【完結】いつだって二人きりがよかった

ひなごとり

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高校生の二人

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 いつの間にか衣替えの季節となり、長袖を捲っていた生徒たちはブレザーを着込んで寒さをしのぎ始めていた。木の葉は茶色く濁り、海もどんよりとした雰囲気を纏い始めている。あれだけ暑かった世界が何の前触れもなく涼しくなっていったせいか、体調を崩す生徒が学校全体で増えていた。昔から体調を崩しやすかった未雲もその中の一人であり、少しばかり怠い体を何とか引き摺って登校していた。
「あっ! 未雲、おはよう!」
 教室へ入るとすでに自身の席は誰かに占領されていた。誰かなんて、そんなことをするのは柊明だけだ。
 ひどい顔色でさらに顔を険しくさせた未雲に対し、柊明はいつも通りの整った顔立ちで、今日は特に恋しい太陽を思い浮かべるような笑顔で席の主を出迎えた。途端柊明の周りは時が止まったように静寂が訪れ、クラス中の生徒の目はみな釘付けになっていた。 
「あ~おはよう、あんまり大声で話かけんな」
「……もしかして風邪でも引いた?」
「うーん、多分。朝ってあんなに寒かったけ、ベッドから起きるの嫌すぎる」
「健康には気を付けてよ、未雲が学校休んだらおれが登校する意味なくなるんだから。てか、もし休むなら連絡ちょうだい。それか毎朝迎え行こうか」
 柊明は至極真剣な顔でそんなことを宣った。席を空けて未雲を座らせ、自分の膝にかけていたブランケットを与えてから額に手を当てる。
「熱はなさそう。ちゃんと朝ごはん食べた?」
「いや……面倒くさかったから、食べてない」
「そういうところがダメなんだよ!」
 柊明は困ったように眉を八の字にすると、次は通学鞄からコンビニの袋を取り出す。そこへ手を突っ込むとむんずと一つのおにぎりを出して、未雲の机に置いた。どうやらこれが未雲の朝食になるらしい。
「え、いいよ。これお前のお昼だろ?」
「あとで購買で買うから。それより、未雲の方が心配」
 柊明は一度こうと決めたら譲らない性格だった。未雲がどれだけ文句を言っても、拒絶しても意見を変えることはない。いつも先に折れるのは未雲だった。だから素直におにぎりを手に取る。いらないと言ったら怒られるであろうことは今までの経験上わかりきったことであり、それだけの気力と体力がないせいでもあった。
「……鮭だ」
「好きでしょ、鮭」
 なぜ好みを把握されているのか、そもそも柊明の昼ごはんになるはずだったものがなぜ「鮭」だったのか、ほとんど動かない脳みそはぼんやりと疑問を浮かばせては解決することなく霧散させていった。むしろ今の未雲はプラスチックを剥ぎ取ることに全神経を集中させており、それどころではない。いつもいつも海苔が引っ張られて汚くなる机を今回こそは見たくなくてゆっくり、ゆっくりと手を引いていく。
 びり、と海苔はあっけなく破れてまた机を黒い破片だらけにした。
「ねえ、今度遊び行こうよ」
 無惨な姿になったおにぎりを面白そうに眺めながら、柊明はたった今思いついたように誘い文句を謳った。
 柊明はいつも突然提案という名の皮に被せたお強請りをする。それも決まって未雲に何かしてあげた後に言うものだから、未雲は断りにくい。おにぎりを頬張りながら「いいよ、どこ行く?」と肯定の返事をするしかなかった。 
「そうだなあ。ここら辺はほとんど一緒に行ったもんね。もう少し遠出してみようよ」
「遠出って行ってもさらに田舎行くだけだぞ」
「いいよ、田舎だからこそ!……みたいな場所、ないの」
 田舎だからこそ。人がいなくて、ただただ広くて、何もなくて、そんな場所に高校生が行くような遊び場は果たしてあるのか。
「あ」
 未雲はふと幼い頃の記憶を思い出した。寒い夜空の下、満天に輝く星々を。
「ちょっと離れてるけど、山の方にプラネタリウムあるんだ。そこ、夜になると屋上で星も見れる」
「へえ」
「この時期はもう寒いけど、空気が澄んでるし街灯もほとんどないから綺麗に見えるんじゃないか」
「いいね、あんまり星に興味ないけど未雲がお勧めするなら行ってみたい」
 柊明はスマホを取り出して予定を確認する。未雲が伏せられた目に縁取られた長い睫毛に釘付けになっていると、「あ、この日は晴れだよ」と弧を描いた目がこちらを向く。バチリと目が合ってしまい、慌てて目を逸らすと普段の声より幾許か高い笑い声が耳を刺激した。
「未雲はこの日、空いてる?」
 柊明はいつも律儀に未雲はいつ空いているか尋ねるが、未雲は他に遊び相手もいなければこれといった趣味も持ち合わせていなかった。つまるところ、土日はいつも暇だった。気付けば毎週のように彼らは二人で会っていて、もちろん他の生徒に度々目撃されていたのである。
 柊明は約束というものを文字で終わりにせず、必ず口に出して言うことに固執していた。例えスマホの画面上でのやり取りで決まったことも、必ず次の日にお互いの顔を突き合わせて確認をする。未雲はそんな繰り返しに嫌気が差し、最近の二人の連絡手段は学校で話す以外は専ら通話になっていた。トーク履歴を遡れば「通話していい?」「今かける」と言った簡単な文とスタンプ、それから30分も満たない短い時間を表示する受話器のマークのみ。
 しかし相変わらず柊明は「今週末だよね?楽しみ」と学校で会うたび確認するのだから、あまり意味はない。ただただクラスメイトたちが見聞きしては顔を顰めることが日常茶飯事だった。
「空いてるよ。休館日でもないから、今週の土曜で決まりだな」
「やった、じゃあ午後からにして……」
 ぱあっと今度は太陽に向く向日葵のように顔を輝かせて柊明は嬉々と予定を組んでいく。いつの間にか柊明の家に泊まることも決定事項になっていたが、二人にとって週末柊明の家に行くことは当たり前になっていたので未雲の訂正が入ることもなかった。

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