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第三章 領主夫人、王都へと出向く

3.守るべきは (Side F)

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「よろしかったのですか?」

「よくはないな。…だが、まぁ、あれが限度だろう。」

深く息を吐いて、背後の椅子へと倒れ込む。

「…なかなかに手ごわい。」

「アンブロス伯があそこまで強固に反対するとは想定外でしたね。やはり、巫女様の恩恵はそれだけ大きいということでしょう。」

「…」

己の側近、常なら、その鋭い洞察をもって適格な判断を下す男が、何故、今の場面を見てその結論に至ったのか。

「…サキア、お前はアレを見て、本気でそう思うのか?」

「…あれ、とは?」

どうやら本気らしい。真顔で問い返してきた男に内心で嘆息する。

(…こういうものは傍目からの方が良く見える、ということかもしれんが。)

「…アンブロス伯は、巫女を愛するが故に囲い込もうとしている。…そういう風には見えなかったのか?」

「っ!?」

「…同じ目をしていた。お前たちと…」

爵位を持つとはいえ、十近く年下、辺境伯としての経験も浅い男が臆することなく己と対峙した。のみならず、こちらの要求を撥ね退けて見せたのだ。微塵の躊躇も見せずに。

「…あれは手ごわい。」

己にも覚えがあるからこそ分かる。本当に守るべきもの、守りたいもののためならば─

「…しかし、だとしたら、逆に交渉の余地はあるのではありませんか?」

「なに?」

「巫女への助力を請うのではなく、辺境同士の相互扶助という形でアンブロス伯を主体として動くよう促せば…」

「…どうだろうな。」

領主、しかも、納める土地は東の辺境という危険と隣り合わせの地、そんな立場の男がそう易々と領地を空けるとは思えないが。

「…だが、まぁ、伯から巫女を取り上げるよりは現実的か。」

「取り上げるなど…。そのような意図は全く無いと、アンブロス伯にも言葉を尽くして説得すれば、」

「無駄だ。どう言葉を尽くそうと、あの男にとっての事実は一つ。巫女を伯の元から引き離すことは出来んだろう。」

「…」

黙り込んだサキア。かつて、この男の目にあったのと同じ熱を持った辺境伯の姿に自身の姿を重ねたか。僅かな間、男の顔に苦渋が滲んだ。

それを、見ない振りで、

「…北に動くよう、声をかけてみるか。」

「それは…」

「こちらが動くより、余程、上手くいくかもしれん。」

元より、同じ魔の森に接する領同士、北と東の仲はそう悪くない。

「北も、現状のまずさは認識しているだろうからな。」

「…魔石に代わる産業として、窯業へのテコ入れを進めてはいるようですが。」

「ああ。マルステア伯ならば、必ず結果を出すだろう。…だが…」

問題はそこではない。問題は─

「…魔石採集に関するアンブロス領の独占、依存の高さは今後問題になってくるでしょうね。」

「ああ…」

一領地のみが潤えば、自ずと国内の均衡が崩れる。

「かと言って、アンブロスでの魔石採集に制限を設けるわけにもいかん。魔石の流通が滞ることの方が問題だからな。」

「はい。他領からの不満の声は如何ともし難いでしょうが…」

「…救いは、アンブロス伯にも巫女にも、国政に関わるような野心がないことくらいか。…王弟派からの接触、それだけは避けねばならん。」

「はい。」

「北を動かし、巫女には暫く監視をつける。」

「御意。」

サキアの答えに頷いて返し、息をつく。

巫女を手放した時には想定していなかった事態。過去、役目を終えた巫女が辺境へ赴いた例はなく、その全てが王都─もっと言えば、王宮─に留まることを選んだ。それが歴代巫女の望みであったかは兎も角、守護結界に関する以外で、巫女が何かしらの功績を上げたという事例は残されていない。

(…惜しいことをした、かもしれんな。)

巫女を王家、自身の手元に残しておけば、その力を持って、国内の均衡を保てたのみならず、東と北、領家に対して強い影響力を持つことができただろう。

(…だが…)

その選択が招くもの、望まぬ結果を生んだやもしれぬ可能性を考えれば、自身の選択は間違っていなかった。そう、確信している。

今は、まだ─







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