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第二章 召喚巫女、領主夫人となる

23.遠くにありて

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(子どもが労働力…)

これは、まぁ、元の世界でも国によっては当然のようにあった事実。現代日本人としては、正直、ザラつくものがあるけれど、この国の文化とか社会とかを全て否定して覆すだけの力が─残念ながら─私にはない。

「…」

「…アオイ?どうかしましたか?」

「んー?」

夜、ちょっと縮まったセルジュとの距離。今日は贅沢にも、カウチの上、セルジュの隣に座って彼の左肩を枕にウンウン悩んでいたのだけれど、流石にしゃべらな過ぎて、セルジュに不審を抱かせてしまったらしい。

「…ちょっとねー。悩み事。」

「…私で力に成れることはありますか?」

「あははー。セルジュにはいつも力に成ってもらってるし、正直、過重労働強いて申し訳ないって思ってるくらい。」

「問題ありません。…それに…」

「ん?…え?なになに?」

言いかけて止めたセルジュの言葉が気になって、顔を上げる。至近距離でかち合ってしまった、今は黒に見える瞳。

「…アオイの望みを叶えることは、私に許された権利ではないのですか?」

「え…?」

「婚姻式にて、そう、許されたはずです…」

「…あー…」

(…アレのこと?)

思い当たるものは、確かにあった。あの時、ボロボロだった私にセルジュがくれた言葉。

(え、けど…)

「あれって、権利の主張だったの?」

「…」

「てっきり、『そうします』っていう、セルジュの決意表明というか、約束みたいなものだとばっかり。」

「…それでも、アオイは受け入れてくれました。」

「え、うん、まぁ、そう、だね?」

「…」

「…え?」

(これは…)

だから、「言え」ということなのだろうか。今、私が抱えている悩み。その悩みを、セルジュが解決したいから─?

「…セルジュは、本当、何て言うか…」

「…?」

「夫の鑑、理想の旦那様みたいな人だねぇ…」

「…」

「あ、いや、今のはちょっと語弊があるな。…セルジュは『理想の旦那様そのもの』、だね?」

「…」

本音の褒め言葉に、だけど、困ったみたいな顔でセルジュが黙り込んでしまったから、少しだけ笑ってしまった。それだけで、問題なんて何も解決してないんだけど、気持ちは軽くなるから不思議─

「…学校、ね?始めてみたはいいけど、子どもがあんまり集まってないでしょう?」

「…では、私の方から、」

「あー、ダメダメ。セルジュが動いちゃったら、今よりもっと忖度が凄いことになっちゃう。」

「忖度…?」

「うん。…まぁ、それはいいんだ。…子ども達に無理させたいわけじゃないし。」

先ずは、学校に行くだけの余裕ある生活という環境が整って、それから、子ども達に─出来れば自発的に─学校に行きたい、行ってもいいと思ってもらう。

(…言ってしまえば、それだけ、なんだけど。)

元の世界、日本では、それを考える前に当たり前のように用意されていた環境。私自身、意思を持つ前に学ぶことを始めていた。

「…セルジュはさぁ…」

「はい。」

「学校、…王立学院、自分で行こうって決めた?」

「…ええ。亡くなった母の遺志でもあったそうですが、最終的に、私自身で行くことを決めました。」

「そっかー。…学院、楽しかったんだよね?」

「はい。」

(だよねぇ…)

それは彼の昔話からも分かるし、彼自身、「学ぶことが好きだ」と公言しているのだから、疑いようのない答え。

(…義務教育、義務があるのは大人だけで、子どもにとっては、それこそ権利、か。)

制度としての枠組みに拘っても、そこに来てくれる子どもの意思までは強制出来ない。学校で学ぶという経験も知識もない彼らにとって、その権利を行使したいと思う動機は、果たしていつ、どういうタイミングで生まれるのだろうか。

(ほんと、おもちゃで釣ってる場合じゃない、よね…?)

いや、逆に暫くはおもちゃで釣るべきか。それを学ぶことに繋げるには─

(アルベルトは本に釣られてくれるけど。他の子は…、知育玩具とか?作ってみる?)

ただ、私の浅い知識では知育玩具の具体的なイメージが湧いて来ない。

(…将棋?違うかな?…まぁ、そもそも、ルールも駒の動きも分からないから、無理だけど。)

脳内で、一人迷走し始めたところで、ふと視線を感じた。

「?…セルジュ?どうかした?」

「…アオイは、どうでしたか?」

「どうって、あ、私が学校好きだったか?」

「…はい。」

「うーん…」

答えに迷う質問に、ちょっと考える。

「…義務教育、小学校とか中学校は普通に楽しかった、かな。高校はまぁ、色々あって、希望通りってわけにはいかなかったけど、それでも、学校生活自体は結構好きだったよ?」

ただ、それが「イコール勉強が好き」ではないから、答えとして正しいかは微妙なところではある。

「…以前、アオイが…」

「うん?」

「…王立学院に相当する教育機関は『大学』だと言っていましたが…」

「ああ、うん、そうだね。多分、大学くらいだと思う。成人してからも通うってところが、同じかなーって。」

「アオイは…」

「?」

先ほどから、セルジュの言葉が度々止まる。ずっと、何か言いづらそうにしているけれど、話の内容的に思い当たるものもなく、大人しく、セルジュの言葉の続きを待った。

「…その、大学にも…?」

「うん。通ってたよ。」

四年間。その時間の全てを学業に費やしたとは言わないけれど。将来を見越して学んで、それなりの努力をして─

「…それだけの期間…」

「え…?」

セルジュが、どこか呆けたように呟いた。

「…それだけの期間をかけて、アオイは…」

「…」

声に含まれる感嘆、それで何となく、彼の言いたいことが分かった。

「…環境のおかげだよ。…今更だけど、私も恵まれてたんだなぁって思う。」

後は─

「…親にも、ね。…感謝してる。」

「…」

口にして、口にした途端、喉元にせり上がって来るもの。飲み込めば、胸を塞ぐ苦しさに息が上手く吸えなくなる。

(…まだ、駄目。)

だから─

「…と言うか、よく考えたら、こういう話するのって初めてだね?」







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