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高校生の二人
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しおりを挟む未雲と柊明が出会ったのは去年の夏頃だった。
これらは全てあとから聞いた話だが、学校が夏休みの間に突然転校してきた柊明は手続きのために学校にいたらしい。
柊明は書類を提出し終えると近くの海へ向かった。海は思ったより濁って汚く見えた。海水浴を目的にここら辺の海に来る人もいると聞いたことがあったが、どうやらこちらの海は違うらしい。人っこ一人いない。燦々と上から振ってくる日光が人を追い払っているのだろうなと少しだけ茹った脳みそが分析した。
持ってきていたペットボトルの中身はとうに空になっていて、近くに見える入道雲に惹かれるように歩を進める。その先は温くなった海しかないというのに、それすら冷たいと錯覚してしまったのか、足が止まらない。
柊明は頭ではすぐにでも引き返さなければ、と冷静なのに、それを行動に移すことはできなかった。熱中症になりかけているのか、それすらも分からなかった。
もう誰の命令で動いているのか分からない足が前へと踏み出して、瞬間ふっと力が抜けていく。ぐらり、視界の先にあった雲がゆっくりと少しずつ自分から遠のいていくのを柊明は見上げることしか出来なかった。もしかしてこのまま流されて死んじゃうんだろうか、なんて不吉なことを考えながら海水の衝撃に耐えようと目を瞑る。
「――ばかっ! ……あっぶな、」
どん、と予想していたより痛い音がして、柊明は困惑した。頭から爪先まで濡れることを覚悟していたのに、腰の下辺りが濡れただけでそれ以上の被害はない。代わりに上半身を誰かにかろうじて支えられてそこから他人の熱とほんの少しの痛みを感じた。
「ちょっと、大丈夫ですか? てか、重、い――」
ぼんやりとした思考のまま耳元で騒ぐ命の恩人を見上げる。黒髪で、少しつり目の青年は汗をダラダラと流しながら必死に陸へと戻ろうと文句を言いながら躍起になっていた。それがなんだか面白くて、未だに引っ張られている柊明が「あは、は、」なんて笑うと、小さかった文句がさらに大きくなっていったのが柊明の耳に届いた。この青年こそが、未雲だった。
柊明を救出した未雲はとりあえず持っていた水筒の水を飲ませ、学校の保健室へと送り届けた。
それじゃあ、と帰ろうとする未雲を柊明は慌てて捕まえた。どうにかしてお近づきになりたかった。さてどうしようかと柊明が考えあぐねたところ、
「失礼します。さっき保健室の先生から連絡が来たんですが……」
「あっ先生」
都合のいいことに転校手続きで面識のあった担任が来た。
「熱中症だって? 来たばかりなのに災難だったなあ……ん、未雲までどうしたんだ?」
さらに柊明にとっては幸運なことに、彼は未雲の担任でもあった。未雲はバツが悪そうに「先生、」と呟いた。
「そうそう、まだ他の生徒は知らないけどな、夏休み明けからここに通うことになってる生徒だよ。未雲と同学年。もうお互い自己紹介は済ませたのか?」
「いえ、今からするところです」
「あ、じゃあ邪魔しちゃったのか。ごめんな」
「大丈夫です! ……改めて、柊明って言います」
柊明は勢いよく返事をすると、未雲の手を取って自己紹介をする。もう逃げ場はないぞ、という気持ちを込めて少しだけ力を入れると、先生という大人がいる手前、振りほどくことも悪態をつくことも出来ないのか、未雲は観念したように作った笑顔で柊明の方を初めて見上げた。
「……未雲、です。よろしく」
それから先生も交えて柊明の今の状態や、未雲のこと、今後の学校生活の話が続いた。
何故未雲がここにいるのか不思議がる先生に、部活終わりに未雲は一人で海に寄ったところ、誰かが今にも倒れそうになっているところをたまたま見かけて慌てて駆けつけ、状況がいまいち分かっていない当人を半ば引き摺る形で保健室まで送り届けたのだ、と話す。
先生は感心して未雲を褒めるので、柊明も改めてお礼を述べる。未雲は「いいってば」と顔を横に振るが、それでも柊明は嬉しそうに彼の横顔を見つめた。
「会って間もないのに随分仲が良くなったなあ」
どこが、と未雲の表情が語る。しかし口答えをしないことは、それこそ会って間もない柊明ですら読み取れた。
「そうだ、未雲。実は夏休み明けに転校生の学校の案内とかを誰かに頼もうとしてたんだよ。それ、お前に頼んでもいいか?」
「えっ……」
そんなことを言われた未雲本人は、あからさまに眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をする。これだけ表に出されては担任も気付きそうだが、彼にとっては手間が省けたからか、単に鈍いのか、気づいていない。
「な、この通り!」
「それ、おれからもお願い。未雲くんに色々教えてもらいたい」
中々いい返事をしない未雲に追い打ちをかけるように担任が手を合わせると、柊明も続くように未雲の手を握り直した。
二人分のキラキラと期待に満ちた瞳に見つめられてしまった未雲は困ったように眉を歪める。担任に頼まれてしまえば断ることもできないのは柊明にも、担任にもお見通しだった。
「……わかりました」
未雲は渋々ながらも柊明と連絡先を交換して、その日はそれで解散ということになった。別れ際、「また連絡するね」と柊明が言えば未雲は小さく頷いてそそくさと帰っていった。その後ろ姿を見送ってから、柊明も帰路に着く。まだ高く昇った太陽が映る海面がやたら綺麗に輝いて見えたのはどうしてだろう――柊明はそんなことをぼんやりと頭の隅で考えた。
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