【完結】いつだって二人きりがよかった

ひなごとり

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高校生の二人

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 中庭での出来事以降、未雲は柊明と行動を共にするようになった。柊明がどれだけ休み時間にこちらのクラスに来ようが、それを他のクラスメイトに白い目で見られようが構わない。元から他人と交流することが苦手だった未雲は友人と呼べる人がいない。だから柊明は未雲にとって小学校以来初めての「友人」であったし、今では他に親しい人がいなくて良かったとさえ本人は思っている。
 お昼休みになって、柊明がこちらのクラスへと顔を出す。最初はお互いに行き来していたクラスも、最近は専ら柊明が未雲のクラスへと足を運ぶようになっていた。理由は明白で、以前ついに痺れを切らしたのか柊明のクラスの男子――夏休みに未雲へ連絡をわざわざ寄越してきたやつだった――が、「今日は俺らと昼食べようや」といつも未雲が座っていた場所に無理矢理陣取ったからだった。
 その時の柊明はまあすごかった。いつもの笑顔が消え、見た人全てを凍らすような冷めた目でそいつを睨むと、静まり返ったクラス中に聞こえるよう淡々と話し出す。
「おれがいつも未雲と話してるの、見えてない? もし何か話があるならちゃんと事前に言って。こうして無理矢理来られても困る」
 結局その男子はさっきまでの威勢はどこへやったのか、しおらしく謝るとそそくさと教室から出て行った。それから柊明は何も言わなかったが、思うところはあったのだろう。以来彼はすぐに未雲のところへと赴くようになったというわけである。
「来年は同じクラスだといいね」
 コンビニで買ったパンを食べ終わってプラごみを綺麗に畳みながら柊明が独り言のように呟く。それに対して未雲は弁当箱に敷き詰められた冷凍食品を箸で摘みながら、チラリと柊明の顔を目視した。穏やかな表情でありながらどこか影を感じさせるそれは、時々未雲を不安にさせる。
「きっと先生が融通利かせてくれるだろ。なんせお世話係なんだから」
 だから、こう茶化すような物言いをして表情を崩そうとする。そうすれば柊明はパッとこちらを見るので、瞬間未雲は目を離して何でもないように振る舞うのが常だった。
 柊明はトマトを避ける未雲に笑いをこぼすと、「ねえ」と続ける。
「もし本当に同じクラスになったら、先生は未雲にも気を遣ってくれたことになるね」
 はあ? 未雲は顔を上げる。
「そんなわけないだろ」
「絶対そう! だって、未雲おれの他に友だちいないでしょ」
「……悪いかよ」
「そんなことないけど。でもおれがいなかったら未雲はずっと一人だったでしょ?」
「そう、だけど」
 ぐ、と言葉に詰まらせて未雲は眉間に皺を寄せた。
「あは、拗ねてる」
 柊明はまるで暗示をかけるようにその皺を人差し指でぐるぐるかき混ぜる。実際眉間の皺はほぐれて反論してやりたいという気持ちはなかったかのようになるのだから、本当に魔法なのかもしれないと他人事のように俯瞰していた。
 もう未雲の中では柊明という存在は大きくなっていた。大切な人は誰かという質問をされ、家族以外と言われたら迷うことなく「柊明」と答えるくらいには大きくなりすぎていた。それに未雲は気付かない。なぜならそんな質問をしてくれる友人が柊明以外いないからだ。そして未雲はその質問に必ず「柊明」の名は出さない。
「うざいからやめろ」
 少し角張った長くて綺麗な指を払いのけて、未雲は弁当箱を片付けると机から本を取り出した。昔から休み時間は専ら本を読んでおり、柊明が来た今となってはその時間も次第に少なくなっていたが、習慣とも言える読書を今更やめることもできずにずるずると続けている。
「またそれ読んでる。もうそろそろ終わりそうじゃなかった?」
「後書き読んだらまた読み返したくなったんだよ。そういうわけだから、邪魔すんな」
「ええ~、折角来てあげたのにその態度は酷いよ」
 文句を言いながらも、柊明は特に気にしていないのか変わらず未雲の前の席に座って彼をじっと見つめる。活字を追って忙しなく動く瞳を飽きもせず、ただただ眺めては休み時間を潰す。これが二人の過ごし方だった。
 そんな彼らの周りには、じっとりとした視線がいくつも向けられている。羨望、嫉妬、不愉快、多くの害あるものは未雲へと注がれていた。
 柊明と未雲が仲の良い友人同士ということは全校生徒の周知の事実だとしても、生徒のほとんどは理解できないものだった。柊明のような人に気に入られようと躍起になっていた彼らにとっては、今まで孤独を貫いてきていたはずの未雲の存在は気に食わなかった。柊明の気まぐれなのか、未雲が何か不正を働いたのか、どちらにせよ気に入らないものは気に入らない。未雲自身、クラスメイトのみならず全校生徒ほとんどから以前より避けられていることは理解している。柊明という本来なら学校の人気者になれた存在を縛り付けて、自分にだけあのとろけるような笑顔を向けてもらっている不届者だと、どこでも感じる視線が痛いほど教えてくれるのだから。
 それを未雲は無視していた。正確には、彼らとの関わりに興味がなかった。むしろその嫉妬と羨望が織り混ざって自分へと向けられる視線が気持ちよくてたまらなかった。
 誰もが羨むポジションを未雲は何もせずに手に入れたのだ。強いて言えば他のクラスメイトがどこかへ遊びに行こうと話していながら誰も未雲に声をかけなかったおかげで柊明と知り合えた。今未雲を睨みつけている生徒たちが未雲を一人にしていたから、こうなるべくしてこうなった。本人はそうとしか言いようがない。
「……未雲、何か面白いことでもあった?」
「何もないけど」
「そうなの? 笑ってるから何かいいことでもあったのかと思った」
「え、俺……笑ってた?」
「うん。どっちかというと、にやけた笑い」
「うわ……嫌すぎる……」
 だから、優越感に浸ってしまうのも仕方がない。孤独に慣れていたはずの未雲が、初めて周囲に注目される的となったのだから。

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