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第二章 召喚巫女、領主夫人となる

9.領主夫人として

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忘れてた─

(…嘘。本当は忘れてないけど、このまま、なぁなぁで流せるんじゃないかなーって…)

「…アオイ?」

「…」

(思ってました…)

純真無垢、とは違うかもだけど、純粋に疑問、ついでに「教えてくれるって言ったでしょ?勿論、答えてくれるよね?」という、私に二言があるなんて疑ってもいないセルジュの眼差し─

(っ!さっきの勢いを思いだして!サラッと、サラッと…!)

自分を鼓舞し、それでもちょっと前振り、助走から入ることにする。

「…理由はね。まあ、色々あるんだけど。…一言で言うと、『後進の育成がしたい』ってところかな?。」

「…後進?」

「そう。…セルジュの後進。将来、セルジュの仕事を手伝ってくれる人を増やしたいと思ってる。」

「それは…」

躊躇う様子のセルジュに、その気持ちが手に取るように分かって、少し笑う。

「まぁ、確かに。本当は、セルジュには必要ないんだろうなって思ってるよ?…セルジュは優秀だから。」

「いえ、私は…」

「自覚があるかどうかはともかく、セルジュは。」

本人が否定しようと、それはもう、間違いない。

「すっごく優秀だから頼りになるし、メチャクチャ仕事が出来るから尊敬してる。」

「…」

(ん…?あら…)

口にしたのは、嘘偽りのない本音だけど、流石に言い過ぎたかもしれない。

照れているのか、嘘くさくて聞いていられなかったのか。セルジュに視線を外されてしまった。

(…これは、チャンス。)

セルジュがひるんでいる隙に、サラッと言ってしまおう。事実だからこそ、今から何とかしなければと思っていること。だけど、その前提を突き詰めると、こちらも居たたまれなくなる核心部分。

「…でもね?…あの、セルジュ以外、…セルジュの後を継ぐ子には、そういう人達が必要になるんじゃないかなっーて、思ってる…」

「…」

「その子が、セルジュほど優秀とは限らないでしょう…?」

言ってて、馬鹿みたいに顔が赤くなるのを避けられない。

「その子」なんて、かなり遠回しに言ってみたけれど、セルジュの跡を継ぐ子、それは、普通に考えて、今のところ、順当にいったとして、何の問題も無ければ、「セルジュとの子ども」になるわけで─

(…っ!照れる!!メチャクチャ照れる!)

既に夫婦とは言え、出会って数ヶ月の相手と自分達の子どもの将来について語るなんて─!

(って、照れてる場合じゃないから!ここはサラッと、サラッと…!)

実際、照れる以上に深刻な問題として、いくらセルジュの血が流れていようと、わたしが鷹を産める保証なんてどこにもない。そりゃあ、我が子は可愛いだろうから、「うちの子天才!」とは思っちゃうだろうし、「お仕事、つらかったら止めていいのよ?」って言っちゃうかもだけど─

ちちおやと同じ仕事をこなせずに追い詰められる我が子なんて、切なすぎて見てらんない!)

そして、そうなった時のアンブロス領の行く末なんて、火を見るよりも明らか。

「と言うわけで!…まあ、凄くお金と時間がかかるのはわかってるんだけど、後進を育成しつつ、それこそ十年、二十年計画でセルジュの仕事を切り分けていけたらなって思ってる。」

「…領主の仕事を配分できる人材を育てるための義務教育、ということですか?」

「そう!」

セルジュの言葉に大きく頷く。

「あ!勿論それだけじゃなくて、領内の子ども達みんなに、自活の手段の一つとして教育は必要だと思ってるけどね!」

「…なるほど。」

「それに、後進って言ってもね?補佐官を一人採用して、っていうのじゃなくて、もっとちゃんと部署とか機関として確立させたい。最終的には、領主が代わっても問題無い体制なんてどうかな?って思ってる、よ…?」

(まぁ、その辺の決定権は領主であるセルジュにしかないから、一案としてね?)

ただ、補佐官というお仕事は、所謂、慣習として、仕える相手の引退に併せて代替わりするものらしく、前辺境伯であるセルジュの父親についていた補佐官も、セルジュが跡を継いだ時点で辞めてしまっている。

(…けど、それって、セルジュだから問題無かっただけでさぁ。)

トップが変わる度にそれでは、領主の資質によっては、アンブロス領が大変なことになってしまうし、それに巻き込まれる領民はたまったもんじゃない。

(…だったら、まぁ、最終決定権は領主にあるとしても、任せられる部分は任せていくようにして…)

イメージとしては、元の世界の地方公共団体、市役所や区役所、町役場とか、そういったもの。或いは、裁判所的なものもあった方がいいのかもしれない。

(…いや、だって、ねぇ…?)

昨日のパラソでの一件を思い出す。

「パン屋の裏庭の枝が隣家の家の窓近くまで伸びたせいで日当たりが悪くなった隣家の住人が枝を勝手に切ってしまった。パン屋が賠償を要求している」という、ご近所問題トラブル。訴訟問題?に発展しそうということで、町の相談役的な人から領主に依頼があったわけだが、果たしてあれは、態々セルジュが出向いて解決しなければならないほどの問題だったのだろうかと、今でも疑問に思う。

(…まぁ、一緒になって、横でふんふん話聞いちゃったけど…)

だから、いつになるかは分からないけれど、将来的には、領主の負担が減るようなシステムを作りたい。いきなり変えることは難しくても、少しずつなら─

「…実際ね?今まで学校に行ってなかった子達を、いきなり学校に行かせるっていうのは難しいと思ってる。だから、七歳からとか、九年間とかには拘ってなくて、ただ、広く浅く、出来るだけたくさんの子達に学んで欲しい。裾野を広げたいっていうか…」

その中から、優秀な子、勉強を続けたい子を見つけて、更なる教育の機会を提供する。最終的にはアンブロス領の発展に貢献して欲しいとは思うけれど、先行投資、奨学制度?が出来れば─

「…今でさえ忙しいセルジュの負担、増やすことになっちゃうと思う、けど、その、…領主夫人として、私にやらせて欲しい。」

窓の外、流れる景色を見ながら口にするのは、まだ「夢」でしかないが。

「事業計画、予算案とか、そういうのから全部、やってみたい、…んだけど、どうかな?」

「私は…」

「うん。」

「…この地でアオイがやりたいと思うことは、何でもやって欲しいと思っています。」

「…失敗するかもしれなくても?」

「成功のための助力は惜しみません。」

真面目な顔で頷いてくれたセルジュ。

「…うん、ありがとう。」

アンブロス領主であるセルジュが認めてくれたことが嬉しい。それだけでもう心強くて、「今すぐ何かしたい!」ってくらいにやる気が湧いてきた。







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