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第二章 召喚巫女、領主夫人となる

24.想いを許され (Side S)

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─まただ

アオイがその存在を口にした途端、彼女の瞳から消えた輝き─

「…元の世界の、何て言うんだろ?文化とか社会とか?そういうのについては、結構、話してたのにね?学校や車の話とか。」

「…ええ。」

刹那、垣間見えた表情は、次の瞬間には綺麗に覆われて見えなくなってしまう─

「でも、私が大学で何を勉強してたとか、身分証代わりに免許取った話とか、そういうのは、全然、話してなかったかも。」

笑みさえ見せて語るアオイ、その姿に己の無力を痛感する。

(…私は、また、過ちを…)

「あー、でも、それって、結局、いっつも私ばっかりセルジュのこと根掘り葉掘り聞いちゃうから、そのせい?」

「いえ、そのようなことは…」

「本当?…前に言ったと思うけど、私、セルジュを知りたいって気持ちが結構あるから、それがこう、前面に押し出されてるというか、そのせいでセルジュから質問の機会を奪ってるとか、ない?」

「ありません…」

「そっか。」

そう言って、また笑うアオイ。

出会った頃、アオイの表情を、随分と分かりやすいと感じたことがあった。基本的に、それは今も変わらない。怒って、泣いて、笑顔を見せてくれるアオイの、その気性は己にとって得難いもの。彼女の胸の内を知る術となるだけでなく、今はただ、アオイの笑顔がみたい、彼女が笑ってくれるならばと、そればかりを強く願っている。

(…だが、今のアオイの笑みは…)

それとは別。長く共にいれば分かる、アオイの内にある触れられない部分。それは、恐らく、アオイにとって最も大切で、彼女を最も弱くするもの。だから、彼女は隠す。人が、己が、彼女のそれに触れることが無いよう、何でもないことのように、笑って─

「あ…、いや、セルジュが私の居た世界自体に興味があるっていうのは分かってるんだよ?だから、まぁ、無理して私個人の話を聞けっていうわけじゃなくて…」

「私は…、私も、アオイのことを知りたいという気持ちに嘘はありません。」

「そう?…なら、まぁ、うん、何でも…、っていうのはちょっと無理だけど、答えられることにはバンバン答えるから、気になることがあったら何でも聞いて?…さっきみたいに。」

「…それは…」

「逆に、あまりに何も聞かれないと、『私のこと興味ない?』って不安になるからさぁ…」

「それだけはあり得ません。」

「あ、…はい。」

不安を口にしたアオイに、己の不明を恥じる。

「…決して、アオイの故郷での話を聞きたくないわけではないのです。」

「うん。なら、聞いて聞いて!」

「…アオイは…」

「?」

「…辛くはありませんか?」

「え…?」

一瞬、怯んだアオイ。その反応に、やはりと思う。

「…分かってはいたのです。…いえ、漸く思い至ったと言いますか…。それなのに、私は…」

聞かずにはいられなかった。それが、アオイの「痛み」に触れるかもしれないと分かった上で─

「…知りたいと、思ってしまいました。」

己の感情、欲が理性を上回った。ここまで自身を抑えきれないと思ったのは初めてのこと。

「アオイの世界が、アオイをどう育んだのか。…『子どもらのために』、それを当然として動けるあなたの価値観、原動力。」

あなたを形作ったもの、あなたの過去、全て─

「…今のあなたの、根源を知りたいと…」

「…あー…」

アオイが、合点がいったという風に頷く。

「そういうことかぁ…」

そこで、少しだけ迷いを見せてから、

「…私がね?」

それでも、躊躇いがちに言葉を紡ぐ。

「…えっと、自分から色々しゃべってる分には、好きでしゃべってるから、全然気にしなくていいんだけど。実際、今まで、別に何ともなかったし、と言うか、しゃべるの楽しんでたくらいだからね?」

「…はい。」

「…ただ、まぁ、確かに、これがこっちに来てすぐの話だったら、納得も諦めも出来てなかったから、聞かれたら暴れまくってたかもしれない。…いや、かもしれないじゃないな、実際、結構、暴れた…」

僅かに、視線を逸らされる。

「…だけど、今は、うん、私のことを知りたいって言ってくれたセルジュの言葉があるから、大丈夫。…ちょっと、大丈夫じゃない部分もあるけど、それは…」

「…」

「…それも、その内、平気になると思うから。…その時は、聞いてくれる?」

「ええ、聞かせて下さい…」

アオイの言葉に深く頷く。同時に、己を恥じる気持ちが膨れ上がった。

今、アオイは確かに、彼女の内を晒してくれた。僅かながらも、彼女のに己が踏み入ることを許してくれた。

(…それに対して、私は…)

この期に及んで保身を図ろうとした己の醜さに嫌悪が募る。

「…すみません、アオイ。」

「?」

「それだけではないのです…」

「それ?…えっと、どれだろう?」

「あなたに辛い思いをさせること以上に…」

出来れば知られたくなかった利己的な己を晒す。

「…私は、故郷を語ることで、あなたが望郷の念を抱くことを恐れています。」

「え…?」

「故郷を語ることで、あなたが彼の地へ帰りたいと願う…、いつの日か、本当に、彼の地へと帰ってしまうのではないか、と…」

「っ!?…え、っと、いや、まぁ、確かに、そういう気持ちになる時もあるかもだけど、今はもう、そこまでじゃないと言うか。それに…」

アオイが、困ったように笑う。

「そもそも、帰りたいと思っても、帰れないし…」

「…すみません。」

言わせてはいけない言葉、それを言わせてしまった。なのに、彼女の言葉に安堵する自分が確かに居て─

「…例え、アオイが故郷へ帰ることを望んでも、私は、あなたのその望みを叶えられそうにありません。…叶えたくないと思ってしまっているんです。」

「っ!!」

「アオイの望みは何でも叶える。そう誓った思いに嘘はないつもりだったのですが…、それだけは、あなたを帰すことだけは、どうしても出来そうにありません。」

「…」

黙り込んだアオイの、その顔が見れずに下を向く。吐露してしまった己の欲深さ、知られた恐怖に、握った拳が震えた。

「…セルジュは…」

「はい…」

呼ばれた名、温度のないその響きに、アオイの嫌悪、叱責を覚悟して顔を上げる。アオイの顔から表情が消えていた。

「セルジュは、一体、私をどうしたいのかな…?」

「どう、とは、…出来れば、一生、そばに、」

「そういう意味じゃないんだけどね!?いや、そういうことなんだよねっ!?」

「?…はい。」

これ以上、重ねるわけにはいかない偽り。問うてくるアオイの真意はわからぬまま、聞かれた言葉に頷いた。

「っ!分かってる!わざとじゃない!わざとじゃないんだよねっ!?」

「?」

「どうしたい、っていうのは、もう一歩、というか、もうちょっと突っ込んでというか、そう思う動機を聞かせて欲しいってことだったんだけど!」

「アオイ…?」

「っ!つまり、私はさっきの告白に、一体、なんて返事すればいいんでしょうかねっ!?」

己の懺悔に対するアオイの反応、見る限り、困惑はしているようだが、そこに負の感情、怒りや嫌悪は見当たらない。

「…良かった…」

「…良かった?」

知らず漏れた安堵の言葉を聞き咎められ、羞恥が募る。

「すみません。アオイに厭われるのではないかと、そればかりを気にしていました…」

「…」

己の矮小さを吐露すれば、アオイが、力尽きたかのようにカウチへと伏せてしまった。

「アオイ?…気分が、」

「大丈夫。…いや、大丈夫じゃない。」

「寝台の方へ、」

「行かないっ!!」

「…アオイ?」

伏せていた上半身を勢いよく上げ、こちらを睨むように見つめてくるアオイ。その顔に浮かんだ怒りらしき感情も、しかし、目元に滲ませた涙のせいで、不覚にも─

(…愛らし、)

「私、同じ過ちは繰り返さないから!」

「…」

突如、カウチから跳ね起きたアオイが、テーブルの上、そこに置いてあった魔道具の試作品を手に取った。

「ホワイトボードって便利だね!こんな時、すぐ使えるし!ていうか、言っただけで作っちゃうセルジュもどうかと思うけど!」

「…」

「このままベッド入っても、ウダウダ悶々して眠れないだけだからね!私、知ってる!経験上、知ってるから!」

言いながら、手にした魔道具に何かを書き始めたアオイ。

「もうグジグジ考えるの止めた!やろう!農業改革!」

「農業改革?」

「そう!あ、実際やるのはセルジュなんだけど…」

「私が…?」

「うん!子ども達が労働力、だったら、その労働、出来得る限りで削ってやろうじゃない!」

書き続けるアオイの手元、覗けば、今はもうよく知る形が描かれていて─

「…装甲車、ですか?」

「惜しい!…いや、コレは私の画力の問題…?」

「?」

途端、勢いのなくなったアオイが手を止め、こちらに視線を向けた。

「…あのね、セルジュ?」

「…はい。」

こういう風に己の名を呼ぶときの彼女が好きだ。

何かを期待する眼差しを向けてくれる彼女が─

「元の世界に、耕運機っていう乗り物があってね…?」







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