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第二章 召喚巫女、領主夫人となる

25.夫自慢

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「あははははは!すげぇ!これ、すげぇよ!アオイ様!」

「…」

「速い!めちゃくちゃ速い!すげぇ!」

デジャヴ、いつかどこかで見たような光景。あの時は音声までは聞こえなかったけれど、あの時のオットーと同じ目をしたオリバーが、今、目の前で、嬉々として耕運機を押している。

そう、押している─

(…何がどうやって、こうなったのやら。)

当初、セルジュに「耕運機」の説明をした時は、我ながら酷かった。「車は車なんだけどー、後ろに、あれ?前だっけ?まぁ、取り敢えず、回転する刃物がついててー」やら、「一応、乗車?して運転するんだけど、屋根は無いんだよねー」やら、あれでよく、セルジュは私の意図した耕運機の絵が描けたと思う。

(…うん、セルジュは絵も上手かった。)

途中でホワイトボードを放棄した私に代わり、熱心なヒアリングの末、「耕運機」の絵を完成させたセルジュ。その絵を見て大興奮、「完璧だ」と大絶賛していた私の横で、そう、確かに、セルジュが溢していたことは覚えている。

子ども達に運転させるのは難しいかもしれませんね、と─

「アオイ様!見て!これ見て!これ!ここ!俺がやったとこ!」

「オリバー!代われって!お前、ずっと一人でやってんじゃん!」

「あ?待て待て!待てって!あと一往復!ここの畝だけ!これで終わっから!」

「お前!さっきもそう言っただろうがっ!?」

(…耕運機、大人気。)

木製ゆえか、家庭菜園用というには些か大型、比較的体格のいい子ども達でも、見ていて若干、不安になるサイズ。それに群がる子ども達の大怪我しそうなはしゃぎっぷりに、ハラハラしてしまう。

「ちょっと、大丈夫?…動かしてる時は他の子達は離れてて、危ないから。」

「大丈夫!俺達、ちゃんと動かし方習ったから!」

「ここ!ここ触らなきゃ平気!」

「っ!?」

言いながら、回転する刃物に指を近づけるオリバーの行動に血の気が引く。

「いや、駄目!やっぱ、危ない!駄目!子どもは耕運機禁止!」

「なんでーっ!?」

「やだ!俺らまだ全然動かしてない!」

「っ!…いや、でも…」

子ども達の強い反対にあい、助けを求めて、耕耘中の畑の向こうを見る。小高い場所で、農家の人に別の魔道具の取説をしているセルジュは、だけど、一向にこちらの様子に気づいてくれない。

「巫女様、じゃなかった、アオイ様!マジで大丈夫!セルジュ様が、『安全装置』ついてるって言ってた!」

「…でも。」

「だーいじょぶだって!切れても血ぃ出るくらいで、切り落とされたりしないから!」

「っ!?」

(全っ然、大丈夫じゃない…!)

子ども達の逞し過ぎる感覚についていけず、この場に居てくれない夫に恨めし気な視線を向ける。あちらはあちらで、セルジュが耕運機と同時に開発した、種まき機的なものの試運転を始めていた。

(…本当、ヤバいよね。)

そもそも、農家出身でもない私の農業に関する知識なんて、テレビで見たり、ご近所に少しだけ残っていた田畑の農作業をたまたま目にした程度のうろ覚えな知識。種まき機なんて発想は一切なかった。ところが、耕運機の完成お披露目、耕運機の隣に一回り以上サイズの小さな魔道具を並べたセルジュが、事も無げに「種まき用も作ってみました」とかなんとか言うから、もう─

(…何だっけ、こういうの。…特異点、文化的特異点?だっけ?)

大学の講義か何かで聞きかじった知識。今、目の前にしているものはそういうものだとしか思えない。

(…うちの旦那が一人で文明進めようとしてる。)

辛いのは、この「ヤバいよね!?」な感覚を共有する相手がいないということ。セルジュ本人は元より、アンブロス領の人達も「ご領主様だから」みたいな感覚で普通に受け入れてしまっている。

(何で?何で、そんな平然と…)

王都に居た頃にこんなもの見かけたら、私なら三度見はしてる。ただ、これが、アンブロス領の人達にとっての「普通」なんだなぁってことは何となく分かって来た。

(…恐ろしい。)

セルジュの天才っぷりが、ここまで見事にスルーされてしまっているとは。

(エバンスとかマティアス辺りは分かってそうだけど…)

ただ、あの二人は私なんかよりよっぽど器がデカイから、セルジュの天才っぷりを一々騒いだりはしないのだろう。領のみんなも、「うちのご領主様すごいんだぞ!」くらいには思ってるはずなのだが、如何せん、比較対象がない、というか知らないもんだから、そのスゲェが彼らの思ってるスゲェの五百倍はいく、ということに気づいていない。

(…クソー、勿体ない…!)

セルジュの真価を、もっと、皆にも分かってもらいたい。そして、

(自慢したい!うちの旦那どうよ?って!)

煩悩まみれの思考、だけど、セルジュ本人はそういうことを望んでいない─多分、困った顔するだけ─だろうから、喧伝するわけにもいかない。

(…仕方ない、か。)

物分かりのいい妻の顔で、内心、「勿体ない」とため息をつきながら、子ども達のおりへと意識を戻した。

気づけば、耕作予定の畑一面を耕作し終えそうな勢いの子ども達。オリバーも耕運機の操作をちゃんと交代したらしい。本来なら、子ども達の力で操作が可能かどうかを確認するのが目的だった本日の試運転。そんな心配は全く必要なく、どちらかと言えば、彼らの力が有り余った時の方が問題になりそうだということが分かった。

(…取り敢えず、子ども一人での作業は禁止。)

絶対、大人が居る環境下で、それは周知徹底させようと密かに誓う。

(…まぁ、後は…)

彼らの農作業負担が軽くなり、時間的な余裕が出来れば、学校に来てくれる子ども達も増えるかもしれない。

(…かなり希望的観測だけど。)

実際には、今回の農作業の結果、つまり、農作物が収穫され、農家の収入が保証されてから、「これなら問題ない」となってからでなければ難しいだろうとは思う。

(こればっかりは、焦らず、気長にね…)

最終目的にはまだまだ遠いけれど、はしゃぐ子ども達を見ていれば、目的の、半分くらいは果たせたのだから、まぁ、いいか─








「ねぇねぇ!アオイ様!耕運機に色塗ってもいいっ!?」

「…」

「…オリバー、お前、学校ここに何しに来たんだよ?」

「あ?勉強?」

「…だったら、勉強したら?」

「する!けど、その前に!アオイ様!耕運機!」

「…えっとー…?」

耕運機導入の翌日、あれほど「まだまだこれからよね?」とか考えてた生徒数が一気に増加した。教会の子ども達の内、農作業組と、それから、多分、耕運機を導入した家の子ども達─

「…色塗るのは、まぁ、別にいいと思うけど…」

「ホントッ!?よっしゃ!!」

「あー、えっと、それで、オリバー達は勉強、しに来てくれたんだよね?」

「うん!そう!セルジュ様が言ってたから!」

「…セルジュが?」

一瞬、これも忖度、セルジュの言葉に大人達が動いたのかと思ったが─

「セルジュ様がね、『学ぶ機会は大切だ』って!勉強したら、色んなことが出来るようになるからってさ!」

「…セルジュがそう言ったから、オリバー達は来てくれたの?」

「そう!だってさー、耕運機、動く仕組みが分かるようになったら、自分達で改造していいって言われたから!」

「…」

「セルジュ様も学校で勉強して、耕運機作れるようになったんだって!俺も!ぜってぇ、作れるようになる!」

「…それは、また…」

なかなかに高い目標だなぁなんて思いながら─

「…じゃあ、先ずは算数かな?後は、本もたくさん読んだ方がいいだろうし、」

「げっ!?本読むのっ!?」

「そうだよー、だって、本にはオリバーの知らないことがたくさん載ってるんだよ?読んで、知識を得て、それで、魔道具だって作れるようになるんだから。」

「~っ!」

思いっきり嫌そう。だけど、さっきのキラキラした目はまだ失われてない。

「…オリバーの好きな本、一緒に探そうね?最初は私が読むから、オリバーは聞いてて?」

「…分かった。」

「セルジュが子どもの頃に読んでた本もいっぱいあるから。」

「読む!!」

セルジュが、オリバーの尊敬対象になったらしいことにニヤニヤしながら、教壇の上、一段高いそこから、教室を見渡す。

(…凄い。)

教室に、子ども達が並ぶ光景。

(セルジュが…)

彼の作った魔道具が、彼らの学ぶ動機を生んだ。彼の言葉が、彼らを動かした。

(凄い…)







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