上 下
62 / 90
第四章 領主夫人、母となる

6.覚悟(Side S)

しおりを挟む
我が子を胸に、散々、「可愛い」と言い続けていたアオイだったが、お産の疲れもあったのだろう、やがて睡魔に襲われ始めたらしく、その瞼がゆっくりと落ち始めた。

「アオイ…」

「んー…」

そこで漸く我が子を手放したアオイから小さな身体を受け取り、十分な休息を取るよう伝えて部屋を出る。

「…」

部屋を出た扉の前、腕の中の我が子の寝顔を眺めながら、これからすべきことを考える。

(…アオイの側に、誰か付き添いを…)

体調の急変に備えて、侍女を何名か付けておくべきだろう。

(この子も…)

既に手配済みの子守りに託して、それから─

(名を…)

未だ、名のない我が子に与える名。アオイと二人で考え、「女児ならば」と決めていた候補がいくつかある。その中から、この子に相応しい名を、もう一度アオイと話しあって、それから─

「…」

安らかな寝顔に、滲む罪悪感。

(…魔力を持たない、か…)

己が身のことであるならば、然して障りのない事柄が、我が子に降りかかると、途端、鈍い痛みへと変わる。魔力を持とうが持つまいが、我が子への愛しさが変わるではなく、ただ、この先のこの子の苦労を思うと─

「…セルジュ様?」

「…エバンス。」

「…アオイ様とのお話し合いは終わられましたか?」

「ええ…」

「…お喜びになられていたでしょう?」

「…」

言われて、アオイの姿を思い出す。明らかに疲弊しきった顔、なのに、その瞳だけは強く煌めかせて、腕の中の存在に、何度もただ「可愛い」と告げていた。

そこに、なんの憂いも屈託もなく─

「…先代も…」

「…?」

「クリストフ様も、レナータ様も、大層、お喜びでいらっしゃいました。」

「父と、母が…?」

「はい。…セルジュ様のご誕生を、それはもう、心から…」

「…」

もう一度、腕の中の温もりに視線を落とす。

(…喜び。)

そう、確かに。この子を目にして、否、目にする前から、ずっとあるのは愛しさと喜び。無事にこの腕に抱けた今は、何よりもその喜びが勝る。

「…そう、ですね。」

この喜びが本物である限り、この子はきっと─

それに、

(…万難あれば、それを排すまでのこと…)

何も、問題などない。







しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

宇宙は巨大な幽霊屋敷、修理屋ヒーロー家業も楽じゃない

SF / 完結 24h.ポイント:340pt お気に入り:65

『マンホールの蓋の下』

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:624pt お気に入り:1

ポイズンしか使えない俺が単身魔族の国に乗り込む話

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:440pt お気に入り:8

ハカリ島,

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

愛及屋烏

BL / 連載中 24h.ポイント:213pt お気に入り:5

息抜き庭キャンプ

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:1,384pt お気に入り:8

アンバー・カレッジ奇譚

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:184pt お気に入り:0

妖精のいたずら

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,690pt お気に入り:393

風ゆく夏の愛と神友

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:766pt お気に入り:1

処理中です...