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高校生の二人
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しおりを挟む程なくして学校は冬休みを迎え、未雲は久し振りの二度寝を満喫しながら自堕落な生活を送っていた。
この休み期間中、未雲はどこにも出かけるつもりがなかった。寒くて布団から出るのがまず億劫だったし、そもそも予定が家族との用事以外何も入っていない。クリスマスとか、あの柊明がいかにも好みそうなイベントにも勿論予定はなかった。それどころか二人はこの冬休みに会う約束すらしていなかった。
終業式前日の昼休み、未雲は柊明がいつ誘ってくるのだろうとらしくなくソワソワしていた。二人はいつもの空き教室で、ただ何もせず隣同士の椅子に座って互いに寄りかかって過ごしていた。
「明日から冬休みか」
「早いねえ。来年になったらもう高校三年生かあ。あっという間に受験生になっちゃったね」
「やめろ、そんなの考えたくないから」
「えー、もうこの時期は考えてなきゃいけなくない? 進路が決まってないなら尚更」
「…………」
「あ、進路決まってないんだ。冬休みには調べておきなよ、絶対大切だから」
「折角の冬休みなのに……」
あからさまに嫌な顔をすると、柊明は笑いながら頭を撫でてくる。この行為も随分慣れてきた。
「冬休みといえば、未雲は何か予定あるの?」
来た! 平静を装ってはいるがやっとこの質問をされて未雲は歓喜した。このまま何も聞かれずに休みに入ったら、まあそれはそれで構わないのだけれど、会う口実がなくなってしまう。そうなったらなったで自分はきっと少しだけ残念に感じてしまうのだろうから。
「休みは……家族と年越したり、おばあちゃんちで親戚の集まりあるからそれに行ったりするくらい」
「まあそんなもんか。おれも集まりあって、遠くの親戚の家に行かないといけないみたい。親が……うるさくて」
「じゃあ年明けとかは会えないか」
「あ、そのことなんだけど。多分……というより、ほぼ冬休み中は未雲に会えない」
――変に期待してずっと緊張していた自分が馬鹿馬鹿しい。
さっきまで上がっていた気分が柊明の言葉で一気に下落した。色々と考え込んでいたのは自分だけで、勝手に一人盛り上がっていたのだと今更気づいた。
「早めに親戚の家に行くらしくて。着いて行かなきゃいけないんだよね」
「あっそう……まあ、仕方ないよな。家族が最優先だし」
ぎこちなく口の端を上げながら、そろりと体を縦に直す。自分のせいではないのにやけに申し訳なさそうにしている柊明の表情を近くで見ていて居た堪れなくなってしまった。
「――本当は行きたくないんだけど」
そんな呟きと共に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。引っかかる物言いだったが、未雲はチャイムに阻まれて結局何も聞けずに終わってしまった。
こういう過程があって、まあ簡単に言ってしまえば、冬休みは何も予定が入っていなかった。課題もたくさん出ているし、柊明に言われた「進路選び」もしなければならない。やらなくてはいけないことが山積みではあったが、今は何もする気が起きなかった。
ベッドに横になったまま、スマホを意味もなく眺める。通知欄にはSNSのどうでもいいお知らせのみが表示されていた。
そういえば、柊明は今頃どこで何をしているだろうか。冬休み前まではほとんど毎日一緒にいて暇さえあれば連絡も取り合っていたのが夢だったのではないかと錯覚するほど、今の二人には全く交流がなかった。これが本来の自分の姿か、未雲は自嘲するように笑った。
そんな時、ピコン、とスマホから通知音が鳴る。また興味のない通知でも来たのか、と気怠そうに確認してみると……「あっ」噂をしてみれば影、柊明からだ。
『久し振り、連絡できなくてごめんね。クリスマスには通話したかったんだけど、時間が取れなくて』
あまりにも自分に都合が良すぎて、もしかして幻覚かと半信半疑で通知を見つめる。すぐに既読をつけずにまだ何か来るだろうかとやけに緊張しながら待っていると、またメッセージが届く。今度は短い、たった一つの文章だった。
『早く会いたいです』
「うぉっ……」
まるでカウンターを喰らったように変な声が漏れ出る。文字だけでも破壊力のあるそれに、なんて返すべきか考えるだけで未雲の頬は熱くなった。考えに考え抜いて、およそ十分後に『大丈夫、気にしないで』と返したが、何だかそれだけでは物足りなくて結局もう一文追加した。
『冬休み明けの学校、楽しみにしてる』
返事を考えるために酷使した脳みそが糖分を欲している気がする。未雲はゆっくりとベッドから起き上がってリビングへと降りていった。
そうしてクリスマスも過ぎ年が変わって、冬休みはあっという間に通り過ぎていった。
結局柊明はあの連絡以降全く音沙汰がなく、未雲が休みの最終日に送ったメッセージに猫のスタンプで返した程度だった。待ち合わせはいつも通りで大丈夫か、という質問にOKと鳴く猫のスタンプが二人のトーク画面に並んでいる。
未雲は今、最寄りのバス停で柊明を待っていた。初めは柊明が家まで迎えに来ていた形だったのが、流石に遠回りしてまで来てもらうのが申し訳なくなって、互いに妥協した結果がこのバス停での待ち合わせだった。
(早く来過ぎたかも。寒過ぎ……)
今日は朝から天気は良いものの、空気はひんやりと冷たく風も少しばかり吹いている。冬特有の寒々しい世界に静かな時間帯で一人待つのは寂しく感じるものなのだなあ、と感傷的になっていると後ろから「未雲!」と大きな呼び声が聞こえた。マフラーに埋めていた顔を声のした方へ向けると――およそ二週間ぶりだろうか――柊明が息を白くさせながら走ってくるのが見えた。
「未雲! ごめんね、待たせちゃった」
はあ、はあ、と息を荒くしながらも嬉しそうに笑う柊明は走って来た勢いそのままにこちらへ抱きついてくる。今までの会えていなかった時間を埋めるように苦しいくらいぎゅうぎゅうに抱き締めてきて、中々離してくれなかった。
「あぁ、もう、もう少しでバス来るんだから、離れろって」
そう言えばすぐに――しかしどこか名残惜しそうに――柊明は離れる。
「久し振りに会えて嬉しい。あ、明けましておめでとうございます」
「あけましておめでとう。新年の挨拶くらい送ろうかと思ったんだけど、お前なんか忙しそうで」
「うーん、まあ色々あって……連絡はあったらあったで嬉しかったけど、こうやって直接言える方が嬉しいから気にしないで」
バスが来るまでの間、二人の話題は冬休みの課題へ自然と移っていく。どこが意味分からなかったとか、量がおかしいとか、課題への不満は次から次へと湧いてきて、それは学校に着くまで白熱していた。
学校が始まってからも二人の生活は変わらずに淡々と流れていく。
いつもの朝の待ち合わせ、退屈な授業、二人きりの冬休み、部活のある日は遅くまで残って二人で帰り、無い日は図書館で一緒に課題を片付けた。休日は互いに予定がなければ柊明の家にお邪魔して、ゲームをしたり映画を観たり、泊まるのは月に一回あるかないかくらいの頻度で落ち着いた――多すぎると母親が過度に心配してしまうので。
一月が終わり、二月は一緒にチョコをおやつに食べた。三月は未雲がいよいよ進路を決めないとまずいと焦りが生じたのか、よく進路準備室なるものに入り浸るようになっていた(もうこの時期になると三年生はここに来ることは殆ど無かったし、二年生もまだ利用する人は少なかった)。事前に何も調べていなかったので、柊明にあれこれ聞いては先生に怒られていた。
いつの間にかもう高校二年生という期間が終わる。柊明に初めて会った夏からまだ一年も経っていないのに、一年生の頃とは比べ物にならないくらい濃密な時間だった。未雲の中で、だんだんと柊明という存在が大きくなっていく。いつでも離れられるようにだとか、柊明を疑っていたあの頃からは考えられないほど、未雲は彼を信頼していた。
恋人関係が始まったのも初めは周りに対する優越感とか自分から離れることへの怯えからの成り行きだったが、今では十分柊明のことを好いていると言えると思う。恋愛かどうとかは関係なくて、出来るならばずっと一緒にいたいと願う相手になった。恥ずかしくて本人には直接言えないけれど。
――このままこんな時間が続きますように。
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