃなくて、ただ…」
言葉に詰まる。言いたいことを言葉にしても、それがどうにもならないこと、どうしようもないことだと分かっているから。
「…巫女様?」
言葉で優しく促されて、弱っていた部分がポロリと剥がれ落ちた。
「…全然、違ったから。」
「…」
「私が思ってたのと、想像してたのと全然違う…」
剥がれ落ちたところから、ドロドロとしたものが溢れ出す。
「私は、ただ普通に親戚や友達を呼んで、『おめでとう』って言ってもらうような式しか知らない。」
「…」
「それに、家族で並んで『ありがとうございます』って応えるの。あんな見世物みたいな、知らない人しか居ない場所で誰の式か分かんないような式じゃなくて。…ヴァージンロードだって、本当なら…」
溢れ出した苦しさに喉が詰まる。零れそうになるものを飲み込んで、顔を上げた。
「…まぁ、それも巫女の『お役目』らしいから、仕方ないとは思うけど。…だけど、知ってる?私の世界には『創世の女神』なんて存在しないの。」
「…」
「女神の前で誓ったけれど、私はこの世界の神を信じていない。…ごめんね、そんなのに付き合わせちゃって。」
返る沈黙。彼が口を開くのが怖くて、距離を取ろうと手を引くが、
「…では、巫女様の世界では、夫婦の契りは何に誓われるのですか?」
「それは、まぁ…、私の世界の神様とか、…後は、周りの人達に、かな?」
曖昧な知識。それに、目の前の人は頷いた。
「では、私は、巫女様に誓います。」
「え…?」
「この命尽きるその時まで、巫女様と共に…」
「っ!?」
それは、簡易的ではあるが、さっきの大司教が口にした誓いの台詞の締めと同じ。式では大司教の言葉に続いて「誓う」だけだった言葉を、今度は臆面もなく口にされて、顔に血が上った。
「っ!いや、あの、別に、そういうつもりじゃなくて!誓い直してもらう必要はないって言うか…!」
焦るこちらを意に介さず、握られた手に力が込められる。
「巫女様。」
「っ!はい!」
「…巫女様のいらした世界とこの世界では、多くのものが異なります。巫女様が心から望むものは、この世界では手に入らないやもしれません。」
「…」
「…ですが…」
握られたままの手、そこに一瞬、セルジュの乾いた唇が押し当てられて─
「…私の力及ぶ限りで、巫女様の願いを叶えて差し上げたい。巫女様に、心安らかにお過ごし頂けるよう尽くして参ります。…どうか、私に、あなたの側にある権利を…」
「…………………はい。」
(ヤバい…)
口が勝手に返事した。
(…だって、何か、うちの旦那が、思ってたのと違う…)
淡々とした子だから、もっと淡々と、それこそ、「夫婦とは名ばかり」みたいな可能性も覚悟してたのに。
(淡々と、口説かれてしまった…)
いや、口説かれたかは怪しいところだけれど。でも、少なくとも、私は今、彼に尊重してもらえたと感じている。私の話を聞いて、「無理だ」「諦めろ」と言うのではなく、「ならば」と返してくれた彼に。
(っ!ああ、もう…!)
駄目だ。やっぱり、私はチョロい─
それだけで、あれほど我慢していたものが決壊しそうになっている。
だから笑う。目の前の、優しい人に向かって。
「…ありがとう、セルジュ…」
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